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未完成だから。

 顔つきとか表情は結構大切だ。


 マリーはつくづく思う。

 どんなに優しい言葉を紡いでも、悪人ヅラだったら信用できない。

 どれほど親切にしても、睨まれたら親切も台無しだ。


 リシャールはとても端正だ。

 無駄がないほど、整い過ぎている。

 もう生きて動いているのが不思議なくらい綺麗な顔立ちなのだ。

 無表情だと、肖像画の聖人より麗しく見惚れてしまうだけはあるが、問題は雰囲気というものだろう。


 人間の好感度というものは、顔立ちより後者が重要だ。

 リシャールの表情はいつも悩んでばかりなのか険しい。

 眉根を寄せたり、口つぐむことが多いため、何もしてないけど、冷たくて、非情に見えて、機嫌の悪そうに感じがする。

 

 口達者だったり、お世辞でもいいから微笑みでも上手に浮かべられたらいいのに、とマリーは思う。

 少なくとも化け物とまで言われないんじゃないかな、と。

 リシャールの普通ならぎょっとする険しい視線も、迫力があって絵になるし、マリー的にはアリだったが、世間は違うらしい。


 これが数日、マリーがリシャールを観察して分かった事だった。


(氷華殿下かぁ。はじめてあった時は怖かったけど)


 マリーは黙々と書類に目を通すリシャールを見つめた。


(確かに雰囲気はよくないよね。物語でいう綺麗な悪役的な? でも、真面目で良い人だよね。律儀だし。運良くお友達とかになれたら嬉しいなぁ)


 マリーは、毎日教会に通うようになり、リシャールとそれなりに親しくなった気がする。

 リシャールは見かけとは裏腹に親切で、誠実で、律儀な人だった。

 とあるある日は、マリーが粗末な紙で絵を描いていたら、リシャールが『腐るほど余っている紙だ。遠慮しないでいい。捨てるつもりだった』といい、高級紙をくれた。


 そのまたある日は、マリーの結い上げた髪が乱れていたため、リシャールが『見るに堪えない髪型だった』という理由で髪を直して(おまけにアレンジで編み込みをして)くれた。


 そのまたある日は、リシャールがお茶休憩のときに果物を切ってくれた。まさかのりんごうさぎ。褒めたら、白鳥とか薔薇とかさらにレベルアップしていった。実は、リシャールは褒められると伸びるタイプなのかもしれない、とマリーは感じた。


 そしてよく時間がある時は、リシャールはマリーに令嬢の基本を教えてくれる。『おじきをしてみろ』といい、マリーの動作をチェックしてくれた。さらにリシャールは歴史が苦手なマリーに、わかりやすく真実を正確に歴史を教えてくれた。


 また、リシャールはマリーの勉強のために、王家の図書館で、本まで借りてきてくれた。


 だから、マリーは世間からの風当たりは強いが、リシャールはいい人だと思った。

 しかもリシャールは無自覚な無類の世話好き。

 今まで世話する人がいなかったのかもしれない、と。


 リシャールは何でもこなす器用な人だから、身を持て余している感じがした。

 でも彼は奢ることはなく、『私より頭のいい人間なんて珍しくない。天才肌というより、足りない分は努力する方だ』と言っていた。

 そう。彼は凄く自分に対しては謙虚なのだ。


 マリーは不器用だけど努力家だ。

 家事も無茶苦茶だったが、教えをこうたり、人一倍働いたため上手になったのだ。

 だから、努力という言葉が好きだった。


 リシャールの話は『下手でも努力すればできるようになる!』と言っているようで、そこには希望があって好きだった。


 今日もマリーはリシャールが制作してくれた机で読書に励んでいた。


 そんなマリーも、一時はリシャールに顎を掴まれ、気まずくなって3日ほど教会から足が遠のいた。


 その後マリーは意を決して、勇気を振り絞ってリシャールを訪ねたところ、リシャールは留守であっけにとられ、たまたま壁の恋文を発見した。

 

 それを見たり、教会の中をぶらぶらしたり、パイプオルガンを弾いて、鍵盤を閉めたところで疲れがどっと押し寄せ、伏せたまま寝てしまったのだ。

 

 気づくと長椅子に寝かされており、隣でリシャールが座って居た。

 またまたマリーが冷えない様に豪華な上着を掛けてくれていた。

 

 思わず、マリーが「上着また、捨てたんですか?」と聞くと、

 「いや、貸した」と今回はリシャールから違う反応が返ってきた。

 

