異変
カイルとケビンは慌ただしく森を駆ける。
2人とも血相を変えており、見るからに緊急事態であることは窺える。
そして、ケビンが手をスッと突き出す。
彼の手の先に炎がポッと灯る。
「天よ!地よ!世界の記憶よ!迷えし我が問いに答えよ!サーチ・ファイア!!」
ケビンがそう叫ぶと、彼の手の先に生まれた炎が独りでに動き始める。
まるで、ユグの行方を探してくれているような印象だ。
「それは・・・?」
自分の生み出した炎の玉へ向けるカイルの視線に気付いたケビンは、省略して説明する。
「これは世界認識に働きかける魔法だ!ユグをこれで見つける!俺は森をこのまま探す!お前は人を呼んできてくれ!」
「分かりました!!」
そう言ってカイルとケビンは二手に分かれる。
カイルは村の方向へ、ケビンは生み出した炎の先へと向かっていく。
カイルはそのまま森を駆け抜けていく。
目指すは村だ。
人を呼ぶ。
そのことだけを考えて彼は駆けて行く。
しばらく森を進むと、彼の進行方向の先、木々の隙間から森を覆う丸太の壁が見えてきていた。
ーーピローン♪
ーーー手札ーーー
『ウインド・カッター』
『黒狼牙』
『黒狼牙』
『迅速』
『黒狼爪』
ーーーーーーーー
・・・っ!?
戦闘中でもないのにおかしいな?
カイルは手札が現れたことで立ち止まる。
そして、周囲を深く見つめる。
・・・敵の気配はないけど
カイルは「手札」が表示される時は、敵が近くにいることが多いことを知っていた。
・・・近くに敵が忍び寄っているのかもしれない?
いや、そうとも限らないか…
ドシルとの決闘ごっこの際にも表示されるし、川で魚を獲る際や、芋虫を探している時にも出てくることがあった。
「誰かいるのか!?」
カイルは叫んでみる。
しかし、周囲に何者かの反応はない。
ーーーインフォメーションーーー
・『超再生』を発動しました。
ーーーーーーーーーーーーーーー
・・・おかしい。
僕が意識している時に手札が出てくることはある。
だけど、今のは無意識だ。
奇襲を受けている?
カイルはぼう然と手札と周囲を交互に見つめていた。
いきなり攻撃されても反応できるようにだ。
ーーすると
「おわっ!!」
カイルの手前にある青く透明なパネルからヌッとケビンの顔が浮かび上がってくる。
思わず、驚いて変な声をあげてしまうカイル
「カイル!!」
ぼう然と虚空を見つめているカイルへケビンが心配そうに眉を顰めていた。
カイルの顔に顔を近づけて、様子を確認しようとしていたようだ。
「どうした、こんなところで・・・ぼーっとして?」
「あ、はい・・・すいません!」
カイルは呼吸を整えながらケビンに応える。
ケビンには、カイルの「手札」は見えない。
他人からすれば、カイルが森の中でぼーっとしているように見えるだろう。
「・・・こっちはダメだ。炎がグルグルしちまってな」
ケビンは自分の周囲を回っている火の球を困ったように見つめていた。
どうやら、その炎を辿っていたところ、カイルのところまで来ていたようだ。
「人海戦術しかありませんね」
「ああ・・・できればフェンリル達にも・・・そりゃ、無理か」
ケビンは頭を掻き始める。
確かに、ラドン達の協力を得られれば、ユグを森から探し出すのは簡単だろう。
しかし、ケビンからすれば、フェンリル達がそこまでしてくれる道理はない。
・・・そうだ。
何で思い付かなかったんだろう。
ケビンの言葉を聞いて、カイルはハッとする。
なぜ自分でも思い付かなかったのかと、その手があったかと考えていた。
カイルの頼みであれば、眷属であるラドン達は引き受けてくれるだろう。
あまり頼りすぎるのも気が引けるけれど、それとユグの安否とを天秤にはかけられない。
