黒龍
二つの月が周囲を照らしている。
時折、頬を打つ風は肌寒さを感じさせていた。
・・・昼間は川に入れるぐらいの気温だったのに、夜になると急に冷え込んでくる。
これが季節の変わり目だろうか。
ブルっと震えながら、カイルは体を覆っている毛布を引き上げて、顔の下半分まで覆う。
深夜ということもあり、薪を囲わず、毛布だけで過ごしていた。
灯りでみんなを起こしてしまっては申し訳ないからと考えたカイルは寒さを我慢していた。
すでに夏は終わりを告げようとしており、秋の気配を感じていた。
昼間に見た彼方の山々、その頂上は微かに白みを帯びていたことを思い出す。
山の天辺には秋どころか冬が来ているのかもしれない。
ーーカイルは、こうして夜空を見上げるのが好きだった。
特に、今晩は二つの月がくっきりと夜空に映っている。
残念ながら、夜空の向こう側にあるだろう街並みは見えなかった。
しかし、秋になり、冬になってしまえば、この寒さで迂闊に外には出れないかもしれない。
そんな考えが頭を過ぎると、どこか残念な気持ちが湧いてくる。
「・・・」
どこか寂しそうに夜空を眺めるカイル
そんな彼の耳元に微かに声がした。
「やぁ、こんばんは」
「!?」
突然の声に、カイルは周囲を見渡す。
声の感じから、すぐ近くから聞こえてきたはずだ。
しかし、どこにも人の気配は感じなかった。
「驚かせてしまったようだね。私は、君のポケットの中にいるよ」
カイルは声に言われたハッとする。
自分のポケットには心当たりがあった。
昼間、川で拾った金色のカードが入っている。
カイルはすぐにポケットから金色のカードを取り出す。
すると、暗がりでもハッキリとカードの姿が目に映った。
元々、夜でもハッキリと見えるようになっているのだけど、このカード自体が輝いているのか、暗闇でもクッキリとしていることは見てとれる。
「あらためて、こんばんは」
「カードが喋ってる・・・」
カードを手に取ると、そこから声が響いた。
明らかにカードがカイルへ語りかけてきている。
「カードを使って話しているんだよ。私の本体は別のところにあるんだ」
「別のところ?」
「このカードは遠くにいても話せる道具なんだ」
「通信装置ってことですか?」
「そうだね。さて、まずは名乗ろう。私は黒龍、仲間はクロと呼ぶから、カイルくんにもそう呼んで貰えると嬉しい」
「じゃぁ、クロさんで良いですか?」
「ありがとう。早速だけれど、君が1人になるのを待っていたのには理由があるんだ」
「・・・僕に内密の話があるんですね」
「察しの通りだよ。だから、ここで話す内容は他言無用で頼むよ」
・・・異世界転生させた側からのアクションがあったようだ。
色々とあったから忘れていたけれど、どうして異世界転生したのかは知りたいところだ。
「それで、内密の話とは何ですか?」
「単刀直入に聞こう。君は別の世界から来たということで間違いないかな?」
「はい、その通りです。その件で、実は思い出せないことがあるんです」
カイルは記憶を思い出そうとすると頭痛がしていたことを思い出した。
今では、本当に、本気で記憶を呼び起こそうとしない限り、激痛が走ることはない。
だからこそ、すっかりと、現世からこの世界へ転生するまでの間、何かがあったことを思い出すことを忘れてしまっていた。
「思い出せないこと?」
「この世界に来る前、僕に何かが起こったと思うんです。クロさんなら何か知っているんじゃないですか?」
「なるほど・・・残念ながら、私達は答えられない」
「・・・禁則事項だからですか?」
「私達が、それを君に尋ねようと思っていたことだったからだよ。私がこうして話し合いの機会を設けようとしていたのも、君がこの世界に来た理由を問いたかったからだ」
「クロさんも、僕が異世界転生した理由がわからないんですか?」
「異世界転生?何だいそれは?」
・・・うーん、惚けているような声色には感じない。
このカードの奥にいる黒龍ことクロさんも、僕が異世界転生した理由どころか、どういう経緯なのかすら掴めていない様子だ。
「私は、君がこの世界へとやってきた理由を知りたい。だから、君に協力を仰ぎたいと思っているんだ」
「協力ですか?」
「そうだね。もし、その方法が判明できれば、君を元の世界へ帰すこともできるかもしれない」
「・・・元の世界へ帰りたいとは思っていません」
「あれ?そうなのかい?」
「ええ、確かに、この世界へ迷い込むような流れになってしまったのは確かです。でも、意外と、こっちの世界の方が居心地が良いのかもしれません」
「そうか、この世界を気に入ってもらえたなら、私も管理者の1人として嬉しいよ。ありがとう」
「あ、いえ・・・でも、特に報酬とか、そういうのは無くても、僕ができることなら協力します」
「本当かい!?ありがとう、感謝するよ!」
「それで、協力とは言ったものの、具体的に何をすれば良いですか?」
「まず聞きたいことがあるんだけど、君の言った異世界転生、それはどういう言葉なのかな?」
「僕は前の世界で事故に遭って、命を落としてしまいました。それで、気付けばここにいました。その一連の流れが異世界転生です」
「うーん・・・なるほど、君は命を落としてから、ここへ来たから転生というわけだね」
「はい、それで、ここへ来るまでの間、何かがあったような気がするんです。でも、それが思い出せません」
カイルは会話の流れで思い出そうとする。
「っ!?」
・・・痛い!?
