帰還
森を進んでいくと、その出口であり村へと通じる箇所から明るい光を感じる。
無数の松明が揺らめいており、村の人々が大勢で向かっているようだ。
カイルはその光を目指して歩く。
後ろには、ケビンを背負うラドンと、群れのNo.2であるセルリが少女を背負っている。
車のように大きな白い背中の上にケビンは寝ている。
・・・流石に白い狼はブラックウルフだと呼べないな。
カイルはそんなことを考えながらも思い出す。
ラドンとは別のブラックウルフを眷属化してみた。
しかし、No.2はもちろん、群れで最下位のブラックウルフですら、カイルが眷属化するとフェンリルへと変貌してしまった。
気付いた時には、群れのほとんどの狼を白く染めていた。
どうせならと、森にいたブラックウルフをすべてフェンリルにしてしまっていた。
数にすると300体はいるだろう。
・・・フェンリルが300体ってこの世界だとどうなんだろう?
ここまでフェンリルが増えると、もはや神のデパート状態だろう。
ラドンはこれだけの軍勢があるなら、やっぱり世界征服したいと涎を垂らしていた。
まぁ、僕の知らないところでなら、好きにしてもらって構わないんだけど。
さて、それよりもだ。
この状況をどうやって村の人へ説明しようかな。
ま、出たとこ勝負で村の人へ説明するしかない。
ーーカイルはラドンと他のフェンリル達を待機させておき、自分だけで森を抜ける。
いきなりラドン達が現れてしまっては、村の人達をいたずらに驚かせるだけだ。
カイルが木陰から飛び出すと、そこ森の外であった。
目の前には丸太を打ち立てた壁があり、その前には村の人々がズラリと集まっている。
中にはサラやお爺さん、村の男衆の姿もある。
そして、そこにはドシルの姿もあった。
・・・どうやら、ドシルは無事に森を出られたようだ。
頬は真っ赤だから、手痛くお説教はされていそうだけど。
「!?」
村の人々がカイルの姿に気付く。
一気に騒めき始め、サラが飛び出してきた。
「カイルだ!!カイルが生きてる!!」
「カイル!!」
カイルの元へサラさんが駆けつけてくる。
物凄い勢いで駆けてくる。
そして、サラがカイルの前に立つと、勢いよく平手を放つ。
パシンと軽い音が響くと、カイルは頬を叩かれたと実感していた。
避けようと思えば避けられる。
でも、ここは甘んじて受け入れるべきだろう。
自然とそう考えていた。
・・・怒られる。
よね。
僕のせいで、みんなを危険な目に遭わせたんだから。
カイルは拒絶を覚悟した。
頬を叩かれるだけでなく、サラから「邪魔だ」と、「不要だ」と、そう切り捨てられると思っていた。
ーーしかし
「カイル、本当に・・・馬鹿!!」
サラは潤った声でそう言うと、ギュッとカイルを包むように抱き締める。
そんな彼女の耳元で、カイルはポツリと呟く。
「・・・怒らないの?」
「怒っているわよ!!」
カイルの問いかけに、サラはギュッと抱き締める力を強めながら言う。
愛おしそうにカイルの頭を撫でている。
そんなサラを前にして、カイルの内側から自然と言葉が出てくる。
「・・・ただいま」
・・・初めて使った言葉だ。
その挨拶は、どういう意味だったか?
