僕が悪い。
カイルが家に戻る頃にはすでに夕日が世界を紅に染めていた。
そして、村長の家の前には人集りができており、その中から女性の声が響いてくる。
「・・・カイル!!」
「戻りました」
泣きそうな声でカイルの名前を叫ぶサラ
そんな彼女に、カイルは事務的な返答をする。
カイルの表情も淡白なものである。
それでも、駆け寄ってきたサラは、カイルをギュッと抱き締める。
そして、カイルの耳元で、サラはスンスンと鼻を鳴らしていた。
「う・・・ううう・・・」
「・・・」
「サラ、奴なら大丈夫じゃ」
そんなカイルとサラのところへ、お爺さんがやってくる。
そのままカイルとサラの頭へ手を置くと、お爺さんは続ける。
「ケビンなら大丈夫じゃ、殺そうとしても死ぬやつじゃないのは、サラ、お前が1番知っておるじゃろ?」
「でも・・・でも!!あの人に何かあったら・・・」
「心配はいらん。あれでも、一応は元冒険者じゃ。簡単に死にはせんだろう」
そう言うお爺さんの顔は、不安の色に染まっていた。
サラを元気付けるための言葉であり、そこまで確証はないようだ。
カイルが集まっている村の人達へ目線を向ける。
「みんなで探しに行くんですか?」
「探しには行けん。ワシらは素人じゃからな、犠牲が出るやもしれん。あれはのう、ケビンの奴が森へ入ったことで魔物を刺激しておるかもしれんから、夜に襲撃されても備えられるように交代で警備するのじゃ」
「それじゃ・・・」
カイルが言葉を続けようとする。
しかし、彼の言葉は女性の叫びにかき消される。
「お願いだぁ!村長!ドシルを助けてほしい!」
女性の叫びを受けて、悲痛な面持ちでその女性を見つめるお爺さん
暴れるように前へ出てくる女性を前にして、すぐに頭を少し下げて、呟くように弱々しい声で言う。
「・・・すまない」
「村長!!」
女性は頭を下げているお爺さんに摑みかかる。
両肩の筋肉に指が食い込むぐらいの勢いであり、感情の荒ぶりが伝わってくる。
「助けて!ドシルを助けて!!」
息子を助けてほしいと繰り返す女性
そんな彼女を人混みから出てきた筋骨隆々の男性が止める。
男性は、女性の肩へ裏から手を回し、お爺さんに摑みかかる女性を強引に引き剥がす。
「・・・やめねぇか!!」
男性は泣き叫ぶように女性に言う。
しかし、なりふり構わない様子で、羽交い締めにされた女性は手足をバタバタとさせながらも村長へ叫ぶ。
暴れる手の爪の先がお爺さんの頬をかすめたのか、うっすらと赤い線が入っていた。
「どうしてだぁ!!!どうして!!!助けてくれないの!?」
「・・・すまん」
「どうして!!どうしてぇ!!!!」
「・・・すまん」
「助けてよ!!うちの子を助けて!!」
「・・・すまん」
「謝ってほしいわけじゃないわ!!助けてほしいのよ!!」
お爺さんは項垂れるように、その叫ぶ女性へ頭を下げる。
その表情を下から覗くと、下唇を噛み締めており、とても悔しそうな表情をしていた。
「あの子に何かあったら!私はどうすればいいの!?」
「すまん・・・」
「謝って済むことじゃないわ!!」
「・・・」
「ねぇ!!何とか言いなさい!!助けてよ!!村長でしょ!!!」
目が飛び出そうな勢いで村長を睨む女性
村の人々は口を挟もうとするが、誰も言葉を紡ぐことができないでいた。
そんな中、彼女を羽交い締めにして取り押さえている男性が叫ぶ。
「村長が悪いわけじゃない!そんなことを言うのはやめろ!」
「アナタはドシルが心配じゃないの!?」
「そんなわけあるか!!俺だって!!俺だってなぁ!!」
「う・・・うぅううう!!!」
「・・・信じるしかない!!」
女性が泣き出すとガクリと倒れそうになる。
それを持ち上げるようにして支え、そのまま村の奥へと引きずっていく。
「いや、離して!!お願い!お願いよ!誰かあの子を!!」
男性に引き摺られるようにして、村の奥へと消えていく女性をカイルはジッと見つめていた。
・・・本来、母親はああやって子供を心配できるものなんだな。
「・・・どうして、お父さんは森になんて行ったんですか?」
「カイル、それは気にする必要はないぞ」
お爺さんは誤魔化すようにそう告げる。
しかし、そんなお爺さんの気遣いなんてものは知らないと、サラは叫んだ。
「カイル、貴方のためよ!!」
「サラ、よさんか!」
「・・・カイルが、ずっと、何も食べないから心配だったの!それで、私が・・・お肉なら食べるかもって変なことを言ったから・・・私のせいなの!!!」
動転しているサラ
冷静な思考ではなく、思ったことをただただ口にしてしまっていた。
彼女の言葉はカイルの心に棘を刺す。
それを察したお爺さんが止めようとした。
「よせ!!サラ!!」
「ごめんね!ごめんね!カイル・・・ごめんね!」
サラは、カイルを強く抱きしめながら、何度も謝罪を繰り返す。
情緒が不安定であり、泣いたり叫んだり謝ったりとコロコロと変わっている。
そんな様子の彼女に対して、カイルには解せないことがあった。
「どうして・・・僕のために?」
「どうして?」
「何で、僕なんかのために?」
「カイル?」
「森は危険なんですよね?それは、ケビンさんにとっても命懸けなんですよね?」
「・・・カイル、もうやめるのじゃ」
「そうよ・・・危険な場所よ・・・危険な・・・」
サラは涙でカイルの肩を濡らす。
ポロポロと止めどなく溢れてくる彼女の涙
それは、言葉以上に、森が危険な場所であるとカイルへ伝えていた。
しかし、それでも、カイルは理解できない。
なぜ、自分のために、ケビンが森になんて向かったのだろうと。
「どうして、何で、僕なんかのために、命懸けで狩になんて出掛けたんですか?」
「カイル・・・お前」
「僕なんかのために、命を賭ける理由が分かりません」
「やめて!カイル!!」
カイルがそう尋ねると、サラは大きな声で叫ぶ。
しかし、やめろと言われてもと
「いえ、そう言われても・・・僕には理解できません。どうして、僕なんかの・・・」
「やめて!!!」
「っ!?」
「やめて・・・カイル・・・僕なんか・・・なんて言わないで・・・まるで価値のないみたいな、言い方、やめて・・・」
「・・・僕はどうしようもない人間ですよ?」
・・・僕は人の感情なんて分からない。
他人を思いやる。
周りの人は当たり前にできることが、昔から僕にはできなかった。
だからこそ、こうしてサラさんをより泣かせてしまっていた。
親からも産まれてこなければ良かったと言われ続けてきた。
学校には来るなと言われ続けてきた。
きっと、社会に出ても、誰からも必要とされず、疎まれ続ける人生が待っているだろうと思っていた。
それは、僕が価値のない欠陥品だから、当然のことであろう。
そんな欠陥品のために、ケビンさんが命懸けで、僕に肉を食べさせるために森へ向かった。
それが本当に理解できない。
そもそも、僕が本当の子供ではないと2人は知っているだろう。
数日前、川に流れているのを拾ったのと、拾われただけの関係だ。
どうして、そこまで情が湧くんだ?
