サドラルファ再び
「はぁ・・・はぁ・・・」
家の前まで死に物狂いで走るキララ
周囲にはゴブリンの燃え尽きた跡が点在しており、ここまで魔物に襲われることはなかった。
目から涙を溢し、息を荒げて、家のドアの前で両膝に手を置いて佇むキララ
彼女からは微かに呻き声が響いていた。
「うえ・・・うえぇ・・・みんな・・・ごめんね・・・ごめん・・・ごめんなさい・・・」
そんな風に泣きながらも、家に入る一歩が踏み出せないキララ
ここまで来るために友人を見捨ててきたのにも関わらず、家でどうなっているか分からない母の姿を確認することに怯えているようだ。
死んでいたとしたら、その現実を受け入れられない。
そんな恐怖である。
「ここまで・・・してくれた・・・のに・・・何で!!何で私は!!こんなに臆病なの!?」
「おい!キララ!」
「っ!?」
急に聞こえたドシルの声にキララはビクリと肩を震わせる。
そして、彼女が背後を振り返ると、そこには刀を抜き身のまま持って走って来るドシルの姿があった。
「ドシル・・・」
「おう!やっと見つけたぜ!」
ニカッと笑うドシル
そんな彼へキララは涙を溢れさせていた。
まるでダムが決壊したように泣くキララ
「お、おい!」
「うえ、うえええええええええ!!!」
急にキララへ抱きつかれるドシルは、アタフタと慌て始める。
「お、おい!な、何だよ!?」
「うええええええ・・・みんぁあ!!みんながぁ!!」
「安心しろって!怪我はしてっけど、みんな無事だぞ!!!」
ドシルが言うと、キララはピタリと泣くのをやめる。
そして、ドシルから離れると、鼻を啜ると言った。
「だって・・・だって・・・オーガやキングオークがいたのよ!」
「おう!オーガは俺が倒した!すげぇだろ!!」
ドシルはガッツポーズを見せながら言う。
しかし、そんなドシルへキララは微かに微笑む。
「・・・ありがとう、私を気遣っているのね」
「嘘じゃねーぞ!!!」
「ふふ・・・ね、ドシル」
「何だよ?」
「ありがとう・・・何だか勇気、湧いてきた」
そう言って微笑むキララ
「・・・だから!嘘じゃねーって!!!ほら!!!」
ーーカイル達がキララの家までやってくる。
その背後には、ライラから治療を受けたサララとマルル、ユグとドラ吉の姿があった。
ハイネは村に残った魔物を撃退すると言って別行動となっていた。
本来であれば止めるのだが、ハイネであれば大丈夫そうな謎の信頼もあり、そのまま別れて行動することになった。
カイル達がキララと合流する頃には、すでに村への魔物の襲撃は終息へと向かっており、ざわざわとした感じがなくなっていた。
まだ入り口の方で戦闘の気配はあるのだが、戦える人よりも、戦えない人を優先しようというのがカイルの考えだ。
ーーキララの家に入り、母が寝ているという寝室を目指す。
家の外にはドシルとユグ、サララがいる。
部屋を目指しているのはカイルとマルル、ライラの3人だ。
「・・・お母さん!!」
キララが扉を開けると、そこには大きな木が生えていた。
まるで心臓のように幹が脈を打っており、只ならぬ状況であることは間違いないようだ。
「なに、これ・・・」
キララはベッドから生える大きな木を見て膝を折る。
遅れて入ってくるカイル達の前には、部屋一面に根を伸ばし、今にも天井を突き破ろうとしている大きな木があった。
「これは・・・翠毒じゃない?」
カイルが目にしたのは、記憶にあった翠毒とは印象が大きく異なっていた。
確かに、木のような植物になる共通点はある。
しかし、その原形は残っており、目の前のまるで繭のような姿にはなっていなかった。
「翠毒じゃない?」
カイルの言葉を拾うキララ
すると、マルルも言う。
「翠毒、人間の姿のまま木になる。これ、違う」
「ええ・・・お二人の言う通り、これは・・・普通の翠毒ではありません」
「それじゃ・・・これ!何なの!?」
キララが叫ぶ。
しかし、誰も答えを持ってなどいない。
「・・・方法が一つあります」
カイルが告げると、その視線をライラへと向ける。
すると、彼女はコクリと頷いた。
「・・・分かりました。では、キララ様、マルル様、どうか家の外へ」
「待って!!お母さんを置いてなんていけない!」
「カイル君、何、するの?」
「ちょっと試したいことがあるんだけど、みんなが怪我しちゃいけないから」
カイルが要領の得ない回答をする。
そんな説明でも、キララは頷いた。
「・・・分かった」
「キララちゃん?」
