第94話 Ending ver.A
※第93話の続きです。
※R15です。過激なシーンがあります。
その日は冬らしい清廉な空気に満ちていた。
雲一つない青空が、まるでアンジェリカの門出を祝ってくれているかのようだ。
いま、アンジェリカは執務室の前に立ち、己の将来を決める選択をするべく、父親と話し合う。
アンジェリカは息を吸い、大きく吐いて扉をノックした。
「ーーそれで、決まったのか?」
無駄をーーいや、面倒事をーー嫌う父らしい聞き方だった。彼は理由を求めているのではない。いつだって、ただ結果しか求めていなかった。
そんな老獪な父親相手に出来ることは、せいぜい虚勢を張ることだけだ。
アンジェリカは目を細めてニッコリと笑って告げた。
「私は、アレクサンドル殿下と結婚します」
アンジェリカが言い切ると、ウィリアムは持っていたペンを落とした。初めて見る『愕然』とした表情に、アンジェリカが狼狽する。
「…その選択の可能性が、一番低いと思っていたのだが…」
「…それほど王家がお嫌いなのです?」
落ちたペンを拾って、父親に渡した。ウィリアムは受け取ったペンをクルクル回しながら、アンジェリカに聞く。
「なぜ、殿下を選んだ?」
「殿下の為人は素晴らしいですわ。心から尊敬しております」
「…それだけか?」
「あの方のオーラが桃色に変わった時、私とても嬉しかったのです。あの方の瞳が柔らかく揺れる度、胸が熱くなりました」
「…殿下に惚れたということか」
「はい」
別に王家嫌いの父親に嫌がらせをしているわけではない。私とて、王家の人間と結婚するのは非常に面倒くさ…大変だと分かっている。
それでもなおアレクサンドルを選んだのは、彼の傍で彼を支えたいと強く思ったこと。
ーーそして…
リリアンがよく言っていた。「アレクサンドル殿下と一緒にいる時のアンジェリカ様が、一番穏やかな表情をしている」と。
確かに、殿下と一緒にいる時が一番心地よかった。あの方の優しさが、私の心を軽くさせてくれる。
アンジェリカの柔らかな表情にため息をついて、ウィリアムは言った。
「分かった。お前を王家にくれてやるのは断腸の思いだが、望み通りに」
「ありがとうございます、お父様」
「…幸せになれ」
ウィリアムの呟きに、アンジェリカは驚いた。ーー幸せを、願ってくれたのか?この父が?
まじまじ見つめると、ウィリアムが目を細めて微笑している。
アンジェリカは涙をひとすじ流して「はい」と答えた。
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王家から、正式に第2王子の婚約が発表された。
相手はアンジェリカ・ソーンヒル。兼ねてより婚約を申し入れていた女性だ。
アレクサンドルは、己の結婚を出来れば王太子の結婚後に行いたいと考えたが、アーサーが結婚をのらくらかわすので、アレクサンドルの卒業後速やかに結婚式を上げることにした。
その代わり、アレクサンドルは卒業後すぐに臣籍に降ることが約束される。ーー結婚する時はもう、王位継承をしない立場となるのだ。
もちろん、ただ臣籍に降るわけではない。先の内乱鎮圧の功績により、旧ソーントン公爵領が与えられ、彼は「ソーントン公爵」の爵位を得る。
さて、アレクサンドルのそうした未来のために、アンジェリカは学園を中退して公爵夫人の勉強と結婚の準備を始めた。
アンジェリカは王宮に滞在し、来る日も来る日も勉強に明け暮れた。ーーもっとも、ひどく優秀なので、割と片手間だったようだけれど。
それよりもアンジェリカを喜ばせたことは、リリアンが王宮に止まることだった。第3王子と婚約する予定だという。
いつの間に愛を育んだのか?と聞くと、「アンジェリカ様と姉妹になれるこのチャンスを逃せません!」と返ってきた。
ーー愛は愛でも、アンジェリカへの深い愛だった。重い。
アンジェリカはめくるめく忙しさと幸せに、色々忘れてしまったーーあるいは置き去りにしてしまったーーことに気付かなかった。
そのことが、後の不幸を呼ぶことになる。
++++++++++
アレクサンドルとアンジェリカの結婚式は、盛大に行われた。
アレクサンドルはこの時すでに臣籍に入り、「殿下」ではなく「公爵閣下」の身分であったが、国王の計らいにより、王宮での結婚式となる。
美男美女の婚姻に、誰もがうっとりため息をつく。ーー宰相だけは、至極遺憾なため息をついていたが。
式を上げ披露宴を行い、役目を終えたとばかりに新郎新婦は部屋に下がる。
ーーアレクサンドルが待ちに待っていた、初夜であった。
アンジェリカは夜着に着がえ、開放感に溢れる。ーーまあ、すぐに剥かれてしまうだろうが。
ソファに座って夫の訪問を待っていると、小さなノックがあり、アレクサンドルが入ってきた。
「…疲れたかい?」
「ええ、少し。ーー何かお飲みになります?」
いや、もう止めておこうと言って、アレクサンドルはアンジェリカの隣に座った。白く美しいその手を握り、アレクサンドルは言う。
「結婚を急いですまない」
「いいえ、アレクサンドル様。貴方の妻になるのは、嬉しいですわ」
ニッコリ笑って、アンジェリカはアレクサンドルの肩にもたれた。その細い肩を抱き寄せて、アレクサンドルはキスをする。ゆっくりと唇を食み、愛を告げる。
「愛している、アンジェリカ」
「私もです」
