勉強会
ーーカイルが村に来てから、さらに半年が経過していた。
「おーい!カイル!勇者ごっこしよーぜ!?」
ドシルと村の男の子達が3人でカイルの家の前にいる。
世界はまだ灰色に包まれており、日が完全には昇っていない。
村も静けさと冷たさに包まれており、まだまだ朝早いことが分かる。
ドシルは相変わらず木剣を手にしており、気分は勇者なのだろうか、頭には草で作ったそれっぽい兜がある。
他の2人の内、1人は黒いマントを羽織った細身の子がガルル
もう1人は杖を持っている少し丸い子はボルルだ。
「・・・やらないよ」
家の扉が開くと、眠そうなカイルが出てくる。
3人を見渡すと、そうボソリと呟いた。
「えー!カイル!やろうぜ!」
「そうだ!そうだ!」
「お前以外に暗黒騎士役はいねーんだぞ!」
「夕方まで通しでやるぞ!!」
ノリの悪いカイルを前に、ドシル達一行はブーブーと文句を言う。
いつものように勝手な配役にため息を吐くカイル
「・・・はぁ、今日はマルルちゃん達と勉強するから」
カイルはそう言うと、ドシル達の態度が一変する。
「おまえ!女の子と遊ぶってのか!?」
「あー!カイルのすけこましー!」
「バーカ!バーカ!」
酷い言われようにカイルはムッとする。
「遊ぶんじゃなくて勉強だってば」
「勉強?」
「何だそれ?」
「さぁ?」
「・・・歴史を学ぶんだよ。この世界の過去のこと」
「それが勉強か?」
「そう」
カイルの言葉にドシルが木剣を突きつけて言う。
「お前が勉強してどーすんだ?」
・・・どーすると言われてもな。
この世界の歴史や地政に興味があるだけだし。
「・・・村のために何かできるかもしれないだろ?」
「何かって何だよー!?」
「女の子と一緒にいたいだけだー!」
「そうだ!カイルのスケベ!!」
わーわーと騒ぐドシル達
しかし、遠くから激しい足音と共に、お爺さんの声が響く。
「うるさいのう!クソガキ共っ!!」
早朝から騒がれて激昂するお爺さん
ドタバタと家の奥から出てくる。
すると、蜘蛛の子を散らすように、ドシル達は去っていく。
「げっ!村長だ!
「逃げろ!撤収!」
「わー!!」
そんな様子をあくびをしながら眺めているのはカイルだ。
お爺さんが玄関に来る頃には、村の奥へと去っているドシル達
彼らへぶつけるはずだった怒りをお爺さんは口にする。
「朝っぱらから騒ぎおって!」
そして、ギロリとカイルを睨む。
「・・・僕も被害者ですよ」
******
村を覆う木の壁
そのすぐ近くにある小屋
川のせせらぎが聞こえる室内には、青い髪のマルル、茶色い髪のサララ、赤いリボンが特徴的な金髪のキララの3人とカイルがいた。
ここは村の子供達が溜まり場として使っている使われなくなった建物である。
「カイル君!こんにちは!」
「あー!カイル君、来たー!」
「遅いわよ!」
「・・・こんにちは、ごめん」
謝罪と挨拶を同時にするカイル
頭を勢いよく下げながら笑うという技術を発揮する。
そのまま3人の前にある座布団に腰を下ろす。
「ほら、マルル!」
すると、キララがマルルの背中を押す。
「う、うん・・・」
「?」
「あ、あの!」
緊張した様子のマルル
彼女の緊張がカイルにも伝染する。
「は、はい!」
「これ・・・」
マルルはスッと小袋を取り出す。
小さな女の子の手のひらに乗るぐらいの大きさであった。
「これは?」
「マルルが作ったのよ!感謝しなさい!」
「そうよー!そうよー!」
「・・・」
カイルはスッとマルルから小袋を受け取る。
「開けてもいい?」
「う、うん」
中には青い石が入っていた。
カイルの指先ぐらいの大きさであり、青く透明な石は綺麗に輝いていた。
よく見ると、紐が括り付けられており、カイルの首から下げられるようになっていた。
「これは・・・?」
カイルは首を傾げながらマルルに聞いてみる。
「魔石・・・カイル君、お誕生日」
「誕生日?」
「・・・」
カイルが尋ねるとマルルは顔を伏せてモジモジとする。
そんな彼女に代わってキララが答える。
「カイル君!お誕生日、いつか分からないでしょ!?」
「あ、うん」
「もう1年ぐらいになるから、どこかで誕生日は迎えているはずよね!?」
「ま、そうなるね」
・・・そういえば、村に来てから1年ぐらいになるのかな?
