下着姿の龍騎士
真っ赤な鎧の軍団を背に、ガルウェインは怪訝な顔をしていた。
「・・・何だ。この変態は?」
白いフリフリのランジェリーを着こなしているカイル
そんな彼へ、まるで汚物へ向けるような目をしているが、ガルウェインの反応は健全であろう。
この世界で8歳児は、現世における高校生ぐらいの感覚だ。
男子高校生がランジェリーを纏っていたら、思わず通報したくもなるだろう。
いや、将来を心配してあげるのが大人な対応なのかもしれない。
「がははははははははは!!!カイルよ!!お主っ!何という・・・がははははははは!!」
グレンはカイルの隣で腹を抱えて苦しそうに地面を転がっている。
大笑いしており、だんだんと呼吸が苦しくなっているようだ。
「がは!!ぐぬ・・・がはははは!!ぐ・・・くううう!!くそ!!わっちをここまで・・・ぐうう!!がはははははは!!苦しめると・・・がはあはははははは!!流石は・・・カイルじゃな・・・がはははははははは!!」
「・・・」
カイルは周囲を見渡す。
顔は真っ赤であり、周囲の人の多さで恥ずかしさが増している。
さらに言えば、彼の背後には赤い髪の美女がいた。
女性の前で痴態を晒すカイルの心境は想像を絶するであろう。
「服っ!?服・・・服!?」
カイルは慌てて地面を見渡す。
しかし、彼が探し求めて渇望しているものは、地面に落ちていなかった。
今まで着ていた服はなくなっており、完全なる下着姿を維持しなければならないと、カイルは少し先の未来にすら大いに絶望していた。
・・・何で下着なんだよ。
しかも、これ、女性ものの色っぽいやつだ。
ふざけんな!
「・・・」
カイルは絶望の淵から這い上がる。
こんな目に遭わせたナニカに対する怒りが、彼を甦らせる。
「ふざけ・・・!」
カイルが空を見上げ怒りを叫ぼうとする。
しかし、そんな彼の声は、さらに大きな声によってかき消されていた。
「よもや・・・がはははははははは!!お主が・・・がはははははは!!下にそのようなも・・・のを!!がははははははは!!」
グレンだ。
カイルの隣で笑い転げている。
そんな彼女へ、カイルはジト目で反論する。
「元から着てないからね!!いつもは普通の下着だからね!!」
「がははははは!!ぐうう・・・・死ぬうう・・・!!!がははははは!!!」
「・・・おい、聞けよ!」
カイルが怒りを露わにすると、流石に笑ってはいけないとグレンは笑いを堪える。
「ひ・・・人の趣味は・・・それぞれじゃからな!!」
グレンは笑いが堪えられるようになると、スッと立ち上がり、カイルの肩へと手を置く。
そんな彼女の手をカイルは無言で振り払う。
そして、カイルはランジェリー姿のまま、周囲を見渡す。
とりあえず、うるさい龍は黙らせたので、状況を把握しようとしていた。
・・・剣呑な感じだ。
シリアスな場面であることをすぐに察する彼は、ランジェリー姿で神妙な顔を浮かべる。
「・・・ぷっ!がはははははは!!」
隣で再び笑い転げているグレン
彼女を放置して、カイルは磔にされている人達を見上げた。
そして、その下にいる赤い鎧を纏った兵士達
大柄な男性が握っている老齢の男性
続けて銀髪の男性
最後に、背後にいるローザだ。
「・・・助けはいりますか?」
カイルはどちらの味方をするべきなのかすぐに判断した。
背後のローザである。
明らかに非道を行っているボルボトスの軍勢に味方する道理はない。
しかし、敵対する道理もないのだが、自分達を素直に見逃すとも思えないのは、磔にされている人々を見れば理解できる。
平穏に切り抜けられる状況ではないようだ。
「がははははははははは!!そんな姿で・・・くは!!がははは!!真面目な・・・顔・・・ぐぬ!!!参った・・・参ったぞ!!・・・わっちの負けじゃ・・・がはははははは!!もう・・・やめて・・・くれんんか!?」
しかし、ローザの返事をグレンの笑い声がかき消す。
グレンはカイルの姿と表情に笑いを堪えらない様子だ。
カイルが意図したことではないのだが、勝手にグレンはカイルへ降参していた。
ーーーインフォメーションーーー
・スキル『眷属契約』が発動します。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「おん!!・・・なんじゃ!?・・・がははははははははははは!!!」
一瞬だけグレンの体が真っ赤な光に包まれる。
それに驚く彼女だが、笑いを堪える要素にはならなかったようで、引き続きカイルを指さして笑っていた。
しかし、カイルはそんなグレンを放置して、背後にいるローザへと再び尋ねる。
「・・・あの人達を助けたいです。それは・・・貴方も同じですか?」
カイルは磔にされている人々を指し示して尋ねると、ローザはコクリと顎を引く。
ローザの返事を受けて、カイルはキッとガルウェインを睨む。
「おい、クソガキ・・・後で殺してやるから引っ込んでいろ」
ガルウェインはそんなカイルへ剣を向けると、後でと言いつつ、今殺そうと剣を振り抜く。
同時に、カイルの脳裏にメロディが流れた。
ーーピローン♪
ーーー手札ーーー
・『迅速』
・『黒狼爪』
・『黒狼牙』
・『サイクロン』
・『フレア・ストーム』
ーーーーーーーー
ーーーインフォメーションーーー
・スキル『迅速』を発動しました。
ーーーーーーーーーーーーーーー
