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二人の時間は終わりました

 昼間の教会は、不穏な空気を帯びていた。

 ステンドグラスから差し込む光は幻想的な色合いで、飾られている絵画の中の聖人たちがマリーたちの行く末を見守っていた。


 マリーは真っ赤な絨毯に縫い付けられるように固まったまま動けなかった。


(ああ、もうどうすればいいの?)


 リシャールが背筋が凍るほど険しい目つきで、氷剣を握りしめている。

 

「殿下……?」


 あたりが冷気に包まれ、凍えそうに寒い。

 外は晴天だというのに、教会の中は真冬と化していた。

 マリーたちの吐く息は白い。

 手先の感覚が寒さに奪われていき、睫毛が凍った。


「すぐ、終わる。ローゼ。そこで大人しく待っていろ。凍える前に終わらせるから」


 確実に体の体温は奪われていく中、明らかに不穏な雰囲気だった。


 リシャールの釣り上がった目が殺気を帯びていた。

 あれは人殺しの目だ、とマリーは思った。

 それぐらい迫力があった。


「物騒な顔だな。リシャール君は相変わらず人形みたいな顔で、人情を感じない。……寒気がするよ」

「ジャン。私の事がそれ程嫌なら目を瞑ってろ。こんな顔なんて見なければいいさ。すぐ、終わらせてやる」


 その言葉に、にやり、とジャンが笑い、剣を持って駆け出した。


 教会の中を金属がぶつかり合う音が響いた。


 マリーはその戦いを目で追うのが精いっぱいだった。


 一方、演舞の様に美しく剣を振るう二人は涼しい表情だ。

 戦うことに慣れている。

 それもそうだ。

 ジャンは性格を除けば優秀だ。


 神官でありながら、能力の高さから、戦の時は王都の守護者として戦う事もある。

 学生時代から幾度も軍から推薦状が来たほどらしい。

 ジャンの信仰心はどれほどか分からないが、神官になったのが不思議なくらいだった。

 武人の方が似合う。


 リシャールは言うまでもなく、あの恐れ多い氷華殿下なのだ。

 無慈悲で非情な、屍を積み上げる戦闘狂い。

 一国を一人で滅ぼし、化け物という人すらいる。


 こんな二人が今目の前で剣を交えている。

 ただの修道女のマリーが止めようにも、止め入る隙なんてない。

 


「君が剣なんて珍しいな。いつもはバンバン物騒な氷飛ばしてくるのに」

「私は接近戦も得意なんだ、忘れたか?」

「ははは。君は殺しはオールマイティだもんな。僕が一番知っているよ」


 ジャンは少し悲しそうに笑った。


「お嬢さん。こいつ、顔の通り怖いやつなんです。あんまり関わらない方がいい」


 ジャンは、リシャールと距離をとり、遊びのように宙で剣を回転させた。

 再度、剣が落ちるまでのわずかな時間で、接近し、指でリシャールの耳飾りに触れる。

 耳飾りに触れた腕をリシャールに掴まれ、刺されそうになるのを宙返りするかのような身のこなしで避ける。

 ジャンはマリーの方を見て、リシャールに手首を掴まれたまま、耳飾りを指さした。


「これ、何だか知ってます?」

「……」


 ジャンは落ちてきた剣を優雅にキャッチし、リシャールの手首を切り落とそうとしたところで、手を離され、またリシャールと距離をとった。


 ジャンの手首にはリシャールがつかんだ跡がもう痣になっていた。

 ジャンは戦いながら、マリーの方を向いていた。


「何って、魔器ではないのですか……?」


 マリーにはリシャールの耳飾りは、リシャールの氷魔法を使用するための、魔法石で作った武器に見えた。


 上質な石を連ねて作られた耳飾りは、彼の身に着けるどの装飾品より豪華だ。

 誰が見ても、リシャールの主に使用している魔器に見えるだろう。


「はずれ、残念」


 あははは、とジャンは愉快そうに笑う。

 対照的にリシャールは全く表情がない。

 リシャールは容赦なく剣をふるった。

 ジャンはリシャールを相手をしながら、マリーに問いかけ、器用にリシャールの攻撃を避けた。

 

