ケビンとラドン
筋骨隆々の男性が、両手で槍のカタチをした炎を握り、自分を囲うブラックウルフの群れに向けていた。
一体一体を威嚇するように、炎の槍で虚空を突き刺すケビン
彼の背後には、大きな木があり、背後を襲われないように壁としているようだ。
そして、その木とケビンの間には、小さな緑色の髪をした女の子が横たわっていた。
群れの狼の一体が飛びかかってくる。
その先には、ケビンではなく、横たわる女の子がいる。
脅威は明らかにケビンの方が上だ。
しかし、どうやらブラックウルフが重きを置いているのは、ケビンよりも横たわっている女の子のようだ。
すかさず、ケビンは飛びかかってきた狼の腹部を炎の槍で突き刺す。
すると、空中で突き刺された狼は、腹部から一気に全身へ炎が燃え広がり、炎に包まれると、パッと黒い粉になって消えていく。
「さぁ!!次はどいつだ!!おらぁ!!!」
ケビンは大声で威嚇するように叫ぶ。
すると、周囲のブラックウルフ達は、少し怯んだ素振りを見せ後退りする。
ケビンはその隙を見逃さない。
ブラックウルフが怯んだ瞬間、ブラックウルフの群れへ構えていた炎の槍を投擲する。
「爆ぜろ!!サラマンダー!!!」
ケビンがそう叫ぶと同時、投げた炎の槍が周囲のブラックウルフを巻き込みながら燃え広がる。
そして、燃え広がった炎がブラックウルフを消し炭にし終えると、役目を終えた炎は、空へと蛇のカタチを描きながら昇っていく。
「はぁ・・・はぁ・・・よし」
ケビンは呼吸を荒くしながらも、周囲にブラックウルフの気配がなくなったことを確認する。
そして、すぐに横たわる女の子を脇で抱えようとする。
彼女を抱えて、森からすぐに逃げようと考えいるのだろう。
「悪いな、カイル、肉はまた今度だ」
そう言って、ケビンは女の子を抱える。
しかし、すぐに彼はハッとして、再び女の子を地面へと下ろす。
ーーケビンは唇を噛み締める。
その視線の先には、家のように大きなブラックウルフがいる。
そして、新たに現れた脅威が自分の手に余ることを察していた。
地面が微かに揺れている。
木々がなぎ倒される音が響く。
暗闇の中、木々の天辺の先で何かが左右に揺れながら、こちらへと向かってきていた。
その輪郭は狼の頭部のようにも見える。
ブラックウルフよりも数倍は大きい。
その姿にケビンには心当たりがあるようだ。
「・・・ネームドか」
「グルルルル・・・村の人間か」
ケビンの前には、家のように大きな狼がいた。
ケビンの背でも見上げなければ、その大きな狼の顔が見えないほどの高さだ。
「俺はケビン、お前は?」
「我はラドン」
「やはり、ネームドか。まさか、こんな森で契約者のブラックウルフがいるとはな」
「・・・その娘をこちらへ渡してもらおうか」
ラドンと名乗る大きな狼は、その視線をケビンの奥にいる女の子へ向ける。
ケビンは、なぜブラックウルフ達がこの子を欲しているのか、確証はないが予測はできていた。
「・・・この子を渡すわけにはいかない。ここで殺す」
ケビンがそう言うと、ゆっくりと歩み寄ってきていたラドンが歩を止める。
どうやら、ケビンの読みは、少なくとも的にはかすっていはいるようだ。
「・・・誰の命令だ?」
「さぁな、俺が正直に話すと思うか?」
「下等な人間が、偉そうに」
「おいおい・・・どっちが主導権を握っていると思う?ん?」
ケビンは倒れている少女へ掌を向ける。
すると、ラドンは目を細める。
「・・・で、お前らはこの子をどうするつもりだ?お前が使うのか?」
「主へ捧げるのだ」
「・・・捧げるだと?」
「主は肉体を望んでおる。その娘はアニマになり得る。素直に我へ渡せば、お主や村には危害を加えないと約束しよう」
・・・ベラベラと喋る狼だとケビンは考えていた。
人質をとっているように見える状況でも喋りすぎだ。
最初は、喋れるだけで知能がないのかと思った。
