再生
ーーフローリングの床
夕日に照らされて煌めく鋭利な刃物が突き刺さっていた。
食器類が割れて床に点在しており、野菜や肉などを食材とする料理が地面に落ちている。
そんな散らかった光景の中心には、息を荒げ、髪がボサボサになっている女性がいた。
そして、彼女の前には幼い男の子がいる。
「産まれてこなければ良かったのよ!!」
女性は声を荒げる。
腕をブンブンと振り回し、まるで周囲を飛び回る羽虫でも追い払うような動きだ。
対する少年は、真っ赤になった頬を両手で押さえながら、目を潤わせて、そんな女性を見つめていた。
「お母・・・さん?」
手を突き出し、女性へ近付こうとする男の子
その手を蹴り上げるのは女性だ。
「近寄らないでっ!!」
「っ!?」
女性に蹴られた腕を押さえて震える男の子
それでも、女性へ近づくために立ち上がり、ヨロヨロと近づいて行く。
「来ないで!!消えて!!!」
女性の叫びにピタリと止まる男の子
「・・・僕、悪い子だから?」
「そうよ!」
「どうしたら、いい子、なれる?」
「はぁ?」
「いい子なら・・・お母さんの子供でも良い?」
「・・・いい子ならね」
「本当!?いい子にどうしたらなれるの?」
「そう、それなら・・・」
女性は床に刺さっている刃物を手に取る。
そして、ギロリと男の子を見下ろす。
「これで・・・死になさい!!今すぐに!!ほらぁ!!」
女性はそう叫ぶと、男の子の前に刃物を投げ捨てる。
カランカランと音を鳴らしながら地面で回転している刃物
その回転が止まると、少年は両手で刃物を拾い上げる。
「死んだら・・・いい子になれるの?」
********************
ーーーインフォメーションーーー
・『不老不死』が発動しました。
・『超再生』が発動しました。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「ガオオオオオオオオオン!!!」
ーー狼の断末魔が響く。
同時に、何がが破裂し、何かが噴き出すような水々しい音が響く。
水道管が破裂したような音と言うのが1番近いかもしれない。
ーーその音の正体を確認しようとするが、視界がハッキリとしない。
僕が気付いた時には、生暖かいものの中にいた。
顔には何か重たくねちょねちょしたものが乗せられている。
視界がハッキリしないのは顔に纏わりつくナニカが原因であるようだ。
これのせいで、まったく何も見えない。
身動きがとれない。
視界も悪い。
立ち上がろうにも、下半身までヌメっとしたものに包まれていた。
全身がベトベトする。
とにかく臭いが酷い。
まるで肥溜めの中に落とされたかのように、全方位から悪臭がした。
感触も気持ち悪い。
ウネウネするものや、プリプリするもの、弾力もあれば、硬くてツルツルしているものも感じる。
それらがオーケストラのように吐き気を奏でており、不快感の中にダイブしているような気分だ。
「・・・っ!?」
獣のような唸り声が聞こえた。
耳を澄ますと、それは鮮明に聞こえる。
「・・・グルルル・・・グル・・・」
「キャイン・・・キャイン」
・・・微かに狼の声がする。
どこから声が聞こえてくるのか分からない。
視界が見えない。
暗い。
臭い。
うえぇ
「クゥウウン・・・」
「グル・・・グルル・・・」
聞こえてくる声は、どこか怯えた様子の声だ。
だけど、耳を澄ましたおかげで、少年は唸り声を響かせる狼との距離が近いことが理解できた。
彼は急いで顔面を覆うヌメっとしたものを腕で退けようとする。
しかし、その腕も、ヌメっとしたものの中に浸かっているようだ。
まるで硬めのスライムの中に漬けられているかのように腕が動き難い。
「ぐ・・・ぐおおおおおお!!う、うおおおお!!」
カイルは雄叫びをあげる。
力づくで腕をヌメヌメしたものから引き上げる。
何か繊維質のものを引き裂く感覚がする。
・・・うえぇええ!!
何だ、これ
ブチブチと引き裂く感覚がする。
・・・めちゃくちゃ気持ち悪いけれど、そんなことを言っていられる余裕はない!!