「カイルとドシルには助けられているもの、今更、疑って、邪魔なんてしないわ」
そう言って笑うキララ
彼女の視線には確かな信頼が宿っていた。
グッと胸の中が熱くなり、何かが込み上げてくるカイル
「キララちゃん・・・」
「任せたわよ!カイル!」
「・・・さぁ、行きましょう」
ライラに連れられてキララとマルルは部屋を後にする。
そして、カイルは繭のようになって生えている木を見つめる。
「・・・サドラルファ、いるんだろ?」
「・・・」
カイルはスッと手を突き出す。
そして、その先に炎の玉を揺らめかせた。
「けけけけけけけけけ!!!」
部屋にはサドラルファの笑い声が木霊する。
しかし、カイルは驚く素振りも見せず、至って無表情のままである。
「生きていたのか」
「けけけけけけけけ!!!万が一に備えてよォ!こうして保険は用意しておくッ!!あたりめーだろうがッ!!」
サドラルファは笑い声に怒気を混ぜて叫ぶ。
保険はあくまで保険だ。
その損害の全てを賄えるとは限らない。
今回の場合、損害のほんの一部が補填できただけである。
「無様だな」
「こらァ!!てめェのせいだろうがッ!!あんな・・・あんなクソみてェな魔法を使いやがってッ!!!ぶっ殺してやるッ!」
「それができないこと。お前が1番理解しているんじゃないか?」
カイルに完全支配される前に、用意しておいた媒体へ憑依した。
それがサドラルファの保険である。
魔力の大部分が支配されてしまったため、それを切り離して、残った部分が今のサドラルファだ。
そのため、デウス級が本来持つ魔力の大半が失われており、目の前のカイルとまともに戦うこととなれば、サドラルファに勝ち目はない。
「俺様ァ!!・・・ここまで惨めな気分ッ!初めてだぜェ!!」
まともにカイルへ言い返すことのできないサドラルファ
怒気を強めて叫ぶしかなかった。
しかし、そんな風に怒りを露わにする精霊に対して、カイルは逆に警戒心を強めていた。
「・・・何か隠しているのか?」
「ああんッ!?あたりめェーだろうがッ!?」
カイルは言われて納得した。
隠していないわけないだろうと。
カイルはスッと手のひらを突き出す。
そして、サドラルファの残滓を焼切ろうと考えていた。
「おいおい!良いのかァ!?そんなことしたらよォ!お前の友達の可愛い子ちゃん!そのママちゃんが死んじゃいますよーォ!?」
繭のように生える木の中心から、スッとキララの母であるカガリの顔が浮かんでくる。
苦痛に顔を歪めており、とても苦しそうであった。
「っ!?」
「けけけけけけけ!!攻撃・・・できねーよなァ!?おらァ!?」
「・・・」
カイルは手札のカードを見つめる。
それは『ドミネーション』だ。
先のサドラルファとの戦いで決め手となったカードであり、これでサドラルファを従えることができれば、カガリを救うことにもつながると考えた。
カイルはスッと地面の根に手で触れる。
そして、手札からカードを放つ。
ーーーインフォメーションーーー
・スキル『ドミネーション』を発動しました。
・・・対象が見つかりません。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「・・・」
カイルは無言のまま時を待つ。
しかし、何の変化もなかった。
「けけけけけけ!!あの支配魔法を使ったのかァ!?ああああ!!無駄ァ!!俺様の本体ッ!外に出てねぇからなァ!!こいつはァ!あくまで、テメェの友達のママだよォん!」
「・・・くそ」
カイルは『ドミネーション』の効果がないことを悟る。
カガリを支配したくないと思っているからこそ、カードは手札に残ったままで、効果が発動されていなかった。
「けけけけけけけけ!!俺様はここでよォ!こうして・・・魔力が回復するまで休ませてもらうぜェ!!」
「させると思うか?」
「止めてーなら!!こいつを殺せッ!!それができるならよォ!?」
サドラルファの言葉にカイルは拳を硬く握り締めながら、苦しんだ表情を見せるカガリを見つめる。
「けけけけけけ!!しかし、てめーらは何者だァ!?」
「は?」
「俺様の部下、ほとんど死んでんじゃねェかよォ!!」
サドラルファの言葉でカイルは外で倒してきた魔物のことを思い出す。
あれはサドラルファの軍勢であったのかと、カイルの中で確定した瞬間であった。
「・・・あいつらはお前の部下だったんだな」
「けけけけけけ!あれだけ殺しておいて・・・今更、気付きやがったかァ!」
・・・あいつらがこいつの部下
それなら、ラドン達は?