しかし、このラドンと名乗る狼からすれば、自分相手に秘密など持つ必要がないと思っているようだ。
気付いたことで、獣に舐められていると少しカチンときたケビン
だが、すぐに冷静になり、可能な限り情報を得ようと努める。
「主?お前の飼い主は誰だ?」
「デルガビッズだ」
「・・・デウス級の精霊じゃねーか。まだいたのかよ」
・・・ケビンは一瞬だけ、背後で横たわる女の子を見る。
自分の予測の中で、一番ありえないが、一番危険な予測が当たっていた。
デルガビッズは地獄の炎と風を司る精霊であり、神とされる最上位の精霊だ。
地獄の炎風主と呼ばれることが多い。
当然、人間の味方をするような精霊ではない。
「・・・デルガビッズの器になれるとは思えねぇがな」
「む?・・・肉体の強度は関係ない。アニマの質だ」
「へぇ、そう言うけどよぉ、うまく入らなかったらどうするつもりだ?」
「その時は、人間の小娘が1人、破裂して死ぬだけだ」
「それは・・・デルガビッズに失礼じゃないか?変な質のもんを渡すってこったろ?それはなぁ、ちょっとなぁ・・・ちゃんと確証のある器を用意した方が良いぞ?」
「それでも、と、デルガビッズからのご指示だ。是非はない」
「・・・いや、言われた通りにやるよりもよぉ、期待を上回ることが重要だぜ?だからさ、もっと別の、すごそうな器を探し直した方が良いと思うぜ」
「是非はない。同じことを言わせるな。」
「そう言うなって、ちょっとは考えてみようぜ?な?」
ケビンは戦闘を回避しつつ、女の子を助け、自分も逃げ果せる道を探す。
情報はある程度入手できた。
ここからは交渉タイムだ。
しかし、そう考えていたのはケビンだけであった。
「・・・なるほど、貴様の態度で、貴様がその娘に危害を加えるつもりがないことは理解できた。質問しすぎたのも失敗だったな。さて、このままお前を排除させてもらおう」
しかし、ケビンの女の子を庇うような態度によって、ラドンの勘違いが一つ正される。
それは、ケビンが女の子を殺すかもしれないという勘違いだ。
「あ?この子がどうなっても・・・」
ケビンはなんとか言いくるめようと考える。
しかし、ラドンの目を見て、ケビンは諦める。
もはや話など聞くつもりはないと目が語っていた。
「くそ・・・失敗したな」
ケビンは戦闘態勢へ移行するラドンを見て、もはや戦闘は避けられないと覚悟を決めた。
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「グルルルルル!!」
「うああああああああ!!!」
車のように大きなブラックウルフに腕を噛みつかれているカイル
彼の腕を噛みちぎるまで、そのブラックウルフは顎の力を弱めるつもりはないようだ。
そして、カイルの周囲を他の3体のブラックウルフが包囲を始める。
得体の知れない存在を前に、ブラックウルフは怯えながらも、確実に仕留めようと距離を詰め始めていた。
「グルルルルル!!」
「ガウガウ!!」
「ガウガウガウガウッ!!」
・・・落ち着け!!
落ち着け…落ち着け!!
カイルは深呼吸する。
こういう時に慌ててしまうのは1番ダメだ。
それを彼は理解していた。
トラブル体質なこともあり、社会人並みの修羅場をくぐり抜けている。
他人からすれば不幸な人生だ。
しかし、若いうちの苦労は買ってでもしろと思う人からすれば、彼の経験値は賞賛に値するかも知れない。
その証拠に、同年代の高校生と比べて、命の瀬戸際においても彼の思考は冷静に働いていた。
・・・腕が狼のようになったのはカードの効果で間違いない。
爪ということは、腕が変化するカードなのか?
「っ!?いて!いてててて!!」
カイルは目の前の「カード」を考察しようとする。
すると、脳裏に何かの記憶が頭痛と共に蘇る。
「がっ・・・ぐ・・・い」
・・・使い方が、分かる?