あまり使ったことのない言葉だ。
「うん、おかえり、カイル・・・」
サラはカイルに応えてくれた。
拒絶ではなく、自分を迎え入れてくれているとカイルは感じていた。
何度も、その感触を確かめたくて
「・・・ただいま」
「おかえり」
「ただいま!」
「うん、おかえり」
カイルは何度も「ただいま」を繰り返す。
「カイルよ、何という無茶をしおってからに!!」
抱き合うカイルとサラの元へ、お爺さんがやってくる。
鬼の形相でカイルを睨んでいた。
親子の時間を邪魔していることにお爺さんは気付いていないのだが、彼も家族の一員だ。
カイルの勝手な行動に不安を覚えているのだから仕方ない。
「ブラックウルフに噛み殺されてもおかしくはなかったんじゃぞ!!」
お爺さんはカイルを怯えさせて、2度と馬鹿な真似を恐怖心でできなくさせる意図で言う。
しかし、その言葉に対して、カイルは非常に冷静だ。
「そうですね。何度か死にそうになりました」
「な、なぜ・・・どうして、そう冷静なのじゃ・・・」
カイルが淡々と答えると、お爺さんは怒りの形相を、少し悲しそうな顔へ変える。
カイルはそんなお爺さんから視線を人混みへ移す。
彼が視線を止めたのはを赤く晴らしたドシルだ。
ドシルは父親と母親らしき人物にギュッと抱きしめられており、家族3人で肩を寄せ合っていた。
それは、今まで、カイルが遠くで見ていた光景
手にしたくても、どれだけ憧れていても、どうにもならなかった光景
家族の光景であった。
自分もこうしてサラにギュッと抱きしめられている。
しかし、それでも、自分が家族の一員になれた実感が湧いてこなかった。
「カイル!ワシを見ろ!」
「・・・はい」
「何じゃ!その態度は!分かっておるのか!!」
カイルが淡々している様子が気に入らないのか、お爺さんは激昂する。
「何がですか?」
「何ですかではないぞ!!大勢の人間を心配させおってからに!!」
「心配・・・?」
「そうじゃ!!何を惚けておる!!」
「僕を心配?」
「当たり前じゃ!!!どれだけ迷惑を掛けたと思っておるんじゃ!!お主は!!」
「迷惑?僕が?」
カイルの口ぶりに、段々とお爺さんの顔が悲痛に染まっていく。
「カイル!!・・・」
「僕が・・・どうして迷惑?なぜ、心配するんですか?どうして?」
カイルの中から溢れてくる不安な気持ちが、彼の口から言葉として溢れてくる。
家族であると認めてほしいという願い、サラやお爺さんなら家族として認めてくれるのではないかという希望、それらが大きければ大きいほど、同じくカイルの中に不安があった。
光があれば影があるように。
「カイルが家族だからよ」
「僕が家族?」
「そう、家族よ」
「・・・僕は拾われたばかりですよ?」
「カイル!!お前はまだ!!・・・いや、良い・・・反省しておるようじゃな」
「反省?・・・あれ?」
カイルは目元を雫が伝っていくことに気付く。
手を当ててみると、確かに水滴が目から流れていた。
「何で・・・?」
・・・悲しいのか?
嬉しいのか?
分からない。
この涙、どうして?
お爺さんは、僕が無茶をしたから怒っている。
僕を心配してくれているのかな?
僕は小さな頃に家出したことがある。
3日しかもたずに家に帰った。
だけど、誰も、僕を叱るようなことはなかった。
誰も心配などしていない。
存在価値を認めていない。
それが幼いながらに察することができた。
でも、ここでは違う。
気付けば、お爺さんの目も潤いを見せている。
僕を心配してくれているのか?
本当に?
何で?
心配する。
その相手が大切だから。
僕が大切だから?
「どうして・・・?」
「カイル、みんな、貴方が好きなのよ・・・大切に想っているの・・・だから、もうね。無茶はしないで・・・これ以上、家族は・・・失いたくないの・・・」
サラはカイルの耳元で声を出して泣き始める。
その声に応じて、カイルの目にも大粒の涙が浮かび始める。
「・・・ごめんなさい」
「ううん、無事に帰ってきてくれて・・・本当にありがとう」
「・・・ごめんなさい。心配させて・・・ごめんなさい」
サラはカイルを抱きしめながらも、引き続き頭を優しく撫でる。
本当の母親のように、愛しい我が子を愛する母のように、彼の頭を撫でる。
カイルの目から流れる涙、その勢いが増していく。
まるでダムが決壊したような勢いである。
・・・大切に想ってもらったこと、初めての経験だ。
これが家族なのかな?
