奴隷2
・・・奴隷
土地や家を持たない人間のことを指す言葉だと、マルルちゃんから聞いたことがある。
土地や家などを誰かから借りて生活することが一般的だと知っていた。
言葉の印象以上に、劣悪な環境に身を置いて生活してるわけではない。
もちろん、現代日本と比べれば生活水準は低いのは確かだ。
しかし、鞭を振るわれたり、理不尽に殺されてしまったりと虐げられているわけではなかった。
「・・・奴隷」
カイルはその言葉を繰り返す。
今まで意識することはなかったが、あらためて口にされると、自分の立場に違和感のようなものがあった。
・・・そもそも、あの村の外の人と話す機会はなかった。
ガジェッタはいたけれど、そんなに参考とならない。
もしかすると、村の外では虐げられてしまうのかもしれない。
「ケビン!お前は何てことを聞くんだ!!」
「だってよ・・・」
ライクはケビンの質問に憤怒していた。
当然であろう、恩人と呼ぶ相手へ奴隷と尋ねる人間がいれば、怒るのは無理もない。
しかし、当のカイルはコクリと頷いていた。
「・・・そうですね。僕は奴隷です」
「やっぱりか」
ケビンは目を細めて寝ているローザを見る。
それはまるで睨んでいるような視線であった。
「カイル君」
「はい?」
ライクから神妙な声が聞こえると、思わずカイルは姿勢を正す。
「私達なら・・・君を奴隷から解放できる」
「え?」
「おう・・・協力してほしい」
ライクの言葉にケビンが続く。
カイルは怪訝な顔を示しながら、脳内では混乱していた。
別に奴隷からの解放を望んでいるわけではなく、単純に故郷へ帰りたいだけだ。
ケビンとライクの2人と噛み合わないのは、カイルがこの世界のことを知らないことも要因であろう。
話が不本意な方向へ進もうとしていることに気付いたカイル
慌てて2人へと告げる。
「ぼ、僕は奴隷のままでも構いません!」
「・・・っ」
「ぐ・・・」
カイルの言葉にライクとケビンは顔を険しくさせる。
というよりも、悲痛な面持ちをしていた。
「え?」
「・・・カイル君、繰り返しになるけど、君は恩人だ」
「ああ!お前には何度も助けられた」
2人は真剣な表情でカイルへ話す。
そんな2人を前に、カイルはどう口を挟んで良いのか分からない。
「君には・・・明るい世界を見てほしい」
「あの!僕・・・奴隷で困ること・・・ないです」
「お前は知らないだけだ!自分が置かれている状況が・・・今までの暮らしが普通じゃないってことに!」
「っ!?」
ケビンの急な叫びにカイルはビクリとする。
そして、少し怯えながら憤慨しているケビンを見ていた。
「・・・ケビン!」
「うっ・・・すまん」
ケビンはライクに名前を呼ばれると、ハッとして俯いてしまった。
思わず大声が出てしまったようであり、内に秘める思いが溢れて出てしまったようだ。
・・・僕が思っている奴隷
そんなに生易しいものではないのか?
ケビンの反応を見てカイルは思った。
そもそも、奴隷という立場が、こんなに優しい世界で暮らせる立場ではないだろうと考えていた。
今の自分が奴隷ならば、現世で過ごした期間の自分は何だったのだろう。
そんな風に疑問を抱いていた。
「・・・あの、教えてください」
「何だい?」
「奴隷って・・・何なんですか?」
カイルの言葉にケビンとライクは顔を見合わせていた。
***********
村全体は騒然としていた。
住人達がバタバタと慌てて走り、向かう先には村の広場がある。
「急ぐんだ!!」
村の中央にある広場には住人が集められており、そこには炎の剣を構えているケビンの姿があった。
まるで集まった住人達を守るようにして、ケビンは周囲の様子を細かく観察していた。
そして、広場へと続く道からは大声が響く。
「おい!急げ!!そこまで来ているぞ!!」
ライスは子供を抱える女性達を先導していた。
反対側にはマイクの姿もある。
「急ぐんだ!捕まったら本当の奴隷にされるど!!」
マイクの声に反応して、子を抱える母親の足は早くなる。
彼女が広場へ向かったのを見届けると、ライスはマイクへと話しかける。
「今のあいつで最後か?」
「んだ・・・」
ライスの言葉にマイクが背後を振り返ると、手を掲げて丸を作っている村長の姿が見えた。
どうやら、避難誘導は完了したらしい。
「ぐ・・・まさか、ここが見つかるなんてな」
ライスは悔しそうな声を出すが、彼の肩をマイクが叩く。
「いつかは来ると思ってただ」
「くそ!奴隷に・・・奴隷に戻るのは嫌だっ!!」
ライスはその厳つい容姿に反して弱気な姿勢を見せる。
ガクガクと震え始めており、何かに怯えている様子であった。
今の自分の身分も奴隷なのだが、彼が言葉にしている奴隷はまた別の意味なのであろう。
そんなライスの肩を今度は掴むマイク
「オデ達は戦うしかないど」
「・・・ああ、分かってるさ!」
そう言ってマイクの手を振り払うライス
「勝つ・・・それしかないど」
「俺達には・・・それしかない・・・」
「生き残ろう」
「・・・ああ」
頷き合うマイクとライス
彼らの背後からケビンの声が轟く。