いててて・・・いてっ!
カイルは激しい頭痛によって頭が割れそうになるかと錯覚していた。
それほどの激痛を感じると、彼は思い出すことをやめた。
「・・・頭が痛そうだけれど、大丈夫かい?」
「ええ、こうして思い出そうとすると、ひどい頭痛がするんです」
「少し診せてほしい。私はカードからでも治癒魔法を放てるから、その頭痛が治癒できれば、記憶の復元に役立てるかもしれない」
「ぜひ、お願いします」
カイルは申し出を受ける。
すると、カードから淡い緑の光が放たれる。
・・・暖かい。
すごい、体だけでなく、心まで温かくなるような、そんなホッコリする光だ。
治癒魔法って奴かな?
「さぁ、どうだろ?」
「やってみます・・・」
カイルはカードから発せられる淡い緑色の光を浴びながら記憶を呼び起こそうとする。
・・・うん、記憶を思い出そうとしても、ひどい頭痛を感じない。
カイルは痛みを感じることもなく、手で記憶をすくおうとすると、掌から溢れることなくすくうことができた。
そして、車に轢かれてからの記憶が、徐々に甦り始める。
ーー綺麗に咲く花々、一本の大きな木、世界の奥に浮かぶ大きな月
まるで天国のような光景がモノクロにノイズ混じりの映像で蘇ってきた。
・・・僕は、そこで誰かと会っていた筈だ。
そして、誰かと何かを約束した。
とても大切な約束だった気がする。
思い出せない。
どうして・・・
戻りたい!!
戻りたい!
戻らないといけない!!
そのためには・・・
僕は・・・死なないといけない!?
でも・・・死ねない?
ーーーインフォメーションーーー
・スキル『超再生』を発動しました。
ーーーーーーーーーーーーーーー
ーー急に湧き出てくる記憶が真っ暗へと変わる。
カイルは何も思い出せなくなった。
「ダメだ・・・急に・・・どうして?」
・・・何も思い出せない?
あれ、頭が・・・
「うが、うがああああ!!」
カイルの頭の中で刃が暴れまわっているような痛みが走る。
脳を直接切り裂かれているような激痛だ。
「これは・・・待って、もう少しだけ頑張ってほしい」
「う・・・うがああああああ!!!」
カイルに記憶が甦り始めると、再びひどい頭痛を感じる。
・・・ここで諦めるわけにはいかない。
何か約束したはずだ。
それを思い出さないといけない。
その約束は物凄く大切な約束だ。
「い・・・だいぃ!!ぐああぁああ!!ぐっ・・・」
思わず声が漏れてしまうほどの激痛がする。
それでも、カイルはグッと唇を噛み締めると、必死に記憶を呼び起こそうとする。
「これは・・・意図的に再生させているのか・・・」
「い、意図的?」
「もう少しだけ耐えてほしい!」
「は、はい・・・」
ーーカイルには再び記憶が戻り始めてくる。
不鮮明であった光景がクッキリとし始めてきた。
色とりどりの花々が地平線の彼方まで咲き誇る花畑
その中心には一本の大きな木があり、その木には赤いリンゴのような果実が二つだけ実っていた。
地平線の奥に大きな丸い月があり、その月からは滝が横になって流れてきてる。
その滝は世界と月を繋ぐ橋のようになっていた。
そんな天国を連想させるような場所で、カイルは誰かと会っていたはずだ。
・・・誰だ。
僕は誰と約束したんだ?
