紅龍と対面
寝静まった村を抜けたカイル
彼は村を覆うフェンリルの森へと足を踏み入れていた。
背後をドシルにつけられるというヘマはしないように、念入りに背後を振り返り、尾行がいないことを確信すると、木陰に向かってラドンを呼ぶ。
「・・・ラドン、いる?」
「はっ!」
スッと白い毛並みが姿を見せる。
カイルへ向けて、可能な限り全身を大地へとつけ、伏せているラドンだ。
「ラドン・・・」
「カイル様!!申し訳ありません!!」
ラドンは目に涙を浮かべて叫ぶ。
しかし、膝を折り、可能な限り目線をラドンへ合わせると、カイルは優しく問いかける。
「何があったの?」
「・・・ぐっ・・・うう」
「ラドン?」
「・・・魔物群れを迎え討つために向かった我らを、紅龍が阻んだのです」
「・・・どうして?」
「カイル様、紅龍があなたと会うために仕組んだことです!」
カイルはラドンの言葉に頷く。
結論は分かった。
その経緯を話してほしいという意思表示だ。
「・・・紅龍は偉大な存在です。そのため、迂闊に外へ出ることはおろか、配下が認めた人間でなければ相対することすら許されない存在なのです」
「何だか大変そうだね」
・・・外出はおろか、人と会うことすら許されないのか。
そりゃ、大変だ。
「いえ、とうの古龍は傍若無人を体現したような存在です」
「傍若無人?そっか、紅龍が引き起こしたって言っていたもんね「」
「ええ、試練だと・・・そう私に告げていました」
「勝手なことをやるね。試練、受けるなんて言っていないのに」
「はい、おっしゃる通りです」
・・・ん?
あれ、紅龍がラドン達を捕らえていたんだよな?
「待って・・・えっと、その古龍さん、外出は許されていないんだよね?」
「はい、勝手に外へと出て、試練だと我らへ告げ、我らの行動を妨げ、サドラルファの部下を村へと向かわせました」
「・・・殴りたい」
「はい、同感です」
相槌を打つ2人の背後に、スッと着物姿の美少女が姿を見せる。
腕を組み、木の幹へ背中を預けている少女はニヤリと笑いながら言う。
「わっちを殴るとな?」
「・・・だいたい、こういう雰囲気の時、誰か来るよね」
「カイル様・・・落ち着いておられますな」
カイルは背後から聞こえる声に驚く素振りは見せない。
急に誰かが姿を現すことなど、とっくに慣れていた。
「・・・紅龍さんですよね?」
「おん!わっちが紅龍じゃ!グレンと呼べ!!」
両手を腰に当てて偉そうにふんぞりかえる紅龍
そんな彼女へカイルは告げる。
「・・・村にしたこと、僕は許しませんよ」
「わっちではなく、サドラルファを恨むんじゃな!」
「貴方が邪魔しなければ、ラドン達なら一蹴できていた相手です」
「ふんっ!わっちは悪くないのう!」
「悪いですよ」
「悪くない!」
「悪いです」
「悪くないって言っておるじゃろう!!」
「わざとやったんでしょ?」
「そうじゃ!」
「なら、グレンが悪い」
「試練じゃ!!悪くない!!」
「試練って、僕、受けるなんて一言も言っていませんよ?」
「わっちが会いたくなったのじゃ!!光栄に思え!!」
「・・・迷惑です」
「そうか!」
「・・・」
「うむ!!」
「・・・」
「さて、聞きたいことがあるのじゃ!」
・・・会話にならない。
言語は通じるけど、それ以外がダメだ。
「何でしょうか?」
カイルはグレンに嫌悪感を露わにしていた。
もし、攻撃してくるなら、不死性を全開にして倒そうとすら考えていた。
「お主!異世界から来たのじゃろ!?」
「・・・はい?」
**************
古代ギリシャの神殿
そんなイメージの建築物がある。
大きな岩山をくり抜いたような洞窟の中には広大な空間があり、魔力により昼のように明るく照らされている。
その空間の中心に、神殿のような建物はあった。
白い大理石でできており、入り口には四角い大きな穴がある。
円柱がグルリと建物を囲い、広大な空洞を中心から支えているようだ。
ここはアルガス山脈の内部であり、紅龍の住処だ。
かの古龍に認められた存在のみが足を踏み入れることを許されている。
ーー建物へ続く白い石畳の上を1人の魔女のような姿をした女性が歩く。
