10滴 魔女と魔物の主
どのくらいか森を進むと小さい村が見えた。
長閑な村では、人々が楽しそうに過ごしている。
四人が村に入っても、人々に変わった反応もないので旅人に慣れている様子だ。
少々似合わない気もするがそんな村に一つだけ、武器商店があり、王都で手に入れることができなかった武器をここで見ることにした。
今後、自分の身は自分で守らなければいけない時がくるかもしれない。
そのためにも武器の一つは必要となる。
扉を開けると来店を告げるベルが小さく鳴った。
古めかしい店内には、いくつかの武器が置いてあり、どれもよく手入れされているのがわかる。
数はそんなに多くないが質は良さそうだ。
「いらっしゃい。何かお探しかな?」
出てきたのは白髪の老人だ。
少し強面だが、声色から人の好さを感じる。
「彼女に護身用の武器を持たせたいんですが、何かいいのありますか?」
「それなら……」
アスターと店主は店の隅へと行き、いくつかの武器を吟味している。
シオンやソルムは、自由に店内を動き自身が使うのだろうか、手に取り見ていてなんだか楽しそうだ。
一人残されてしまったリチアも店内を物色するが、いまいちよく分からない。
棚に並べられている付け替え用の魔鉱石を手に取り覗き込む。
それぞれの属性に見合った輝きを放つ鉱石は、神秘的で美しい。
一通り見て気になったのは、カウンター後ろにある十字の飾りだ。
少し気になり声をかける。
「これはなんですか? ただの飾りにはみえないんですけど」
隅で話していた二人は振り返りこちらにくる。
「これは魔鉱石を織り込み、複数の形状を打ち込んだ特殊な武器なんだが……、扱えるものがおらんくてな」
何かを思い出すような、少し寂しそうにその武器を手に取り、近くで見せてくれた。
「おじいさんが作ったものなんですか!?」
「若い頃にな。歳をとってからは、修理や手入れをたまにするぐらいさ。ここにあるのは残った作品達だけだ。重いから気をつけなさい」
そう言って渡された武器は、思いの外軽く不思議な感じだ。
両手で持ち上げると店主は、驚いた顔でこちらを見ている。
手にもよく馴染むし気に入ったが、使い方が分からない。
アスターも気になったのか手渡すと重そうに持っている。とても扱えるようには見えず疑問だ。
「この武器は持ち主の流す魔力で形状を変える特殊加工を施している。剣・盾・弩・砲。使い方は……」
「キャーーーー」
突如店の外から悲鳴が聞こえる。
武器をカウンターに置き、様子を見に行くと狼の魔物が九頭村の入り口にいるのが見えた。
皆、慌てて屋内に逃げ込み、自分達も一旦店内へと戻る。
「なんでこの時期に魔物の群れが……。戦える若い物達は皆見回りに行っていないというのに……」
青ざめる店主のつぶやきで、三人は顔を見合わせ外にでる。
「俺達でなんとかしてみるから、リチアと店主はどこかに隠れて!」
アスターは長剣、シオンは鉤爪を使用し前線。
ソルムは魔法を駆使し、後方から攻撃と援護をしている。
窓から様子を見ていると、魔物の数に苦戦しているようで、自分にもできることはないかともどかしくなる。
武器店を見回し目に入ったのは、ついさっきまで手に持っていた武器。
「おじいさん。これお借りします!」
「待ちなさい! その武器は……」
店主の静止も聞かずに飛び出す。
魔核へと戻した時の要領で、核から漏れ出る魔力を武器へと押し込む。
想像を遠距離攻撃へと集中し、その形を変える。
初めての事だったがうまくいき、砲となった武器を魔物へと向け放つ。
「みんな!避けてー!!」
込められた魔力は、武器を通し形を変え、一筋の光が魔物を貫く。
アスターとシオンは驚き一瞬動きを止めるが、すぐに魔物と向き合い止めを刺す。
しかし、残り一体となったところで異変は起きた。
異様な気配を醸し出し、辺りは静まり返る。
