無関心
風切り音が聞こえる。
実った稲がバサバサと斬られていき、空へと舞い上がる。
ヒューっと風が吹く。
舞い上がった稲が風に運ばれ、荷車へと綺麗に乗せられていく。
風の魔法によって、あっという間に広大な畑の収穫を終えていた。
「・・・」
「カイル!!」
カイルはそんな光景を呆然と見つめていた。
まるで夜空を見つめて無心になっている時のようだ。
綺麗なものや、珍しいものを見るとき、それに魅入っているような心境なのだろう。
だからこそ、自分を呼ぶ声になかなか反応できないでいた。
「カイル!!」
「っ!?」
そんなカイルはお爺さんの大きな声でハッとする。
何度も呼ばれていたことに気付き、作業中に呆然としていたことでの怒号を恐れて冷や汗をかく。
「・・・ほれ、カイル、これを撒いてくれ」
しかし、お爺さんは怒鳴ることなどしなかった。
微笑みながら、収穫作業を眺めていたカイルへお爺さんが声をかけてくる。
「あ、はい・・・」
お爺さんは村長であり、この辺り一帯を治める男爵だ。
サラの父親であり、カイルを養子に迎えているため、少年のお爺さんということになる。
お爺さんは、ケビンに負けず劣らずの筋肉マンだ。
シワシワの容姿をしているが、顔から下は年齢を感じさせないムキムキであり、まだまだ現役だとアピールしている。
そして、お爺さんは、黒い粉々になった炭のようなものが盛られている籠をカイルへと渡していた。
カイルの興味は当然、その籠の中身へと向いた。
「この炭みたいのは何ですか?」
「これはな、食べられない部分を火の魔法で燻ったものじゃ。そうすることで、この炭に魔力が宿るのじゃよ。それでのう、これを撒くとな、土に魔力が戻るのじゃ」
「土に魔力?」
「うむ、収穫を終えた後の土には、ほとんど魔力が残っておらんのじゃ。それでのう、この燻った炭を撒いて、土に魔力を戻すという訳じゃな」
「なるほど・・・土に魔力が戻らないと作物が実らないんですか?」
カイルは癖で質問攻めにしてしまう。
しかし、お爺さんは、それが嬉しいのか、彼の頭を撫でながら微笑む。
「ほほう、坊は好奇心旺盛じゃな、勉強好きなことは良いことじゃな」
「ただ気になっただけですよ」
自覚のないことで褒められたカイルは怪訝な顔をする。
学校が嫌いな彼が勉強を好むはずもなく、成績はいつも悪かった。
だからこそ、勉強好きという言葉に頷けないでいる。
「ホッホッホ!気になるということが重要なのじゃよ。さて、土に魔力がなくとも、ちゃんとした土地なら作物は育つのじゃがな。土に魔力がしっかりと宿っておった方が、早い期間で収穫ができるのじゃよ」
「どれぐらい違うんですか?」
「そうじゃな・・・麦だと、種を撒いてから食べられるようになるまで、魔力がない土地じゃと1年はかかるかのう。魔力があれば、2ヶ月から3ヶ月、良い土地じゃと1ヶ月じゃな」
カイルはお爺さんの話を聞いて、広大な畑を一望する。
これだけ広い大地から収穫できる麦の量はかなりのものだ。
それを、現世の何倍も早い期間で収穫できる。
収穫高は想像を絶する量であろう。
水資源がどうたらも、そもそも、魔法で水を生み出せるのだから関係なさそうである。
しかし、大量の作物を見ていると、昨日のケビンとの会話が蘇ってくる。
「・・・ほとんど、税として徴収されてしまうんですよね」
カイルがポツリと言うと、お爺さんは鼻から強く息を吹いて言う。
「うむ、その通りじゃな」
「そんなに、この国は人口が多いんですか?」
「いんや、本来はのう。一期だけの収穫で王国中の人間が1年は食うに困らない量が収穫できる」
