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ディアの結婚

花婿は逃亡しました

作者: てっか

ふんわりした世界観でお送りしております。

ツッコミは時間の無駄ですのでお控えください。

好きな人と結ばれる事は難しい

だからせめて、好ましいと思える方を選びなさい



笑いながら嫁いでいったお姉様の言葉は、まだ幼い私の心に刻まれた。


長じるに連れ、私にも縁談が舞い込むようになった。

これと言って特出したところもない下級貴族の四女でも、若さと美貌、そしてそれなりの持参金があれば吸い寄せられる者は居たようだ。

幾人かと見合いをして、好きになれる方はいなかったけど、一番好ましいと感じた方を選んだつもりだった。

長い人生を共に歩んで行くパートナーとして、見た目が清潔で話が合って、あちらも似たような家柄の三男で継ぐ家はなかったけど、ちゃんとした仕事と収入さえあれば

平凡に暮らしていくには充分。


そう思って、そう伝えて、それでも良ければと返事をして。

彼も笑って受け入れてくれたのに。


「結婚式当日に駆け落ちとか…ホントにあるのねぇ」

祭壇の前で誓いを立てる寸前に「ごめん!」と叫んだ彼が、参列客の一人の手をとって走り去るのを見送ったのが一時間ほど前。

両家の親族は阿鼻叫喚でパニックを起こし、神聖なチャペルは修羅場と化した。

呆然としたまま控室に放り込まれた私にも、やっと正気が戻ってきたようだ。

これと言って特徴もない平々凡々なお坊ちゃんに見えていた彼の意外な一面にびっくりだ。

でも、走り出す前の一瞬に目があった小柄で可愛らしい彼女は、涙に濡れた悲壮な表情を浮かべていた。

もしかしたら今日よりもっと前から泣いていたのかもしれない。

どんな事情があってこんな最悪な手段を選んだのかは知らないし興味もないが、好きな人と一緒になると彼が決めた上での選択なら恨む気にもならない。

「好きな人と結ばれる事は難しい事だものね」

自失していた間も手放さなかったらしいブーケを持ち直して控室を出る。

別室から廊下に響く声から察するに、両親その他はまだ興奮冷めやらぬまま揉めているらしい。

もしかしたら一方的にあちらのご両親を責め立てているのかも知れないが、私が止める筋合いでもないだろう。

さっきまではあんなに誇らしかったウェディングドレスも夢が覚めれば重たいばかりだが、何とか一人で引きずってチャペルを通り過ぎ、ガーデンパーティーの会場へ赴く。


「ディア」

キョロキョロと探していた相手に呼び止められて、ホッと息をつく。

式は中止になったが、やはり参列者の多くはここに残って食事をしていたようだ。

既に最大の恥は晒したのだ。

慌てて客を追い出す意味ももはや無く、料理を無駄にしないためにもこちら誘導すると思っていたが、当たりだったらしい。

何しろ今日の客達は兎に角よく食べる為、用意された料理も半端な量ではないのだ。

「叔父様」

ドレスを抱えて走り寄ると、幼い頃からの習慣そのままに叔父に抱きしめられる。

「可哀想に。とんだ目にあったね。大丈夫、あの男は二度と君の前に顔を出せないようにしておくよ」

ベールを被った頭に頬ずりされそうになり、慌てて手を突っぱねる。

「叔父様、髪が崩れちゃうわ」

「構わないだろう。ディアもさっさと着替えてパーティーに加わりなさい。今日は僕や君のお父さんの部下やお兄さん達の同僚も沢山来てるんだ。あっという間に君の新しい相手も見つかるさ!」

叔父がパーティー会場を指し示すと、確かに沢山の若い男性が談笑し食事をしている。

そしてその殆どが軍の礼服を着用していた。

そう、我が家の男は全員が軍に所属する軍人一家の為、招かれた客の大半は軍人なのだ。

先程逃げた彼も軍人で、軍部で文官補佐のバイトをしていた私を見初めて見合いを申し込んで来た…筈だったのだが。

まぁ、ヤツの事は忘れよう。

私にはもう関係のない人だ。

そして私が叔父様を探していたのは、まさに次の相手を探す為なのだ。

「ええ叔父様。ですからどうか、将来有望で独身で、今日この場で私を貰ってくれそうな方をご紹介頂けません?」

ニコニコ笑ったまま、叔父様が私を見つめる。

「ディア?どういう意味だい?まさか今日このまま花婿の首だけをすげ替えて式を決行しようって事じゃないよね?」

私もニッコリ笑って答える。

「さすが叔父様はご理解が早くて助かりますわ。父や兄達はここにいないという事はまだ中で揉めているのでしょう?本人が逃げた以上あちらを責めても意味がないのに。全く、いざと言う時にうちの男衆は役に立たないんだから」

