プロローグ
恋に血迷った王子様目線から始まります。
寝ても覚めても、何をしていても、どんな時でも、彼女の事が脳裏に焼き付いて、頭から離れなかった。
窓から見える鮮やかな朝焼けは、朝のはじまりを告げている。
空に張り付いた真っ赤な血のような景色と同じように、ベッタリ自分に染みついてしまった彼女の残像を消し去ろうと思い立ったリシャールは、ベットから徐に起き上がった。
彼女が我を忘れるほど無我夢中でリシャールを求めてきたり、虚ろな顔で泣いたり、どんな恥ずかしいことも喜んで受け入れてくれる……有りもし無い甘い夢の妄想から醒めなくてはいけない。
これを悲しき片想いと言うのだろう。
現実は笑いかけてくれることはあっても、リシャールからの好意は無下にされ続けている。
告白しても、冗談と言われ、相手にされないのだ。
愛している、なんて言われるなんて夢のまた夢。
もう、朝なのだ。リシャールは、彼女の事を考えていたら今日も全然眠れなかった。
手先の間隔が無くなるほど冷たい氷水で顔を洗っても、頬が妙に熱っぽかった。
恋が病なら、あれは本当だ。
肉体も精神もことごとく壊す。
バリン、バリン。
氷が砕けるように、随分昔から何も感じなくなったリシャールの心を溶かしていくのだ。
まぁ、鏡で見たリシャールの表情は驚くほど冷たく人形みたいだから、誰も彼の気持ちは気づかないだろう。今日も恐ろしく澄ました顔をしていた。
リシャールはその後熱っぽさを感じつつも、普段通り身支度を整えて、執務室に行き、休憩を取ることなく公務に励んだ。
そして、ちょうど昼過ぎに一仕事終えたところで、息をついた。
(ああ、もうすぐ、時間だな)
しばらくリシャールは戦に明け暮れていたから随分仕事が溜まっていたが、『今日のために』せっせと終わらせて、明日から3日ほど休暇の予定なのだ。
今日まで結構カッ詰めて仕事をした甲斐があったと、リシャールは内心喜んだ。
(明日、明後日はゆっくり眠りたい。本当に本当に寝不足で困っているんだ)
不眠というものは、自分ではどうしょうもないからたちが悪い。
リシャールはこの頃とある『妄想』に悩まされながら仕事をこなし、部屋の改築工事もしていた。
しかも、夜の間ずっと工事の音がうるさかった。
騒音が不眠の原因であるなら、別の部屋で寝ればいいのだが、リシャールはわざわざ部屋を借りるのも面倒で、どうせ数時間しか横にならない仮眠するだけの自室だからそのままそこで寝ていた。
そう。リシャールは真横でうるさい工事をしていても不眠とは何も関係がないのだ。
ギュインギュインガガガガガガ!!
壁を削ったり、トンカチで釘を打つ騒音より厄介のは……この甘ったるい『妄想』なのだ。
リシャールは目の前がかすんだ。
連日の疲れからか、不意に、目蓋を閉じると、幻覚を見るのだ。
つまり、リシャールを悩ませてやまない彼女の姿が現れてしまう。
(ああ、どうしよう)
恐ろしいことに彼には、怖いくらい鮮明に、一点の曇りなく彼女を思い出せた。
最早、末期症状だ。病気だな、と思った。
だがしかし、目を閉じ、彼女の妄想に笑いかけられるだけで、リシャールの胸が切なく何とも言えないいやらしい気持ちになった。
妄想なのに。
それは不毛すぎるし、リシャールは早く本物の彼女に会いたい気持ちでいっぱいだった。
「殿下、また宗教裁判にかけられそうですけど、どうします?」
リシャールが彼女との思い出の回想の途中で、幼い頃から仕えている執事が駆け寄ってきた。アルフレッドだ。
アルフレッドは書類と新聞を片手に、実に胡散臭い笑みを浮かべていた。
どうせ、ろくなことじゃないだろう。
「今回で裁判は何軒目ですか、殿下。今朝の新聞でも、氷華殿下は人の肉が好物だとか書かれてましたよ。もう、立派な犯罪者の扱いですね」
アルフレッドは呆れて新聞を広げてみせた。
(ああ、うるさい。……また、訴えられたのか)
リシャールはかの悪名高い『氷華殿下』だ。
我が国、ローズライン王国第一王子にて名悪役。
王子というより、まるで空想の化け物やサイコパス扱いされているのが、リシャールである。
異能を使い、戦に明け暮れている冷酷非情の王子らしい。
「どの件だ?」