カレンダーとかないから分からないけど。
「だから!これ、誕生日!」
「そうよー!そうよー!」
「うん・・・」
「あ、ありがとう」
カイルは少し照れながら、マルルからもらったプレゼントを首にかけてみた。
彼の胸元でキラリと輝く青い魔石
それを見て、キララとサララは満足そうに笑う。
「・・・かっこいい」
「そ、そうかな?」
マルルは真っ赤になりながらカイルへ告げる。
すると、カイルもどこか恥ずかしそうに頭を掻いていた。
「・・・ねね、キララ」
「うんうん、サララ」
「「いい雰囲気じゃない?」」
ニヤニヤと興味深そうに視線を送るキララとマルル
そんな2人を不思議そうに見つめるカイル
空気を読めないカイルとは違い、その甘酸っぱい雰囲気に耐えかねて、マルルはドサリと何かを置く。
「べ、勉強!!」
マルルは叫びながら、背中側にあった本をドンっと前に置いた。
「・・・これは?」
カイルは首を傾げる。
マルルから勉強会に誘われて頷いてはいたが、歴史の何の勉強をするかは知らされていなかった。
「本・・・」
マルルはズレた説明をする。
緊張しているので仕方ないのかもしれない。
代わりに、彼女の友人が説明してくれる。
「そうよ!」
「これ、勇者の本なの!」
「勇者?」
「うん、村長にお願いして、もらったの」
「あの時のマルルは凄かったわね!」
「そうよ!」
「凄かった?」
「キララちゃん!やめて!」
「貰えるまで家の前をもごごごごごご!!」
マルルに口を押さえられるキララ
よほど恥ずかしいことがあったようだ。
カイルは察して、それ以上は聞かないようにした。
「・・・勇者って?物語の?」
「違うわ!史実よ!勇者の伝説が載っているのよ!」
キララは自慢気に腕を組みながら告げる。
すると、家の外からドシルの声が聞こえる。
「おい!聞いたか!!」
「声がデカいよ!ドシル!」
「本当の勇者の話だぜ!!」
家の外、聞き耳を立てているのは、2人の男の子だ。
女子3人と小屋の外に出ると、その悪ガキと目が合う。
「あっ!」
「「・・・」」
ーーカイルとドシルと丸みのあるボルルの男の子3人
対するはマルルとサララとキララ
まるで合コンのような並びで座る男女
しかし、雰囲気は最悪のようだ。
「・・・サイテーね」
「そうよ!盗み聞きなんて男らしくないわ!」
キララとサララがドシルを睨みながら言う。
しかし、当の本人達はまるで気にしていない様子だ。
「それよりも!早く勇者のこと聞かせてくれよ!」
「オラも早く聞きてぇ!!」
「すげぇ話なんだろ!?」
「世界を救ったんだ!」
ワクワクした目を向けるドシルとボルル
そんな2人にため息を吐いたキララとサララはマルルの方を見る。
「・・・どうする?」
「多分、帰らないわよ」
キララとサララの問いにマルルは答えられない。
「・・・」
黙ったまま本を見つめているマルル
そんな彼女にカイルはお願いをする。
「マルルちゃん、この2人も一緒に良いかな?」
「・・・うん」
カイルが言うと、マルルは微笑みながら頷く。
カイルの心境としては、ドシルとボルルも興味があるなら、仲間外れにはしたくないというのがある。
「仕方ないわね!」
「マルルの本だしね」
キララとサララも頷いていた。
その様子を確認すると、ドシルとボルルはさらに催促してくる。
「良いから!早く早く!」
「勇者!勇者!」
急かされるようにしてマルルは口を開く。
「・・・500年前」
ーー勇者の伝説はこうだ。