一歩踏み出して両手を広げる。

「ご覧ください叔父様。空は晴れて雲一つなし。熱くも寒くもない。日差しも風も心地よく、花々が咲き誇ってますわ。これほどの結婚式日和がありまして?チャペルも花嫁も美しく飾られて、花婿さえいれば完璧な式が挙げられますのよ」

「でもねぇディア。あの男の為のドレスで他の男に嫁ぐのかい?それは男にとっても複雑な気持ちになるんじゃないかなぁ?」

「あら、このドレスも式も、あの男が逃げ出した瞬間から全て私の物ですもの。お気になさる必要はありませんわ。それに叔父様?式の準備や衣装合わせに付き合わされない結婚式こそが男性の理想の結婚式だと言う事くらい、私知ってますのよ?」

ふふんと笑って言い切れば、叔父様は破顔して両手を上げる。

「あぁディア、降参だよまったく。僕が君の叔母上と結婚してなければ、僕が跪いてプロポーズしたいくらいだ!」

「あらご冗談を。子供の頃何度プロポーズしてもイエスとは仰ってくださらなかった事、忘れてませんわよ」

ツンと澄ましてアゴを反らす私の手を取り、軽くキスをしてから叔父様は会食の場となったガーデンへ私をエスコートする。

「僕は紹介するだけだ。後は君が頑張るんだよ」

「もちろんですわ」

そうして幾人かの男性に引き合わされる。

あくまでご参加頂いた皆様への急遽取りやめになった式と、(元婚約者が見せた)醜態へのお詫びという体ではあるが。

5人ほどとこっそりと一方的なお見合いをして、好ましいと思える相手もいたが、中々ピンと来るものがない。

何しろ狙うのは花婿逃亡からの即日挙式だ。

よほどの熱意をお互いが持てねば良い結果には結び付かないだろう。


太陽が真上に来る頃、ディアは項垂れて会場の隅の椅子に座り、小休憩を取っていた。

「失礼レディ、よろしければこちらを」

低くかすれた声が降ってきたかと思うと、目の前にシャンパンの注がれたグラスが差し出された。

驚いて見上げると、長身を窮屈そうに折り曲げてこちらを見つめる軍服姿の男性が。

白に近い金髪に濃い緑の瞳。

無骨だが整った顔立ち。

佇まいは静かで大きな体の割に威圧感を感じない。

10以上は年上だろうか、チラリと確認した肩の階級章は叔父様と同じ佐官。

人当たりの良いハンサム、推定年齢三十代前半から中盤、その年で佐官=貴族。

(どう考えても既婚者ね)

耳がソワソワするハスキーボイスも細かい笑いじわの寄るクセのない笑顔も、ドストライクだが既婚者に構ってる暇はない。

「ありがとうございます。叔父が今飲み物を取りに行ってる所なので…」

やんわり断るが、放っておいて欲しいという願いは捉えどころのない笑顔で流される。

「ところで、何故今日の主役がこんな隅っこに?花婿が花嫁を放り出すには少々早すぎるのでは?」

持っていたグラスを自分の口に運び、名も知らぬ招待客は何とも呑気な問を発した。

どうやら遅れて来て、事の次第を知らないらしい。

(花婿は式の最中に全てを放り出しましたけど何か!?)