「一期?」
「王国のほとんどの村ではのう、1年を4つに分けて収穫時期としておる。つまり、3ヶ月で一期じゃな」
「ということは、一期分で食料は十分ということですよね・・・残りの三期分はどうしているんですか?」
「他国へ売っておるのじゃよ」
「・・・自分達が食べる分を残しておけないんですか?」
「うむ、税はのう、本来はお金で納めるものなのじゃ。農業はそこまで金にならんからのう、提示されておる金額分となると、村の1年の収穫量で何とかと言ったところじゃな」
お爺さんは広大な土地を寂しそうに眺めていた。
何のために汗水垂らして働いているのか。
ほとんどが税金として徴収され、残るものは何もない。
口にできるのは芋虫か、魔力が宿りすぎた野菜、魔物化した魚ぐらいだ。
「農業はお金にならないのなら、別のことを始めることはできないんですか?」
カイルはついついケビンさんへぶつけた質問と同じものをお爺さんにも投げてしまう。
「残念じゃが、この村に学のある奴はおらんからのう。商売もできんし、魔法工学なんてもっての外じゃな」
「・・・」
カイルは何も言葉が紡げず、ただ黙り込むしかなかった。
・・・この貧しい状況から抜け出すための何かがあるんじゃないかとも思う。
だけど、この世界のことなんてほとんど分からない。
確証なんてまるでない。
「ほれ、そろそろ作業を始めようかのう」
「わかりました」
ーーカイルとお爺さんが籠の中の炭を畑に撒いていると、村の男性が駆け寄ってくる。
血相を変えた様子で走っており、何か緊急事態の様子だ。
「おーい!!村長!!」
男性の声に気付いたお爺さんは、炭の入った籠を地面へ置く。
そして、額の汗を拭いながら、駆け寄ってくる男性に言う。
「どうしたのじゃ!そんな慌ててからに!」
「一大事ですぜ!!ケビンの奴が森に入ったそうです!!」
「何じゃと!!!」
「森へ出掛けていく姿を、マイクの奴が見たって言っておりやした!」
男性の言葉を聞いたお爺さんは、拳を震わせながら硬く握りしめていた。
そして、お爺さんはカイルへと振り返る。
その表情は、怒りの形相だ。
「坊はここにおれ!作業を続けておるのじゃ!」
いきなりの怒号にカイルはビクリと体を震わせる。
しかし、聞きたいことは聞いておきたい。
「・・・お父さんが森にって?」
「お前は気にするでない!!」
カイルが尋ねると、お爺さんは大声で言う。
再びビクリと体を震わせるカイル
子供の姿にまで縮んだ彼からすれば、お爺さんは巨人のように見えるのだから仕方ないだろう。
「・・・わかりました」
「ど、怒鳴ってすまん。じゃが、心配はせんでよいぞ」
慌てて穏やかに取り繕うお爺さん
思わずカイルへ叫んでしまったことを後悔している様子だ。
「・・・村長!」
「う、うむ・・・ここで待っておれ!!いいな!」
お爺さんはカイルへそう言うと、駆けつけてきた男性と一緒に村の奥へと向かっていく。
・・・ケビンさんが森に?
まぁ、僕が迂闊に首を突っ込んでも事態を混乱させるだけだな。
言われた通りに作業を続けることにしよう。
「・・・お前は心配じゃないのか?」
1人だけになったと思ったカイルは、突然の声にビクリとする。
そこには、小さな男の子がいた。
ボサボサの茶色い髪を肩まで伸ばしている。
団子鼻であり、目は細く、とても可愛いとは思えない子供だった。
その手には木の剣が2本もあった。
まるで誰かとチャンバラごっこでもしようとしているようだ。
「心配?」
「そうだ!!」
・・・なんかキレてるな
そもそも、心配って何のことだ?
ケビンさんのことか?