 リシャールが「風邪を引かれたら困る」と言うので、マリーが風邪を引く事に何故リシャールが困るのか、と不思議に思い、「なぜ?」とマリーは純粋に聞いた。


 少し間をおいてからリシャールはため息をつき、「貴様が居ないと暇なんだ」と言っていた。

 マリーは少し嬉しかった。


 初めてリシャールと会った時は風邪をうつすなと言われていたが、今回は自分とまた会いたいと彼自身から聞かれた。

 

 そして今。

 この前の事が全くなかったこのようにリシャールは普通、というより優しかった。

 強引さも、少し怖いと思う距離の縮め方も、大人な距離もなく、穏やかな友情のような時間が流れていた。


(任務終わったら、結構仲良くなれたし、友達として、文通とかしてくれないかな。なんだかんだで、本に書いてある分からない事も親切に教えてくれるし。殿下から学ぶことは沢山あるんだよなぁ)


 マリーは氷華殿下相手に呑気なことを考えていた。

 マリーの周りは何度も生まれ変わっている神様だとか、罪を犯し修道士になった元犯罪者の友人、娼館に潜入捜査にいく謎多き友人など、個性的な人が多かったので、いい人という尺度は常人とは少し違った。


 お茶をした次の日も、その次の日も、リシャールは教会で机に向かっていた。

 マリーがくる時間帯はいつもバラバラなのだが、いつもいる。


 一番早くて朝4時。

 マリーは修道院の癖で早く目覚めてしまい、さすがにリシャールはいないだろうと思い来てみたが、居たのに驚いた。


 とっさにマリーが「おはようございます」と挨拶をしたら、意外にもリシャールは「ああ、おはよう」と返してはくれた。


 リシャールは教会に住んでいるか、ずっと徹夜しているんじゃないかってくらい、いつも居た。

 リシャールは王子サマなのに王宮に住んでないのかもしれない。


 まだマリーが令嬢になるまで3週間近くある。

 その間に本や殿下から学べることは沢山あるはずだし、絵のデッサンもできる。

 マリーはこの休暇を有意義なものにしたいと考えていた。





********




「おはようございます」


 午前7時。マリーは扉の前にいた兵に挨拶をした。


「ローゼさん、おはようございます。今日も早いですね」


 マリーが午前4時に行ったときは見張りの彼より早くて驚かせたものだった。


「これよかったら、お昼に食べて下さい」


 兵士はいつもで教会の警備していた。

 今日当番の2人は目を輝かせて、マリーからサンドイッチが入った籠を受け取った。


「ありがとうございます! いつもヤローばかりの飯屋で食ってばかりでしたから、うれしいっす!」

「ローゼさんはほんと優しくて、おれたちみたいな下っ端にも優しくて聖女みたいな慈悲があって……あの女嫌いな殿下のお気に入りなのも分かります!」


 兵士は意外な事を口にしたため、マリーは目を丸くした。

 確かに修道女は世間では自分を顧みない行いが認められ、聖女なんていう人もいる。


「お気に入りってなんですか? 私、ただスケッチしに通っているだけですが」

「また、謙遜なさって。実は、恋人なのではともっぱらの噂ですよ」

「いえ、ほんとうに私は」


 マリーはほんとうに、ほんとうに神様、ユートゥルナに誓って何もない。

 贅沢なこと、マリーは王子であるリシャールに勉強を見てもらっているくらいだ。

 それなのに、見張りの兵たちはにやにやして話す。


「またまたっ。ごまかさなくてもそれくらいわかりますって、朝早くから二人でいて、おれたちのいない時に素敵な時間をーー」

「おい、お前たち。なに油売っている?」

「で、殿下……!」


 リシャールが教会の扉を開き、顔を出した。

 その眼にはかすかな殺意ともとれる眼差しで、兵は恐縮する。

 リシャールがお茶を沸かす以外で日中立ち上がったのをはじめてみた瞬間だった。


「スポンジ頭娘は早く中に入って、勉強しろ。そこのお前も、別に私は兵などいらないが、職を失うのも嫌だろう、しっかりやれ」

「はっ!」


 リシャールはまたいつもの机に戻るかと思いきや、イライラした様子で腕を組んだまま、マリーを見下ろしている。


「私、何か気に触ることしましたか?」

「いや? 私は全然平常心だが?」


 眉根をよせてどこが平常心なんだか、とマリーは思った。


「貴様が慈善事業でどこの誰と交流を持とうが私には全く関係ないが……」


 リシャールのそれは、全く関係がない顔ではなかった。

 マリー的には、一体何が問題か全然わからない。

 リシャールは苛立ちをにじませた声で言った。


「おい、貴様幾つだ?」

「18ですが……」 

「成人しているだろう。子どもでもあるまいし、知らない男にホイホイ声かけられてついていくんじゃないぞ?」


「はぁ……」


(なんか心配してくれているのかな?)