近くにブラックウルフが数体いることは、奴らの鳴き声から察することができた。
気持ち悪さを押し殺し、少年は腕を頑張って引き上げる。
・・・悠長にはしていられない!!
ドシルがどうなったかも分からないんだ!!
とにかく急げ!!
カイルは腕を強引に引き上げる。
プチプチと糸が切れていくような感覚を肌に感じながら、そのまま引き上げていくと、すぐに腕が自由になる。
そして、自由の身になった腕で顔に張り付くナニカを引き破るように剥がした。
それはプニプニとした感触がしており、まるで生肉を直に触っているようなものである。
やがて視界が自由になると、カイルの目の前には、4体の黒い大きな狼がいた。
「おわっ!!」
・・・ブラックウルフ!?
叫んでたのはこいつらか…
待てよ…で何で襲って来ないんだ?
むしろ、ちょっとビクビクしてないか?
「グルルル・・・」
怯えながらも威嚇しているブラックウルフ
そんな狼へカイルはキッと睨みを効かせて見つめてみる。
「クゥウ・・・クン・・・」
ビクリと体を震わせて怯むブラックフルフ
車ほどの大きさのあるモンスターが怯えた様子を見せる。
どこかシュールさすらある反応だ。
・・・なぜ、僕に怯えた様子を見せるのかわからない。
そもそも、確か、僕は目の前の狼達に喰われてしまったはずだ。
どうして無事なんだろう。
「っ!?・・・右手・・・?」
カイルは顔に纏わりついたものを手で握っていることを思い出す。
そう、右腕でしっかりと握りしめている。
失ったはずの右腕から、ヌメヌメとした気持ち悪い感触がしたことで思い出させてくれたようだ。
「右腕が治ってる?」
カイルは顔に張り付いたものを剥がした自身の手を見る。
右手で握っているのは血肉であり、べっとりとその手は真っ赤に染まっていた。
しかし、そんなスプラッタにカイルの関心はない。
血肉を握っているのは、間違いなくカイルの右手だ。
あの黒い狼に食べられてしまった腕の先にあったものだ。
それが見事に再生している。
「腕が・・・いや」
・・・そもそも、全身を食べられていたのだから、右腕どころの話じゃない。
僕はバクバクムシャムシャされてバラバラになって、彼らの胃袋へ乱雑に収まっていたはずだ。
それがどうして?
やがて、カイルは自分の置かれている状況にハッとする。
彼は自分自身を生暖かく包むヌメヌメとしたものの正体が分かったのだ。
ーーカイルは黒い狼の腹の中で座っていた。
正確には、その狼の腹部を突き破った状態で座っていた。
意識が戻った時に聞こえた断末魔や何かが噴き出す音の正体は、カイルがブラックウルフの腹部を中から突き破ったからだ。
その黒い狼は、すでに絶命している。
手足はピクピクと痙攣しているが、目は白目を剥いており、舌をべろりと延ばして息絶えている。
その口先からは、ドロドロとした血肉を噴き出した跡がある。
吹き出したものの中には、何かの臓器が点在していた。
「生きてる・・・喰われても生きてる・・・」
・・・僕がこいつのお腹の中から現れたかのような死に方だ。
胃の中に僕が入り込み、膨らんで、内臓ごと腹部を突き破ったように見える。
だから、僕はこんなにベトベトしているし、臭いんだろう。
頭で文字にしてみると、この温かい感じ、更に気持ち悪くなってきた。
そんな風にカイルが状況を整理していると、彼の脳内に音が響く。
ーーピローン♪
ーーーーリザルトーーーー
・ブラックウルフを討伐しました。
・ブースターパック『森の黒き狼』を1パック入手しました。
・パック開放結果
NEW!『力+1』
レアリティ:ノーマル
レベル:☆
タイプ:常時
効果:力が1上昇する。
NEW!『黒狼爪』
レアリティ:ノーマル
レベル:☆
タイプ:特殊装備
属性:なし
耐久力:10
発動条件:なし
効果:ブラックウルフの爪を持つ。
NEW!『黒狼牙』
レアリティ:ノーマル
レベル:☆
タイプ:特殊装備
属性:なし
耐久力:10
発動条件:なし
効果:ブラックウルフの牙を持つ。
NEW!『迅速』
レアリティ:ノーマル
レベル:☆
タイプ:補助
属性:風
効果時間:0.5秒
発動条件:なし
効果:瞬間的に敏捷+50
NEW!『夜目』
レアリティ:ノーマル
レベル:☆☆
タイプ:常時
効果:暗闇でもハッキリと見える。
・入手経験値
10
⭐︎⭐︎⭐︎レベルアップ⭐︎⭐︎⭐︎
レベル1→レベル2
・入手ゴールド
5
ーーーーーーーーーーーー
・・・何だこれ?