食い止めているはずじゃないのか?
あの程度の魔物なら、ラドン達なら一蹴できるはずだ。
やられるはずがない。
「・・・けけけけけけけ!!おいおい!何か心配ごとかァ!?」
ラドンの身を案じるカイルの心配そうな表情を嗤うサドラルファ
そんな時だ。
カイルの脳内にメロディが響く。
ーーピローン♪
ーーーインフォメーションーーー
・通常ドロー
スキル『犠牲治癒』を手札に加えました。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「・・・」
「おい!黙りかァ!?ああん!?」
・・・『犠牲治癒』
もしかして、これなら
カイルは再び膝を折ると、地面に這う根に手を当てる。
そして、目を瞑り、手札からカードを放つ。
ーーーインフォメーションーーー
・スキル『犠牲治癒』を発動しました。
ーーーーーーーーーーーーーーー
***************
「っ!?」
サドラルファの視点は移動する。
まるでパッと瞬間移動したような感覚だ。
「うお・・・ォオ?」
急に立ち位置が変わったことで驚きを隠せない様子のサドラルファ
外へ連れ出されたと警戒して周囲を見渡すが、どこにも対峙していたカイルの姿はない。
「あいつ・・・どこにィ!?」
周囲をキョロキョロと見渡すサドラファ
自分を結界の外へと連れ出したのだから、その元凶たるカイルが攻撃を仕掛けてこないのはおかしいと考えて、警戒している。
しかし、どこにもカイルの姿などなかった。
「どこだァ!?出てこ・・・」
見回す視点が一箇所で止まる。
そこには、彼の目の前にあるのは、中に自分がいたはずの木の繭である。
「・・・おかしいィ!!結界は壊されてねェぞ!!」
サドラルファは叫ぶ。
自分がこうして外へ出ているのにも関わらず、自分を守る盾の代わりにもしていた繭が破壊されていないのはおかしいと言う疑問だ。
彼は急ぎ木の繭へと近づく、そして、繭に耳を当てていた。
すると、繭の中からは、確かに結界の魔力がドクンドクンと脈を打っていた。
先程まで自分を封印するレベルで強固に張っていた結界だ。
「・・・ありえねェ!!どんな魔術だァ!?」
サドラルファは繭から耳を離す。
そして、再びグルリと部屋を見渡す。
「俺だけ外に連れ出したってのかァ!?結界を壊さずに・・・俺だけをワープさせるみてーにィ!?」
サドラルファは続けて天井を見渡した。
やはり、どこにもカイルの姿はない。
一応と、次は視界を下へ向ける。
すると、自分がカガリではなく少年の体に憑依していると気付く。
「何だッ!?何をしやがったッ!!!」
カイルは狼狽える。
正確には、中に入っているサドラルファだ。
急に器が変わったことに驚きを隠せず、混乱すらしている様子である。
カイルはカガリへ『犠牲治癒』を発動していた。
その効果によって、翠毒と憑依状態までをも、カガリからカイルは引き継いでいた。
「何だ!?こりゃ!!!何で、俺様の器、変わってんだァ!?」
地面を蹴り上げて叫ぶカイル
「俺様の結界は魔力の移動すら防ぐッ!!物理的にも、魔力的にも結界に損失なんざねェ!!ありえねェ!おらァ!何をしやが・・・」
次の瞬間、彼はハッとする。
「損失がねェ・・・器が変わる・・・ああん?」
カイルの顔は困惑から嬉々としたものへ変わっていく。
「転生現象・・・輪廻を通して移したのか?俺を?」
ワナワナと手を動かしながら地面を見つめるサドラルファ
まるで何かを確かめるようにして、彼は魔法を放つ。
すると、彼の指の動きに合わせて、地面からツタが生えてくる。
弱々しく小さなツタではあるが、サドラルファの権能がカイルの体でも発揮されていた。
「間違いねェ!!俺の権能がこいつにも移ってやがるッ!!」
カイルは嬉しそうな声で叫ぶと、目の前で結界が維持されたままの繭を見つめる。
そして、さらに顔を歪めて嗤う。
「けけけけけけけけけ!!!そうかァ!!そういうことかァ!!!そうやって取り出したんだなァ!!!」
カイルは高笑いする。
「残りの3つも俺様が手中に収めればよォ!!!アーチですらボコボコにできんぞォ!!!けけけけけけけけけけ!!!」




