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拝啓王族サマ

 一時間ほど槍を飛ばし合ったり、剣で接近戦をしたり、十分楽しんだ後、リシャールが氷魔法で作った剣を飛ばし、ジャンを壁にはり付けたところで勝負は終わった。


「遊びはそれくらいして、そろそろ朝食食べてしまいな。とりあえず、この執務室はしばらく使えないし、『執務室2』に行きましょうよ」


 執事は手慣れたように壁の件を抜いて、はり付けられているジャンを救出する。

 ちなみに念のために執務室は10部屋ある。ジャンが懲りずにリシャールにちょっかいをかけるからだ。もう使用人たちも諦めて効率よく仕事が出来るように10部屋もあるのだ。

 これぞ、税金の無駄使い。だが、仕事部屋がないと困るので仕方なく。しばらく戦で不在だったから、今は全部屋使える状態だったのに、さっそく移動になってしまった。


「毎度毎度いくらかかると思っているんだ。……執務室の修理代はお前の給料から引いておく」

「えぇー?! リシャールだって暴れたじゃないか」

「お前が無礼だったから相手したまでだ」

「よく言うよ。なんかイライラしていたくせに」

「何を言う?」


 ジャンは神妙な顔をしてリシャールを見た。少し同情にあふれた瞳で。

 リシャールは嫌な予感がした。


「実は……お前、テオが結婚して王宮に居ずらいんだろ?」

「……」


 思いもよらない同情で言葉が出ない。

 視界の四隅で、執事が腹を抱えて、涙を流しながら笑っている。

 ジャンはリシャールの肩に手をポンと置いた。

 憐れみを最大限に込めているように眉を下げて悲しそうに。


「肩身狭いよな。つらいよな。第一王子で適齢期過ぎても未婚。だいたい、お前に結婚なんてなかなか難しいもんな。女嫌いだし、愛嬌もないし、若干サディストだし、僕も女だったら関わりたくないわ、ごめん」

「……」

「顔も宝の持ち腐れ。表情なし、目があえばまるでにらみ殺されそうだ。これじゃあ、令嬢は怖がるし、世間体も最悪。誰も大事な娘を嫁に出したくないわな。サラちゃんにも嫌われているんだろ?」


 散々な言われようだが、どれも真実だった。


「テオとサラちゃんがいる食事の円卓にも行けないし、最近は執務室すら来ない。どこにいるんだろうと思えば、まさかお前みたいは非道な人間が毎日教会に通っているとは……僕は笑いが止まらなかったよ」


 ジャンは実に愉快そうだった。

 笑いすぎて涙を流す執事にわざとらしく、「これで涙をぬぐいなさい」とハンカチなんか渡している。


「……なぜ、私があのピンクブロンドに気をつかって、教会に引きこもらねばならない?」

「え、違うの?」

「あの女は認めていない、それだけだ。空気みたいなものだ。気に留めるものか」


 それは半分事実だった。

 半分というのは、サラの為にわざわざ姿を消しているわけではないと言うことだ。

 確かに王宮は平常時でもいずらいのに、テオが結婚してから、もっといずらい。

 新婚夫婦、しかも弟は変な勘違いを起こし、義理の妹には嫌われるし。親戚関係って難しい。


「じゃあなんで? よっぽど面白い事でもあの教会にあるとか。でも僕あの教会の神父もしてるけど、歴史的美術品のコレクションがあるだけで特に変わったことは――」


 しばらくジャンは考えた。


「思いつくのは、最近妙な事件が少なくとも王都にある教会に関係している、くらい?」

「……」

「だから、巡回兼ねて、怪しいとこをわざわざ見張っているの?」

「……まぁ、そんなところだ」


 本当の事はリシャールには言えなかった。

 あの泣く子も黙る冷酷王子であるリシャールが、身分もあやしい小娘に毎日朝早くから会いに行っているなんて、死んでも言えなかった。

 リシャールの無駄に高いプライドが許さなかったのだ。


 だって、恋に浮かれているみたいで恥ずかしいじゃないか。

 しかも、彼女とは何かするわけでもなく、仲良くお茶だけ飲みに行っているなんて、ただの茶飲み友達だ。

 どこの純情青年なんだ、とリシャールは自分にツッコミを入れた。

 それに、リシャールはいつ何時も、感情が見えない澄ました顔しているのに、彼女に会えるだけでうれしいなんて誰も思わないだろう。


「そう言えば、この前、テオの結婚式の前日のことなんだけど」


 ふざけるのをやめたのか、真面目な声でジャンが言った。

 懐から修道院から送られてきた書状を取り出す。


 事は式の前日。

 テオ、リシャール、ジャンで極秘の会議を開いたのだった。

 内容は王宮の地下にある魔本が盗まれ、最近一部の魔物が悪さをしている件について。

 さすがに封じ込めになると、ジャンや他の神父では出来ない。

 逃げた魔物が結構年季が入った本に封印されており、古代文字も読めず、専用の魔本も取り寄せなくてはいけないし、ジャンはその他の仕事も忙しい。でも誰にでも取り扱える案件でなく、極秘になっている。もし、古代魔法の事を知れば、誰かしら悪用するものが出て来るのは容易に想像できたからだ。

 それで、修道院本部に依頼する事にしたのだ。


 ジャンも修道院の学校を出ているため、実害のある魔物に対しての攻撃は可能だが、封印となるとちゃんとした穢れない聖女が得意分野だった。

 男の神父では悔しいが役に立てない。 

 しかし、修道院は何を思ったか、聖女の為に偽婚約者を条件にしてきたのだ。ちなみに執事も。

 カモフラージュのためだから、本格的にしようとなったらしい。

 ふざけたことは、修道女の昇進試験を兼ねていたこと。

 王族も軽く見られたものだった。

 ちなみに修道院と関係が深い神父のジャンにこの件は一任してあった。


 神父は人間だ。

 修道院に仕える修道士は神の持ち物。

 だから、神父は布教、宗教行事、悪魔祓いは行うが、結婚や恋愛は自由。

 ジャンは腕の立つ国の神官でもあるから、戦争時は王族を守るために戦うこともあるし、祭りなどの行事も担う。

 ジャンは王族と修道院を取り持つのも仕事なのだ。


 最近はリシャールのせいでことごとく関係性は悪化しているが。



「僕が婚約者になることにしたよ。執事は、希望通り君で」


 ジャンは若干嬉しそうな顔だ。別に本当に婚約するわけでもないのに。頼むと言われた執事もぱああっと明るい笑みを浮かべる。


「わかりました、喜んで。どうせ、リシャール様は俺なんて不要で暇ですし。可愛い修道女の助けになれればうれしいしー」

 と軽いノリで、彼は帰ってきて早々リシャールの執事を辞退した。


「修道女、好きなんだ。純粋で真っ直ぐな女性が多いしね。身持ちも硬くて、好みさ。もしかしてこれは運命の出会いになるかもしれない」


 ジャンは修道院の送ってきた資料を見る。


「とても家庭的な女性さ、特技は炊事洗濯針仕事、血液型は――」


 ジャンはまるでお見合い写真を眺める様に、嬉しそうだ。

 もしかしたら、ジャンも幼馴染のテオが結婚したからそろそろ本気で身を固めようとしているのかもしれない。

 結婚式で感動して女遊びをやめて結婚したいとほざいていると噂だったから。


「婚約者の件、僕でいいよな、リシャール?」

「好きにしろ」


 その時は誰も、リシャールが内心腸が煮えくり返っているとわからなかった。

ありがとうございます、感謝です。

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