異変に気付いたアスターとシオンは、魔物から距離を取り、警戒しているとすぐに変化は起きた。
渦巻く黒煙を纏い、身を隠しながらそれは大きく姿を変える。
「あれは……ヌシ級!?」
そこには、進化し種族間最上位となった魔物の姿があった。
威圧感に足は震え、思考は停止。
次の行動を悩む間もなく、ヌシは動き出す。
口を大きく開け、吐き出すブレスは、燃えるように揺らめく眷属を召喚し、嗾ける。
「これじゃキリがない!」
「ヌシを潰さないとダメそうだな」
吐き出される眷属は、数を増やし、民家にも攻撃を加え始めた。
「この姿は戦いにくい……、なんとか人目を避けられないか?」
シオンが苦戦を強いられていると物陰で、人が動くのが見えた。
武器を持ち応戦しようとしているようだが、その震える体で参戦するのは危険だ。
その様子を見たソルムは、援護しながら彼らに近づく。
「参戦は不要だ。下がっているといい」
「しかし! 我々も何か手伝わねば……」
「その様子では、足手まといになるだけだ。どこか避難できる安全な場所はないのか?」
その言葉にもどかしくも、自身の力不足を理解しているのか、人々は避難を選択する。
「集会所に地下があります。いつも魔物の群れが通る時はそこに避難するのですが……」
「そうか、ならそこに全員避難してくれ。呼びにいくまで絶対に出るな。急げ!」
その言葉を合図に隠れていた人々は、地下へと向かう。
ソルムは、逃げる人々の援護と二人の援護を器用にこなし、無事に村から人の姿は見えなくなった。
「助かる。これで思う存分戦える」
シオンは、人が見えなくなるとすぐに魔獣化し、素早い動きで応戦する。
人型の時と違い、より軽やかな身のこなしで、眷属を葬りヌシへと接近した。
「ヌシ級へと進化したばかりの今しかチャンスはない! 叩け!」
ソルムの言葉で、最も近くにいたシオンはヌシへと攻撃する。
首もとに噛みつこうとしたそのとき、鋭い爪によりその体は、家屋に叩きつけられた。
大きな傷と背中の痛みに顔を歪ませるシオンはその場から動けそうにない。
慌てたアスターが駆け寄ろうとするも、眷属に行く手を阻まれ近づけず囲まれてしまう。
戦いに集中し、森の中から近づく足音に気付けなかった。
このままではいけない。そう思うとこれからとる行動は一つ。
両手を天に伸ばしそれを掴む。そのまま左右に振り下ろせば黒煙が体を纏い、次の瞬間、姿は魔女へと変わっていた。
「リチア!? 無理はするなよ」
心配そうなアスターに、一つ頷きヌシに視線を戻す。
両手を前へと突き出し、その中に納まるように遠くのヌシを囲う。
捕まえなきゃ……。その思いは足元から無数の影を伸ばし、ヌシを捕らえ暴れるヌシに振りほどかれないように必死に抑え込む。
影は眷属も捕らえその間に、体を起こしたシオン達は、全て倒し残りはヌシだけとなった。
「うわぁぁぁああ」
森の中から悲鳴が聞こえる。
声に気を取られてしまい、ヌシはその隙を見逃さず振りほどく。
「どうして魔女がここにいるんだ!?」
「あれはヌシ級だぞ! 村の皆は!?」
自身らの村で起きている戦いに焦りを見せる若者達。
見回りに出ていた者達が、騒ぎに気付き戻ってきたのだ。
魔女とヌシ、人間と共に戦う魔物。混沌とする戦場に腰を抜かし悲鳴を上げる。
再度捕縛しようと影を仕向けた時には既に遅く、彼らへと眷属を放つヌシ。
届くはずのない手を懸命に伸ばし、起きるであろう悲劇に一瞬目を閉じる。
ここから彼らの所に『移動』したい。
人を『守り』たい。
目を開けた瞬間、目の前には怯える人間。
振り向けば放たれた眷属。
咄嗟に手を突き出し創造するのは、全てを跳ね変えす『反射の壁』。
間一髪で防がれた眷属は、その勢いのまま押し返され飛び散る。
「逃げ……て。……地下……へ」
慣れない戦闘に、慣れない姿。
