王子様は修道女を見逃すつもりはない①
輝く金髪の王子様、テオフィルは再度マリーに微笑みかけた。
彼の声は明るくて爽やかで落ち着いている。人に好感と安心感をもたらす部類のものだ。穏やかで丁寧な口調と合わされば、とても優しい馴染みやすい雰囲気。
しかもイケメン。彼は一番モテるタイプだとマリーは瞬時に悟る。
(殿下の弟で、サラ様の夫……なんか不思議な気分だな)
世間では聖人と言われている王子様。
民衆に対するクリーンな政治と人柄の良さと、その美貌により、ファンブックのみならず、生存中というのに伝記も発売というの偉業の持ち主。
現実、彼の仕事ぶりは素晴らしい。貴族が優遇されがちなこのご時世に、税率は均等ではなく所得に応じて引き下げたり、身分関係ない王立の学校設立、民衆に雇用の機会を増やす法律など国に貢献している。
また外交でもその取引上手な手腕を発揮しており、彼が取引にかかわった有益な貿易は数知れず。仕事の出来る王子様である。
そのお方が、普段からマリーと過ごす事の多いリシャールの弟、というのもピンとこない。
(愛想笑い一つ出来ない殿下とすごい差。むちゃくちゃ愛想いいじゃないの。顔もタイプは違うけど、カッコイイし。爽やかだわ)
しかも彼は最近できた友人、サラの夫。
サラは絶世の美人かつ姫ながらも、人見知りで閉じこもりがちな気の優しい子ではあるが、目も当てやれないような、かなり変態な官能小説を書いている。いつも金髪碧眼のイケメンかつ文部両道の王子様がヒロインに縄で縛られたり引きずられたり、泣かされたり、ほられたり?、いろいろ問題ありな、なぜ禁書になっていないか不思議な小説だ。
そんな卑猥な本を書いている友人の旦那にしては爽やかすぎる。
(もう少し大胆なタイプかと思っていたわ。てっきり夫婦で変態で、そうことを頻繁に営んでいると思ったのだけど……イメージと違う。全然違う)
マリーの勝手な先入観もサラ夫婦に対して失礼だった。
(ほんと、かっこいい金髪碧眼の王子様。はっ……もしかしてサラ様の小説のモデルなんだろうか)
彼は紳士的で真面目そうで、そう言う事が似合わない。
サラの小説で言う、王子様を縛ると言うプレイを夜な夜ないそしんでいるようには到底見えない。想像できないほど清潔感にあふれていたのだ。
耳元で愛を囁くような上品なロマンチックな情事がイメージだ。
(もしかしたら、サラ様は旦那がこんなに爽やかだからたまにゲテモノも味わいたいという心境で、彼には秘密で書いているのかしら)
変態な旦那ならあんな小説でも寛容かも、と思っていたが彼は違うから、きっと秘密なのだろう。知られたら、離婚されそうだ。普通の人だったらあんな小説のモデルにされたらいやだろうから。
ちなみに彼とサラの結婚した経緯は情熱的だった。
彼女が婚約破棄を言い出し、それに納得できないテオフィルがお忍びで彼女の部屋に訪れ、既成事実を残し、無理やり結婚したと聞いているが、その様な強引さも見受けられない。愛は時に人を狂わす、と言うべきか。
マリーはテオフィルについていろいろ思う事が有ったが、忙しい思考回路を一旦おいて、ずっと黙り込んでいるわけにもいかず、彼に向き合い、失礼が無いようお辞儀した。
一国の王子様に失礼があってはいけない。
今回の潜入捜査の依頼は王族からなのだ。
やはり、会議に参加すると言う事はテオフィルの依頼だったのかもしれない。
彼は教会に対しては今までの歴史通りに尊厳を持っていると聞いている。
「こちらこそ、挨拶が遅くなり申し訳ありませんでした」
「いいですよ。僕は気にしていないです。そもそも挨拶が遅れたのは、僕自身地方や外国に行く事が多くて、こちらこそ失礼なことをしました。これから、いろいろ関わると思いますので、よろしくお願いします」
テオフィルは本当に申し訳なさそうな顔をして握手を求めてきた。
テオフィルも積極的に事件について協力してくれるらしい。
もし、好きな人がいなかったら惚れてしまいそうな人の良い、かつ男性的な優しさを併せ持つ人物だった。どっかの誰かと大違い。
マリーはテオフィルに握手を求められ、王子様と握手なんて恐れ多いと思いながらも、恐る恐る手を握ったところ、テオフィルは両手でマリーの手をぎゅっ握り締めきた。
「えっ……テオフィル殿下」
「君に会えてよかった。王都に来てくれてありがとう」
本当に屈託のない嬉しさを込めた笑顔だった。例えるなら長年会えなかった友人に再会したような。温かいものすら感じる。
「えっ……?」
さらにぎゅっっと手を握られる。
(ちょっと待って、王子様。私、王都に来てから事件に対してまだ何の働きもしてませんけど?)
令嬢になり社交界潜入捜査も、城下の聞き込みも、娼館の捜査もすべて空振りだ。全然役に立ってないし、こんなに感謝される覚えがない。
「僕は、本当に本当に本当に君に感謝しているんだよ」
「テオフィル殿下……?」
「僕のことはテオと呼んでくれないかい。敬語もいらないよ。マリーちゃんいや今はローゼちゃんと呼んでもいいかな? ちゃんづけが嫌だったら、『さん』でも『様』でもいいんだけど」
「……私はどんな呼び方でも構いませんが。そ、その敬語は使わせていただきたいです。身分的にも失礼かと」
さすがに常識的に考えても、王子様にため口なんてできない。
「いいよ、気にしなくても。僕も敬語は苦手なんだ。じゃあローゼちゃんって呼ぶね」
にかっと笑う様子は少年の無邪気さも感じるほど悪気がない。
「テオ、マリーが困ってるよ。情熱的に手なんて握ってさ」
「そうそう。あのこわーい王子様に寝取られ容疑をかけれたらどうするんだよ。兄弟で泥沼じゃん。最近鬼神出没で、どこで見ているかわからないんだから、あの人」
フレッドとジャンが呆れながら言って、テオフィルは簡単に手を離してくれた。
「あ、ごめんね。つい感動して。嫌だったよね」
(感動? なんで?)
