動き出す世界
「あれ?お爺さんは?」
カイルは食卓にお爺さんがいないことに首を傾げる。
すると、ケビンが人面魚を頬張りながら答える。
「もご!・・・森・・・に・・・もごもご・・・行ったぞ」
「パパ、きたなーい!」
ケビンが口に物を含みながら話す。
それを楽しそうにユグが笑っているが、サラのケビンを見つめる瞳は険しい。
「・・・」
カイルはケビンが食べ終わるのを待っていた。
サラは笑顔だが、その目は笑っていない。
この世界でも、食べ物を口に含みながら話すことは無礼にあたるようだ。
父親であるケビンが子供の前で何てことを、そうサラは目で訴えているようだ。
ケビンは急いで口の中のものを胃袋へおさめると、続きを話し始める。
「・・・最近、畑の様子がおかしいんだ」
「おかしい?」
「おう、育ち過ぎてるんだよ」
ケビンの言葉にカイルは怪訝な顔をする。
畑に実る作物の光景を思い出すと、むしろ豊作を予感させるような出来であり、収穫も順調であったはずだ。
「で、その原因を調べるために、森にいるフェンリルの力を借りようって話だ」
「フェンリルの・・・」
「・・・ああ」
「立ち入ることを・・・フェンリルは許してくれるんですか?」
「ああ、少し前に、森の外で叫んだら姿を見せてくれたそうだ。んで、その時に色々と話して、用事があれば良いってことになったそうだぜ」
「・・・他の魔物とかは大丈夫なんですかね?」
カイルは自然とお爺さんを心配する言葉が出ていた。
彼の中で心境の変化があるようだ。
本人は、そのことに気づいてはいない。
「ん?あの森にいる魔物はフェンリルだけだぞ。それに、護衛でマイクのやつがいる。ま、フェンリル相手じゃいなくても同じだけどな!かかかかかか!!」
「・・・笑い事じゃないでしょ、ケビン」
「ま、お爺なら大丈夫だろ」
「・・・もう!そんなこと言って!」
「かかかかかか!サラは心配性・・・何でもない」
豪快に笑うケビンをキッと睨むサラ
つい最近、彼女へ多大な心労をかけた身分であるケビンが言ってはならないことだ。
ケビンはどこかお爺さんは大丈夫だという確信があるようだ。
カイルは尋ねようと思ったが、ケビンのいつもの適当だと思い、深く聞くことはしなかった。
***********
時は少し遡る。
世界のとある片隅
薄汚れた酒場
ボロボロの木椅子や机が並んでいる。
人相の悪いゴロつきが酒を酌み交わし、豪快に笑い合い、豪快に殴り合う。
怒号と歓声、悲鳴と笑い声の響く場所で、ポツリとカウンター席で座っている紺色のコートの男性がいた。
彼は孤高だ。
ゴロツキの中にあって、その喧騒が彼には届かないように皆が配慮している。
そんな空気が微かに漂っていた。
左目には黒の眼帯、右頬には十字傷、眼光は鋭く歴戦を思わせる容姿をしている。
背中には身の丈ほどもある大剣があり、それを振るうに相応しい丸太のような太い腕をしている。
彼が口に酒を豪快に含むと、息を大きく吐いた。
その瞬間だけ、騒ついていた酒場がシンっと静まり返る。
集まっているゴロツキは、彼の機嫌を損ねたわけでないと察すると、再び酒場は喧騒に包まれ始めた。
「・・・ご機嫌ななめか?どうした?」
カウンターを挟んで向かい側にいるマスターは、慣れた動作で彼の前にある空いたグラスへ酒を注ぐ。
「ああ、景気が悪くて、ナ」
そう言いながら笑う男性は、すぐにグラスを空にする。
マスターはそんな男性の様子にため息をつく。
そして、そんな小さなグラスでは足りないだろうと、代わりに大きなグラスを男性の前に置く。
続けて、ニカッと笑うと、酒瓶をほぼ真っ逆さまにして豪快に酒を注ぎ始める。
その音に紛れさせるようにして、ボソリと呟いた。
「・・・レックス様はお怒りだ」
「っ!?」
マスターは酒を注ぎ終えると、再びニカッと笑い、カウンターの奥へと去っていく。
その背中ではなく、目の前に注がれているジョッキを見つめる男性
注がれた酒の中には何かの文字が浮かんでいた。
「・・・もう待たない、カ」
どこか開き直った様子でそう呟くと、グイッと酒を飲み干した。
豪快にゲップをすると、すぐに背後を振り返り、喧嘩騒ぎをしているゴロツキの中から1人の男性を呼びつける。
「おイ!!バーバット!!」
彼が叫ぶと、1人の男性がパッと飛び出してくる。
骸骨のように細身であり不気味な容姿をしている男性だ。
「へい!ゴードンさん!!」
「・・・頼みたいことがあ、ル」
「何でしょうか!?」
「この村のことヲ調べてほし、イ」
ゴードンと呼ばれた男性はスッと紙を取り出す。
その紙を手に取るとバーバットは怪訝な顔を示した。
「これは・・・?」
その紙は地図だ。
「異変があれば教え、ロ」
「こ、こんな辺境にぃ!?」
「あア」
驚くバーバットに対して、ゴードンはただ頷く。
有無を言わさぬ迫力がゴードンにはあるが、対するバーバッドはそれでも乗り気ではなさそうだ。
「本当に、あると思っているんですか?」
「・・・」
バーバットは怪訝な顔を示す。
彼はゴードンが何を求めているか知っている。
しかし、それは現実の世界で聖剣を探すようなものである。
