共闘戦線
「ドール!!お願い!!」
ユグがサドラルファへ指を差して叫ぶ。
すると、緑色に輝く矢が何処からともなく放たれる。
サドラルファは地面を蹴り上げ、大きく跳ぶことで放たれた矢を避ける。
しかし、着地した瞬間の彼の表面から出てきた粉がどこかへ吸い寄せられていく。
サドラルファを構成する魔力が粒子となって、まるで掃除機で吸い込まれていくように、放たれた矢へと引き寄せられていた。
「なっ!破魔の矢だとッ!?」
サドラルファは腕を振るって風を起こし、矢を切り裂く。
そして、息を荒くしながら、声のした方ではなく、矢が放たれた方向を見る。
そこには、緑色の髪を短く切り揃えたエルフのような美少年がいた。
彼の髪の緑は均一ではなく濃淡があり、光に照らされて微かに煌めいていた。
その細身だが筋肉質な腕で矢を構えており、照準はサドラルファの頭部にある。
「失せろ!我が主人の前から消え去れ!」
エルフの少年はそう告げると、パッと矢を放つ。
「っ!?」
サドラルファの寸前でツタに絡まった矢が止まる。
「っ!?低級精霊がッ!誰に弓を向けたと思ってやがるッ!」
サドラルファの怒りと共に、凄まじい突風が周囲に吹き荒れる。
黒く焼けた大地はめくり上がり、遠くにある木々までもが強風に煽られて倒れていく。
サドラルファの攻撃は突風だけではない。
捲れた大地から無数のツタを伸ばしていた。
鋭いツタの先端は、ユグを串刺しにすべく動いている。
しかし、そんなユグがふわりと浮かび上がる。
気付けば、ツタの向かう先には、ユグを抱きかかえているドレス姿の女性がいた。
彼女の緑の髪は地につくまで長く伸びており、先程の男性と同じように、その髪色には濃淡があった。
また、男性と同じく、エルフのように尖った耳があり、同じような美貌を持っていた。
凄まじい突風が吹き荒れる中、その女性は微動だにしない。
ユグを守る盾のようにして、サドラルファへ立ちはだかっていた。
「・・・くそがッ!やっぱり・・・目が覚めやがったのかッ!?」
サドラルファはユグに注視する。
確かな敵意を持って自分を睨んでいた。
それは、つまり、明確な意思が彼女に戻っているということだ。
認めたくないことだが、再確認を終えたサドラルファは思考を切り替える。
「ちッ・・・くそがッ・・・殺すしかねェなァ!!」
サドラルファは両手を大きく開く。
そして、ギロリとエルフのような男女を交互に睨む。
「ライラ!!そのままユグ様を頼んだぞ!」
「ええ、思いっきりやりなさい!!」
男性は、ユグを抱える女性をライラと呼ぶ。
そして、男性が大きく空を飛ぶと、地上にいるサドラルファへ弓を向ける。
「まとめて・・・ぶっころッ!!!」
サドラルファはそう叫ぶ。
そして、開いた両手を勢いよく閉じると、続けて叫んだ。
「スクランブル・イーグル!!」
サドラルファがそう叫ぶと同時に、風属性最強の魔法が放たれる。
カイルとユグ、そして、エルフのような男女を巻き込む範囲に、緑の線が縦横無尽に走り回っていた。
「ライラ!!カイル兄ぃを!」
「はっ!」
腕の中のユグの指示に従い、ライラは呆然としているカイルの元まで駆け寄っていく。
カイルは再生を終えたばかりで、思考がままならないのか、まともに動けないでいた。
吹き荒れる風属性最強の魔法を、生み出した緑の膜で弾きながら、ライラはカイルを守っている。
「・・・誰?」
カイルは目を覚ます。
ハッとすると、自分の前に、エルフのような美女がいるのだから驚くだろう。
そして、二つ目の驚きが彼を襲う。
「カイル兄ぃ!!」
「ユグちゃん?」
「お、おっと!」
条件反射的に、無意識でユグを受け止めるカイル
腕の中に確かな感触を感じると、自分の胸に飛び込んできたものの正体に気付く。
「ユグちゃん!!」
「カイル兄ぃ!!」
ギュッと胸元へ飛び込んできたユグを受け止めるカイル
自然と、優しくユグの頭を撫でていた。
「カイル兄ぃ!!」
「・・・無事で良かった」
「うん!!」
「ユグ様、カイル様、今は・・・」