僕は、これだけの人達を心配させてしまった。
申し訳ない気持ちとは別に、どこか嬉しい気持ちもあったのは正直なところだ。
胸の奥が熱いし、目にも何だか力が入らない。
シパシパする。
「・・・カイルよ、お主が勇敢であったことは、ここのドシルから聞いておる。しかしのう、勇気とは恐怖を感じないことではない。恐怖と向き合う心の在り方のことじゃ。良いか、恐怖とは跳ね除けるが正解ではない。怖いと感じたなら、素直に逃げることもまた勇気じゃ」
「おじぃ・・・今はお説教やめて」
サラがお爺をギロリと睨む。
すると、頭を掻いてバツの悪そうにするお爺
確かに、お説教ムードではない。
・・・それよりも、僕はみんなに伝えないといけないことがある。
きっと、サラさんやお爺さんは、もっと心配していることがあるだろうから。
「・・・森で、僕はブラックウルフに襲われたんだけど、白い狼に助けて貰った」
カイルは考えていたストーリーを話し始める。
いきなり、ケビンや少女のことを話すよりも、先に経緯を伝えようという魂胆だ。
しかし、想像していたよりも、サラやお爺さんの反応が大きかった。
「何じゃと!?白い狼じゃと!!」
「カイル、それ本当なの!?」
「お父さんも、その白い狼が助けてくれました」
カイルがチラリと森を見る。
すると、森の木々の隙間から、2頭の白い狼が姿を見せた。
その背にはケビンと少女が乗せられている。
「ケビン!?」
「まさか・・・まさか!フェンリルじゃと!?」
「お・・・おい、あれって・・・」
「嘘でしょ!!」
「フェ、フェンリル!」
ラドン達が姿を見せると、集まっていた村の人達に騒めきが起こる。
そして、サラは思わずカイルを離して立ち上がる。
背にカイルを庇うようにして回していた。
「大丈夫・・・だよ」
「え?」
カイルはサラへと伝える。
そして、スッとサラの前へと躍り出ると、スタスタとラドン達の前へと歩いていく。
「カイル!!」
「待つのじゃ!!」
「でも・・・でも!!」
「カイルの話の通りかもしれん!!」
「フェンリルなのよ!?」
「うむ、じゃが・・・襲ってくるような雰囲気はないぞ」
ーーカイルがラドンの前に立つ。
そして、打ち合わせ通り演技を始める。
「狼さん、ありがとう」
カイルがそう告げると、ラドンとセルリは背から2人をおろす。
そして、ラドンがカイルを一瞥した後、村の人間達を見渡してから叫ぶ。
「人間よ・・・我はフェンリルのラドンなり」
「お、おおおお!!!神よ・・・何と神々しいお姿か!!」
お爺さんはそう言って、ラドンに平伏していた。
何だかややこしいことになりそうだけど、続けるしかない。
そうカイルは考えていた。
「人間の子に、我らが同胞の子が救われた。これは・・・恩だ。我らフェンリルは人間相手だろうと借りは返す」
ラドンの言葉が終わると、カイルは背後にいるサラとお爺さんへ振り返る。
「あのラドンが助けてくれた。僕とお父さんを」
「・・・カイル、あなた」
カイルがそう言うと、サラは目を見開いて彼を見る。
何か思うところがあるようだが、決して、それを口にすることはないようだ。
「カイルさ・・・カイル・・・げふっ!」
ラドンがカイルの名前を呼び捨てで呼ぼうとする。
それだけで血反吐が出ていた。
・・・どれだけ抵抗感があるんだ。
打ち合わせもしていたし、僕は気にしないと話していた。
だけど、ラドンにとって、僕を演技でも呼び捨てにすることは、血反吐が出るほどの苦痛のようだ。
「・・・カイルよ、これで我は礼を果たした」
「はい、ありがとうございました」
「・・・人間よ、我らは森に住う。気安く立ち入るでないぞ」
「は、はいぃ!!」
ラドンの言葉に、尊重であるお爺さんが変な声で返事をする。
それを確認すると、ラドン達は森の中へと帰っていく。
その姿が森へ消えると同時に、サラは横たわるケビンの元へ駆けていく。
「ケビン!!ケビン!!」
「・・・大丈夫です。寝ているだけだとラドンが言っていました」
カイルは、寝ているケビンの傍で必死に彼を揺らすサラへ声をかける。
すると、お爺さんが来て、ケビンの容体を確認する。
「うむ、カイルの言う通り寝ているだけのようじゃな」
「ケビン・・・あああ、ケビン!!良かった・・・良かった!!!!」
サラは額をケビンさんの胸元へ押し付けて、泣き叫んでいた。
色々と積み重なって、感情が決壊してしまったようだ。
「・・・カイルよ、森で何があった?」
・・・やはり来たか、この質問
ラドン達は、お爺さん達が平伏すほどの存在であり、神として認知されていた。
そんな神が、何の理由もなしに僕を助けるとは思えない。
それは当然の反応だ。
しかし、正直に話しても信じては貰えない。
どう説明して良いかもわからないし、そもそも、正直に話すこと自体に抵抗がある。
だから、物語を考えた。
「森で、ドシルを見つける前に、白い小さな狼がいたんです」
「む?」
「その小さな狼は倒れた木に挟まって動けないようだったので、僕が助けたんです。ラドンの子だったようで、それを恩に感じてくれていたようです」
「なるほどのう・・・それで礼は果たしたと言っておったのじゃな」
お爺さんはどこか怪訝な表情でカイルを見ていた。
疑っているわけではなさそうだが、腑には落ちていない様子だ。
そんなお爺さんの肩を村の男衆が叩く。
「村長!!とにかく村に戻りましょうぜ!!」
「ああ、ケビンのやつだけじゃなくて、ほれ、あそこに女の子まで倒れておる!!」
「いっけねぇ!!急いで運ぶぞ!!」