08滴 魔女と騎士の邂逅
森を抜けると広大な草原に、一本の道が続いている。
辺りには、小動物や小さな魔物が走り回っているが、襲ってくる気配はない。
遠くに王都が小さく見え、道はそこへと伸びているようだ。
王都までまだ距離があるので、シオンが魔獣化し途中まで乗せてくれることとなったが……。
「二人乗るのか?」
「頼むよシオン! 歩いて行ったら明日になるだろ?」
アスターが手を合わせ、懇願する。
しかし、シオンはそこまで大型ではないため、確かに二人乗ると走りにくそうだ。
そこで、リチアが神鳥をちらりと見る。
「俺は飛べるから気にするな」
と言われたが問題はそこじゃない!
悩んでる時間も惜しく、歩きながら考える。
「シオンが二往復するのはどうだ!?」
妙案とでも言いたげに目を輝かせるアスター。
「お前を置いて三人で行くか?」
「わ……悪かったって!」
シオンに冷めた瞳で見られ、とっさに謝る。
今襲ってくるものがいないとはいえ、一人になってしまうのは何かあった時、危険だ。
自分が力を使えば……、とも考えたが、魔女にならなければ使えないし、『言の葉』は明確なイメージがなければ、不安定な力となり暴走する可能性があると教えられていたため、気が引ける。
どのくらいか進んだが周りには、人も馬車のような物も見当たらず、ただひたすら歩き続けると一匹の魔物が近づいてきた。
二足歩行で、小さな角の生えた、尻尾の長い魔物からは、殺気を感じず、こちらの様子を伺いながら周囲をうろついている。
攻撃してこないので、むやみな殺生は良くないとこちらも様子を見る。
何周かしたとこで、リチアの前で止まりジッと見つめてくるので見つめ返すと、頬を擦り付けてきた。
「ふふっ、くすぐったいよ」
ふわふわの短毛が肌をなで思わず笑顔になる。
それに気をよくしたのか止める気配がない。
自然と手は伸び、魔物の頭から首にかけてなでると嬉しかったのか辺りを跳ねだした。
満足したのか跳ね終わると、長い尻尾でバランスをとりながらしゃがみ込む。
チラチラとこちらを見て何か訴えているようだ。
「乗ってほしいんじゃないか?」
「そうなの?」
アスターの一言で魔物へと問いかける。するとバランスをとっている尻尾をバタつかせ急かしているようだ。
「王都まで行きたいんだけど、近くまで乗せてくれる?」
「フィーー」
言葉を理解しているのかのように反応し待っている。
「じゃあ、私この子に乗せてもらうから、アスターはシオンときて」
「分かった。ってことでシオンよろしくな」
シオンは一つ溜息をつくと、魔獣化しアスターを背に乗せた。ソルムは、鳥の姿になりついてくるようだ。
リチアが背中に乗り、首に手を回すと魔物はその場でドタドタと足踏みをしだす。
少し驚いたが、振り落とされることないよう回した手を少し強く握る。
相変わらず楽しそうなので、問題はないと待っていると、魔物の足元に力が集まり体が強張った。
次の瞬間、その足は地を力いっぱい強く蹴り、勢いよく前方へと飛びだす。
その速さに驚き、より強くしがみつく。
シオンも慌ててついてきた。狼型だけあってやはり速い。
王都が近くに見えてきたとこで。魔物へと止まるように言えば大人しく速度を落とし歩き出す。
近くに大きな木と茂みがあったので、人がいないことを確認し、魔獣化を解く。
背中から降りると、少し寂しそうな顔をしていた。
「ここまでありがとう。あなたのおかげで夜が来る前に王都につけて助かったよ」
頭をなでると、身を寄せ小さく鳴いた。
この先に連れて行くことはできないし、本人も行けないことは分かっているのか騒ぐ様子はない。
「ここでお別れだね。この先は、あなたにとって危険だから、仲間の元に行って」
途中で気づいたが、魔物の仲間が遠くから様子を見ていた。
この子は好奇心旺盛なのか近づいてきたが、他の仲間は距離をとったままだ。
なぜ懐かれたのか分からないが、おかげで助かったことに変わりない。
名残惜しそうに頬を寄せた後、何度か振り返りながら仲間の許へと戻っていった。
見えなくなるまで手を振り、王都まであと少しの道を歩く。
日も暮れてきたので、少しでも早く王都へと入りたい。
もう少しで記憶の手掛かりが見つかるかもしれない、と思うと胸が高鳴り一歩一歩が速くなる。
なんとか夜になる直前に王都へと辿りつくと、出迎えたのは大きな門だ。
門の両端に騎士と大きな水鏡が2枚、魔人の侵入を防ぐために設置されている。
少し緊張するがアスターの準備のお陰で特に問題なく侵入できた。
映るのは、人間の姿のみ。
王都へと入ると沢山の建物が並び、その景色に驚かされる。