そんな2人を背後に庇いながら、無数の風の刃から2人を守り続けているライラ
兄妹の邪魔をしたくないとの思いもあるが、事態が事態だと口を挟む。
「貴方は・・・?」
「私はライラにございます。カイル様、自己紹介は後ほど・・・今は無礼をお許しください」
「え、あ・・・はい、そうですね」
カイルはユグを撫でながらも、魔法を放っているサドラルファを睨む。
まだ敵は存在しているのだから、ユグが戻ってきたことを喜ぶのは後回しである。
「・・・ジャミング・マジック!」
ライラが叫ぶと同時に、周囲に緑色の魔法陣が浮かび上がる。
すると、縦横無尽に暴れ回っている緑色の線がパッとかき消されていく。
「衰えていますね・・・サドラルファ」
「くそがァ!!」
「我が主人への侵入・・・許すわけにはいきません・・・死になさい!!」
「低級がァ!!誰にもの言ってやがる!!」
サドラルファはライラによって魔法が無力化されたことを悟ると、間髪入れずに、ツタを伸ばし、木を生やし、手を振るって暴れている。
「まるで子供の駄々だな」
そう呟きながら、サドラルファの上空から矢を射るのはドールだ。
「がァ・・・・くそがァ・・・あああぁああ!!」
矢を受けても、避けても、放たれた矢によってサドラルファの魔力は削られていた。
彼の体から粒子が放たれると、それをドールが放った矢が吸い上げていた。
「ぶっ殺してやる!!くそがァ!!」
サドラルファは両手を上に勢いよくあげる。
すると、彼の周囲の地面から生えた太いツタが勢いよく空へと昇っていく。
太いツタの先端がパッと分かれると、細く鋭利になった先端の部分が次々とドールの矢を弾き飛ばしていく。
しかし、ツタの数も勢いも足りないのか、ドールからサドラルファへと降り注ぐ矢は、着実にダメージをサドラルファへ与えていた。
「ぐ・・・ぐ・・・ぐっ!!うざってェ!!」
腕を振り払い、ツタを振り、飛んでくる矢を弾いていく。
時間が経過すればするほど、サドラルファの存在が希薄になっていくようだ。
「相当に弱っているようだな・・・サドラルファ!」
空から降り注ぐ矢の雨の中
上空からではなく、自身の隣から男性の声が響いたことにサドラルファはハッとする。
気付けば、精霊の背後にドールが忍び寄っていた。
いつの間にとサドラルファが驚愕の表情を浮かべる前に、その首を通り抜けるようにして一筋の光が横に走る。
すると、サドラルファの首の部分が、胴体と大きく離れる。
光が走り抜けた先には、エルフのような男性がスッと立っていた。
そして、手を空へと掲げると、空から弓が降りてくる。
それを見事にキャッチしていた。
どうやら、サドラルファが攻撃していたのはドールの魔法で作られた弓と矢であり、本体は最初から地上で隠れていたようだ。
これぞ狩人の戦い方と言った様子で佇むドール
しかし、その表情は険しいままであった。
「ドール!」
「・・・ライラ、そのまま下がっていてくれ」
ドールは視線の向きを変えない。
ジッと、胴体と首が離れたままになっているサドラルファを睨んでいた。
「デウス級だ。この程度ではやられないだろ」
ドールがそう呼びかけると、サドラルファの亡骸から声が響き始める。
「けけけけ・・・けけけけけけけ!!お前からは伝わってくるぞォ!!恐怖がァ!!」
「・・・」
サドラルファの体が風船のように膨らむ。
そして、一瞬で元の人間のような姿へと戻る。
「けけけけけけ!!・・・もう・・・俺様は疲れたァ・・・お前は持ち帰る。聖杯は・・・もういいやァ・・・殺す・・・今度こそ、決定だァ・・・」
指をカイルやユグ達に向けるサドラルファ
その指の先を覆うようにドールが立ちはだかる。
「させると思うか?」
そう言って弓を再び構えるドール
彼の隣にカイルが進み出る。
「僕にも手伝わせてください!」
「カイル様・・・ええ、お願い申し上げます」
「ユグもっ!!」
「ユグちゃん!?危険だよ!!」
「ユグも戦うっ!」
ユグは頬を膨らませてカイルへ抗議する。