ゴードンに対して、バーバットは大の大人がそんなことをと言ったような表情を浮かべていた。
すると、彼の首にはいつのまにかゴードンの腕が伸びており、その太い指でギュッと締め上げていた。
「質問はある、カ?」
「ぐぅ・・・ううう!うううっ!う」
首をギュッと掴まれながらも、バーバットは微かに顔を左右に振るう。
その様子に満足したゴードンは指の力を緩める。
「ないようだ、ナ」
「・・・げほっ!ごほっ!!ごほごほっ!!」
咳き込みながらも、すぐに立ち上がるバーバット
彼は何度もゴードンに向かって頷くと、そのまま慌てて酒場を出て行く。
その様子を満足そうに眺めながら、ゴードンはカウンターに置かれている酒瓶を手で掴むと、自分でグラスへと注ぎ始める。
**********
白い教会が中央に聳える街
広大な街並みには3から4階建ての建物が並んでおり、この世界では高層の建物と呼べる建築物が群をなしているようだ。
この街が世界有数の大都市であることが一目で分かる。
街の外から白い教会の正面に続くようにして一本の大きな通りがある。
大勢の人々で賑わい、馬のいない馬車が人を乗せて行き交っていた。
そんな大きな通り沿いに一際大きな建物がある。
10階はありそうな建物の入り口に掲げられている看板には"冒険者ギルド"とだけ書かれていた。
石造の建物の木造りの扉を開くと、ホテルのロビーのような光景が目に入る。
受付カウンターが奥にズラリと並んでおり、カウンターと入り口の間の広い空間にはふかふかのソファーが並んでいる。
すでに日が沈んでいるのにも関わらず、中は人で賑わっており、奥にある受付カウンターには人の列が見られた。
「はぁ・・・はぁ・・・」
受付カウンターに並んでいる人々の先頭へ息を切らしているバーバットが割って入る。
その横暴に対して、誰も苦言を呈すことすらしないでいた。
それだけで、この集団の中におけるバーバットの立場が窺える。
「こ、こんばんは!バーバットさん」
受付をしていた女性が笑顔で対応するものの、その声は震えていた。
そんな受付嬢の背後から、スッと責任者風の老齢の男性が顔を覗かせる。
「マスター・・・っ!?」
背後へ急に現れた老齢の男性に驚く受付嬢
そんな彼女を無視して男性はバーバットへ笑いかけながら言う。
「おいおい!どうした?そんな血相を変えてよー?」
穏和な態度で話しかけるマスター
しかし、そんな彼へ唾を撒き散らしながら叫ぶのは骸骨のような男性バーバットだ。
「うるせぇ!!良いから風車だ!!手配しろ!!」
「待て待て・・・ん?どこへ行く?」
「リグルカンツだ!」
バーバットが「リグルカンツ」と告げると、老齢の男性の眉がピクリと動く。
「リグルカンツとはまた辺境だね。で、リグルカンツのどこに行く?」
「アルガス山脈の麓だ!!」
「アルガス山脈・・・おいおい!まさか・・・紅龍でも討伐に行くのか?がははははははは!!」
ツマラナイ冗談を口にし、自分で言って自分で笑う老齢の男性
その膨よかな腹は笑い声に応じて上下に揺れていた。
「良いから!手配しろ!!急いでんだ!!」
「・・・残念だが、今、リグルカンツまで行かせられる風車はないな」
老齢の男性は残念そうに眉を顰めながらバーバットへ語りかける。
「山には入らねーよ!その近くにある森に用事があるんだ!!」
「そういうことじゃない・・・」
マスターは周囲を見渡すと、バーバットへ顔を近づけて囁いた。
「教会から大量に頼まれててな、風車が空いてねーんだ」
「っ!?」
「悪いことは言わない。奴らの用事が終わるまで待て」
「・・・ぐっ!そうも・・・言ってられねー」
バーバットのただでさえ悪い顔色がさらに悪くなる。
流石に心配そうな表情を浮かべる恰幅の良い男性
「おいおい!どうした?」
「・・・ちっ」
バーバッドは問いかけに対して舌打ちをすると、そのまま踵を返して建物を出ていく。
「・・・何だ?あいつ」
その様子を肩をすくめながらマスターは見送る。
そして、目の前で座っている受付嬢の肩を軽く叩く。
すると、その女性は感謝の意を込めて頷いた。
「・・・さて、後はよろしくね」
「はい、ありがとうございました!」
マスターはそういうと裏の方へと下がっていく。
そして、受付嬢は並んでいる人の対応を再開していた。
ーー建物のバックヤード
書類が山積みの机が並んでおり、乱雑とした印象のある小部屋だ。
そこには冒険者ギルドのマスターである老齢の男性が1人でいた。
「・・・聞こえますか?」
「おう、どうしたァ?」
男性は部屋に1人だ。
しかし、声は2人分聞こえてくる。
「アルガス山脈へ向かおうとしている冒険者がいます」
「ほほゥ・・・」
「狙いは紅龍が持つとされるカケラでしょうか?」
「おまェ、いらねェこと言うじゃねーかァ?」
「も、申し訳ありません!」
「長生きしたきャ、口は閉じておけェ」
「は、はひ!」
「・・・ま、報告は受け取ったァ・・・便宜は払ってやる」
「あ、ありがとうございます!」
「前後関係の洗い出し、それとだァ・・・教会には伝わらないようにしておけよ」
「は、はい!!」
「あとだァ・・・そいつは俺様が対処する」
「承知しました!」