「10年前に町はずれの墓を暴いて死人を生き返らせたあれです!」
そんなこともあったな、とリシャールはしみじみ思う。
それはリシャールがまだ15の時の事だ。
リシャールは王子でありながら、死者蘇生の実験のために王都中の墓巡り、墓荒らし、死体探しに勤しんでいたのだ。
ちなみに、最近は戦に明け暮れていたから、しばらくは墓荒らしはしてない。
別に仕事だから、墓をほじくっているだけで、リシャールは死体が好きとかじゃない。
リシャールは化け物みたいな噂みたいに人の肉は食べないし、どちらかというと安価でヘルシーな鶏肉が好きだ。
「ああ、なんだ、10年前か……もうそんなに経つのか。問題ない、もみ消せ」
「りょうかいでーす」
執事はそれだけ言って颯爽と退散した。
(話のわかるやつだ)
普段はチャラチャラしていて、女絡みの節操のないろくでなしの男で、リシャールは早く彼を解雇したいところだが、こういう時はお互い気持ちが通じている気がした。だから、リシャールはやっぱり今回は解雇は見送ろうと思った。
リシャールは最後の書類を確認し、部屋を出て、長い回廊を渡った。
リシャールが悠然と歩くさまは威厳に満ち溢れ、畏怖すらあり、道ですれ違う人々は身分関係なく礼をする。
恐怖で顔を引きつらせている者もいるが、いつものことだから特に何も感じなかった。
王城の長い回廊を歩いていると、なぜかふと意図せず、リシャールは彼女を思い出した。
それはまるで、リシャールの穢れた心にグサグサグサと突き刺さるように、真っ直ぐ見据える曇りない眼差しだ。
リシャールはその刺された傷から、毒々しい気持ちが溢れて止まらないから、最近は困っていた。
「殿下? こんなところにいらっしゃったのですか?」
「……」
突然声をかけて現れたのは、リシャールの妄想ではない彼女だった。
彼女はリシャールを見つけると小動物みたいに駆け寄ってきた。
彼女は、世間では非情冷酷人でなし化け物と言われるリシャールですら、警戒心や恐怖心は全くなく、危ないくらいに人懐っこい人物だ。
彼女の顔は、整ってはいるがこれと言って目を惹く容姿では無い。
どちらかというと地味かもしれない。よくいえば清楚。
髪は栗毛、瞳はエメラルド。この国ではそんなに珍しいこともない。
「殿下、どうされました? 私、もしかして……なにか怒らせることでもしました?」
「いや?」
彼女は、リシャールからの呼び出しで来たのだろう。
リシャールの機嫌を伺うようにおずおずと訊ねてきた。
「あ、もしかして……具合でも悪いのですか? クマがひどいですね。顔色も若干いつもの3倍増しで蒼白な気がします」
彼女は、実に心配そうにリシャールを見つめた。
「仕事しすぎじゃないですか?」
リシャールに呼ばれて心当たりがあるのか、ビクビクしていたかと思うと、体調を気遣ってくれる。
彼女はこう言う人なのだ。
困っている人がいたら見過ごせないという、いかにも聖女らしいお節介。
「怒ってもいないし、具合も悪くない。今日も絶好調だ。ただ……少し、貴様に用がある。ついてこい」
「はい、わかりました」
リシャールは彼女に歩調を合わせながら、長い回廊を歩き、目的地に向かった。
窓から差し込む陽射しが強い。
外では昼食のために文官が城を出入りしている。
リシャールはふと視線を感じ、やや後ろを歩く彼女を振り返って見る。
彼女は何やら、にやにやリシャールの『顔』を見ているようだ。
「なに、じろじろ見ている」
「いや、その……やっぱり殿下は綺麗だなと思って」
くすっと、楽しそうな笑い声がリシャールの耳の中で響いた。
彼女は、よくリシャールを見て嬉しそうに笑うのだ。
「惚れそうなくらい美人さんですね」
「褒めても絵のモデルにはならない」
彼女は、うっとりとした顔をしてリシャールを見つめた。
リシャールは思わず勘違いしそうになるが、それは惚れているわけではない。
(十中八九、……また絵のモデルの話だろう)
彼女の趣味は少し変わっていて、自分でもぞっとするくらいの表情のない冷血な顔立ちの、リシャールの顔が好きだそうだ。
リシャールの顔の血色は悪く、気味が悪いほど青白い。
瞳は深い青と緑を混ぜた邪悪な色。
唇は薄く、笑うとなんとも怪しげで底意地が悪そうに見える。
