4
し確かに亜紀穂を救い出した彼が必死に語りかけていた。長いまつげに水滴が吸い付き、酸素不足の意識では、ぼやけて顔は見えないが鬼気迫る声で怒鳴っているのは分かる。湖の浅瀬に移された亜紀穂の体は、ぐったりと力なく横たわっていた。手が動かせない、目しか機能しない。ただ瞳に映るピントのずれた彼の顔を真摯に見つめることで精一杯だ。答えることなど出来ない。少量の水が喉に埋まり、絡まっているみたいに声が出ない。
「死んでないか。良かった。息できるか?」
体を起こされ背中を擦られていたかと思ったら、前触れなしに思いっきり叩かれる。ゴホッと咳き込んだ衝撃と共に、喉に絡まった水が吐き出された。嘔吐に似た、それでいて開放感だけがこみ上げる。気持ち悪さはなく、ただ鼻が少し痛かった。
「は、・・・く、ケホッ!ゴホ!」
「水、全部出たか?」
また体を倒され、亜紀穂は横になった。知らぬ間に、天空から雨が降り注いでいることに今気づいた。消えたと思っていた光は雲に隠れただけだったのだ。濡れている顔に、ポツポツと水滴が小さく落ちてくる。頬に零れ、伝い、漆黒の髪に埋もれる雨は厳しい冷たさの湖底とは明らかに違い、初夏の季節に暖められた生暖かいものだった。同じ水なのに、今はほんの少しだが温かい。やっと亜紀穂は息をゆっくり吐くことが出来た。だるさとは違う安堵からくる溜息のおかげで四肢のこわばりが解ける。
「いや、お前、もう大丈夫か?苦しくない?痛いところないか?」
「もう平気。・・・ありがとう」
やっと口が利けるようになった。足を少しずらし浅瀬から草むらに体を預け、湖から完全に肢体を離す。そして同時に彼の名前を思い出す。池田夏目。亜紀穂のクラスメイトだ。社交的な性格で、夏目の周りには自然と華やかな人々が集まってくる。クラスで一人はいるムードメイカー的なもの。亜紀穂とはまるで性質が違うので、クラスが一緒でも今まで接触することがなかった。いつも教室の隅にひっそりと