「あの門番のチャラい男、金髪の方だ。いかにもいやらしそうな顔をしている。痛い目に遭う前に忠告だ。ありがたく思え、スカスカスポンジ娘」


 いやらしそうな顔って失礼な話だ。

 リシャールだって金髪で、装飾品たくさんつけて、結構チャラかった。

 ちなみに、リシャールにはマリーと兵がしていた話の内容が聞こえてなかったらしい。

 マリーとリシャールが二人きりの教会で秘事をしているというありもしない噂を。


(聞いていたら聞いていたで全力で否定しそうだけれど)


 マリーは修道院にいたため、フレッドとか同僚と二人っきりになっても恋仲などと噂された事も、男から酷い目に遭わされたことがなかったため、兵士たちのような一般的な感覚と自分のズレを感じた。


 リシャールもそうだ。

 マリーは令嬢でありながら、兵士に馴れ馴れしく接しているというんだろう。

 

 全然恋とか愛とかそういうものは遠い昔に諦めて、例えるならそういうものと無縁な老人のような感覚なのに。

 人と話すのは男女も関係ないし、ただ、挨拶や何気ない会話を楽しみたかっただけだ。人間同士の。

 サンドイッチを渡したのも特に意味なんてない。

 『毎日朝から晩まで警備ご苦労様です!』 というくらいの気持ちだ。


「き、気をつけます」


 でもここは、王都。

 のんびりみんなで畑を耕す修道院ではない。

 仮にも良家の令嬢なのだ。


(でも……私、いつもリシャール殿下といるよね? いつもやましい事は何もないとは言え、二人っきりだし。……しかも密室)


「なぜ、私をそんな目で見る?」

「いや、そのリシャール殿下とこうやって一緒にいるのも、はしたないことなんでしょうか、世間的には……」


 マリーは教会に『リシャール先生』に勉強を教えてもらったり、スケッチしに来ていただけの感覚だった。だが、リシャールに言われてみれば『年頃の男女2人で密室はどうか?』と思わなくもない。

 実のところ、2人は茶飲み友達程度だけど。


「貴様は、私の歳の離れた……弟子みたいなものだ」


(で、弟子?)


 マリーはぽかんとする。まさかの回答だ。


(妹とか、友達ならまだわかる気がするけど、弟子ってなんだろう? いつ、私はリシャール殿下の子分になったの?!)


「友達じゃあ、だめ、なんですか?」


 少し考えた後、マリーは恐る恐る聞いてみた。

 リシャールは長椅子に腰かけ、長い足を組み、本を開き始めた。


「……友達とは対等でなければいけないだろう」


 マリーと全く視線を合わせず、ページをめくる。

 この前リシャールは、マリーの顎を掴んでまで彼の目を見ろとか言っていたくせに。


「妹みたいな存在とか……ではダメなんですか? 弟子はちょっと……」

「妹? 全然見えんな。兄弟と呼べるのは弟のテオぐらいだ。お前の、未完成な術も私が鍛えてやらねばならないしな」


 マリーの未完成な術とは、魔本に描いたものを実現化させる術のことだ。

 大抵その絵は、蝶、鳥、植物など簡単なものであるが、それすら時々マリーの意思とは無関係に飛び出したりする。

 その点、リシャールの芸術的かつ最強の氷の魔法は完璧だ。

 戦いから硝子のカップまで利用価値無限大。

 リシャールは全然マリーの相手をしてくれないので、仕方なくマリーは折れることにした。



「そうですか、弟子で結構です」

「文句がありそうな顔だな」

「まさか。そんなことより」


 マリーはさっき兵に渡した紙に包んだサンドイッチと同じものを二人分取り出す。


「よかったら、一緒に食べません? 信じられないなら毒見もしますよ?」


 リシャールはふん、と鼻を鳴らし、キッチンに歩いて行った。お茶を淹れるためのお湯を沸かしに。


いつも、ありがとうございます……!

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