それはどんなに愛想らしく微笑みを浮かべても、人を小馬鹿にしたような顔だ。
だが、彼女はリシャールのこんな顔をずっと永遠に見ていられるぐらい、好きだった。
この気色悪い人形みたいな顔がお気に入りだ。
(そう、顔だけ。残念だが、本当にそれだけ)
単に絵のモデル。それ以外の感情はない。
もしかしたら、男とすら思われていないかもしれなかった。
だって、今までどれほど『密会』を重ねても全く手ごたえがなかったからだ。
彼女はリシャールの『顔』だけが目当て。
今ならリシャールにも身体だけ目当てにされた女の気持ちが解る。
(お互い、悲惨だな)
リシャールは目的地に彼女を招き入れ、そっと扉を閉め、内鍵を閉めた。
「殿下、の、部屋です、か?」
「……ああ」
まぎれもなく、この国の王子であるリシャールの部屋だった。
リシャールはほとんど部屋にいないので、本棚もすかすかで、生活感がなく、やや殺風景だ。
しかしながら、王子の部屋であるため、各部に細工の施された豪華で広い部屋ではある。
今はもう弾かないが象牙のグランドピアノまであるくらいだ。
「広いですね」
彼女は部屋の豪華さに驚いているようだった。
ちなみに今日、リシャールははじめて彼女を自室に招待した。
今、リシャールは自室で彼女と二人きりだ。
もちろん、鍵もしっかりかけた。
もしリシャールが自分とは別人で『平凡な男』だったら、『義務』 とか『立場』、そんなものがなければ、刹那の衝動にかられて掻き抱いていた確率も否定できない。
そんな気持ちだった。
(まずは、手始めに、男を美人などと言う、愚かな薔薇色の唇を塞いでいたな、絶対)
リシャールが何も言わずにベッドに腰掛けると、慌てて彼女が覗き込んできた。
「自室なんて……ほんとうに具合でも悪いんですか。すこし、お顔が赤いと言いますか、熱っぽい気もします。医者をお呼びしましょうか?」
「……心配してくれるのか?」
リシャールはこんな邪な想像を膨らましている自分を気遣う必要なんてないと思った。
でも、リシャールは心配してくれるのは素直に嬉しかった。
なんて優しいんだ、と。
リシャールを心配なんてしてくれる人物、ここ最近はいないのだから。
リシャールは国を守るためとはいえ、凶悪な術ーー触れる事なく全てを凍らせ、跡形もなく消し去ることで、恐ろしいスピードで戦に勝利してきた。
我がローズライン王国はリシャールただ一人の力で戦に勝っているといえるぐらい。最早王子ではなく、兵器だ。その自覚はあった。
リシャールの発言に彼女は憤慨したように、ムッとした。
「あ、当たり前じゃないですか」
リシャールにとって彼女の少し怒った顔も魅力的以外何ものでもなかった。
そう。怒っていても愛くるしいだけ。
頼むから、他の男にもその可愛い顔で見上げて、心配したように親切なんてしないでくれ、と思うくらいだ。
そいつ、たぶん殺すから、と。
「殿下? 無理なさらずに、私に頼ってください。お薬でももらってきましょうか?」
リシャールはさっきから思考回路が忙しくて、無言だった。
リシャールは心配する彼女をよそに、このままお言葉に甘えて、看病してもらうとかどうだろう、とすら考えていた。
(いやいや、ダメだ。この……彼女の無責任な優しさに縋りたいと一瞬思ってしまったらもう終わりだ。計画通り物事を進める方が先だ)
実は彼女、案外油断できないのだ。
彼女はリシャールに優しくしておいて、いきなり次の瞬間、目の前から姿を消す確率すらある恐ろしい女だった。
一つ言っておこう。
この無垢で親切で愛らしい彼女は、嘘まみれな女だった。
ひどい話だが、何一つ真実がなかった。
(でもいいさ。好きだから。愛しているから、全部許してあげよう)
リシャールはひどすぎるくらい寛大だった。
それくらい惚れていたのだ。
「ローゼ」
「殿下?」
リシャールは、彼女の本当の姿も身分も名前さえ教えてもらっていない。
ローゼという、彼女の名前も実は真っ赤な偽物だ。
「なにか、貴様は私に言わねばならないことはないのか?」
「なんのことでしょう?」
彼女は首を傾げた。
(ほら、上手くごまかしている。私は知っているんだぞ。貴様の正体、目的を。普通の令嬢ではないだろう?)