話した内容もまったく思い出せない・・・
「第一層は突破できたよ!もう少しだ!もう少し!!」
・・・赤い髪の女性が、いる。
・・・会いたい
・・・会いたい
・・・会いたい
・・・会いたい
・・・会いたい?
「う・・・うがっぁ!!い、いだぃ!!」
「カイルくん!?」
「う・・・ルー・・・ジュ・・・?」
「もう少しだ!もう少しで・・・」
カイルには、クロが何を言っているのか理解できるほどの余裕はない。
もはや、目の前が真っ白になりそうなほどの激痛を頭部に抱いていた。
「・・・僕は?」
「カイルくん!もう少しだよ!!」
「・・・俺は?」
「カイルくん!!意識をしっかりと持つんだ!!」
「・・・私は?」
「カイルくん!!!」
「ぅう・・・朕・・・は?」
「カイル君!?」
「拙者は・・・ワシは・・・小生・・・は?誰・・・だ?」
ーーーインフォメーションーーー
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「ダメだ!!再生速度が早過ぎる!!」
「君を・・・ぼぅ・・・は・・・」
「っ!?・・・逆流してきた!?」
「ぼ、くが・・・かなら・・・ず・・・」
カイルを覆っていた緑色の光が弾けるように四散すると、紫色のギラギラとした光が彼を覆い始める。
「何て力だ!!・・・カイルくん・・・すまない・・・」
**************
・・・土の香りがする。
それに、ちょっと、寒い。
あれ、僕、どうして・・・ここに?
「おーい!カイル!!大丈夫か!?」
「・・・ふぇ?」
ーーカイルが目を開けると、そこには冷や汗を流しているケビンの姿があった。
自分は小屋の外で倒れているのだと気付くと、カイルは勢いよく立ち上がる。
「お、おい!いきなり立ち上がって大丈夫なのか!?」
「大丈夫です!」
「無理してないか?おい、強がる必要ないんだぞ?」
「特に具合は悪くないです!ピンピンです!」
・・・夜空を見ていたら、そのまま寝てしまっていたようだ。
ケビンさんからすれば、倒れていたのだと勘違いしてしまっても仕方ない光景だな。
無駄に心配させてしまった。
「今日は休め・・・な?」
「本当に大丈夫ですよ・・・ほら!」
カイルはピョンピョンと飛び跳ねてみた。
それがどんなアピールになるのかは分からない。
だけど、ケビンは少し安堵した表情を見せた。
「・・・そうか、だけど、無理はするなよ」
「はい、ありがとうございます!」
カイルの笑顔を見て、ケビンもようやく笑顔を見せ始めていた。
そして、カイルの肩に手を置いて言う。
「さて、朝飯にしようか」
「はい!・・・あ、あれ?」
「どうした?」
「ポケットの中に、川で見つけたカードを入れておいたんですが・・・ないですね」
カイルは周辺を見渡しながらケビンに説明する。
彼の周囲にも金色のカードは落ちていないようだ。
「カード?」
「はい、金色のカードですよ、川から流れてきていたものです」
「・・・?」
「えっと、これぐらいの・・・金色に輝くカードですよ。ほら、昨日のお昼ぐらいに、あっちの川で魚を獲ってた時に流れてきていたカードです」
「んー・・・すまんが、覚えてないな・・・そんなのあったか?」
「あれ?ドシルとユグちゃんも一緒にいて、その時に、金色のカードをお父さんに見せたじゃないですか」
「うーん・・・うん?まったく覚えてないぞ」
ーーーインフォメーションーーー
・『超再生』を発動しました。
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「金色のカード?・・・あれ?僕、何を言っているんですかね?」
カイルはハッとする。
そんなもの、自分の記憶にもなかった。
まるで夢の話を現実のことだと思い込んでしまっているような、そんな心境であった。
混乱している様子のカイル
ケビンは微笑みながら、彼の肩へと手を置く。
「やっぱり、休むか?」
「・・・すいません。変なことを言って・・・でも、大丈夫です」
「いや、ダメだ!今日は休め!」
ケビンはカイルのことが心配で仕方ない様子だ。
大きな声で言うと、カイルも逆らえず、コクリと頷いた。
「・・・はい」