行動指針
「ゴードンさん・・・」
「お、ウ・・・どうだ?」
木陰に潜む影
数人の男女が闇の中で蠢いている。
そこから微かに聞き取れる声の一つはゴードンのものであった。
「村がありました。小さなシケた村ですが・・・」
女性の声はどこか自信がなさそうに告げていた。
それもそのはずだ。
アルガス山脈は紅龍の住処とされる場所であり、人はおろか、魔物ですらあまり寄り付かない場所である。
せいぜい、知能の低い魔物か、追われる盗賊などが身を寄せる程度である。
たまに、武勇を求めて紅龍へ挑戦する愚か者がいるぐらいだ。
そんな場所で村を見つけた。
直に自分の目で見たのにも関わらず、ゴードンへ報告する女性の声が小さくなるのも無理はないだろう。
「村だ、ト?野営地ではなくて、カ?」
案の定、ゴードンは怪訝な声で尋ね返す。
「はい、生活感があります。畑には作物が実っており、1日や2日の感じではありません」
「む、ウ・・・なぜ、こんな場所に村が」
「紅龍の庇護下にいるのでしょうか?」
別の女性の尋ねる声がすると、ため息が微かに響いた。
「・・・龍が人間を認めると思うの、カ?」
「シェリル、バカなこと言わないで」
厳しい声がシェリルという女性に放たれると、どこか元気を無くした様子の女性の声が響いた。
「・・・はい、姉さん」
「先の焦げた場所と言い、やはり、違和感が拭えません。私は撤退を勧めます」
「う、ム・・・」
「姉さん、ここまで来たのに引き返すと言うの?」
「・・・ただでさえ、デウスが潜んでいるのかもしれないのよ?」
「ですが・・・時間があるわけではないです」
「慎重に慎重を重ねるべきだと具申します」
「ノルン、お前の話はもっとも、ダ」
「では・・・」
「待、テ・・・しかし、時間がないのも確か、ダ」
「ゴードンさん・・・魔物気配がします」
そんなゴードンへ、次は太い男性の声がした。
「係数、ハ?」
「・・・ブラックウルフです。ランクCの魔物です」
太い男性の声に続き、若い男性の声がした。
「厄介ですね。魔力解放すれば楽勝、解放しなければ至難、微妙な相手です」
「どうします?一度、戻りますか?」
「そいつらは、オレ達を補足しているの、カ?」
「はい、真っ直ぐと・・・こっちに近づいてきています。包囲するように動いていることから、間違いなく位置は知られています」
「う、ム・・・数は?」
「30はいます」
太い男性の声が言い終えると、間髪入れずに、ゴードンは指示を下す。
「撤退、ダ。紅龍の縄張りで魔力解放は自殺行為、ダ」
「はっ!」
「・・・タイラスが来ている、ナ」
そうゴードンは呟くと、微かに笑い声が響いていた。
************
「・・・戻ってきませんね」
ローザはカマクラから空を見上げているカイルの背中へ声をかける。
彼の視線の先には、すでに夜空が広がっており、二つの月が仲良く寄り添っていた。
グレンが飛び立ってからすでに何時間も経過していた。
1時間もあれば世界を一周できると豪語していた紅龍であれば、ここと山の往復に要するであろう時間は十分に経過している。
カイルは背後を振り返ると、心配そうなローザへ告げる。
「逃げたのかもしれませんね・・・」
「・・・そんな!?」
・・・あいつ、冷静に考えれば、体よく自分だけ帰るための口実だったんじゃないか。
めちゃくちゃやりそうなんだよな。
あー…
ま、いつ爆発するかわからない爆弾を手放せたと考えれば良いか。
カイルはため息を吐くと、ローザへ尋ねる。
このまま待ち呆けているわけにもいかないと考えているようだ。
「ちなみに、ローザさん」
「はい?」
「エリクサーの在処って・・・ダンジョンの中にあるんですよね?」
「ええ、世界脅威と呼ばれる最難関のダンジョンの中で見つかることがあります」
「最難関・・・」
「はい・・・龍騎士様ならと思いますが・・・あまりお勧めできません」
ローザは口調とは裏腹に不安そうな表情を浮かべていた。
戦闘力だけあってもダンジョンは攻略できないと言うことだろうと、カイルはローザの表情から察していた。
罠の解除、サバイバル技術や何やら、色々とスキルが必要になりそうだとは容易に想像できる。
「ちなみに、誰か持っていたりするんですか?」
カイルは世界驚異の攻略を保留にする。
誰か所有者がいれば、その人から貰えないかと考えた。
小国を買えるだけのお金をどうするのかという難題はあるが、世界驚異の攻略とどちらが難しいのかを確認する必要はある。
「確か・・・神都アクレスピスの教会でいくつか保管されています」
「ここから距離はありますか?」
「いえ、帝国の包囲網を抜ける必要はありますが、順調ならば10日もあれば到着します。しかし・・・レックス枢機卿の許可がいります。エリクサーなどの管理は、猊下がアーチ様より一任されていますから」
・・・レックス、アーチ?