「お父さん・・・僕からお願いしてみます」
カイルは単刀直入に切り出してみる。
しかし、そんなカイルの言葉に、ケビンは呆然としたまま返答しない。
「・・・」
「お父さん?」
カイルは怪訝な顔でケビンを見つめる。
すると、ケビンの顔色が一気に変色していく。
真っ青ではなく、緑色に変色し始めていた。
「・・・これは・・・翠毒?」
ケビンは自分の指を見ながら弱々しく呟くように言う。
その指も、顔と同じように緑色に変色しつつあった。
「お、お父さん!?」
「・・・植物化する毒だ」
「え!?」
「サラマンダー、保護を!」
ケビンが叫ぶと、カイルとケビンの体がほんのりと赤い光に包まれる。
「これは・・・?」
「防御魔法だ。俺は森を探す。お前は村に戻っていてくれ!」
ーーーインフォメーションーーー
・『超再生』を発動しました。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「そんな!僕も探せます!」
「そう・・・は」
「お父さん!?」
ケビンはそのままバタリと倒れてしまう。
それをカイルが支えようとするが、かなりの重みになっており、一緒にバタリと倒れてしまった。
「ぐ・・・わっ!!」
カイルは何とか父の下から這い出る。
そして、すぐにケビンの容体を確認した。
その手足の先はうっすらと緑色に変色している。
そして、緑色に青ざめた顔でカイルを見つめていた。
「カイル・・・逃げろ・・・」
「で、できませんよ!!」
「・・・これは・・・感染する・・・」
「助けを呼んできますから!!」
「だ・・・め・・・だ・・・逃げろ・・・」
「できません!!」
「・・・俺は、大丈・・・夫・・・だ」
大丈夫と告げるケビンの容体は明らかに悪い。
手足は薄らと緑色だったものが、今では濃い緑色に変色していた。
段々と、その緑が濃くなっていくようだ。
「・・・」
「お父さん!!」
「・・・」
「・・・っ!?」
ケビンの意識は無くなってしまっているようだ。
彼の手足は地面に根付き始めており、植物のような状態へと変化しつつある。
「何とか・・・何とか!!」
カイルは慌てふためきながら、自分の目の前に表示されている手札を見つめる。
そこには「攻撃系」の魔法しか表示されておらず、誰かを「治療」するような魔法はなかった。
・・・くそっ!
どれも、ケビンさんを助けるような魔法じゃない!!
落ち着け…焦るな…
こういう時に、感覚や感情で流されたら失敗する。
カイルは思わず叫びたくなる衝動に駆られる。
このままケビンが目覚めなければと考えると、手足の感覚がなくなるぐらいの寒気を感じる。
家族で共に過ごした時間はとても温かいものであった。
初めてできた居場所であった。
失いたくない。
そんな気持ちが焦りと恐怖になってカイルの脳裏をグルグルと渦巻いている。
「くそ・・・ずっと平和だったのに・・・何でだよ」
カイルは恨めしそうに世界を見渡す。
平穏を許してくれないのか、そんな気持ちが怒りと憎しみになって湧いてくる。
負の感情に支配されてはいけないと、カイルは首を横に振るう。
・・・植物化してしまう症状
とはいえ、毒なら、解毒できる魔法があれば事態を解決できるかもしれない。
「お父さん・・・待っててください!すぐに助けを呼んできます!!」
「・・・」
カイルはそう言って起き上がると、村の方向へ進もうとする。
しかし、そんな彼の背後から少女の声が聞こえた。
「カイル兄ぃ?」
村の奥へ向かおうとするカイル
彼は突然のユグの声にハッとする。
声のする方向を見ると、そこには緑色の髪をした美少女がいた。
「ユグちゃん!?」
「カイル兄ぃ、無事なの?」
ユグは首をキョトンと傾げてカイルへ尋ねる。
