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私と本と妖精さん

 今日もサラは憂鬱だった。


 彼女は中庭で馴染みの侍女を連れ、遠巻きに護衛に守られながら、薔薇の香る紅茶を嗜んでいた。

 たったひとりで。


 今頃、貴族の貴婦人や令嬢はサロンで楽しくお茶でもしているんだろう。

 もしかしたら未だに社交界に馴染んでない自分の陰口を言っているのかもしれない。

 だってサラは、婚約破棄と見せかけて、テオフィル王子の気を引いて、ちゃっかり既成事実を作って嫁いできた『色仕掛け姫』と言われているのだから。

 「純情そうな可愛い顔してどんな手を使ったの?」と遠回しに言われたこともある。


 テオフィル王子は、ローズライン王国第二王子。

 日差しを浴びて輝く明るいハニーブロンド髪に、澄み切った浅瀬のような淡い水色の瞳で、整った眉、形の良い薄い唇、目鼻立ちは完璧と名高い。

 さらに笑顔は吹き抜ける風のような圧倒的な爽やかさ。

 誰が見ても正統派イケメン王子だ。

 万人にウケる眩いタイプ。

 さらに、この王子、性格がむちゃくちゃいい。

 女子供に優しく紳士で、浮いた噂もなく、身分関係なく差別せず親切公平平等。

 困っているひとがいると手を差し伸べる、聖人という人種。

 もう彼が嫌いだという人がいないくらい誰でも仲良くなれる人たらしなのだ。

 テオフィル王子は幼い頃誘拐されたが、誘拐犯と仲良くなり、自力で帰って来た逸話があるほどで、まぁよくできたお人だ。


 もともと、中立国であるサラの自国との結びつきを強めるための婚約だった。

 サラ自身、見た目だけが取り柄のなんの才もない、見かけ倒しの姫であったこともあり、いつも引き目が合った。

 国王である父にも「サラが国外に出てやっていく事は難しいだろう」と言われたほど、社交性がない。

 あがり症で、挙動不審で、友達が少ない。

 出来ても、気さくに話す事が出来ず、昔から本がほんとうの友達だ。


 そんな自分に妃は務まらないと思い、ローズライン王国の公爵の娘とテオフィルの結婚が妥当とされ、自分から婚約破棄を申し入れた。

 しかし、破棄しようとしたが、テオフィルがお忍びで自室に忍び込んで来て、夜を共にしてしまったのだ。


 よくわからない状況のもと、嫁いできたものの、彼女の人見知りな性格が災いし、いまだにサロンや社交界に溶け込めないでいた。

 しかも、最近はほとんど社交の場に出ていない。


 思えば、箸きりは、結婚式でリシャールに声を掛けられた際、何も言えず恐縮してしまったことから始まる。


 リシャールに対して何も話せなかった。

 見つめ返す事も出来ず、あからさまな恐れを隠せず、失礼な事をした。


 彼女の夫である、テオフィル殿下の兄は隣国でも大変有名な氷華殿下だ。

 冷酷非情な戦闘狂い。

 好きなこと人殺し。

 好きな食べ物は人の肉。

 趣味は墓荒らしとゾンビ作成。

 テオフィルと対照的で救い様が無い有様の王子だ。


 話によると十歳の頃から化け物並みの魔力を持ち、王子のくせに戦に赴き、街を消す。

 見た目も死人のように青白く、目は凍り付いたような温度がない無情さがあり、サラを小馬鹿にしたような悪い微笑みを浮かべる人物だ。


 悪魔の方がまだ可愛げがあるかもしれない。

 あの表情ひとつない作り物みたいな整った顔は本当にゾッとするものがある。

 リシャールは、テオフィルと似た顔立ちではあるが、明るく聡明な雰囲気のテオフィルより、彼は優美であるがどこか暗くて、やや中性的かもしれない。


 女に生まれたら絶対傾国の悪女になっていたとサラは思う。


 まぁ、簡単にいうと、生きている人間というより、血の通ってない作り物みたいな男。

 銅像の方が人間味があるくらいだ。

 しかも、声は吐息混じりで、いやらしいくらい甘くて、耳に残るからなお怖い。

 ある種の呪詛みたいに。


 そんな印象だったため、サラは初対面からリシャールに戦いて、どうしようもないくらい狼狽えて、挨拶すらできなかった。

 夫の兄であるから、しっかり挨拶ぐらいはしなくてはいけないことは解ってはいた。


 しかし、問題はほかにもある。


 婚礼パレードに行く前にリシャールに声を掛けられたのは不意打ちだった。

 偶然、前日に使用人たちがリシャールがサラとの結婚に反対している、時期を遅らそうとしていると聞いてしまったのだ。


 リシャールと自国は戦を交えた事があるとはいえ、数十年前のことだったし、その時まで深くは考えていなかった。