カイルは右腕だけでなく、左腕にも意識を向ける。
すると、彼の左腕も黒い狼のような姿へと変貌する。
「っ!?」
自分でやって驚くカイル
しかし、今は悠長にしていられない。
カイルは右腕に噛み付いているブラックウルフへと向かって、黒く巨大に変貌した左腕をその顔面へと放つ。
「キャン!!!」
想像以上の威力で顔を殴られたブラックウルフ
その牙はボロボロと何本も抜けていき、顎や頬の骨が砕けたような音が響き、目玉が飛び出ていた。
そのまま地面へゴロゴロと転がっていくと、ピクピクと地面に倒れたまま痙攣していた。
「腕が・・・?」
カイルが殴り終えると、黒狼化した両腕は元の姿へと戻っていく。
「ガウガウ!!」
「っ!?」
カイルの腕が元に戻ったことを隙として狙うブラックウルフ
3体が一斉に襲いかかってくる。
・・・やるしかない!
ーーーインフォメーションーーー
・スキル『迅速』を発動しました。
ーーーーーーーーーーーーーーー
カイルは手札からカードを放つ。
すると、一瞬だけではあるが、周囲の世界がゆっくりと見え始めていた。
飛びかかってくるブラックウルフの動きがゆっくりと見える。
カイルはパッとその場を離れると、世界が再び元の速度へと戻っていく。
「キャン!!」
「キャン!!!」
「ガブ!!」
ブラックウルフの目線では、襲いかかった先にいるカイルの姿がパッと消えてしまう。
そのため、3体のブラックウルフはぶつかり合う格好となり、1体のブラックウルフがもう1体のブラックウルフの首へと噛みついていた。
そして、首を噛みつかれているブラックウルフの頭部が、もう1体のブラックウルフの腹部へ勢いよく打ち付けている。
「・・・がふっ!」
首から血を噴き出しながらバタリと倒れるブラックウルフ
そして、ヨロヨロと口から泡を吹き出しながらも何とか立っているブラックウルフ
まだ平然としているブラックウルフがいた。
平然としているブラックウルフはカイルの姿を見失っており、鼻をピクピクとして方向を確認していた。その狼が背後にいるカイルの位置を特定するまで1秒も掛からないだろう。
しかし、その1秒未満の時間は、カイルの奇襲を成功させるには十分すぎる時間だ。
3体の内、2体は同士討ちによって満身創痍の状態だ。
狙うは最後の一体、カイルは手札から最後のカードを放つ。
ーーーインフォメーションーーー
・スキル『黒狼牙』を発動しました。
ーーーーーーーーーーーーーーー
頭部がブラックウルフと化したカイル
背後へ振り返ろうとしているブラックウルフの顔面へと噛み付くと、その鼻先を鋭い牙で貫き、顎の力を最大に振り絞って、噛みちぎる。
「ギャウンッ!!」
鼻と口が千切れたブラックウルフ
その傷口から血が吹き出す前に、カイルは首の力を最大限に発揮して、頭部をその傷口へと叩きつける。
瑞々しく何かが潰れる音が響くと、ブラックウルフの断末魔が森に轟いていた。
ーーーリザルトーーー
・ブラックウルフを討伐しました。
・ブースターパック『森の黒き狼』を2パック入手しました。
・パック開放結果
『黒狼爪』×3
『黒狼牙』×3
『迅速』×2
『力+1』
『敏捷+1』
・入手経験値
10
⭐︎⭐︎⭐︎レベルアップ⭐︎⭐︎⭐︎
レベル2→レベル3
入手ゴールド
6
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「・・・どうして」
カイルは自身の両手を見つめる。
命のやりとりをし終えた後にも関わらず、自分の手は一切の震えを見せない。
自分の心は至って平静であった。
そんな心境の中、自分が命を奪うことに慣れていることへ疑念が不安と共に込み上げてくる。
確かに相手は魔物であって人間ではない。
自分を襲ってきた猛獣を返り討ちにして、動物の命を奪ったことを気に病むかどうかは人それぞれだが、命を落とすかもしれない事態の後に平常心でいられる素人はまずいない。
カイルが自分自身に得体の知れない違和感を抱くのは自然なことであった。
「・・・うん」
カイルは好都合だと割り切ることにした。
この森で生き抜くのにも、ケビンを助けるのにも、与えられた力は好都合だ。