愛を確認し、アレクサンドルは強くアンジェリカを抱きしめた。そしてまたキスをする。頑なに口を閉じているアンジェリカの臀部を触り、驚いて口を開いたところに、アレクサンドルは舌をねじ込んだ。
「ん、…ンフ」
アレクサンドルはアンジェリカの舌に絡み、吸い上げ、なぞる。アンジェリカが深い口づけに夢中になっていると、大きなその手でやわやわと豊かな胸を揉みあげる。
「う、わ…何これ、柔らかい…」
「あン!」
アレクサンドルはアンジェリカの大きく柔らかい胸の感触に夢中になる。胸の突起を弄ると、アンジェリカの声がさらに高くなった。
ーーこれは、骨抜きにされる…
きっと初めてだから、何回も出来ないよね…、なら、朝まで私が射精しなければ1回だよね…
などと、絶倫を匂わせるような恐ろしいことをアレクサンドルが真剣に考えていることなど、アンジェリカには知るよしもない。
アンジェリカがよがる長い夜は、始まったばかりだった。
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アレクサンドルとアンジェリカの仲の良さは、国中の誰もが知ることになる。
二人はいつでもどんな時でも、ともにいた。
また、優秀な頭脳を持つアンジェリカは、良く夫を支え、夫の愛を一身に受けていた。
結婚から1年後、アンジェリカは第1子を産む。美しい金髪の男の子だった。アレクサンドルは大層喜び、アンジェリカを労った。
そろそろいいか、と子の誕生を機に、アレクサンドル一家は住まいを王都からソーントン公爵領へと移す。王都からそう遠くないため、不測の事態には、すぐに王都へ駆けつけるよう体制を整えた。
だが、その1年後、またしても内乱が起こる。
アレクサンドルはアーサーへの助力のため、王城と領地を行ったり来たりする毎日を送り、大いに疲れていた。
そんな最中に、事件は起こった。
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アレクサンドルが治めるソーントン公爵領に不穏な影が落ちる。
始めは、小火だった。
火消しに向かった者たちが、音も無く殺される。火はさらに広がっていった。火消しに来る度、死体は増えた。
大きく広がり始めた火を眺め、不審を感じて配下に護衛を固めるよう、速やかに火を消すようアレクサンドルは命じる。
深夜、昼間のように煌々と照らす火を眺め、漠然とした不安をアレクサンドルは感じた。
火は中々消えない。護衛は帰って来ない。ーー脅威的な敵が侵入した、とアレクサンドルは警戒する。
「セイラン」
「ここに」
音も無く腹心が現れる。振り向きもせず、アレクサンドルは命じた。
「“影”を、妻と子につけてくれ」
「畏まりました」
「セイランは私と来てくれ。侵入者を倒す」
「畏まりました」
アレクサンドルは走る。火の手の元に、侵入者がいる。狙いはなんだ?略奪か?暗殺か?アレクサンドルの心が逸る。
全く消えない火は、魔法だ。アレクサンドルは水魔法を使い、火消しに努めた。合わせて使用人の避難を命じる。
これほどの火魔法。アレクサンドルが水魔法を駆使しても、ほとんど消えない。ならば、火魔法で打ち消そうか…。
とアレクサンドルが必死に魔法を使用していると、背後から小さなうめき声が上がった。
ーーまさか…!
嫌な予感に振り向くと、セイランが一刀両断されている。そのまま、セイランには一瞥もくれずにアレクサンドルに近寄って来た。
ーーな、ぜ…なぜ君が…!
セイランを殺した者は綺麗な顔に美しい微笑みを浮かべて、アレクサンドルにその剣を振るった。
あちこちから火の手が上がる。深く眠っていたアンジェリカは、慌てて子どもの部屋に向かう。
だが、それより速く扉が開いた。侵入者に飛びかかった“影”だったが、一瞬で殺害される。
「迎えに来たよ、アンジェリカちゃん」
右手には、血まみれの剣。左手には、夫の首。そして、あの時と寸分違わぬ優しい笑顔で、彼はそう言った。
アンジェリカの思考が止まる。
ーーどうして…どうして…?
「遅くなってごめんね、アンジェリカちゃん。ーー愛しているよ」
熱い息をはいて、愛を告げる。彼は膝をついて、固まったアンジェリカをそっと抱き寄せた。
ーーその手もその躰も、夫とは全く違う…
そのままアンジェリカは組み敷かれた。彼は動かないアンジェリカの躰を蹂躙する。
ーーアンジェリカ…
アンジェリカを優しく呼ぶ夫の声がこだまする。優しい夫の顔が浮かんでは消える。ああ!私はこんなにも夫を愛していた!
ーーもう二度と会えない…!
その絶望から、アンジェリカは己の身体をまさぐる彼の手を止められない。ーーもう指の一本も動かせなかった。
アンジェリカはただ涙を流す。それは、夫を失った哀しみか、それとも目の前の彼への同情か…。
そして侵入者はアンジェリカを散々犯した後、大事そうに優しく抱えて、アンジェリカを持ち帰った。
ソーントン公爵邸は反乱軍に徹底的に荒らされた。生きている者は一人としておらず、建物はすべて灰燼に帰した。
だが、反乱軍はソーントン公爵邸を荒らしただけで、すぐに撤退した。痕跡すら残さない、見事な撤退だった。
アーサー王太子は手を尽くして行方を追ったが、その消息は杳として知れない。
ソーントン公爵夫妻並びにその子息は、『死亡』と公表された。
END
読んで頂きありがとうございました。
残酷な終わり方ですが、エルドレッドのことを考えると妥当かなと。
エンディングもあと一つです。もう少しだけ、お付き合い下さいませ。m(_ _)m