誰もが気を使って出さない話題を蒸し返され、イラッとしながらも愛想笑いを浮かべる。

「ええまぁ、色々ありまして」

どう言い繕えばこちらの印象を良くしつつ逃げ出した()()に責任を100%押し付けられるか脳をフル回転させる。

例え既婚者でも好ましい相手には好印象を与えておきたい。

「あれ、カッフェル!?」

ぐるぐると考え込んでいる内に叔父様が戻って来ていたらしい。

手には氷の入ったジュースのグラス。

いささか疲労を感じていた身にはありがたいアイテムだが、叔父の放った一言は私からあらゆる思考を吹き飛ばした。

「どうしたんだ。お前がこの手の集まりに顔を出すのは珍しいな。と言うか戻ってたのか」

私にグラスを渡した叔父様が男性と親しげに話をしている。

肩を叩かれた男性は、人好きのする笑顔を浮かべて叔父様に向き治る。

「さっき戻ったばかりだ。報告を済ませてそのまま休暇に入ったんだが、予定もなくてな。たまにはこういう場にも顔を出せと副官共に蹴りだされたよ」

「…カッフェル、将軍?」

本日二度目の自失から立ち直った私は、グラスを握る手を震わせて呟く。

密やかなその呟きを拾ったらしい叔父様と男性が振り返る。

「懐かしい呼び名だが、そこまで出世しなかったな」

「ご謙遜だな。お前ならすぐ手が届くだろうよカッフェル大佐」

目を見張り言葉もない私に、叔父様がおかしそうに笑う。

「何だいディア。気づかなかったの?昔の君はカッフェルに夢中で、こいつに会ってからは僕へのプロポーズもぱったり止んでしまう程だったのに」

「結婚おめでとうディア。小さなお姫様だっのに、すっかり美しいレディだな」

男性が私の手を取って手袋越しにキスをする。

そのまま顔を上げず、目だけでこちらを見やってニヤリとしか言いようのない表情を浮かべて…

(あぁ、カッフェル将軍だわ…どうして気付かなかったのかしら?こんなに何もかも昔のままなのに)


幼い頃、叔母様と結婚したばかりの叔父様は父とも仲がよく、夫婦で家によく来ていた。

父も叔父も家で仕事の話をすることは無く、いつも穏やかにお茶やお酒を飲んで話をしていて。

そんな空間が私は大好きで、よく叔父のお膝に陣取って構ってもらっていた。

家にはお客様もよく来ていたが、声が大きかったりガサツだったりする人が多く、そんな時は私は家の奥に引っ込んでいた。

だから叔父がカッフェル様を連れてきた時も、挨拶だけしたら台所の母のところへ逃げる予定だったのだ。

カッフェル様を一目見るまでは。

金髪碧眼の白皙の美青年がそこに居た。

落ち着いた佇まいで幼い子供にも優しい彼に、私はあっさり懐いた。

会う度に膝によじ登り、結婚を迫った。

いつも手へのキスであやされたけど、それが余計に幼い初恋を煽る結果となった。

美しい思い出であり、若干の黒歴史でもある。

そんな特別お気に入りの彼に、私が付けたあだ名がカッフェル将軍だ。

こんなに素敵な人はきっと将来偉い人になる。

子供の浅はかさでそう確信し、私の知る限りで一番凄い肩書を授けたのだ。

やがて彼は異動になり、隣国や野盗との小競り合いのやまない国境に送られた。


詳しいことは私には誰も言わなかったが、耳にした情報を繋ぎ合わせれば様々な事がわかる。

平民の母を持つ貴族の庶子として生まれた彼は、時に貴族として、また時には平民として便利に使われ、特に戦況の厳しい場所をたらい回しにされたようだ。

それからは噂や叔父様から伝え聞く伝聞ばかりで、いつしか私の初恋は熱を失っていった。


私の日常から消え去ったカッフェル様は、消耗品として扱われながらも数々の武勲を挙げ生き長らえ、ようやく知人の娘の結婚式に出席する程度の平穏を手に入れたのだ。


折角カッフェル様が出席して下さったというのに。

花婿には逃げられ、疲労の中新しい花婿探し。

色々あってハイになっていたテンションが一気に落ち込んだ。

(せめてあと少し遅く来てくださっていたら…)

新しい花婿と仕切り直した式に参列して頂けただろうに。

花婿探しが難航していた事はこの際問題ではない。

こんな事態になると知っていればさっさと相手を決めて何とでも丸め込んでおいたのに。

叔父様がカッフェル様の耳元で何かをささやく。

二言三言で事態を把握したらしいカッフェル様の顔色が変わり、表情が険しくなっていく。

(恥ずかしい)

両手に顔を埋めてしまった私に、カッフェル様がオロオロしながら話しかける。

私の責任ではないとか

(全く持ってその通りだと思うわ)

私を捨てた花婿は大馬鹿だとか

(それは贔屓目もあると思うけど)

けれど今はどんな慰めもどうしようもなく羞恥を煽るだけだ。

顔をあげられず、ただ首を横に振る私に尚もカッフェル様が言い募る。

「こんな美しい花嫁を放り出すなんて信じられない。私なら決して目を離さずにいないと不安でどうしようもなくなる」

(ん?)