「ライス!マイク!」
「っ!?」
「前だ!!」
声に反応するように前方を見ると、そこには黒いコートを着た男性がいた。
厳つい容姿、顔の傷、そして背にあるのは身の丈もあろう大剣
ゴードンの姿がそこにはあった。
ライスは見覚えのない人物なのだが、マイクは別のようだ。
「ご、ゴードン!!」
「・・・?」
「久しい、ナ・・・マイクゥ・・・こんなところに身を寄せていたとは、ナ」
そう言ってゴードンは笑う。
背中から大剣を抜き放ち、マイクへと突きつける。
「お、イ!お前がいるってことは・・・ケビンの野郎もいるんだよ、ナ!!!」
ゴードンがそう叫ぶと、彼の手に持つ大剣に紫色の雷が纏い始める。
彼の目は怒りで真っ赤に染まっており、怒りに満ちていることが伝わってくる。
「お、イ!!お前らは聖遺物を探せッ!あいつは俺の獲物、ダ!!」
どこかへゴードンが叫ぶと、村の家々に複数の影が走る。
「ゴードン!!」
「あ、あいつが紫電!?」
マイクがゴードンの名を呼ぶと、ライスはハッとして彼の二つ名を叫ぶ。
紫電のゴードン、彼は雷属性の類稀なる使い手であり、剣聖に最も近いとされている冒険者であった。
ランクマスターと呼ばれる最高位の冒険者でもある。
「マイク!お前はみんなを頼んだ!!!」
「・・・っ!?」
ゴードンと対峙するマイクとライス
そんな2人の背後からケビンが飛び出してくる。
空へ舞い上がるケビンは、自分を見て嬉しそうに顔を歪めているゴードンへ炎の槍を放つ。
「てめぇの相手は俺だ!!ゴードン!!」
「ケーーーーービィィン!!!!殺してやる、ゼ!!!!この顔の恨みだッ!!!」
ケビンの放った炎の槍は、ゴードンの周囲から発生した紫色の雷によって阻まれる。
そして、マイクとライスの前に着地するケビンは、ゴードンへと叫ぶ。
「こいつらは連れて行かせねぇぞ!!」
「・・・俺の目的はそんなことではな、イ!!」
「何!?」
「まぁ・・・だが、俺も敬虔なる信徒、ダ!不浄な土地で暮らすことを認めるわけにはいかな、イ!!」
ゴードンの言葉に、ケビンは両手に炎の槍を生み出して応える。
戦ってでも抗う。
その意思表示であった。
********
「教会が・・・そんなことを・・・」
カイルは驚きを隠せない様子だ。
ケビンとライクから聞いたのは、人の身分を決めているのは教会であるという事実だ。
そして、奴隷と定められた人間に対する理不尽の数々を2人の口から聞いていた。
「ああ・・・」
「だから・・・私達は正直、教会と一定の距離をおいて冒険者をやっている」
「奴らと関わりすぎると、あれだ・・・碌な目にあわねぇからな」
「あ、あの!」
カイルが急に尋ねると、2人は怪訝な顔を示す。
「どうした?」
「何かな?」
「・・・土地や家がない人が奴隷になると聞きました」
「厳密には少し違う」
ライクの言葉にケビンが続く。
「リグルカンツの国民なら奴隷にならねぇはずだ」
「国で奴隷かどうか決まるんですか?」
「奴隷国というものがあり、教会が不浄とする土地にある国のことだ。そこに住う人間が、主に奴隷と認定されるてしまうのだ」
「不浄とする大地?」
「簡単に言えば魔法が使えない土地、サバアってやつだな」
「え?魔法が使えない!?」
「厳密には使えないわけではない。内魔法ならば問題ないのだが、外魔法が使えないということだ」
言葉足らずなケビンの補足をライクが行う。
すると、ケビンは肩をすくめてライクへ説明を任せるようだ。
「どうして・・・サバアは外魔法が使えないんですか?」
「単純だよ。大地のマナに乏しいからだ。ほとんど岩や砂漠ばかりの土地だね」
「なるほど・・・」
「・・・奴隷と言われる奴らにだって、家や土地、持っていた奴は多いぜ・・・」
「ああ・・・そうだ。土地や家・・・故郷は奴隷にだってある。あるんだ」
「・・・ライクさん?」
「・・・だが、教会が不浄な土地を認めない」
ライクには何か嫌な思い出があるのだろう。
そうカイルは彼の話し方や表情から察していた。
そして、それはケビンも同じなのだろうと思っている。
「不浄な土地を認めない・・・」
「そう認めない。その土地の存在そのものを否定するから、そこで人が暮らすことも否定するんだ」
「暮らすことを否定する?」
「・・・具体的には追い出すか、攫うんだ・・・暴力でね」
「な、何ですって!?」
「ああ・・・奴らは救出って言い方をするけどな」
「・・・不浄な土地に囚われている人間を救出するという名目で、土地から追い出しているんだ。この世界には、教会に故郷を奪われた人間は多い」
「そ、そんなこと・・・何て勝手なことを!?」
「・・・そうだ。勝手さ」
「んでだ。その不浄の土地から連れて来られた奴らを勝手に罪深いと決めつけて、罪を償うために貢献しろって意味で奴隷だとさ・・・馬鹿にしてんだろ?」
ライクとケビンは険しい顔で話を終える。
2人の言葉を聞いて、カイルには怒りとは別に、疑問があった。
「・・・2人は、その話を僕に聞かせて・・・どうしたいんですか?」




