11滴 魔女と癒しの花
何もない、何も見えない……いや、自分の姿だけは確認できる闇の中。
不安になり走り出すが、どんなに進んでも自分以外何もない。
目を閉じなぜここにいるのか考える。
「ここは……、夢?」
直前に力を使い、意識を手放してしまったことしっかりと覚えている。
また迷惑かけちゃったな……と反省していると背後から聞こえる声が一つ。
「ここは、あなたの来るところではないわ。帰りなさい」
闇に浮かび上がる純白の女性が一人。
その横には光り輝く球体。
「あなたは誰?」
「思い出せないのね……。あなたは知らなくても仕方のない事だけど。またいつか……」
彼女が全てを言い終わる前に、自身は闇に包まれ現実へと意識を戻された。
心地の良い揺れに、体をよじれば微かな花の香りに心が安らぐ。
確かめようとゆっくり目を開けると、目の前には見た事のない花が一輪。
ではなく、女性の顔があった。
「お気づきになられましたか? どこか痛い所はありますか?」
まだ夢を見ているのかと気怠い体を起こし、辺りを見回せば見知った顔があり安堵する。
「大丈夫? 森で魔物に襲われた後、平原に出たとこで彼らが乗せてくれたんだ」
アスターからの意味ありげな視線を察し話を合わせる。
彼らは乗せた人に魔女と魔人がいると気付いていないようだ。
「少し疲労感あるけど、もう大丈夫。ありがとう……それから……」
花の香りの彼女へと視線を向ければ、微笑みを向けられる。
「ルーナです。彼は馬の管理と御者をやってくれるステッドさん」
紹介されたその人は、ふくよかな中年男性で、優し気な背中をしている。
振り返り会釈をするとすぐに前を向き、馬を操った。
何気ない話をしながらたどり着いたのは鉱山の町エルピオン。
彼女達はもう少し先の所が目的地らしく、入口で降ろしてもらい別れを告げた。
「ここまで乗せてくれてありがとう。すごく助かったよ」
道中少しは打ち解け、気楽に話せるようになった。
彼女と話すと、不思議と心が安らぎ何でも話してしまいそうになる。
「いえ、お役に立ててなによりです。お急ぎでなければ今夜、この先にある教会に寄って行かれませんか?」
急な誘いに共に旅する彼らに視線を送り、首をかしげる。
「今夜は満月なんです! この日しか見ることができない事なので、ぜひ来てください! 街にいればわかると思いますが、何かは秘密です」
楽しそうに話す彼女は、一方的に言いたいことを伝え、馬車に乗りその場を去る。
振り返り手を振る彼女に振り返し、見えなくなったところで街へと歩を進めた。
「ルーナちゃん、今日はいつもより楽しそうだったね」
「はい! 皆さん他の人とは違う気がして……私のことにも言及されなかったですし、普通に話せたのが嬉しかったんです」
首の輪に指を添え軽くなでる。
どこか淋し気なその表情に、理由を知っている御者は、申し訳なさそうに少し顔を伏せ静寂に馬車は包まれた。
町に入れば活気にあふれていて、見慣れない風景に心が躍り楽しくなってくる。
「すごい! 人いっぱいだね」
辺りを見回すリチアは子供のように目を輝かせ、魔女という真実が嘘のように思える。
とれたばかりの鉱石を店に運ぶ人、武器を所持した旅人、町に住む人々が行きかう通りをのんびり歩きながら武器商店を探す。
兵士の姿もなく、追手の来る気配もない。
束の間の安息を堪能するかのように好奇心に駆られてふと気づく。
「お腹……すいた」
お腹を押さえ、振り返り訴えかける。
「ちゃんとした食事とれてなかったね。どこかに入ろうか」
そう思うとどこからか、おいしそうな匂いに誘われ、近くに店を見つけとりあえずそこに入る事にした。
店の中は通りと同様賑わっていて、空いている席を見つけ座る。
メニューがよくわからなかったので注文をアスターに任せ聞き耳を立てれば、話の内容が聞こえる。いいことではないと分かっていても気になってしまった。
旅で倒した魔物の話、今日の予定、町はずれの教会の話。それから……魔女の話。