どこかで聞いたような
「簡単に許可って貰えますか?」
「龍騎士様からの申し出とはいえ、難しいと思います。そもそも、猊下は次期教皇と名高い方です。お会いするのも一苦労な相手ですね」
・・・1個人が大企業の社長と会うような感覚なのかな?
いや、それ以上か…
「他には・・・心当たりありませんか?」
「・・・ダンジョンから入手したアイテムは、一旦、教会へ預けることになっています。エリクサーなどのアイテムは、教会が大金を払って買い取り、アクレピオスで保管してしまうので、他には・・・申し訳ありません」
・・・他に持っている人がいるとしても、今の話からすると公にはできなさそうだ。
持ち帰ったことを報告しないでいると、きっと脱税みたいな感じになっちゃうのだろう。
それなら、他に持っている人のことをローザさんが知る由もないのか。
「それだと・・・そもそも、僕らが世界脅威からエリクサーを持ち帰っても、お父さんには使えないってことですね」
「ええ、その通りです」
ローザは元気なく頷く。
世界驚異の攻略をあまりお勧めしない理由は、教会に黙っておくことを勧めないということだったようだ。
確かに、この世界で平穏に暮らしたいカイルからすれば、物騒なことは控えたい。
そうなると、カイル達に残されている選択肢は少ない。
「・・・方法は2つですね」
「2つ・・・?」
「一つはグレンの帰りを待つ。もう一つはレックスさんに会う」
カイルは相談を込めて状況を整理する。
彼の提示した選択肢に対して、ローザは前者を選択する。
「・・・帰りを待つ方がまだ現実的な気がします」
「そうですよね・・・」
カイルはそう言ってカマクラの外を見上げる。
夜空が広がっているのだが、どこにもグレンの姿は見えないでいた。
「カシュマルを倒すのはどうでしょうか?」
そんな時だ。
農民の男性が提言する。
「え?」
カイルの視線を感じた男性は続ける。
「カシュマル・・・私は村で見ました。あの悍ましいアンデットが・・・間違いなくカシュマルだと思います」
男性は震えながら、スヤスヤと眠る子供と妻の腕をギュッと握りながらも続ける。
よほど、怖い思いをしたのだろうと、カイルは目を細めて男性を見ていた。
「そう・・・遠くには行っていないと思います」
「・・・そうか、術者を倒せば元に戻る可能性もありますね」
「術者を失った魔法が何を起こすのか分かりません。それに、カシュマル様はアルムスター様の眷属です。倒すと言うのはあまりにも・・・」
ローザは険しい顔で告げる。
前半の部分にはカイルも同意だ。
「・・・話を聞いてみるのはどうでしょうか?本当に、カシュマルさんがやったのか分かりませんしね」
カイルの中でグレンの信用度はほぼゼロに近い。
彼女の言葉にはすべて半信半疑という様子だ。
「紅龍様のお言葉なので、カシュマル様による魔術で間違いないと思います」
ローザは怪訝な顔で告げる。
まるでグレンが嘘など言わないと思っている様子であった。
なぜ、カイルがグレンを疑っているのか理解できない表情をしている。
グレンが嘘を言うか言わないかの立場で対立しても何もならないと考えたカイル
そのままローザの言葉を受け止めて言う。
「・・・そうですね。カシュマルさんが魔法を施した理由、それが分かれば解決に向かいませんか?」
「なるほど・・・それは龍騎士様の言う通りですね。カシュマル様がこのようなことをする背景に、何か想像もできない理由があるのでしょう」
ローザは確信したような様子を見せる。
顔を明るくさせ、父を目覚めさせる糸口を掴んだといった様子だ。
とりあえず、行動指針がはっきりとしたことで納得感が漂うカイルとローザ
そんな2人へ農民の男性は問いかける。
「わ、私は・・・私達はどうすれば!?」
「一旦、私達と行動を共にしてください」
ローザは震える男性へ戸惑うことなく告げる。
しかし、男性は顔を左右に振り、震え始めた。
「い、いやだ!カシュマル・・・あいつを見たことがないから、そんな悠長なことを言えるんです!!」
「・・・パパ?」
男性の大声で、彼の子と妻が目を覚まし始める。
しかし、それでもお構いなく、男性は大声で続ける。
「あいつがどれだけ悍ましいのか!?あれが・・・教会の信仰の対象?・・・ありえませんよ!!!」
「お、落ち着きなさい!!」
「どうか龍騎士様!!!カシュマルを倒してください!!ああ・・・ああぁああ!!」
農民の男性はそうカイルへ告げる。
すると、頭を抱えながら悶え始める。
そんな彼をギュッと妻が抱きしめると、家族3人で寄り添うような格好となっている。
ブルブルと震える一家を前に、ローザは少し困惑している様子であった。