カイルは素早い動きでガルウェインの剣を避ける。
そして、避けざまに彼の背後へと回り込む。
しかし、敏捷が遥かに上昇しているカイルの動きにガルウェインは対応していた。
背後へ回り込むカイルの動きに合わせて、グルリと回転し、回し蹴りを放つと、その足はカイルの頭部へと向けられていた。
カイルはガルウェインの蹴りを避けるため、再び彼の背後に回り込むようにして動く。
結果的に、元々立っていた位置へと戻っていた。
「良い動きだな・・・ガキ」
ガルウェインはカイルを侮って良い相手ではないと判断していた。
警戒心が強まっており、カイルへ追撃をせずに、間合いをはかっている様子だ。
そんなガルウェインを前にして、カイルは攻めてを考えていた。
・・・さて、格好をつけたは良いけど
どうしようか、人間相手ってガジェッタぐらいだからな。
多分、この人、ガジェッタより遥かに弱いかな。
うーん、迂闊に魔法を使って、殺すわけにはいかないし、どうしようか。
「・・・おん!!」
そんなガルウェインとカイルの隣でグレンがスッと起き上がる。
そして、カイルへ言った。
「おかしいのじゃ!!!」
「・・・何が?」
「わっち!カイルの奴隷になっておるぞ!!」
グレンの突然の発言を前に、周囲は凍りつく。
「・・・はい?」
「わっち!カイルの言うことを何でも聞かんといかんぞ!!」
「え、な、なんで?」
「あんなことやこんなことを命じられてしまえば・・・わっちは抗えんぞ!!」
カイルは混乱していた。
目はグルグルと回っており、状況の変化に追いつけず、パニックになっている。
「貴方・・・なんてことを・・・」
「っ!?」
カイルの背後でローザの心に刺さるような声色の声が響く。
背後を一瞥すると、ガルウェイン達へ向ける以上に鋭い視線が、ローザからカイルへと向けられていた。
「・・・違いますからね」
「・・・」
ランジェリー姿のカイルが否定しても、まったく信頼関係がないのだから、ローザには信じてもらえないだろう。
しかし、ローザはすぐにカイルへの評価を改めることとなる。
「・・・うそ」
ローザの目の前で、グレンの姿が変貌していく。
体積がどんどんと膨らむにつれて、彼女の容姿が人間から龍へと変貌していた。
1秒も経過せずに、森には巨大な赤い鱗を持つ龍の姿が現れていた。
ガルウェインの連れてきた大柄な男性
その巨体ですら、龍の指先ぐらいの大きさだ。
森に集まっているボルボトスの軍勢が一目で見下ろせるぐらいの巨体である。
太く逞しい四肢で大地を穿ち。
真っ赤な鱗は、その輝きだけで森を燃やし尽くしてしまいそうである。
空を覆うほどに広げられた翼が微かに動くだけで熱風が吹き荒れる。
"紅龍"
伝説に唄われる古龍の出現を前に、ローザだけでなく、ガルウェインやボルボトスの兵士達は呆然と立ち尽くし、人が抗えぬ存在をただ見上げる他なかった。
「すごいぞ!!カイル!!!わっちの封印が解けておるぞ!!!ほれ!!見よ!!この神々しい姿を!!!」
非常にベーシックな姿の紅龍
まさに王道のドラゴンである威厳と獰猛さが同居する顔からは、変わらず幼稚なグレンの言葉が轟く。
しかし、確かに、彼女の姿は神々しいと言えば頷ける。
漫画やアニメ、映画やゲーム
そんな世界の存在が、こうして、現実のものとして、カイルの目の前に現れているのだから。
「・・・」
カイルも紅龍の巨体を見上げながら頷いていた。
とりあえず「すごい」ということには同意していた。
しかし、もはや脳がフリーズしており、カイルは言葉を喪失していた。
彼の脳が機能を戻すには数秒を要するであろう。
そんな放心状態のカイルを放置して、グレンは眼下を睨む。
「さて・・・そやつらがカイルの敵じゃな!!」
紅龍はギロリとボルボトスの兵士達を、その黄色い瞳で睨みつける。
それだけで、兵士達はバタバタと倒れていき、気を失っているものや、ガクガクと震えているものなど、明らかな恐慌状態になっているようだ。
「むう・・・腑抜けどもじゃな・・・」
そんな兵士達の様子に、ため息を吐くようにして灼熱の息を空へと吐く紅龍
一応、森を焼かないようにする配慮はあるようだ。
そんなグレンから、目の前のガルウェインへ視線を移すカイル
処理すべきことを一つに集中させることで、思考をクリアにしていた。
グレンのことや、ローザのこと、転移した背景はお預けだ。
「・・・素直に逃げるなら見逃す。どうする?」
突如として現れた伝説を前に、頭を抱えて跪くような格好で震えているガルウェイン
そんな彼へカイルは降伏勧告する。
・・・無駄な殺生はしたくない。
というか、人殺しなんてことはできないし、させたくない。
逃げてくれるか…?
逃げてくれるのが1番だとカイルは考えていた。
カイルの言葉通り、ボルボトスの兵士達で動けるものは、蜘蛛の子を散らすようにして森の奥へと去っていく。動けないものもちゃんと担いだりして逃げるあたり、撤退の練度は高い様子だ。
逃げ出す兵士の姿を見て、カイルはホッと胸を撫で下ろしていた。
「・・・あ・・・あああ!!あああああああ!!!」
そして、カイルの前にいたガルウェインも手足をバタバタと忙しく動かしながら、何度も転びつつ、森の奥へと去って行った。
そんな彼を見送ると、カイルはため息を吐く。
「さて・・・どうしようかな」