「魔女がまた生まれたせいで大群、発生したのかねー?」
「逃げるのに嗾けたって話だろ?」
「王都で爆破騒ぎ起こしたって聞いたぜ」
魔女と言う言葉に心臓が速く脈を打つ。
歪んだ噂話にショックは隠しきれず、落ち込み俯いてしまう。
それに気づいたのかシオンが話をふった。
「馬車に乗っていた女は、魔人だったな。気付いたか?」
突然の話に驚き顔をあげる。
「ああ、珍しい魔人だったな。扱いはそこまで悪くなさそうだ」
知っていて当然と、特に気にしていない様子のソルム。
「やっぱそうか。首のアレは魔人の制御装置っぽいと思ったんだ。聞くのも悪いと思って話さなかったけど」
アスターも気付いていたようで、どうやら知らなかったのは自分だけらしい。
最初に見た時、花に見えたのはそれが彼女の元の姿だったからか、夜に会えたら聞いてみよう。
新しい魔人との出会いに、噂の事など忘れてしまいそうだ。
話していると料理が届く。
「おまたせしました~」
目の前に置かれた、温かな料理達にさっきまでの事は忘れ心を奪われる。
「いただきます!」
口に含めば美味しさが広がり、噛めば噛むほど美味しい料理に夢中になる。
その様子を見てクスクス笑うアスターと堪えるシオン。
気付かないリチアに置いて行かれないように二人も箸を進めた。
食事も終わり、お腹も満足したとこで街の散策に戻る。
武器や防具も見て回ったが、防具は重くつけていられそうにない。
シオンとソルムは、前の村でちゃっかり武器を持ってきてしまって、その性能の良さから他に興味はなさそうだ。
今度あの村にいけたら代金はしっかり払おう。と心の中で静かに誓う。
いろんな店に入り見学をしていれば、時間はあっという間に過ぎ夜になる。
灯りを持ち、暗い道を歩けば一つの建物が見えきた。ルーナが言っていたのはここだろう。
近づけば鳴き声や呻き声が聞こえ、窓から覗けば苦しむ人々が目に入る。
不安か恐怖か、一歩後ずされば背に温かさを感じ、振り返ればアスターにぶつかったようだ。
「ここは病舎みたいだ。ルーナもいるし、とりあえず中に入ろう」
もう一度見れば確かにルーナはいた。パタパタと忙しそうに走り回ってる。
入口へと戻り大きな扉を静かに開けたが、その大きさからか軋む音が響く。
その音に気付きルーナは寄ってくる。
「よかった。来てくれたんですね」
嬉しそうに迎えてくれた彼女は、血や泥で汚れている。
しかし、そんなことは気にならないのか平然と振舞っていた。
「今患者さん多くて…。もう少しなんで、あちらのイスに座って待っていてください」
示された場所に行き、静かに待つ。
周りを見渡せば、ルーナと似た格好の女の子が二人。同じように慌ただしく動いている。
一通り終えたのか三人は集まり何か話し合い、終わればこちらに近づいてきた。
「一度灯りは消しますが暗い所は平気ですか?」
大丈夫だと頷くとすぐに戻りそれは始まった。
「これから灯りを消しますね」
その言葉で場内は一気に暗くなる。届く光は大きなステンドグラスからもれる月灯りのみ。
導かれるよう光の差す場所を見れば三人は魔人と化していた。
一瞬の間に姿を変えたが、人型だからかあまり変わったようには感じない、ただ、花を纏い蔓に巻かれた姿は美しく見える。
直後ステンドグラスの窓は開かれ月光を全身に受ける彼女達からは神々しさを感じ目が離せない。
「お待たせしました。皆様の痛みや苦しみが癒えることを願って…」
「「「『癒しの花園』」」」
患部から光の種が零れ落ち急成長をする。
一人一人を囲むように花は成長し、大輪を咲かせ開花した花からそそがれる光の輪が、患者を通過し傷や怪我は徐々に完治していく。
神秘的で美しい光の花園に目を奪われ見惚れる。
その時間は短いもので、治った者は喜びの言葉を発し去って行ったが、その余韻から抜けられそうにない。
「今日はこれで終わりだね! お疲れ様」
「お疲れ様。もう時間もないし入口しめちゃうね」
「そうですね~。そういえば今日は鉱山からの患者さん多かったですね~。何かあったんでしょうか?」
