ゴードンの手下
音を置き去りにするほどの素早さで迫り来るゴールドファング
鋭い牙と爪が獣の巨体と共に音速を超えてドールを襲うのだが、ドールはクルリと翻り、まるで流れようにして金色の狼の背後へと回り込む。
そして、狼の背を蹴り飛ばして踏み台代わりとし、そのまま後方へと大きく飛び退いた。
「・・・しっ!」
口から息を細く吐きながら、ドールは弓を構え、同時に矢を射る。
しかし、彼が矢を放った瞬間、照準を定めた箇所から金色の狼の姿がパッと消える。
「っ!?」
ドールは急に姿を消した金色の狼の姿を捉えようとはせず、全身に風を纏い、防御の姿勢をとる。
そのドールの判断は正しかった。
ドールの耳に風切り音が響いた時には、すでに彼の全身に激痛が走っていた。
視界がグルグルと回転し、自分の体が勢いよく飛ぶのを実感していた。
姿を捉えようと先にしていれば、防御は間に合わなかっただろう。
「がっ・・・」
クルクルと回転しつつ、空中で体勢を整え、見事な着地を決めるドール
しかし、彼の右腕は肩から先がなくなっており、胴体からはキラキラと緑の光の粒子が血のように流れていた。
「ドール!!」
「来るなっ!!」
ドールは背後から聞こえたライラの声に、振り返ることはせずに叫び返す。
「お前はユグ様達をお護りしていろ!ここは私が!!」
「・・・分かったわ!!」
ライラの返事を耳にしたドールは、刹那、安堵した表情を見せる。
そして、すぐに強敵達を見据える。
「グルルルルル・・・」
ゴールドファングは警戒を露わにしていた。
ドールを穿った時、確かな手応えがあった。
しかし、ドールにダメージは顕著だが、まだ息をしており、戦意も衰えていない。
想像よりもダメージを与えられていない。
その様子は、ゴールドファングの警戒心を強く刺激していた。
魔物とはいえ、野生の動物、臆病なまでの慎重さと呼べるだろう。
「・・・逃がさないで!」
シェリルがゴールドファングの背後から叫ぶ。
すると、金色の狼は、前足で地面を大きく叩く。
「っ!?」
「グルルルルル・・・ガウガウ!!」
まるで、俺に命令するなとシェリルへ告げているような態度だ。
ゴールドファングは逃げようとするライラや少女達に興味関心はない。
あるのは、目の前にいるドールだ。
仕留め切れなかった手負の獣
次こそは確実にと、ゴールドファングは爪を地面で研ぐ。
「・・・いいわ、私達で追いかけるわよ」
シェリルは男性へと声をかける。
すると、男性はコクリと頷いて、そのままライラ達を追いかけていく。
そんな2人の男女を見送るのはドールだ。
ゴールドファングと睨み合う彼に、2人を阻めるほどの余裕はない。
ここでゴールドファングを食い止められなければ、主人であるユグに大きな危険を及ぼすことを、ドールはよく理解している。
そして、ライラへの信頼もあるのだろう。
「・・・頼んだぞ、ライラ」
そうドールが呟くと、目の前のゴールドファングを睨む。
「グルルルルル・・・ガウガウ!!ガウ!!」
ゴールドファングは勢いよくドールへ吼える。
すると、ドールは獰猛に笑う。
「来い・・・犬っ!」
ドールはゴールドファングへそう告げる。
すると、ゴールドファングは微かに口元を歪める。
ーー第2ラウンドの開始である。
ドールはすぐに片腕を振り上げて、手にしていた弓を空へと舞い上げる。
そして、懐から小太刀を取り出した。
その奇妙な一連の行動に、ゴールドファングは思わず前足を一歩下げる。
そして、金色の狼はハッとした様子を見せると、地面を蹴り上げて、大きく後ろへ飛び退いた。
獣が立っていた場所へ、上空から無数の矢が降り注ぐ。
「ガウっ!」
空中へ飛び上がったゴールドファングを追いかけるように、上空に放たれた弓から矢が連続で放たれていく。
空中で身を翻して、自身の軌道を変えて、連射される矢の射線から逸れたゴールドファング
そんな獣を待ち構えていたように、ドールがゴールドファングの首元に向けて小太刀を突きつける。
回避はできないと判断したゴールドファング
首はもちろん、胴体へのダメージを避けるため、あえて肩で小太刀を受けようと体を捻らせる。
肩に小太刀が射し込まれていく感触を確認すると、ゴールドファングは前足を振り回してドールへと叩きつける。
体重が乗らず、腕の力だけであったためか、ドールの風のバリアを突き破ることは敵わなかった。
しかし、ドールを遠くへ飛ばすだけの威力はあったようだ。
地面を滑りながら着地するドール
キッと前を睨むと、肩に小太刀が刺さったままのゴールドファングが地面に着地するところであった。
その小太刀をさらに睨むドールは、指をパチンと鳴らす。
ーーゴールドファングから爆音が響く。
肩に刺さっていた小太刀が爆発したのだ。
「ガルルル・・・ガウ」
「・・・っ」
巻き上がる煙の中から悠々とゴールドファングが姿を見せる。
肩には刺し傷はあるのだが、すでに血は止まり、塞がり始めている。
爆発も大したダメージではないのか、力強く地面を四肢で踏み抜いていた。
「・・・ぐ」