 ジャンの背後の壁がリシャールの攻撃で無残に穴が開き、外の景色が見えた。

 ジャンはやはりリシャールを無視して、マリーに先程の答えを言った。


「答えは、爆弾です」

「え?」

「魔法石で作った国ごと飛ばせそうな爆弾。なかなか、物騒な物でしょう?」

「なんで殿下はそんなものを……?」


 マリーは何故リシャールはそんな危険なものを王子であるリシャールが耳からぶら下げているのだろう、と思った。

 マリーの表情が曇ると、ジャンはさらに言った。

 

「こいつはね、王子のくせに、戦場に出て戦うだけじゃなく、いざとなったらこれを使って死ぬ事も厭わない男なんです。彼にとっては、人の命も、自分の命も限りなく軽い」

「……」


 リシャールは否定しない。

 リシャールは顔色も変えず、何も言わず、ジャンと剣を合わせた。


 教会に無機質な音が響いていた。

 壁に描かれた聖人が憐れんでいる様に彼らを囲んでいた。


「彼は、悲しくて哀れで、地に落ちたような男ですよ」


 ジャンの説明に思わずマリーは黙り込んだ。


(爆弾って自爆するためのものなの……?)


 マリーは瞬時に頭で理解が出来なかった。 


 それもそうだ。

 マリーの知ってるリシャールは王子様で、マリーのような役立たずにも希望のある国の未来を語り、まぶしくていつも優しい人。


 不遜なところもあるけれど、青ちゃんもなついていて、普通のその辺の青年と変わらない笑顔もあって。

 彼の目の前には確かに明るい未来が見えていたのに。


 いつの間にか、ジャンはマリーの後ろにいた。

 マリーの後ろから肩に手を置き、彼女の首元に息がかかった。


「白い首、ああ、いい香り」

「ローゼから離れろ」


 眉根を寄せたリシャールはマリーの元に歩いてくる。

 ジャンはリシャールが聞こえないほどのかすかな声で耳もとで囁いた。


「僕は彼を救いたい」


 それは掠れた落ち着いた声音だった。


「リシャールは、僕がこの耳飾りを取れれば、なんでも言う事聞いてくれるそうです。だから、友人として彼の遊びに付き合い、こんな物騒な耳飾りを早く奪い取って、彼をまっとうな王族に返すのが僕の役目だと思ってます。君が、面白半分に近づく相手ではありません。もし、君がその気もないようなら、彼の元から早く立ち去りなさい」


 これはたぶん、忠告だ。

 ジャンはマリーに中途半端な気持ちで、リシャールにかかわって欲しくないという。


 思えば、ジャンは本気でリシャールを殺すつもりではないのだろう。

 彼から殺気はまるで感じない。


 ちょっとした戯れや剣の稽古の延長の様な気すらする。

 ジャンはリシャールの剣を楽々こなせるだけの技術がある。接近戦が得意なのだ。


 背中に背負った魔石がふんだんに埋め込まれた槍には手をつけてない。

 あちらが彼の本当の武器だ。


 リシャールだって、本来剣じゃなくて氷魔法で作った矢を飛ばしたり、氷騎士を戦わせたりするのが本来の戦い方だ。

 接近戦なんて聞いた事が無い。


 彼らにとっては実践を兼ねたよくやる危険な遊びなのかもしれない。

 とても顔なじみの様だだし、気性もお互い知り尽くしている口ぶり。


 では、普段慣れない剣を使用して戦う理由は何だろう?

 それは、マリーだった。


(氷魔法なら万が一私に当たる確率があるから)


 リシャールの性格から、うぬぼれかもしれないが、なんとなくマリーはそう思った。


 ジャンはふざけているが、マリーの道を正しているのだろう。

 神官として、何も知らない娘に普通の世界に帰る様に。

 わざとリシャールが冷血そうなアピールをして、逃げろと言っているのかもしれない。



「何を話している?」


 もしかしたら、ここら辺が潮時かもしれないとマリーは思った。

 よくよく考えれば、マリーとリシャールは住む世界が違う人間だ。


 どうせ、任務が終われば、マリーは修道院に帰る。

 もうリシャールに会うことはない。彼と共に過ごしたローゼは消える。


 今ならマリーはリシャールの事を綺麗な思い出にすることができる。

 

