第94話 Ending ver.L&S
※R15です。過激シーンがあります。
その日は冬らしい清廉な空気に満ちていた。
雲一つない青空が、まるでアンジェリカの門出を祝ってくれているかのようだ。
いま、アンジェリカは執務室の前に立ち、己の将来を決める選択をするべく、父親と話し合う。
アンジェリカは息を吸い、大きく吐いて扉をノックした。
「ーーそれで、決まったのか?」
無駄をーーいや、面倒事をーー嫌う父らしい聞き方だった。彼は理由を求めているのではない。いつだって、ただ結果しか求めていなかった。
そんな老獪な父親相手に出来ることは、せいぜい虚勢を張ることだけだ。
アンジェリカは目を細めてニッコリと笑って告げた。
「私は、どなたとも結婚いたしません」
言い切ってアンジェリカは、睨むように父親を見つめる。
ウィリアムはソファに座り直して、ため息をついた。
「……何をくだらないことを。それで?どうするのだ?」
「私に、お父様の保有する子爵領をください。併せて、優秀な執務官を」
「図々しいことだな。女子爵を望むか」
「はい。私が欲しいのは、子爵領とリリアン嬢です」
ウィリアムの瞳の奥がキラリと光ったのを、アンジェリカは見逃さなかった。
ーーアンジェリカは、結婚よりもリリアンを守りたい。そう結論づける。
ーーそれに…
アンジェリカには、あの三人のうちからたった一人を選ぶことは出来ない。全員があまりに魅力的で、全員に恋をした。
それならば、恋に生きるのではなく、自分らしく生きてみよう。リリアンと一緒なら、心を開放して、自由に生きられそう。そんな夢を見てしまった。
押し黙るアンジェリカに苦笑して、根負けするようにウィリアムは口を開く。
「楽な道ではないぞ?領の経営が悪化したら、即刻大貴族に嫁いでもらう」
「はい。分かりました」
「『聖女』を囲うのは、容易ではないぞ?」
「ふふ、『木は森に隠せ』と申しますでしょう?彼女はいっそ、公式な場所から抹殺した方がよろしいのです」
「……なるほどな」
『聖女』としてのリリアンを抹消し、子爵領を影で支える執務官にしてしまえば良い。彼女は優秀だ。加えて私たちは仲がいい。彼女が私の執務官になったとて、誰も疑問に思わないし、すぐに記憶が風化していくだろう。
まだ世間的にリリアンは、『取るに足らない平民女』という認識なのだから。
「…良いだろう。お前に王都から程近い子爵領をくれてやろう。そして全ての求婚を断る。ーーこれで良いな?」
「ええ。どうぞよろしくお願い致します。そして、ありがとうお父様…」
「アンジェ。お前の選んだ道は、最も楽なようで最も険しい。最も自由なようで最も不自由な道だ。心しておくように」
「はい」
覚悟を決めた瞳で、アンジェリカは父親を見つめる。ウィリアムはふっと目だけ笑うと、退出するよう命じた。
++++++++++
アンジェリカ・ソーンヒルは学園を卒業後、王都に程近い、資源豊かな子爵領の領主となった。
彼女を支えるのは、執務官にリクルートされたリリアンと、執事から家令に昇格したセバスチャンだった。
リリアンは平民の経験を生かし、資源の有効活用と領民の福利厚生に梃子入れをして、領民の懐柔を行った。
子どもたちの識字率を上げ、教会に保護される子どもたちが健やかに育つよう尽力した。
また、地下に天然温泉と原油を発掘し、観光資源や輸出強化を図った。
とにかくリリアンは優秀な人材だった。
セバスチャンも経営を手伝った。が、それ以上に家令としての仕事が激務で、経営にはそこそこ携わった程度だった。
何せこの邸には、使用人が極端に少ない。侍女が一人と侍従、執事がひとりずつ。しかも、侍従はほぼリリアンの雑用係だったから、セバスチャンは何もかもやらねばならなかった。
だが、セバスチャンは幸せだった。愛する人を独り占めーーいや、リリアンと半分ずつかーー出来たのだから。
ーーなんて喜んだのもつかの間、この邸にはアレクサンドルやエルドレッド、ユーインがしょっちゅう入り浸っていた。
「誰も選ばなかったのならば、まだまだチャンスはある」
とは、三人の共通認識だった。セバスチャンは口を挟めない。なぜなら、アンジェリカがセバスチャンを選んで結婚を断ったからではないからだ。
この三人も恐ろしく有能なものだから、アンジェリカこそ、三人の訪れを喜び助言を求めていた。
こうして子爵領は益々発展を遂げ、アンジェリカも女性として成熟し、リリアンは『聖女』ではなく本来の能力を発揮し、全員がウィンーウィンな関係で幸せになりましたとさ。
めでたしめでたし。
ーーでも、一番の果報者は誰かしら?
アンジェリカはひっそり女児を生みました。彼女は生涯誰とも結婚をせず、女児の父親の正体を明かさなかった、と公式の記録に残っています。
一番ノ 果報者ハ ダアレ?
++++++++++
セバスチャンはアンジェリカと睦み合った深夜、幻影から報告を受ける。
「そうか。制圧したか」
それは、アンジェリカの執政を批判し、害そうとする集団のアジトを突き止めた、というものだった。
セバスチャン子飼いの暗殺部隊『幻影』で制圧まで済ませ、あとはその集団の指導者を始末するのみだった。
ーー大した反社会的組織ではなかったな
それでも、アンジェリカの施政に瑕疵があってはならない。セバスチャンは眠るアンジェリカの頰にそっとキスをして、アジトに向かった。
アジトでは、指導者とおぼしき男がわめき散らすので、セバスチャンは煩わしくなって到着するなりその首を刎ねてしまった。
「何か有力な情報はあったか?」
「ありません」
そうか、と言って、セバスチャンは首と胴が離れた男を一瞥し、部下にその始末を命じた。一刻も早く、愛する人の鳥籠へ帰りたい。
ーーセバス、私の金色の鳥…
アンジェリカはうっとりと、愛おしそうにセバスチャンを呼ぶ。
だが、セバスチャンにとっては、豊かで艶やかな金色の髪を持つアンジェリカこそが、幻の金色の鳥であった。
金色の鳥は、とても愛らしく、とても脆弱。
だから、大切に、大切にしなくてはいけない。
ーーアンジェリカ、俺の金色の鳥…
絶対に逃さない。絶対に死なせない。真綿に包んで大事に大事にしよう。
美しい金色の鳥には、美しい金色の鳥籠を。
鳥籠ニ 囲ワレタノハ 誰?
END
最後の方は駆け足での終了となりました。
これは、1つのエンディングです。あと3つエンディングを投稿して完結となりますが、一旦完結とします。近日中に全てのエンディングを投稿しますので、もしよかったら最後までお付き合い下さると嬉しいです。
読んで下さり、誠にありがとうございました。