マリーは納得できない部分が多かった。
フレッドは二人に椅子に座るようすすめ、全員で席につく。
ちなみに、『あの人』と言われたリシャールはとってもとっても狭量な男だ。
手を握るだけで浮気とかいいとか言いそうだとマリーも思った。
「あの、初対面ですよね、テオフィル殿下とは」
マリーは思わず彼のあまりに親し気な様子が気になり聞いてみた。もしかしたらどこかでお会いしていたら失礼だ。
「テオって呼んでほしいな」
テオフィルの人の良い微笑みで言われたらマリーも従うしかなく。
「じゃあ、テオ様」
結構強引なところは、やはり兄弟。少し似てる気もするが、彼は親しみを込めての行動だし、悪い気がせず、むしろ王子様なのに気遣いができて好感すらもてる。やはり、どっかの誰かと大違い。
「うん。そうだよ。でも、僕は君に2点ほどすごく感謝している。足を向けて寝れないところか、君を毎日崇めるくらいに、ね。最近は神様よりマリー様信仰だよ」
「は? し、信仰?」
よくわからないけど、マリーは彼にとって知らずにとてもとても良い行いをしていたようだ。崇められるくらいに。ちなみにサラにも大げさに女神だとか聖女とか言われたな。王族の中で流行っている一種の謙遜の類なんだろうか。
「それはいったいどういう理由でしょうか」
質問ばかりになってしまうが、崇められる理由は聞いてみたい。
どうしても納得いかない。
テオフィルはふふ、っとリシャールに少しだけにている笑い方をした後、語り始めた。
「まず1点目はサラについて」
サラは最近マリーと共に行動する異国の姫であり、最近王国に嫁いで来た彼の妻だ。
マリーとサロンに参加したり、図書棟でおしゃべりしたり仲良くしている人物。
「サラは有能だが、自己評価が極めて低くてね……ちょっとこじらせているだろう。彼女は嫁いで来た時から人目を避けて部屋に引きこもりがちだったんだけど、君と出会い、最近はサロンに参加しているみたいだ」
サラは彼が言うように隣国の姫という出生ながらも自信がなく、自分のことを常日ごろから事あるごとに自分自身を『屑』だと主張していくくらい自己評価が低い。小説の事はともかく、話してみると博識で、語学に堪能なのに。
サラはマリーと図書棟で会う様になってから、たまにサロンに同伴して参加するようになった。一人では行けないけれど、マリーが居れば参加できる様である。
その時、マリーが貴婦人たちに修道院学校の歴史や地理について詳しく聞かれて勉強不足で困っていると、修道女でもないサラが詳しく説明してくれたほど賢い。
自信さえあれば彼女はできるひとなのだ。
ほんのすこしのきっかけで人は変われる、とマリーは思う。
彼女自身もそうであったように。
「本当は僕が取り持ってあげればよかったのだけど、僕は同性でないばかりか不在も多くてね。結婚してから彼女を一人にしてばかりだったんだ。君がいてくれて彼女は救われたと思う。ありがとう」
「そ、そんな」
現実、テオフィルの前では猫をかぶった令嬢が多い。彼は結婚する前はモテモテで、追っかけもいたらしく、今もサラを妬む令嬢も数多くいる。
そんな中で関係を取り持つのは難しいし、サラ自体、気弱な性格で争う事を好まない為、極力公の場を避けていた。そのためサラと令嬢たちの関係を取り持つ機会すらなかったのだ。
「これからも末永く仲良くしてあげてくれないかな」
「もちろんです!」
「僕たちは、ほら、婚約してもう十年以上経っているから、ずっと心配だったんだ。昔からあの性格でね」
付き合いが長いといろいろ知っている分、心配も増えるのだろう。
テオフィルはサラと同い年だけど、子供を思う親の様な愛さえ感じた。
愛の形は人それぞれだな、とマリーは感じた。
「私こそサラ様にはよくして頂いてもます。教わる事も多いですし、いろいろ本を貸して頂いて」
「本?」
あ、しまった。言ってはいけない。彼女の秘密。
あなたの奥さん純情そうな顔して布教用にあなたをモデルにしたエロ本貸してくれるとか。
冷や汗が身体を伝う。
「ああ、彼女は読書家だからね」
「そうなんです! いろんなジャンル読まれていて!」
嘘は言っていない。
なんとか誤魔化せたようで心の中でマリーは一息つく。ふう。
「サラは昔から本が好きでね。ふふ。もう本の貸し借りするぐらい仲良くなったのかぁ。嬉しいな」
「は、はい。そうなんですよーいつも楽しく(官能小説)読ませていただいてますぅ」
テオフィルと和やかな会話を繰り広げた後、彼はふと真剣な顔になった。そういえば、もう一つの感謝している事って何だったんだろう。
マリーが疑問に思った時、彼は切り出した。
「ローゼちゃんに感謝しているもう一点はついては兄さんの事なんだ」
「殿下ですか?」
「そう。僕の兄、リシャール・スウルス・アンテリュールについてだよ」
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