 それにマリーがジャンに言われるのは当たり前だった。


 リシャールにマリーが中途半端に関わるのは良くないのだ。

 思えば、マリーは、リシャールの事はあまり知らない。知ったふりしていただけだ。


 それにマリーはリシャールのあの凍えるような恐ろしい目ににらまれたら、動ける自信がない。


 ジャンの言うことが本当なら、マリーには、自爆しようとするリシャールを止める実力も、彼との関係性も信頼もなにもないのだ。


 そう。マリーは、彼を救えるだけの能力もない、ただ湧いて出たとるに足らない存在だ。


 それにさっきみたいに、一瞬リシャールに殺される、怖い、やっぱりそういう人だったんだと思った時点で、リシャールに失礼だった。


 マリーは自分にリシャールの傍に居る資格も時間もないと思った。


 それにリシャールに本当に必要なのは、何があっても信じてくれる聖女のような本当の令嬢だ、と。

 そのうち、リシャールも婚約するだろうし、きっぱりマリーは今ここでお別れを言って、関わらないに越したことないと感じた。


 悲しい事に、御伽噺の王子様との時間は終わったのだ。


「殿下、もう止めてください」

「そいつを野放しにすると貴様に悪さするぞ? 早くそこをどけ」


 リシャールはマリーに退くように指示した。

 マリーはジャンの前に立って言った。


「殿下、私はいいんです」

「こいつは貴様を連れ去るかもしれないような男だ」

「お茶したいだけだよ」

「うそつけ」


 ジャンはいろいろ知っているのかもしれない。

 リシャールの事も、今回の事件の事も。

 神官という立場から、ジャンは修道院関係者なのは間違いないのだ。


 ジャンは全くマリーであることに気づいていないが、確実にマリーの上司に当たる人だった。

 マリーはジャンに微笑んだ。


「ジャン様、お茶に行きましょう。リシャール殿下、今までお世話になりました。どうぞ、お元気で」


 リシャールは一層眉根を寄せた。


「……貴様、なにを言っている?」

「私、神官さんにずっとあこがれていたんです。実はジャン様は学校の憧れの先輩なのです。覚えてませんか?」

「ん?」


 ジャンは首を傾げた。

 やはりマリーに気づいていないようだった。

 マリーはジャンが気づかないのでウエーブのかかった髪をきゅっと一つにまとめた。


「あ、あー、ああ。良く見たら、ごめん、雰囲気変わってて気づかなかった。あの、マリーね」


 やっとマリーに気づいたらしいジャンがつい本当の名前を口にした。


「マリー?」

「学校での洗礼名です。名前は結構レパートリーが少なくてマリーがたくさん居るのです。歌姫マリーと食いしん坊マリーとか」

「なるほど」


 リシャールは納得したようだった。

 令嬢でも修道院学校を卒業する人間も多いから、令嬢という設定のローゼが洗礼名を持っていてもおかしくないし、リシャールは疑問に思わなかったのだろう。

 修道女だとバレずに上手くごまかせた、とマリーは思った。


「ああ、これは運命かもしれないね。なんて再会だ」


 ジャンは感慨深そうに言うが、すっかり忘れていたくせに、とマリーは思わずにはいられなかった。


 そんなことを話していると、教会の扉が開き、執事服を着たフレッドが立っていた。


「あれあれ、皆さんおそろいで。楽しそうなところ悪いんですが、お嬢様そろそろサロンの時間です。行きましょう?」


 フレッドは颯爽とやってきて、マリーの手をとり、そそくさと振り返らず教会を後にした。





********



 マリーはサロンが終わってから、改めてフレッドから事情を聞かされた。


 まず、フレッドがマリーのフォローの為に執事になったこと。


 次に、本当は信仰に厚い貴族の令息がマリーの婚約者の予定だったが、依頼主直属の信頼を置けるジャンが婚約者役になったと言う事。


 ちなみに、ユートゥルナはマリーの身を案じ、婚約者役を確認したところ、ジャンが婚約者になったことを知り、婚約者の件で手を出したら懲戒免職と言い渡したらしい。


 よって、マリーの安全は確保されたらしい。



 結局、マリーはフレッドに手を引かれる形で教会を後にしてしまった。

 マリーはあの時気まずくてリシャールの顔を見る事もなかったし、リシャールに声を掛けられる事もなかった。


 せっかくリシャールはマリーを心配してくれたのに、ジャンとお茶に行こうとしたし、もう呆れてマリー相手にしてくれないだろう。


 まぁ、これでよかったのだ。

 マリーはそう思うことにした。













やっと次回から本筋です。ここまで、長くなってしまいました。

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