リシャールは彼女すぐ隣の部屋に連れて行った。
部屋を拡張し、作らせた続き間だ。
つい昨日完成したのだ。
「中を見てみろ」
「え、はい……」
そこにあったのは、かわいらしい木の机、本棚には恋愛小説から料理のレシピまで様々なジャンルの本、ドレッサーには所狭しと並べられる化粧品ときらびやかなアクセサリーだ。
作り付けのクローゼットには、ドレスに、帽子に、箪笥には下着まで揃っている。
彼女は絵を描くのが趣味だから、画材ももちろんあった。
「あ、もしかしてこれ、殿下の恋人のものですか? そうですよね、殿下にもそういった方いらしてもおかしくないですもん」
「不自由なく暮らせるように揃えたんだ」
「そうですか。そういうことなんですね」
彼女は納得したような顔をしてリシャールを見た。
「……私に婚約を破棄して欲しいために呼んだのですね。おかしいと思ったんです。私の相手が殿下なんて――」
「いや、破棄はありえない」
「は、はい?」
リシャールはきっぱりと答えた。
ここで変な勘違いをされて話が面倒になっても困るのだ。
婚約破棄が流行っているらしいが、リシャールはそんな流行りに乗りたくなかった。
それにリシャールは早く結婚したいから、時間がなかった。
「貴様は私が在りもしない恋人と住んでいると思っているのかもしれないが、生憎そんな事実はない。婚約も絶対破棄しない」
「不自由なくそろえたって……まさか」
彼女はクローゼットのドレスを取り、自分に合せてみた。うん、ぴったりだ。
そして彼女は靴も恐る恐る試着してみた。
うん、サイズは合っている。脱げることはない。
何故か彼女は青ざめていた。
「殿下、何しているんです? ああ、ドッキリ的なやつですか。一緒に暮らそう、愛してる、実はお金のかかった遊びでしたー本気にさせてごめんね、的な?」
「意味がわからない」
「サイズが全てオーダーなのもちょっと度の過ぎた嫌がらせですか? あはは、殿下はもう、やることが私の範疇を超えてます、冗談は綺麗な顔だけにしてください」
「いや、大真面目だが?」
「……え」
彼女はゆっくりドアのほうに後ずさっていくので、リシャールも距離を縮めるように歩をすすめる。
(どうして、逃げる?)