下町は夜に向けて灯りがつき始め、初めて見るこの光景に、心は踊るが記憶の手掛かりになるような物があるとは思えなかった。
一人興奮と落胆を繰り返していると声をかけられた。
「今日はもう遅いし、どこかに泊まって明日探そう。諦めるのはまだ早いさ」
「そうだね……」
落胆が勝ってしまい、落ち込みながら宿を探す。
下町には、いくつかの宿があったので、目立たないところを選び中に入るとなんだか騒がしい。
カウンターで女の子が大声で何か言っているが、巻き込まれないよう隣でさっと空き部屋を確認する。
「ちょっとあんた! わたしが誰だか分かっての対応なわけ!? わたしは騎士なのよ! 一部屋位空けなさいよ!!」
騎士という言葉に肩が跳ね、女の子を見ると目が合った。
「ん?……魔女!?」
「え?」
バレてしまった!? 緊張感のある重い空気が漂う。
リングもちゃんとついてるし、違うと言えば気のせいと見逃してくれるかもと考えを巡らせたがそれも無意味に終わる。
女の子は、顔程の大きさの球のついた棒を二つ出現させると問答無用振り回す。
壁に当たると小規模の爆発が起き、騒ぎに気付いた客は慌てて逃げだし、宿の主人は青ざめカウンター下へと隠れている。
間一髪で避けることができたが、当たればケガでは済みそうにない。
冷汗が体を伝い、本能が危険だと知らせる。
「大人しく当たりなさいよ! 手間取らせないでよね!!」
そう言い、攻撃する手を緩める気配がない。
狙いは魔女のみで、リチアを執拗に狙う。
「どうして魔女を狙うの!?」
ギリギリで攻撃をかわしながら問う。
過去に戦いの経験があるのか不明だが、緊張のおかげか躱すことができているのが救いだ。
アスターやシオンも球を避け、攻撃を弾いているが防御ばかりでは埒が明かない。
「そんなの魔女だからに決まってるでしょ? 危険なその力をこのティシェア様が貰ってあげるって言ってるんだからありがたく渡しなさい!」
その名を聞き、焦りが増す。
こんな少女が上級騎士で、こちらが防戦一方とはいえこれほどの攻撃と自信は脅威だ。
「あなたが……爆撃のティシェアなの?」
「そうよ! 『不朽の騎士団』爆撃のティシェアとはわたしのことよ! 冥土の土産のに覚えておきなさい!!」
少女は名乗り終わると持っていた武器を放り投げる。
空いた両手を前に突き出し倍の大きさの球を出現させた。
「これで終わりよ。さよーなら。『大爆発』」
こちらに投げた球は何かに当たることなく、目の前で爆発した。
もうダメだと思った瞬間、爆破の煙に包まれはしたが痛みはない。
建物が半壊するほどの爆撃だったにもかかわらず不思議に思うと呼ばれる。
「今のうちに逃げるぞ。俺の守護結界だ」
声の主を見るとそこにいたのはソルムだ。
戦闘に参加していないと思ったら逃げ道の確保と結界の準備をしていたようだ。
三人とも大きな怪我はなく、爆破によってできた煙幕を利用しその場を去る。
少女と宿の主人や近場にいた人が巻き込まれていないか不安だが、人を気にしている余裕はないのでその場を急ぎ離れる。
騒ぎをききつけた街の人が集まる中、目立たないように急ぐ。
それでも、結果的に宿にいた人達を巻き込んでしまったのが気がかりだ。
走りながら振り返り、宿を戻しであげたいと思う気持ちに満たされる。
「『修復』して」
宿へと思いを集中し、小さな声でつぶやく。
瞬間体から強い魔力が流れ出し、その言葉は実行される。
宿を包む煙は消え、飛び散った瓦礫は元に戻ろうと集り、粉々に散ってしまった破片も精製され宿は元の姿へと戻った。
力を使い満足なティシェアもその『修復』の中にいれば、異常だとすぐに気づく。
殺したはずの魔女の力は継承されず、人ならざる力を目の当たりにすれば魔女は生きていると確信できた。
逃がしたことが悔しく、その場から静かに去った。
「な……何だったんだ。騎士が破壊して、魔女が直すとは……どちらが悪かわからんな」
難を逃れた宿の主人は、短い時間に起きた出来事により、魔女と騎士の関係に疑問を懐くこととなった。
無意識に力を使った直後だった。
体から力が抜け、意識を失いその場に倒れる。
はずだったが魔力の流れに気付いていたソルムによって支えられた。
「どうしたんだ!?」
様子に気付いたアスターが戻ってきて声をかける。
「直したんだ。あの宿を……」
「え? 魔人化してないのに力を使えたのか!?」
魔人とは人の姿では力を使えない。
『魔装』という高度な方法もあるが、『言の葉』もまともに使えないリチアにできるわけがない。
驚きを隠せないが今は街を出ることを優先した。