「顔を上げて可愛い人。今日の君に求められて拒否出来る男などこの世に存在しないと私が保証する」

(んん?)

「君と誓いを立てて、君が隣にいる毎日を手に入れられるなんて、そいつは間違いなく世界一幸せな男だよ」

「あ、あの…」

おずおずと顔を上げると、ドストライクのハンサムが切なげにこちらを見つめていて…。

(あ、ムリ)

視線を叔父様に合わせて助けを求めると、叔父様の口がパクパク動いて何か言っている。

(コ、イ、ツ、ハ、ド、ク、シ、ン?)


こいつは、独身。


「カッフェル様、ご結婚されてませんの!?」

グリンっと首をカッフェル様の方に戻し、半ば叫ぶ勢いで確認する。

その勢いに驚いたのか、カッフェル様がぱちくりとまばたきをした後、照れくさそうにはにかむ。

「ああ、まあそうなんだ。私はもうこの年だし諦めてるが、ディア嬢はこれからいくらでも…」

脳内で天使が飛び、花が舞い散り、至上の音楽が奏でられる。

(花婿に逃げられた結婚式で初恋の人と再会なんて、運命的としか言いようがないのではないかしら!?)

しかし浮かれ踊る意識の一方で、ディアは冷静に理解していた。

カッフェルは完璧に保護者的な立場で物を言っている。

先程の口説き文句さながらの言葉もただただディアに自信を持たせるためのもの。

本人には全くそんな気は無いのだ。

(この方は完全なる善意で慰めて…いえ、励ましてくださっているだけ。何の下心も含みもない)

恐らく彼にとってディアは、幼い頃の印象のままなのだろう。

(分かっていますわ。でも、ここで行かないでどうしますの!?)

踏み出そうとする足と、怖じ気づく理性。

思考がまとまらずただ焦りが全身を震わせる。

記憶の彼方に薄れつつある元婚約者も、こんな心地だったのだろうか。

そして彼は遅すぎながらも手遅れになる前に踏み出し、振り返らずに走り去った。

だとしたらもはや無関係と切って捨てた彼に許しを与えてもいいかもしれない。

そもそも彼がいた所で、カッフェルが独身と分かった瞬間私は結婚を後悔しただろう。

要はお互い様。

(よし、二度と会う気はないが許しますわ)

視界の片隅には、"突撃"のハンドサインを満面の笑みで出す叔父様。

目の前には慈愛の微笑みを浮かべるカッフェル様。

「ええ、そうですわね。私、頑張りますわ。ですから一つだけ、ディアのお願いを聞いて下さる?」

そっと、震える手でカッフェルの手を握り胸元に引き寄せるディア。

「ディア…」

力強い眼差しと笑みにホッとして、安堵の笑みを浮かべるカッフェル。

それを見た瞬間、ディアは目を見開き叫んだ。


「カッフェル様、私と結婚してください!!」


何でも言ってごらん、と続けようとした笑顔でカッフェルは固まる。

かくして、プロポーズを交わし、手を取り合ってほほえみ合う一対の男女が生まれたのである。



お姉様、どんな事をしても、私好きな人と結婚してみせますわ!














読んでくださってありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 強い女の子、ただでは起きないよっていいですね。 か弱い振りした超肉食系女子の変身っぷりがいいですね。 さて、このあと彼はどうやって彼女に喰われたのだろうか? 続きが気になります!
[一言] ダンディーなおじ様素敵です! 続編?番外編が是非見たいです!!(*^^)
[一言] 後半の叔父さんのノリと、肉食系女子が花ひらいて完全に獣化した様がイイッ!(*´∀`)b
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