「おい!聞いてんのか!?」
「・・・僕は仕事中だから、邪魔しないでね」
カイルは少年を無視して籠の中の炭を畑に撒く作業へ戻る。
しかし、そんなカイルへの追求を止めない男の子
「おい!!お前!自分のとーちゃんが危ないってのに、何してんだ!?」
「何って、仕事」
「仕事なんてしてる場合じゃねーだろ!?心配じゃねーのか!」
「心配?」
「そうだ!お前のとーちゃん!すげぇ危ないんだぞ!」
「・・・危ない?」
「そうだ!今、ブラックウルフのはいしょっくキックだから!森の中はめちゃくちゃあぶねーんだぞ!」
「はいしょっく・・・繁殖期?」
「そ、そうだ!繁殖だ!」
・・・なるほど、ブラックウルフなんて、明らかに魔物ですと自己紹介しているような獣がいるのか。
で、そいつらが、今まさに繁殖期で、食欲旺盛なのか、気が立っているのか。
どちらにせよ、危ないってことだな。
「お、おい!お前、どうして、そう、普通にしてられんだ?」
「さぁ、あまり良く分からない」
「し、心配じゃないのか!?」
「ああ、そんなに」
・・・正直、ケビンさんが父親だとは思っていない。
そもそも、本当に父親だったとしても、どうでも良い。
お父さんとか、お母さんとか、家族とか、僕にはあまりよく分からない。
僕は他人に関心なんてない。
関心を抱けない欠陥品なんだ。
死のうが、生きようが、まるで興味がない。
他人も僕に興味がないのだから、それでいいだろ。
「そ、そんなに?」
「うん、別にって感じ」
「お前・・・本気で言ってんのか!?」
男の子は大声で叫ぶ。
目には大粒の涙を浮かべており、溢れんばかりの激情で手が震えていた。
「・・・」
・・・そもそも、ケビンさんだって森が危険な時期だってことは知っているだろう。
それにも関わらず、森へ入ったのなら、それは自己責任というやつだ。
それにだ。
僕が心配したところで事態が良くなるわけじゃない。
ーーカイルの脳裏で、何かの感情に蓋をするようにしてグルグルと感情が渦巻いていた。
ケビンが森へ入ったことに対して強引に無関心を示す。
彼の中で、焦燥感が込み上げているのだが、それに気付かないフリをしていた。
しかし、その態度が、彼の目の前にいる少年には許せないようだ。
「おい!お前、人間か!?」
「・・・えらい言いようだな。ケビ・・・お父さんには、命を賭けてでもやりたいことが森にあるってことだよ。大人なんだし、やりたいようにやらせれば良いんじゃないかな」
カイルは冷たく言い放つ。
その態度を前に、カイルの前の少年は怒りに任せてプルプルと震えながら叫ぶ。
「・・・お前が何も食べないからって、師匠は森に獣を狩に行ったんだぞ!」
「え?」
「お前が・・・数日・・・何も食べないって、師匠はずっと心配してた!」
「・・・」
「お前が!ちゃんとした肉なら食べるからって!師匠は狩に出たんだ!!」
少年は言い終えると、キッとカイルを睨みつける。
しかし、そんな少年に対して、カイルは淡々と告げる。
「・・・それで、キミは僕に何をしてほしいんだ?」
「なっ・・・!?」
少年は拳を小刻みに震わせながら俯く。
そして、面をあげると、再びキッとカイルを睨みつけた。
「お前、サイテーだな!!!」
そう叫んでから、男の子はクルリと反転し、どこかへと去っていった。
そんな背中をカイルはジッと見つめていた。
・・・自分が最低な人間だってことぐらい、言われなくたって知っている。
だけど、あんな小さい子供にまで言われるとは思わなかった。
カイルはどこか悲しそうな表情で去っていく男の子の背中を見送る。
そして、姿が見えなくなると、何かを堪えるようにしてギュッと目を瞑る。
しばらくすると、そのまま農作業へと戻る。
・・・出会って数日
急に父親だと言われて、すぐに馴染めわけないだろ。
僕が無関心なのは当たり前だ。
カイルは理性でそう考えていた。
しかし、彼の手足は震えている。
本能では何かを失う恐怖を感じている。
それが体に表れていた。
・・・この不安は何なんだ?
僕には関係ないだろ。
ケビンさん、会って数日だぞ?
「作業に集中しろ!」
カイルは1人だけになった畑で、自分に言い聞かせるようにして叫んでいた。