「僕は、本当の子供ではないです。そうでしょ?」
「違う!違うわ・・・カイルは大切な、大切な、私達の子供よ」
「大切な・・・子供?」
「そうよ!ケビンもそう思っているから、貴方にちゃんとしたご飯を食べさせてあげたくて、森に行ったのよ!」
「僕の・・・ために?」
「そうよ、私達は、カイルのためなら何でもやるわ!貴方が幸せになるなら、この身を業火に焼かれたって構わないの!」
サラはカイルを見つめながら必死の想いを込めて叫ぶ。
真摯な気持ちから出た彼女の言葉に対して、カイルから込み上げてきた感情は否定だ。
「・・・そんなこと、しないで」
カイルはサラを強く抱き締め返す。
なぜ、そうしたのか、カイルは自分自身でも理解できていない。
この村に来て、ケビンとサラに出会った時、確かに2人を大切な存在のように感じていた。
どこか懐かしく、暖かい、そんな気持ちになっていた。
「カイル・・・」
「・・・」
・・・サラさんには泣いてほしくない。
なぜ、そう思うのか。
それは言葉にできない。
だけど、自分の心の奥底から、何かの感情が芽生えた。
いや、芽生えていたんだ。
この世界に来た時から。
それは、確かに実感できていた。
「ダメだ・・・」
「カイル?」
いや、どうでも良い。
関係ない。
興味がない。
関心がない。
そう思え。
そう思えじゃなくて、どうでも良い。
求めようとするな。
やめろ。
お前はまた、家族を、幸せを、壊すのか。
自分の存在が人を不幸にする。
それは知っているだろう。
父と母、弟を不幸にした。
それは誰だ?
お前だ。
「ダメだ」
「カイル?」
「・・・僕は、よく分からない。どうして、2人が僕を大切に想うのか」
「理由を、教えてください・・・」
「理由?」
「はい、会ったばかりです。それなのに・・・どうして?」
「・・・理由なんてないわ」
「理由なんてない?」
「そうよ、家族を大切だって思う気持ち、そこに理由なんて要らないでしょ。だって、家族なんだから」
「家族・・・」
「ええ、私達は・・・家族よ、カイル」
「家族・・・」
ーーカイルの手は震えていた。
やがて、その震えは全身にまで広がる。
様々な感情が混ざり合ったものからくる震えである。
本来、家族とは帰る場所であり、温かい場所でもある。
それをカイルは知っており、憧れてもいる。
しかし、知っているだけだ。
理解はもちろん体験したことなどない。
カイルにとっての家族は、本来とは正反対の場所である。
そこは自分の存在を否定する場所であり、凍えるほど寒い場所だった。
「・・・僕は家族じゃない」
「カイル・・・」
サラは震えるカイルをギュッと抱きしめる。
しかし、そんな彼女をカイルは突き放す。
「きゃっ!?」
「・・・」
尻餅をついたサラは、驚いた表情でカイルを見つめていた。
その視線に対して、カイルは顔ごと逸らして森の方を見る。
・・・壊したくない。
僕が直さないと、みんなの家族が、冷たい場所になる。
「カイル!?」
「お、おい!どこへ行く!!」
「待って!カイル!!カイル!!!!」
「待つんじゃ!!おい!!」
ーーカイルは駆け出していた。
向かう先は森だ。
「ふざけんな・・・ふざけんな!!」
・・・何だ、この罪悪感
僕が何をした?
何がいけない?
何なんだっ!
「僕が悪い!!僕がダメな奴だから!みんなを不幸にする!!」
・・・僕のせいで、ケビンさんも、あの子も、死ぬかもしれない!
そんなの許せない!
くそ!本当、構わないでくれ!
僕のことなんて、放っておいてくれれば、こんなことにはならなかった!
「ふざけんな!!本当に・・・ふざけんな!!!」
カイルは胸を押さえながら、森を目指して駆ける。
村の人々が追いつけないぐらい速い速度で彼は走っていた。
・・・僕が傍にいなければ、誰も不幸になんてならない!
だから、僕は…
家族なんかじゃない!!