カイルの目の前には、脳内に響いた和音のメロディと共に青く透明なパネルが浮かんでいた。
目の錯覚ではないか確かめるために、彼は無意識で、そのパネルを指で触れてみる。
すると、パネルに表示されている画面がパッと切り替わる。
ーーー契約書ーーー
・ステータス
名前:カイル
種族:不明
性別:男
年齢:16
レベル:2
力:22(+1)
魔力:あF
体力:ー
敏捷:17
手札:5枚
装備:1枚
デッキ:40枚
ドロー速度:30秒
・デッキ 3/40
『黒狼爪』
『黒狼牙』
『迅速』
・装備 0/1
・常時発動
『夜目』
『力+1』
ーーーーーーーーーーー
・・・まるでゲームの画面みたいだ。
カイルの率直な感想が脳裏に過っていた。
まるでゲームのステータス画面のように表示されている青く透明なパネル
それは近未来を予想させる電子ペーパーのように空中へ浮かんでいた。
・・・力は23で良いのかな?
高いのか低いのか分からん。
てか、魔力「あF」って何だこれ?
昔のゲームみたいなバグり方しているんだけど…
ーーピローン♪
「おわっ!?またか!?」
ーーー手札ーーー
『黒狼爪』
『黒狼牙』
『迅速』
ーーーーーーーー
「・・・手札?」
カイルの脳内に再びメロディが流れる。
すると、彼の目の前にはトランプぐらいの大きさのカードが3枚浮かんでいた。
「黒狼爪?」
ーーーインフォメーションーーー
・スキル『黒狼爪』を発動しました。
ーーーーーーーーーーーーーーー
彼の丁度手元で浮かんでいる「手札」に書かれているスキルを読み上げる。
すると、カイルの右腕がグネグネと蠢き始めた。
「っ!?な、何だ・・・何なんだっ!?」
カイルは自分の右腕の変化に驚きを隠せない。
目を大きく見開いて、前髪の隙間から覗くそれは、目の前にいる黒い狼と同じような黒い腕と鋭い爪があった。
自分の右腕が「ブラックウルフ」と同じ姿になっている。
「何だこれ・・・」
カイルの右腕はブラックウルフと同じような腕と爪に変貌していた。
力を込めてみると腕が意思通りに動く。
本当の自分の腕のように、彼自身に馴染んでいた。
「グルルルルル!!!ウォンウォン!!!」
「っ!?」
カイルは背後から気配を感じ、そのまま振り返る。
すると、ブラックウルフが口を大きく開けて飛び込んできていた。
不意打ちで噛みつこうとしていたようだが、吠えてしまっては台無しだ。
背後からの奇襲に反応したカイルは、咄嗟に、その黒狼化した腕を突き出す。
そして、ブラックウルフがカイルに噛み付くために、大きく開いた口の中へと腕を突っ込む。
「・・・がう!!ぐごうごごごごご!!」
狼は苦しそうに唸り声をあげながら手足をバタバタとさせている。
それでもカイルの腕を噛むのをやめないのは、たかが人間の腕ごとき、噛み千切ることができると思っているからだろう。
しかし、黒狼化した腕には血の一滴も流れてこない。
どうやら皮膚まで硬くなっているようだ。
本来のブラックウルフの皮膚よりも硬いのは、カイルの魔力が影響しているかもしれない。
「何だこれ・・・何だこれ・・・何だこれ!?」
ー補足ー
インフォメーションとなっている箇所だけ、当人には見えていません。