 でも、使用人たちの言葉から、自分が彼に歓迎されていないと知ってしまい、背筋が寒くなった。


 もし、気に食わなかったら殺されるんじゃないか。

 彼は、人を殺すのに罪悪感もなく、宗教を捨てたとも言われるし。


 だから、結婚式の日は余計に恐縮してしまい、まともに挨拶すらできず、ますます嫌われたのかもしれない。


 あれ以来、サラはリシャールに廊下ですれ違っても一瞥もされず、価値がないかのように無視される。

 あの結婚式の一件もあり、貴族たちに自分のふがいなさを見せつける形になり、サラは周りにどこか軽んじられている気がしていた。


 サロンでも、それを気にすればするほど挙動不審となり、上手く話せない。

 だから、結婚してからサラの人付き合いは、最低限の日常生活に必要な他者との交流と、傍付きの侍女との世間話、夜遅くに部屋に帰ってくるテオフィルと短い会話ぐらいだ。


 いつも孤独と隣り合わせな生活。

 妃というのはもっと社交性があって、気配りができて、凛々しいくらい堂々とした人物が適任だと思わずにはいられない。


(向いていない。テオは、私のどこが良かったの?)


 サラは今日何度目か分からないため息をついた。

 テオフィルなら、自分と違って見かけも中身も優れた相手が選び放題だったはずだ。

 なのに、何故、あの夜に私に触れたのだろうか。

 言葉は特になく、執拗に求められたあの夜。

 はじめてなのに、何度も達した私たち。

 あれは、一時の過ちに思えてならない。


 思い巡らしても答えは見つからず、午後からは予定もない。

 特にする事もないので、サラはいつものように本を開いた。

 最近売れている、ちょっと、いやかなり大人向けな恋愛小説を。


(はぁ。人見知りで挙動不審なだけでも問題なのに)


 はぁ。

 また、深いため息が出る。


(こんな破廉恥極まりないしかもアブノーマルな、はしたない本を昼間から読んで……)



 サラが昼間から読んでいるのは、

『ずっと片思いしていた大好きなイケメン王子様を全裸にさせて縛って穴ほじって泣かせてみました』という恐ろしいタイトルだ。


 なんでお慕いしている王子を縛るのか?

 なぜ全裸なのか?

 穴って何?

 どうやって王子を泣かせるのかは聞かないでほしい。


 最近人気の『王子泣かせてみたシリーズ』だ。

 意外にもコアなファンが多く、女子の嗜虐心を擽る名作。

 ただ、つい最近王子様と結婚したサラが読むべきタイトルの本じゃない。

 いや、まだ読むだけならいい。


(こんな本、書いている私はなんて……妃の風上にも置けないわ)


 そう。

 これは彼女の自作。


 他にも『私で濡らした敏感恥じらい王子様を痛ぶる秘密の魔法』とか『媚薬漬けにした王子様を山一周引きずってみたら本気に惚れらて困ってます』書いている。


 王子がねっちょり白濁に汚れた哀れな顔面に涙が溢れるシーンはお約束。

 そこは譲れない。

 彼女は巷でちょっと有名な官能小説家。


 誤解はしないでほしい。

 サラは人よりちょっとだけ性欲が強くて妄想癖があって、趣味書いたものを侍女経由で出版したら売れただけ。

 別にテオフィルを縛る趣味があるわけでもなく、ドSな野望も性癖もなく、夜は至って普通な方だ。


 健全、ノーマル、やっぱりそれが一番。

 アブノーマルはファンタジーなのだ。


 むしろ、夫婦生活については、ご無沙汰というか、結婚以来、彼とは1回しかしていない。

 すっごく淡白なやつを一回。


 いや、別につまらなかったとか下手だったとか、個性がないとか、チャレンジ精神に欠けるとか、期待外れだったとかじゃない。

 ただ、妄想とはかけ離れていただけ。

 いや、こんな破廉恥な妄想と同じだったら困るのはサラ自身ではあるのだが。

 仕事漬けで、なかなか構ってくれない夫に対して欲求不満だとかそういうのじゃないのだ。


 テオフィルは優しくて、いい人。

 仕事が忙しくて、二人の時間が取れないだけだ。

 サラは自分には勿体ないくらいに素敵な王子様のそばにいれるだけ、幸せなのだ。


 非現実的な妄想が好きなだけで、官能小説は趣味だ趣味。

 野望とか願望じゃない。


 そう言い聞かせて、今日もサラは自作の本を読み漁る。

 この時代に飛びぬけている性癖の自分の妄想本が大好きだったから。

 そんな時だったのだ。

 空からおとぎ話のような天使――いや蝶の羽が生えた妖精が彼女の前に舞い降りたのは。


ありがとうございました。

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