コツコツと床を鳴らして歩く彼女は、建物の前でピタリと足を止めた。
「・・・初めまして、我はウイング」
建物を囲う円柱の傍に、執事のような黒服に身を包み、モノクルをした男性がいた。
紺色の髪、鋭い眼光、口から覗かせる煌めく牙、そして先端が鋭利な尻尾
ガジェッタは彼が龍種であると瞬時に理解していた。
「私はガジェッタ」
どこか警戒した面持ちのガジェッタへウイングは告げる。
「・・・グレン様より試練を突破したと聞いております。どうぞ」
ウイングと名乗る執事風の男性はそう告げると会釈する。
そして、建物の前へと進んでいく。
その後を、ガジェッタも続いていく。
ーー建物の中は図書館であった。
広大な部屋の中には、至る所に本棚があり、色とりどりの本が納められている。
ガジェッタの本来の目的は、この紅龍が所有している図書館ではなかった。
しかし、事の流れで、こうして図書館へ立ち入る権利を得ている。
活かさない手はないだろう。
ガジェッタの目的を果たすには、圧倒的に情報が不足している。
古龍が持つ図書館は、その情報不足を補うには最適な場所であろう。
図書館の入り口や壁際には、カゴのような作りの棚もあり、そこには薄い雑誌のような本が挟まっている。
その中には異世界言語で書かれているものだけではなく、英語や日本語で書かれているものもあり、どれも、アイドルのような女性や、アニメキャラが表紙となっていた。
「・・・」
ガジェッタは目を輝かせながら建物の内部を見渡す。
そんな彼女へウイングが告げる。
「持ち出しは厳禁です。グレン様が機嫌を損ねますから汚さないように細心の注意も願います」
「ええ、分かっているわ」
ガジェッタはそう言って、入り口の近くにあるカゴから、英語でタイトルが書かれた雑誌を手に取る。
そこには白髪の男性が笑顔で映っており、質の良いスーツを纏っていた。
「・・・知らない言語ね」
雑誌をペラペラと捲りながらガジェッタが呟く。
すべて彼女が知らない言語で書かれており、映っている写真も何の図なのか理解できていない様子だ。
奇妙な物体や、奇妙な街が映っているページでたびたびページを止めており、興味深そうに見つめていた。
「それは、グレン様曰く、異世界の雑誌です」
「異世界?」
「はい、グレン様は異世界に関心をお持ちです」
「・・・そんなところ、存在しているのかしら?」
「グレン様は信じておられます。こうして、異世界から流れ着いたとされるものをかき集めるほどには信じておられますな」
ウイングはどこか呆れた様子で言う。
そんな彼の心労が予測できるガジェッタは「お疲れ様」という言葉が喉まで出掛かる。
「魔は世界の外から来たのよね」
「ええ、500年前に1度、原始の時代に1度、記録されていますね」
「その魔も世界の外、つまり、異世界から来たのよね」
「はい、そう記録されていますね」
「・・・もしかしたら、魔も、私たちと同じ人間なのかもしれないわね」
ガジェッタはそう言いながら、手にした雑誌に映る男性の顔を見つめていた。
「魔の住処とされる世界の外と、グレン様が好奇心を抱いている異世界、言葉の意味は同じ括りですが、実態は異なりますね」
「現実か夢想か、それぐらい違うわね」
ガジェッタはそう呟くと、本をカゴへ戻す。
そして、建物の奥へと進み始めた。
「ウイングさん、歴史の本はどこかしら?」
「残念ながら、グレン様はジャンル毎にまとめる感性をお持ちではありません」
「・・・そう」
***********
カイルと紅龍は見つめ合う。
いきなりの質問でカイルは戸惑いを感じていた。
その反応自体、「異世界から来たのか?」という質問に「はい」と答えているようなものである。
「異世界・・・?」
紅龍の質問に、ラドンは眉を潜めながらカイルと紅龍を見つめていた。
なかなか返答しないカイルへ、痺れを切らした紅龍は言う。
「なんじゃ!?無視か!?」
ぷんぷんと怒りを見せる紅龍
カイルはそれでも意に介さず、質問の意図を探るように紅龍を見つめる。
・・・いきなり異世界から来たかどうかを尋ねるのか?
根拠は?
試練ってことは、一連の騒動を見ていたんだよな?