すると、そんな彼女をライラが後押しする。
「はい、ユグ様も戦えます」
「・・・分かった。そうだね。みんなであいつを倒そう」
「うんっ!!」
「そして、終わったら、みんなであったかいご飯を食べて、ぐっすり寝ようか」
「うんっ!!」
カイルはそう言い終えると、ユグは大きく頷いた。
ーーカイルは手札を覗く。
彼が夢中になっている間、通常ドローのタイミングを何度か迎えている。
手札にはカードが補充されていた。
ーーー手札ーーー
『ファイア・ボール』
『高速移動』
『コンバット・トリック』
『チェンジ・オブ・ハート』
ーーーーーーーー
「・・・僕が奴の注意を引きます」
「カイル様?」
「その内に、ドールさんは攻撃をお願いします!」
「・・・御意!!」
カイルがそう告げると、ドールはコクリと頷く。
カイルの異常なまでの耐久力はドールも知っている。
だからこそ、カイルの囮役の申し出をありがたく受け取った。
「こっちだ!!サドラルファ!!」
ーーーインフォメーションーーー
・スキル『高速移動』を発動しました。
ーーーーーーーーーーーーーーー
カイルは全身に風を纏う。
油を刺したように四肢の動きが軽やかになる。
力強く軽く動けるように感じる。
敏捷が大きく向上した効果だろう。
「・・・ふん!」
サドラルファはカイルをまともに相手しても無駄だと決めていた。
どれだけ攻撃しても死なないのだから、真面目に対応などしないのは正常な判断だろう。
カイルへ見向きもせず、鼻から荒く息を吐くと、そのまま目の前のドールとライラをターゲットに定める。
しかし、ドールもライラも、それを当然と言ったようにして対応する。
「くたばれェ・・・下級どもがッ!!」
サドラルファはそう叫ぶと、手を突き出して突風を生じさせる。
ライラが目を瞑り何かを呟くと、凍てつく冷気がサッと吹き、サドラルファが放った突風はかき消されていく。
「その程度ッ!!良い気になんじゃねェぞ!!」
サドラルファはツタを無数に生やす。
槍のように鋭利になったツタの先端がドールとライラを貫こうと蠢く。
しかし、ドールは地面を蹴り上げ、クルクルと回転しながらツタとツタの合間をくぐり抜ける。
そして、ツタの側面を蹴りながら、その隙間と隙間の間を行き来しながら、着実にサドラルファとの距離を詰めていた。
そして、ライラは、両手を前へ突き出す。
すると、彼女の前に炎の壁が生まれる。
真紅に燃え盛る炎の壁を前にして、サドラルファの放ったツタは焼き焦げていく。
ツタの中からドールがくぐり抜けてくる。
汗一つかいていないと言った表情のドール
そんな彼へこめかみをピクピクとさせながら、怒号を飛ばすサドラルファ
「舐めてんじゃねェぞ!!」
サドラルファは吠える。
さらに無数のツタを前方のドールへ向けて放つ。
まるで壁のように隙間なく迫るツタ
逃げ場などまったくない光景を前にして、ドールは微かに笑う。
「・・・周囲への警戒が疎か過ぎる」
「何っ!?」
サドラルファにドールの声が届いた時、彼の背後にはカイルの姿があった。
両手を自分の背中に当てている感触がする。
カイルは最初から囮になるつもりなどなかった。
サドラルファが彼の再生力にうんざりしていることからも、カイル自身が囮になれないことは彼も承知している。
だからこそ、敢えて囮であるように振る舞うことで、サドラルファの警戒心を削いでいた。
本命がカイルにあると悟られないようにしていた。
そして、ドールとライラも、カイルの狙いを一瞬で悟っていた。
「てめェ!」
「・・・そんなんだから、舐められるんだよォ!!自称デウス級!!」
サドラルファに触れているカイルの手から光が放たれる。
ーーーインフォメーションーーー
・スキル『チェンジ・オブ・ハート』を発動しました。
・スキル『ドミネーション』の効果処理が完了しました。
・スキル『眷属契約』が発動しました。
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