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読まれる予定の無い手紙

 被害者であるリズとミーナは一般的な貴族の令嬢としては少し変わっていた。というか夢見がちに理想の恋を追いかけていたらしい。


 リズは伯爵令嬢、ミーナは子爵令嬢で正真正銘の生まれも育ちも上流階級の貴族であったが、好奇心で平民街に行くのが趣味だった。

 親が決めた婚約者はいたが、堅苦しい貴族令息よりも身分不詳で流れ者の吟遊詩人に惹かれていた。

 自分で見つけた自由な恋に憧れがあったのかもしれない。

 よくふたりはサロンで身分差の恋愛について語っていたらしい。

 政略結婚で好きでもない幼馴染と結婚するより、突然現れて消えるイケメンの旅人の方がよっぽど魅力的に感じ、彼らと平民街で逢瀬を重ねていた。


 だから、あの悲惨な事件に巻き込まれたと。 


 いつもこの「血抜き殺人事件」は夜明け前に行われ、翌朝に血の抜かれた状態で死体が発見されるという。

 外傷は手首を縛った痕のみで、目立った傷もなく、残されるのは亡骸と情事の痕。


 現場は果樹園、娼館の一室、アパート等様々。

 被害者はもう先週で10人。

 被害者の特徴は共通して二十歳前後の小柄で栗毛、エメラルドの瞳を持つ女性。

 外見は全員派手というより守ってあげたくなるような清楚なタイプだったという。


 また共通しているのが、自分の状況に不満を持っていた事。

 被害者の娼婦はいつか娼館を辞めて好いたものと結婚したいと思っていたらしいし、村人の娘も親が決めた結婚を嫌がり、リズたちも婚約者と上手くいっていなかった。


 リズは五人目、ミーナは七人目の被害者だ。

 一人目は娼婦で、魔本から魔物が逃げた1週間後に殺害された。

 

(令嬢はリズとミーナだけか……)


 マリーは事件の資料に目を通した。

 どの例も、その付近の目撃情報では貴族らしい男がいたらしい。

 黒のローブで顔を確認はできなかったが、身なりが良い為、悪趣味な貴族の仕業でないかと。

 現場では馬車の跡があったが、何台も似たようなものが通った後だったので特定は出来なかった。


 それがマリーが事件について知っているすべてだった。


 だから、マリーたちは被害者について現場付近の町民に聞き込みをした。 


 マリーは事件の大方の内容はあらかじめ事件について調べていたジャンに聞き、リズたちの事は情報通の貴婦人からサロンで教えてもらった。


 本来魔本は王家が城の地下室で保管している。だから、主犯は城に潜入できる貴族あたりが怪しいと思われた。

 それに、平民にはほとんどいないが、貴族の中には魔法石でできた魔器を使用し、魔術を使える者もいる。


 盗まれた魔本を利用して、古代魔術を甦らせて反旗を翻そうという輩がいてもおかしくはないのだ。

 古代魔術は精神操作系も強力で今は禁術となっているものも多い。

 それを使えれば強い力を得る事ができるのは目に見えていた。

 さらに、国内は平和そうに見えて、実は隣国と緊張状態にあり、どちらの王子が後を継ぐかもまだ未定な不安定な状況である。


 十人目の被害者は娼婦だった。

 令嬢に関する被害は今のところリズとミーナの2人だけで、マリーはしばらくは社交界で犯人を探すより平民街に重点をおいて調べた方が得策なのではないかと思い始めていた。


 何故ならいつも事件は平民街で起こっている。

 さらに、現場に残された独特の魔力は古代に通じるものだった。


 マリーは社交界に出てから古代魔法を感知できる魔法石を加工した指輪をいつも付けていたが、サロンでもガーデンパーティーも夜会でも、反応はなかった。

 だから現在マリーはターゲットと接触はないはずだった。

 少なくとも城付近や貴族邸においては。


 時はもう日が落ちた午後19時過ぎ。

 マリーが居るのは、ブラン侯爵邸ではなく、平民街にある教会管轄のこじんまりとした一軒家だ。


 王都は、海と山を背に王宮を囲むように、貴族の屋敷、商業地、平民街がある。

 彼女の居るのは、そのちょうど商業地寄りの場所で市場に近く、アクセスのよい物件だった。


 中は一階にキッチンと、食卓用テーブル、パントリー、風呂場などの水回り。2階は寝泊まり用の寝室が2つ。一般家庭と何ら変わりない質素な作りでまさか教会の物件だと誰にも思われない。


 教会関係者は、街の調査時によく会議や潜入場所、待ち合わせに使用している場所だ。

 だから、許可がある関係者ならば寝泊まりも自由だった。

 実際、マリーも王都に来てから教会管轄の物件の使用許可も出ている。

 現在、運よくこの物件の使用予約も入っていなかったし、使わせてもらうことにした。


 マリーはここに来るまでに市場で買った食材で作った野菜と卵を挟んだ簡単なサンドイッチを食べていた。


(うん。おいしい。野菜スープがあれば完璧。最近、貴族のこってりした食事が多かったからなぁ)