昔、禁術を用いて世界支配を目論む魔術師がいた。
その邪悪な魔術師は、世界の外から魔を呼び寄せ、世界を闇で包み、意のままに操ろうとした。
絶望が覆い。
悲鳴が溢れ。
血の雨が降り続ける。
そんな世界に現れた救世主が勇者ジークである。
彼は剣聖と聖杖と共に、魔を世界の外へ押し返し、魔王を倒し、世界に平和を取り戻したとされる。
「うわー!すげぇ!」
「かっけー!さすが勇者だぜ!」
ドシルとボルルはただ目を輝かせている。
そして、手刀で斬り合いを始めた。
かなり掻い摘んだが、勇者と魔王の戦いは手に汗握るものであった。
マルルの語りがうまい。
感化されて盛り上がりを見せるドシルとボルル
手刀でチャンバラを演じる。
年相応の態度と言えばそうだ。
そんな男の子2人を放置して、キララは怪訝な顔でマルルへ尋ねる。
「・・・魔術師は何で世界なんて支配しようとしたのかしら?」
「四宝」
マルルは単語だけポツリと呟く。
本を読んでいる時は饒舌さすら感じていたカイルだったが、普段の会話はそうでもないのかと思っていた。
「四宝って何かしら?」
「世界を壊すほどの宝」
「世界を壊す!?」
「うん、それを手に入れるために、支配しようとしていたの」
「手に入れるために世界を支配するって、何だか遠回りね」
「ねー!」
「どんなのがあるの!?」
カイルが驚いていた。
その勢いのまま、迫るようにマルルへ尋ねる。
マルルは迫るカイルに満更でもない様子で頬を微かに赤くさせていた。
「あ、えっと、再生鏡、非時香菓、聖杯、滅水晶の4つで四宝」
「・・・再生鏡」
「カイル君?」
「あ、あの、その再生鏡ってどんなものなの?」
「再生鏡・・・持ち主のあるべき姿に戻す鏡・・・化けている魔物の正体を見破ることができるって言われているの」
「そうなんだ・・・」
「カイル君、何か気になったの?」
「あ、いや、気のせいだったよ」
カイルは四宝と聞いてから落ち着かない気持ちを抱いていた。
そして、再生鏡と聞いて、さら焦燥感は強まる。
カイルの身に起きていることと関連性がありそうだと思ったが、マルルの話では関係なさそうだ。
「すごく不安そうだけど、大丈夫?」
サララがカイルを気遣う。
しかし、そんな不安そうなカイルへドシルが尋ねる。
「うん、大丈夫」
「なぁ、そんなビビってるけどよー!どこがヤバいんだ?」
ドシルは首を傾げる。
確かに、再生鏡から危険性はあまり感じない。
だから、カイルが不安そうな様子に怪訝な反応を示していた。
「うーん、自分でもわからない」
「変なやつー」
「なっ!マルル!正体を暴く鏡のどこがヤバいんだ?」
ドシルはカイルからマルルへ照準を変える。
彼の抱いている疑問は最もだ。
その言葉の通り、化けている魔物の正体を暴けるからと言って、世界の滅亡に繋がるとは考え難い。
「・・・それは分からない」
マルルはドシルに冷たく言い放つ。
「何で分かんねーんだ?」
「勇者、四宝、封印したの」
「封印?どこかにしまったってこと?」
「うん、最果ての島、どこにあるかは誰も知らないの」
「封印されているから、実際に見たりした人がいないのかな?」
「うん、使われたのもすごく昔のことだから、誰も覚えてないの」
「なるほど、全容は分からないのか」
「うん」
「けっ!つまんねーの!」
白けた態度をするドシル
それとは別に、ボルルがマルルへ勇者の本で気になるページを指し示していた。
「おーい!マルル!」
「何?」
「この奴隷ってのは何だ?」