リシャールは彼女が後ずさる理由がわからなかった。
だが、しかし彼女が逃げるから、男の本能で追ってしまうのは仕方ない。
リシャールは彼女に逃げられると拒否されているようでいらいらしてしまうがぐっと堪えた。
「服の替えもないと不便だろう。裸が好みなら構わないが」
「いえ、屋敷に帰るので結構です。お気遣い無用です」
「貴様のサイズはなかなかなくて苦労した。寸法直しに時間がかかってな。今度からはすべてオーダーメイドにする」
「いえ、殿下にその様な買い物をさせるわけには! というか、なんで私のサイズ知っているのですか?」
「ああ、気に入らなかったか? お金のことは気にするな、私は一応この国の王子だ。婚約者殿にこれくらいしたところで安い買い物だ」
「そういう意味では」
「だったらなんだ? 何が気に食わない?」
「……あのなんかいろいろ間違っている気が……。やっぱり、よ、よ、用がありますので失礼します! ごきげんよう! 殿下また明日っ!」
彼女は猛スピードで踵を返し、扉を開けようと取っ手を捻る。
ガチャガチャ。
ガチャガチャ。ガチャ……。
「……あれ、開かない」
残念だが、鍵はとっくに閉めてあった。
リシャールにとって彼女が逃げていくのも、まぁ想定内と言ったところだった。
リシャールは用心深い男だから、内鍵も彼しか開かない仕様だ。
「どこへいく? 貴様は私の婚約者だろう?」
リシャールはバン、と片手を扉についた。
ビクッと彼女の身体がぶるぶるぶると震えた。
彼女はリシャールより頭ひとつ分以上小さいから、彼に覆い被される形となった。
「なぜ、家に帰る? ここにいれば通う手間が省ける」
時間と経費の節約。と言えば伝わるとリシャールは思った。
彼女は無駄遣いを嫌う倹約家だから理解してくれるはずだ、と。
リシャールは婚約してすぐの同居は性急かもしれないが、ふらふら彼女を放し飼いにするほど、彼女を信用してなかった。
彼女は涙目で訴えた。
「いやいやいや! 何考えているんですか、あなたは!」
リシャールは何故彼女が泣きそうかわからなかった。
今まで彼女を怖がらせたことはなかったし、大切に大切に見守ってきた自負があったのだ。
それにリシャールは、どっかの恋愛小説みたいにバーン!と押し倒し手籠にこともないし、不意打ちに熱いキスもしたことがない。
(……今日からは気が済むまでするけれど。十分待ったからいいだろう?)
リシャールは落ちついた声で言った。
「……じっくり、会話をしたいだけだ」
それは真っ赤な嘘だった。
本心では邪な事しか考えていない。
リシャールは彼女によく聞こえるようにできるだけ近くで囁いた。
落ち着いて、落ち着いて聴いてほしい、と。
そしたら、そんなに怖がる必要なんてない。
(今は彼女の立場から私を受け入れられなくても、いい。悪くはしない、素直になるまで、優しくするから)
リシャールが彼女に危害を加えることなんてない。それどころか、一生大切に世話して可愛がって甘やかして愛してあげたかった。
ちょっとはじめは抵抗があるかもしれないが、愛し合うとはそういうものと彼は思っていた。
「う、うそ」
リシャールは今は本当に会話したい、それだけだった。
夜になれば、まぁ、そういうわけにはいかないけど。
彼女はひどく動揺していた。
リシャールは今まで散々彼女とふたりで会っていたのに、彼女のその拒否の姿勢が納得できなかった。
(さっき、散々この無駄に整った人形みたいは容姿を褒めていたじゃないか。少しは好いてくれている、んだろう?)
リシャールは彼女を見下ろして言った。
「嘘のわけあるか。こんなところで立ち話もあれだ。来い」
リシャールは自分でも恐ろしいほど低い声で言った。
そしてリシャールはビクッと反応する彼女の細い手首を掴んで、ベッドに座らせた。
「結婚は悪い話じゃないだろう」
「いや、その、あのですね」
「私は戦に出る事が多いし、万が一死んだら私の私財は全て貴様のものだ」
「私財、そんなもの、頂くわけには……!」
「遠慮するな。一生贅沢できる額はある。好きな物を買うなり、貴様がはまっている慈善事業に寄付するなり、好きにしろ」
「いえ、頂くわけにはいきません! お金にちらつかせて囲い込むなんて、殿下。犯罪者のやることですよ……」
「ローゼさえいれば、この部屋で十分一生幸せに暮らせる。私たち、上手くやっていけると思わないか?」
「な、なな、な、殿下、やっぱり、なにか凄く間違って」
「貴様、この前言っただろう。しばらくは忙しくなるからもう会えないって。だから、こうやって会えるようにしてやったのに、なんだその態度は。私にした事を忘れたのか?」
彼女は押し黙った。
そうだ。元はといえば、リシャールの静かな世界は彼女に粉々に壊されてしまったのだ。
今更、元には戻れなかった。
ぐちゃぐちゃに無残に割れてしまったのだから。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
拙い文章で申し訳ありません。
基本、不定期で連載してます。