 やはり、ごてごてした肉料理より質素な方が性に合ってる。

 サンドイッチを食べ終えると、買ってきたりんごをそのまま齧った。

 貴族令嬢のときはりんご丸齧りなんてしなかった。

 パイやジャムとして加工して食べることはあったけど。


(そういや、殿下はよく、果物の皮を剥いてくれたな)


 自分で剥けるのに、過保護なのか綺麗に一口大に切ってくれた。

 飾り切りでりんごウサギばかりではなく、白鳥まで作ってくれた事もある。

 リシャールは、見ただけで何でもできて、器用な人だった。


 そしてこの国では女性は仕事を持たず、男性に仕えるのが一般的なのだが、リシャールは王子だと言うのに、珍しいくらい親切だった。

 お茶も淹れてくれたし、温かいおしぼりも用意してくれたし、むせたら背中優しくさすってくれたり。

 男性には珍しい行動。


(あれは……世話好きというか、母性なのかしら? 女じゃないけど)


 口では「貴様のスポンジ頭は話にならんな」「貴様と私が友達? 笑わせるな、百歩譲って子弟だろう」「ああ、貴様は私の顔くらいしか興味がないのだったな。一生私について理解できないだろう。期待などしてないがな」みたいに不遜な感じだ。

 しかし行動は親切、かつ子供扱いというか世話されているというか。介護というか。


(青ちゃんもなついていたしなぁ。人は言葉だけじゃわからないものだなぁ。ふふふ)


 マリーは一人で笑う。


(友達じゃないとか言っておいて、毎日仲良くしてたじゃない。恋人でもなければ親友じゃないの? ああ、でも友達として認めてくれないんだよね)


 リシャールの元から逃げておいて、考えるのはいつも彼の事だった。

 先程、ジャンとフレッド、ブラン侯爵には平民街を調べたいので、こちらに滞在すると連絡しておいた。

 明日は城であるサロンに少し顔を顔を出してから、図書棟で本を返却し、夜に備えて仮眠をとる予定だ。


 頭の中で明日の予定を整理し終えたところで、マリーはため息が出た。

 思い出すのはやはり今日のきわどい触れ合いをした昼間の事。


 彼が残した体に残る赤い痣。

 頬にかかる熱い吐息。

 身体の奥が痺れる低くて掠れた甘い声。

 絶対あれは既成事実を作ろうとしていた気がする。 


(そもそも……殿下と私が結婚って、王族になるってことでしょう? ……ずっと友達みたいな関係ではダメなのかな?)


 マリーは、改めて今後について考えてみた。

 結婚と恋愛は違うというけれど、相手が王族となれば尚更話は違う。


 国の運命を背負うことになるのだ。

 世継ぎはもちろん、内政、外交、様々な使命がある。

 それをこなせるのは、幼いうちから教育を受けた聡明な令嬢か、身分の高い姫だけだ。


(私は役に立たないだろうなぁ。修道女でも、手一杯だし)


 今は何故かリシャールはマリーに興味があるらしいが、冷静になれば、何が王族として正しいか気づくはずだ。

 そして、時とともに甘い思い出になる。

 時々思い出して、酔いしれ、現実に戻り哀しみ、やがて懐かしむ日が来るはずだ。


 この恋の最期は綺麗な引き際が重要だ。

 誰にも迷惑のかけない終わり方。

 情熱的で有能な女性なら王子様と一緒に歩む人生もあるかもしれないが、マリーは怖いくらい自身を客観視していた。


(流されないでよかった。ちゃんと向き合って、丁重にお断りしよう。それが殿下のため)


 リシャールは女嫌いと聞いていたが、時間をかけて打ちとければ優しい人だと思う。

 なぜ、リシャールが女性を嫌っていたか分からないが、マリーと出会ったことで結婚に前向きになってくれたようで、以前リシャールを推す貴族から礼を言われた事があった。


 マリーと出会うまでリシャールはかたくなに結婚しないでも王位は継げると主張していたから驚きだ。


 世継ぎについては血筋関係なく、能力があるものを養子に迎えると公言していたらしい。

 マリーはどう生きるかは本人の自由だけど、国を治めるにはやはり能力のあるパートナーが居た方がいいから、少しでも考えを改める役に立てたと思えば、嬉しかった。


 マリーは、以前レオナルドからもらった便箋を鞄から取り出した。

 何度見ても薔薇の透かし模様が綺麗だ。


(殿下に伝えたいことはたくさんあるんだけど)