ドールはそんなゴールドファングを前にして、地面へ膝を付く。
ダメージが大きいのもあるが、一連の攻防で魔力を大きく消費し、もはや力が残されていない。
何度も立ち上がろうと全身を震わせるドール
しかし、体に力をうまく伝えることができず、再び地面に膝をついていた。
「がっ・・・ぐ・・・」
そんなドールへ、ゴールドファングは容赦をしない。
背後へ回り込み、自分の動きを目でも追い切れなくなっているドール、その死角から懐へと入り込む。
「がぁ!!」
そして、ゴールドファングは前足を勢いよくドールの脇腹へと叩きつける。
その勢いで、ドールは広場を横断するほど飛ばされ、背中で地面を滑りながら着地する。
「が・・・うっ・・・」
ドールはそれでも立ち上がろうとするが、ダメージは凄まじく、そのままガクリと気を失ってしまう。
「グルルルルル・・・」
そんなドールへしっかりと引導を渡そうと、のそのそと寄っていくゴールドファング
不意打ちを警戒したゴールドファングはゆっくりとドールへと近づいて行く。
やがて、ドールとの距離が半分まで詰まった頃、広場の中央に差し掛かったところで、ゴールドファングは立ち止まる。
そして、空を見上げると、何かが上空から落ちてくることに気付く。
「・・・ガウ?」
ゴールドファングの目の前に落下したのは、リザードマンと人間が混ざり合ったような女性である。
「がっあ!!!・・・あの・・・クソガキッ!!!」
ドシルが対峙していた金髪ツインテールの女性だった人物だ。
ワイバーンを吸収したことで魔物のような姿に変貌している。
全身には細かい切り傷があり、何者かから攻撃を受けているようだ。
「・・・おいおい!終わりかー!ねーちゃん!!」
ぴょんっと広場に姿を表したのは、禍々しい紫のオーラを纏ったドシルだ。
彼の手には、自身の身の丈もあろうほどの刀が握られており、その刀からはさらに濃い紫のオーラが纏っていた。
「ガルルルル!!!ガウガウ!!」
ゴールドファングは、ドシルを見るなり、全身の金色の毛を逆立てる。
生物としての本能が、野生の本能が、ドシルの存在を全否定しろと叫んでいるようであった。
「うるせー!!犬っころが!!黙ってろ!!」
「ガウガウ!!」
急に吠え始めるゴールドファングへ苛立つ女性ノルン
近くでキャンキャンと吠え立てる金色の狼へ何度も叫ぶ彼女だが、ゴールドファングの眼中にノルンはいない。
彼女の苛立ちに関心を向ける余裕など、金色の狼にはないようだ。
「・・・おん?すげー!!かっこいい!!」
ドシルは広場にノルンの他にゴールドファングがいることに気付く。
その金色の狼は、子供心を大きく擽ぐるようだ。
「お・・・おっと!!」
しかし、ゴールドファングは違う。
ドシルへ向けているのは、恐怖からくる殺意だけであった。
音速を超える速度でドシルの背後へと回り込み、その太い腕と鋭い爪を叩きつけようとする。
「キャン!!」
ゴールドファングの前足が空を舞う。
体をクルリと回転させ、金色の獣よりもさらに素早い速度で剣を振るい、ゴールドファングの前足を斬り飛ばしていたドシル
そして、返す刀で、獣の首を斬り飛ばそうとするが、ゴールドファングはあえて身を突き出す。
その頭部でドシルを押し飛ばすことに成功したが、ドシルの放った剣閃は、深々とゴールドファングの肩を切り裂いていた。
前足を斬り飛ばされ、片方の肩を深く切られたゴールドファングは、そのまま地面にぺたりと倒れ込む。
「ガウ・・・グルルル!!!」
なくなった右前足と、動かない左前足
その二つの分まで後ろ足をバタバタと動かすが、思うように動けない様子のゴールドファング
それでもと、ゴールドファングは最後まで闘うことを諦める様子はないようだ。
後ろ足だけで地面を何度も蹴り、腹と頭部を地面に擦りながらも、尻餅をついているドシルへと向かっていく。
そんな金色の狼の体が不意に持ち上げられる。
「キャンッ!?」
ゴールドファングを持ち上げていたのは、リザードマンのような姿となったノルンだ。
大きく口を開き、両手で持ち上げたゴールドファングを、まるで一飲みにしようとしているようだった。
否、まるでではない。
今、まさに、彼女の両腕がゴールドファングから離れると、支えを失った金色の狼の体躯は、異様なまでに広がったノルンの口内へと降下を始めた。
「・・・ガブリ!!」
「おい!狼まで食べんのかよ!!」
ドシルは起き上がりながらも、ゴールドファングを丸呑みにしているノルンへツッコミを入れる。
頬を大きく膨らませながら、ゴールドファングを咀嚼しているノルン
ドシルの言葉にコクリとだけ頷くと、そのまま咀嚼を再開する。
「・・・ガブガブ、ボキボキ、グチャ・・・バキ・・・ボリボリ・・・ゴクンッ!」
ノルンがゴールドファングを飲み込む。
すると、彼女の体が急に、ボンっと膨らむ。
空気を一気に注入された風船のようであった。
そして、膨らんでは、縮み、膨らんでは縮みを繰り返す。
「お・・・おい・・・」
異様な彼女の様子を前に、ドシルは敵であるノルンを心配そうに見つめていた。