彼女達は一仕事を終え、話しながら後片付けを始める。
自分は目に焼き付いた光景が、頭から離れず動けずにいたが、心地の良い時間はすぐにかき消された。
外から慌ただしく走る馬車の騒音が聞こえる。
余韻から戻され様子を見に行こうとすると支えられ足を引きずった身なりの整った男が入ってきた。
「ぐああああ、痛い! 痛い!! 早くこの足を治しててくれ!」
よく見れば足から血を流し、あらぬ方向に折れているように見える。
「ごめんなさい。今日はもう月は隠れ力は使えないんです。とりあえず応急処置を…」
三人が慌ただしく準備をしようとするが、男はそれに威圧する。
「応急処置だと!? バカを言うな! 今すぐ治せ! 卑しい魔人の力を受けてやると言っているんだ!」
大声を上げ、支えていた者を振り払い、折れた足で立ち上がる。
血と泥の匂いに微かに甘い香りがすると、燃えるように体から黒煙を放ち、大きく、姿を変え始める。
「だ…旦那様!? いつもはお優しいのにどうして…」
支えていた者は恐怖から逃げ出し、七人だけが取り残される。
「これは…魔人化だ! 離れろ!」
ソルムの一言で皆が距離を取るが、部屋の奥にいたルーナに逃げ場所はない。
魔人化する男は、ルーナを視界に捕らえ、一歩一歩近づく。
「人間の魔人化は厄介だ。俺が仕留める」
シオンは自分の手を汚すことでこの場を切り抜けようとする。
そんな判断をしてしまうのには、魔人と人間との過去にあった。
人間がその恨みから魔人化したことにより、その姿で人を殺める。その過程を見ていない者からすればただ魔人が人を殺しているようにしかみえない。
放っておけばさらに被害が出るかもしれない。そう考えるとここで仕留めた方がいいと思えたのだろう。
「ダメだ! 彼はまだ完全な魔人ではない。今殺せばお前が人を殺めたと言われる!」
アスターの静止に足を止めるシオンは、唇を噛みしめどうすることもできない現状にただ立ち尽くす。
その間にも少しずつ男はルーナへと近づく。
「ルーナ! 逃げて!!」
「ルーナちゃん!」
仲間である二人は呼びかけるが、ルーナが動けば男もその方へと動く。
他は目に入らないのか二人の距離は縮まる一方。
目の前に来ると男は再度告げる。
「ナオセ……。イマスグニカイホウヲ」
人とは思えない、低く濁った声。
もう手遅れなのかもしれないと思った。
「ごめんなさい……。今の私では治せないんです……。でも処置を……」
「モウイイ。オマエハ……イラナイ!」
そう言い手を振り上げると、魔人と化した手があらわになる。
ルーナが死んでしまうと思った時には既に走っていた。
長く感じる一秒一秒を必死に走り届けようとする。
その手が届く前にこの手を届ける!
走る私に気付いたのかルーナはこちらに視線を向ける。
「ダメです! 逃げてください!!」
「ルーナ! 手を!!」
ダメとは思いつつ、言われた通り手を伸ばすルーナに触れたのは魔女の手。
鋭く開いた瞳孔に映るのは、驚く彼女の顔。
「この力を使って!」
繋がる手から魔力は流れ満たされる。
「これならできます!」
男を見あげ強い意思のこもった声で詠唱する。
「無垢なる光の恩恵を! 『妖精の楽園』」
掲げる手の先から零れ落ちた光の雫は、男を包み込み神秘の花園が開花する。
癒しの花園と同様、大きな花が咲いたがそこから現れたのは二体の光の妖精。
楽し気に飛び回り、光の粉を散らせば男の姿はみるみるうちに元の人の姿へと戻っていく。
まるで何事も無かったかのように立つ男は、先程までの人物と同じとは思えない穏やかな笑みを向け近づいてくる。
「いや~ギリギリ間に合ったようでよかった。ありがとう。では」
ルーナの手を握り、礼を述べるとその場を去った。
私たちはと言うと、彼が出ていくまでただ呆然と立ち尽くし、見えなくなったところで互いを顔を見合わせる。
一気に気が緩んだせいか、力なくその場に座り込み、この危機を乗り越えたことを祝福し合った。