 教会でお祈りした内容、市場の様子、読んだ本。

 幼稚な日記みたいな些細な内容だけど、伝えたいことばかり。


 リシャールは多忙だし、最近に限ってはイライラしていたりまともに話せる感じではない。

 だから、いつか落ち着いたら。

 また穏やかに些細な会話をしてみたい。

 マリーは、令嬢になってから密かに何通かリシャールに宛てて手紙を書いていた。


 以前断られた文通。

 返事の来ない文通が趣味になりつつある。


(結婚しろと言ってくるのに、絵のモデルにもなってくれなかったし、文通も断られたなぁ。あはは。でも、書くだけは自由だよね)


 今はただ、彼に問いかけるように、渡すか分からない手紙を書き連ねるだけだった。




殿下へ

この手紙は渡す予定は今のところありません。

何故なら、あなた自身に文通を断られたからです。

でも私は自分のためにあなたに宛てて手紙を書こうと思います。

今日も、今の心情を素直に隠さず綴ろうと思います。


今日は殿下の部屋から抜け出してやりました。

急に呼ばれてついていったら、殿下の部屋に閉じ込められてしまい、大変驚きました。

こんなことなら以前殿下が言っていたように「知り合いでも男は警戒しろ。誰構わず信用してふらふらついていくな」という意味がよくわかります。

まさか、殿下に捕まって危ない思いをするとは思いませんでしたが。


実は私、殿下のせいで宿がなく、教会の所有する物件に寝泊まりしています。

ブラン侯爵邸に帰宅したら、また侯爵が殿下に脅されたりするかもしれませんので。

そこまで迷惑はかけられません。


今日は困った日でもありましたが、いいこともありましたよ。

物件に行く道の途中で、食材を買いに市場に寄りました。

殿下が言ってとおり、今の時期は果物も豊富で、見たこともない種類の食べ物がたくさんあり、素晴らしかったです。

どれも新鮮でおいしそうでした。

スケッチしたいくらい活気があって、人々の生活を目の当たりにしました。

いい物がみれて嬉しかったです。


でも、正直、果物を見ると殿下の飾り切りが懐かしいです。

なんとなく、買う気になれなくて、結局買ったのは卵とパンと野菜を少しだけでした。

今度、余裕が出来たら、ゆっくり観光したいと思ってます。

……殿下と一緒に市場に行けたら楽しいだろうなって、おこがましくも思っちゃいます。

やはり、私は頭が足りないみたいです。

殿下は王子様ですし、市場にいかないですよね、失礼しました。


せっかく王都なので、硝子細工の店も寄ってみました。

カップや置物、アクセサリー。どれも繊細で目を奪われるばかりでした。

でも、一番は殿下にもらった靴ですね。

硝子の靴。

あれ、履くだけじゃなくて、花瓶にもなる事に最近気づいたんです。

今回の任務で一番のお土産は靴です。

もう私の中では家宝です。絶対。


今日の殿下はいつもと違っていました。

怖かったです。

殿下に対してではありません、流されそうになる自分に対しての意味です。

もし、身分とか状況とか何も考えなかったら、どうしていたでしょう。

こんなこと、考えてはいけませんね。

殿下の幸せを思うなら、私は時と共に忘れられるべき存在です。

いつか能力ある素敵な人と差別のない美しい国を作ってください。

あなたには、その様な人がお似合いです。

私は修道院からご活躍をお祈りしています。



最後に。

王都は思っていた以上に素敵なところです。

常に兵が見回りに来ており、聞いていたより平和でした。

これも殿下のおかげですね。

修道院や田舎で暮らしていた私にとっては、王都は怖いイメージでしたが、とても好きな場所になりました。

ありがとうございます。


私も人のためになる仕事がしたいです。

殿下のように。

ローゼより





 マリーは描き終えて、少し気持ちに整理がついた気がした。


(私も人の為に……よし! 明日の捜査がんばろう!)


 娼館には話をつけてある。

 ターゲットらしい人物がいたら誘導してもらい、古代の魔力があるか確認するのだ。

 先に特殊捜査の修道女が何件か確認してくれたのだが、掴めず、残りはこの貴族向け高級娼館のみ。

 特殊捜査の修道女が外せない仕事があるそうで引き継いだのだ。


 明日はジャンもついて来てくれるし、危険も少ないと思われた。

 さすがに令嬢の姿では知り合いの貴族にバレる可能性もあるのでは変装はする予定だ。


 マリーの予想では、犯人はきっと催眠系の術を使ったりして娘たちを罠にかけているはずだ。

 でないと無抵抗に血を抜かれるわけが無い、と。

 手首を縛られて情事を行うくせに、他に外傷がないのもおかしい。

 犯人と被害者は余程顔見知りで同意の上の行為とも考えずらいのだ。


(ここは修道女としていいところを見せないと。もし、成功したから、殿下も少しは認めてくれるかな?)


 マリーは気合いを入れて、閨について書かれた本を手に取った。


 今日は読破する予定だ。

 明日の任務に欠かせない内容だ。

 だって、行き先は未知の領域、大人の世界だ。

 知識があるに越したことはない。


 マリーの意気込みとは真逆に、リシャールが明日の捜査を望んでいないことを知る由もなかった。



有難うございました!

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