「・・・教えません」
カイルはそう告げた。
すると、紅龍はカイルをジト目で見つめる。
「・・・何ですか?」
「ケチっ!!ドケチがおるぞっ!!」
カイルへ人差し指を向けて罵る紅龍
「・・・教えてほしいですか?」
「でなければ質問などせんわ!!」
「気になりますよね?」
「焦らすでないぞ!わっちに教えてくれ!!」
「交換条件といきませんか?」
「交換じゃと?」
・・・とりあえず、情報を引き出そうか。
「・・・僕が異世界から来たのかどうか、それを聞いてどうするんです?」
「む?気になっただけじゃ!」
「えっと、なんで気になったんです?」
「何となくじゃ!!」
「何となく?」
「うむ!!龍の・・・勘じゃよ!!」
偉そうに腕を組みながら答える紅龍
その姿にカイルは目を細める。
・・・大した情報がなさそうだぞ。
いや、古くから生きている龍だから、いろいろと知っているかもしれないけど、何を質問して良いのやら。
「・・・教える代わりに、お願いがあります」
「おん!?願いじゃと?」
「ええ、当然ですよね。情報には金銀財宝と同じ価値がありますから」
「むう!人間のくせに聡いことを言いおる」
「で、どうですか?」
カイルは紅龍を味方に付けることにした。
「先に願いを言うのじゃ!でなければ、わっちに考えようもなかろう?」
「そうですね。えっと、村を守ってほしいのです」
「それは無理じゃな」
「何でですか?」
「二重契約じゃ。すでに村を守るように契約をしておるからのう」
「・・・待ってください。突っ込みどころが多すぎますよ」
カイルはサドラルファの残党が村を襲ったことを覚えている。
それを目の前の紅龍が仕組んだことであるとも知っていた。
「試練って言って、村を襲わせたじゃないですか!?」
「おう!!」
「守るどころか、襲っているに等しいですよ!」
「襲わせたのは確かじゃが、いつも守っておるぞ」
「何を言っているんですか!?」
カイルには紅龍の主張が理解できないでいた。
どういうことだと頭を抱える。
「守るからと言って、襲ってはいけないわけじゃないじゃろ?」
「あー・・・えっと、うん?」
「他所から襲われれば守るが、今回の件、わっちが仕組んだことじゃ!」
「・・・????????」
「じゃーかーら!!わっちが襲わせたのだから、守る必要なんてないじゃろ!」
「あーうん。あ、はい?えっと、確認ですがいいですか?」
「うむ!」
「守ると約束はしました」
「おう!」
「でも、攻撃しないとは約束していない」
「うむ!」
「・・・なら、こうしましょう。教える代わりに、村を攻撃しないという契約ならどうですか?」
「おん?・・・それなら良さそうじゃな!」
紅龍は一瞬迷っていた。
しかし、閃いたように頷くと、カイルの提案を受け入れることにしたようだ。
「はぁ・・・」
カイルは我ながらに冷静な対応ができたと自負している。
事前に、ラドンから傍若無人を体現したような存在だと聞いていたが、ここまでだとは思っていない。
本気で、屁理屈をこねている。
「・・・よし!では、教えてくれ!!」
「異世界から来ましたよ」
「おおおおぅ!!やっぱりかっ!!」
「はい、これで良いですか?」
「うむ!契約は成立じゃ!あの村を襲わんし、襲わせない!!契約成立じゃな!!」
「・・・一ついいですか?」
「うむ?」
「村を守る契約なのに、どうしてデルガビッズやサドラルファが攻めてきたんですか?それも、あなたが仕組んだことですか?」
「おん?デルガビッズが村を襲撃できんように威嚇して防いでおったし、サドラルファが村を完全に翠毒で支配できんかったのも、わっちの魔力のおかげじゃぞ」
えへんと偉そうにのけ反る紅龍
その言葉の真偽を確かめるべく、カイルはラドンを見る。
「・・・確かに、デルガビッズはひそひそと森で活動しておりました。それに、サドラルファの件、言われてみれば、デウス級の精霊が放った毒なのに、その治療が順調だったのも疑問と言えば疑問でしたな」
「そうか」
カイルはラドンの言葉に頷く。
多少なりとも配慮はあったようだ。
「・・・どうせなら、両方とも追い払ってくれればよかったのに」
カイルはそう不満そうに呟くと、紅龍は癖のある笑顔を見せる。
「わっちと奴らが事を起こせば、間違いなく村は吹き飛ぶぞ?」
何故かドヤ顔の紅龍
しかし、確かにその通りかもと思ったカイルは頷いていた。
「・・・なるほど」
「ま、盗賊や何やらは見過ごしておるから、そうそう出番はないのじゃがな!」
「やっぱり守ってないじゃないですか!?」
「おん?もし、盗賊が襲撃、わっちが村を守る。生き残りがおかしいと誰かに言う。そうなったら、政治とやらに巻き込まれるぞ?」
「・・・」
紅龍のサボるための言い訳に聞こえなくもない言葉に、カイルは眉間にシワを寄せる。
「おう!そうじゃ!何でサドラルファとデルガビッズがここへ来たのじゃ?」
手の平の上に拳をポンっと乗せて聞く紅龍
古臭い動作だなと思いつつ、カイルは左右に首を振るう。
「・・・それは分かりません」
「むうう・・・」
「そういえば、村を守るようにと誰と契約したんですか?」
カイルはハッと肝心なことに気付く。
「内緒じゃ!!守秘義務じゃ!!」