必死で短い言葉を伝えると、人間は思い出したかのように辺りを見回し、ふらつく足を互いに支え合いながらその場所へと向かう。
集会所の地下に入れば村の人達が、ケガの手当てをしながらそこにいた。
「みんなよかった! 無事だったんだな」
外から戻った若者達は、それぞれの大事な人の許へと駆け寄り、互いの生存に安堵した。
「じいちゃんも無事でよかった。外のあれはいったい何が起きてるの!?」
「突然魔物が村に来て暴れだしてな。ちょうど村に来ていた旅人が応戦してくれたんだが……」
言葉に詰まり黙る店主。
「どうして魔女とヌシがいるのさ!」
その言葉に驚きと同時に納得できた違和感を思い返す。
魔女という言葉に近くで聞こえていた人々は、新たな恐怖に包まれる。
「さっきの子達が魔女なのかい?」
「大変だ……。ここの場所を彼らは知ってるぞ」
「なぜ人間と一緒にいるんだ!」
「あれは魔人だったのか!?」
不安と憶測に地下は包まれ、死が頭をよぎる。
「で……でも! 魔女が助けてくれたんだ! 全てを破壊するって言われてる魔女に……」
実際に無事に地下へとたどり着いた彼らに、混乱と疑問で頭は埋め尽くされる。
「わしが外を見てくる」
「おれも行くよ! 魔女が本当に危険な存在か、自分の目でしっかり確かめたいんだ」
恐る恐る外へと出れば、魔女とヌシが向き合い対峙している。
ただ静かにその様子を見守る二人。
力を曖昧に使い続け疲労が激しい。
そろそろ限界を感じ焦りが増す。一瞬の賭けだった。
暴れるヌシの目を覆うように影を伸ばす。
魔人化を解き、近くに落ちていた武器に魔力を流し、形状をかえる。
「あれは!? わしはあんな形状を織り込んでないぞ」
十字の武器は救いから、命を刈り取る鎌の形となり、それをヌシの首目掛けて思い切り振り落とす。
「ごめんね」
魔力を帯びた刃は、首と銅を切断し、戻ることを許さない。
「大地へと還る事が、許されますように」
手を握りしめ、祈るようにつぶやくとヌシの体は塵となり、自然へと還っていった。
戦闘を終え、一息ついたところで複数の足音が近づいてくる。
「あんたたち、魔女と魔人だったのか?」
「魔女が魔物を呼んだんだ! そうに違いない!」
「出ていけ!」
魔女や魔人というだけで、村の人の態度は変わり、石も投げられた。
その勢いに居た堪れなくなり、逃げるようにその場を去る。
ふと手元を見ると、武器商店で借りた十字が一つ。
「おじいさん。これ下さい! お金ここに置いていきます」
値段も知らない、返事も聞かずにできる限りの気持ちを置き走り出す。
振り向けばヌシとの戦闘によって、壊れた家々。
その光景に気持ちは自然と口からもれた。
「『修復』を」
去り際に残した言葉は実行され、人々の前で家屋は元の姿へと戻っていく。
しかし、人の身での使用のせいか反動はすぐにきた。
懸命に走ったが、村から少し離れたところで力は尽きる。
「ご……ごめんなさい。また使っちゃったみた……」
言葉半ばに意識は途切れ、倒れる体はアスターによって支えられ、衝撃は免れた。
「お疲れ様。少し休むといいよ」
その言葉が届くことはなかったが、安心するように深い眠りにおちた。
その頃、村でも一つの疑念が生まれる。
「驚いた……。魔女が村を直したのか」
何事もなかったかのように修復された村に、人々は呆然とする。
そして今回の出来事で、決意をする若者が一人。
「じいちゃん。魔女って本当に危険な存在なのか?」
「お前の目で見た事が事実さ」
皆が、自身の投げた言葉や石に後悔を懐きつつ自問するなかその声は響く。
「おれ、やっぱ騎士になるよ! 魔女の事もっと知りたいし、騎士団が間違ってたらおれが正したいんだ!」
「ああ、そうしなさい。お前ならできるさ」
村の人に見守られた彼の決意は、後に大きく実る、かもしれない。