その無機質なまでの無表情さに、カイルは背筋に寒気を感じた。
しかし、それ以上に、ユグが無事かどうかがカイルの関心であったため、その寒気など意にも介さない。
「ユグちゃん!!・・・ああ、良かった!!大丈夫そうだね」
カイルはすぐにユグの手を取る。
その手先は緑色に変色はしておらず、彼女の顔色も悪くはなさそうだ。
「・・・どうしてカイル兄ぃは無事なの?」
「え?・・・ゴホッ!!!」
カイルは喉の奥が熱くなるのを感じる。
同時に、その熱さが込み上げてくると、口から盛大に血を吹き出した。
「・・・」
「がふっ!・・・」
カイルの腹部は鋭いツタに貫かれていた。
まるで木の根っこのような触手である。
口から血を吐きながら、そのツタを目で辿っていくカイル
その根本には、彼自身が握っているユグの手があった。
「ユグちゃん・・・どうし・・・て?」
「け・・・けけけけけけけけ!!!」
ユグは顔を歪めて笑う。
カイルが腹部に深い傷を負い、口から盛大に血を吹き出す。
それが愉しいようだ。
まるで、ユグがユグではないような、そんな悪寒のする笑みだ。
*******
灰色の空が晴れ上がっていく。
分厚い雲と雲の隙間から差し込む光は明るく森を照らし始めていた。
木々の隙間から差し込む光に照らされて、緑色の髪の毛の美少女が空を見上げている。
その目は虚であり、起きているが意識はない。
そんな様子であった。
「・・・おーい!デルガビッズ!!いねーのかッ!?」
ユグは森の中で呼びかける。
しかし、彼女の声に反応するものはいない。
「この森によォ・・・いるはずなんだけどなァ」
ユグは空を見上げるのをやめ、ため息を吐く。
「けっ・・・仕方ねェ・・・」
そう言って地面の石を蹴り上げるユグ
ユグは虚な無表情なまま残念そうな声を出していた。
しかし、すぐに笑い声に変わっていく。
「まァ・・・どうでもいいかァ・・・こうして聖杯を手に入れたんだからなァ!!けけけけけけけけけけけけけけけけけけ!!!!!」
森に邪悪なるものの声が木霊していた。
まるで恐怖に震えるように、森の木々がゆれ、全体が騒めいていた。
「まさかァ!こんなところで思わぬ拾い物をするとは思わなかったぜェ!情けは人のためにならないっちゃァ、このことか!?けけけけけけけけけけけ!!!!」
デルガビッズの邪魔にならないようにバーバットを殺害し、ゴードンの目的を探る内に、彼女は道に落ちていたものを拾うような感覚で聖杯を手にすることとなった。
何かあると思っていたのだが、まさか聖杯が潜んでいるとは思っていなかった様子だ。
誰かのためにと動いた行動が、自分にとっての最適解であったということだ。
そして、同胞であるデルガビッズがいないことも、彼女の上機嫌の理由の一つである。
聖杯を分け合う必要がなく、独り占めできるということになるのだから。
まるでゲーム機を独り占めできる兄か弟のような気分なのだろう。
そんな彼女の表情は一転、清々しいほどの笑顔が険しい表情にパッと変わる。
視線の先にはどんよりとした空が広がっており、ユグの瞳はその空の奥を見据えているようだ。
「・・・アーチの奴が気付きやがったなァ・・・すぐに来ねェってことは、俺様が聖杯を手にしたことまでは知られてねェな・・・とは言っても、時間がねェ、撤退すっか」
そんな彼の背後で、空間が微かに歪む。
「・・・サドラルファ様」
微かに歪みを見せた空間から声が響く。
「どうしたィ?」
「白犬共が気付き始めました」
「やれやれ・・・あっちもこっちも忙しい奴らだぜェ」
「お急ぎを、かなりの群れです」
「けっ!何でこんなところによォ、あんなに湧いているのやらな」
「お急ぎを・・・」
「わーッてるよ」