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セバスチャンと私  作者: 海老茶
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第92話

あまりの気持ちの悪さに、リリアンの意識が浮上した。


頭はボンヤリしていて、霞がかっている。ひどい頭痛に耐えながら、意識がゆっくりとクリアになっていった。


ーーそうだ…確か学園祭で…


アンジェリカ様が誘拐された。そこからひどく混乱してしまい、記憶は曖昧だ。


ーーアンジェリカ様…どうかご無事で…


すぐにでも探し出したいのに、リリアンはここがどこだか、なぜここにいるのかさえ分からない。


ーーあ、私も誘拐されたのか


だとしたら、アンジェリカ様もここに居るのだろうか?意識がハッキリしてくると、リリアンは焦燥感に駆られる。


その時、ガチャリと扉が開いた。品が良さそうな貴族の中年男性だ。その瞳に、殺意はない。


「ーー目覚めたかね」

「ここはどこですか?」


その質問には答えず、男は手前にある椅子に腰掛けた。


「学園からこちらに連れ去った非礼は詫びよう。貴女には、どうしても私の味方になって頂きたい」

「……味方?一体どういうことですか…?」

「まあ、まずは掛けたまえ」


男はそう紳士に言って、リリアンに着座を勧める。それに逆らわず、リリアンは向かいの椅子に座った。


「まず、聞きたい。貴女は自分が『聖女』だということをご存じか?」

「…は?…え?聖女…?」


ナニソレオイシイノ?状態だ。『聖女』など、見たことも聞いたこともない。


「そこからか。貴女は『聖女』という、100年に1度現れる特別な存在だ。光魔法の上位ーー聖魔法の使い手である」

「……それが、私だと?」

「その通り。まさしく稀有なる存在なのだ。貴女を得ることは、この世界に君臨することと同意なのだよ」

「…はあ、それはスケールが大きな話ですね…」


リリアンは、目の前の男の話が突飛すぎてついていけない。それどころか、この男は気でも狂ったのか、こんな妄想をして…と同情すら芽生えた。


「信じられぬか。そうであろうな。では、一つ試してみてもらえぬか?」

「……?何を…」


そう言うと、男は席を立って連行を促す。リリアンは取りあえず従った。


ーー私を殺す目的なら、とうに果たしたでしょうし


天秤はいつ傾くか分からないが、今のところ“不殺”に傾いている。その内に少しでも多くの情報を獲得せねば。


着いた先は、看護室だった。血の匂いが部屋に充満している。ーー戦争?いったい、いつの間に…。


「ここにいる兵士を治療してほしい」

「な…なぜ…?」

「貴女は怪我人を放り出せるほど、非情な人なのかな?」

「………」


確かに、見てしまった以上、もう知らん振りは出来ない。リリアンは一人の兵士に近寄り、問う。


「貴方はどこが痛むのですか?」

「…左足が…もう動きません…」


激しい裂傷と骨折。左足は反対向きに曲がっていた。リリアンはそっと手を当てて、「早く治りますように」と祈りを込めて魔法を発動した。


すると、あっという間に兵士の左足の裂傷が消え、向きも元通りになる。驚いた兵士が立ち上がって飛び跳ねた。


「動く…動きます!治りました!ああ、ありがとうございます…!」

「良かったですね」


リリアンがそう言うと、部屋にいた怪我人の瞳が一斉に輝き出す。ーー全員治療が必要か?これは。


「ーーこれが、貴女が『聖女』である証拠です」

「え?治療魔法なんて、光魔法が使えれば誰でも…」

「いいえ、治療魔法を使えるのは、この世で『聖女』だけです」


なんと!日常使っていた魔法が、特殊な魔法だったとは!リリアンは大いに驚いた。

単に、医者要らずで貧乏人の味方の魔法だなーなどと思っていた。何てこったい。


リリアンはそのまま治療を続ける。そして全員の治療が終わると、兵士たちは突如跪いて礼を言った。


「我らが聖女様!」


ーー唱和された。ナニコレ?新手の宗教か?!

リリアンは気味悪がって、そそくさと看護室を出て行く。




「納得頂けたかな?」

「…よく分からないです」


廊下で男にそう聞かれたが、やはりピンとこない。それよりも、アンジェリカ様のことだ。どうやらここにはいないようだが…。


「貴女には、ここで兵士の治療をして頂きたいのです。ーーお引き受けくださいますか?」

「いえ、私…大切な方を探しに行かねばなりません。せっかくですが、その話はまた後ほど…」

「では、貴女の大切な人を私が探しましょう。それならどうです?」

「……。ここは、どこですか?」


きょろきょろと内部を見渡す。見覚えは全くないが、ずいぶんと簡素な造りの家だった。ーー少なくとも、この男が住んでいそうな、貴族のお屋敷ではなさそうだ。


「ここは王都ですよ。反乱軍が急襲し、王都にはいま血の雨が降っている」

「内乱…まさか…!」

「いま、早急に兵士を治療させねばなりません」

「…では、貴方は王家の派閥ですか?」

「………」


その問いに、男は答えなかった。


ーーここは、反乱軍の巣窟なのだわ…!


リリアンは悟る。なるほど、王家に弓引くには、切り札を必要とするだろう。まさか、自分がその立場になるとは、思ってもみなかったが…。


「ご協力、頂けませんか?」


こちらがぞわりとするほど恐ろしい口調で、男は追いつめる。リリアンはゴクリと喉を鳴らした。……どう答えるべきか。


「まだ、はっきりお答え出来ません」

「…こちらの味方になってもらえない場合、監禁という手段を取らざるを得ませんが?」

「…ふふ。それは、いまとどう違うのです?」


軟禁が監禁になるだけだ。別にたいして変わらないとリリアンは突きつけた。


「ーー生意気な女だな。仕方ない。人質として利用するか」

「きゃあ!」


言うなり男はリリアンに手枷を付ける。さらに、兵士を呼んで足枷を付けて運ばせる。


「戦況は?」

「悪いです。第2王子が参戦し、徐々にこちらが押されています。先ほど、ミルトン伯爵の軍が瓦解しました」

「…そうか。ではこの娘を人質に取って退却させよう」

「はっ!」


男は甲冑を着込み、外へ出る。リリアンも拘束されたまま、その後方から運ばれた。


ーー眩しい…


どうやら、もう昼近いようだ。日差しが高い。軍靴と剣がぶつかり合う金属音が響く。そこかしこで伏して動かない兵士が散乱している。


辺りは血の匂いがムッと立ち込めていた。


リリアンの身体が震え始める。これが、戦争。容赦なく人が死ぬ。ここでは、人の命など紙切れのように軽い。


ーー死にたくない!


リリアンは強く思うが、アレクサンドルやアルフレッドを裏切ってまで生きていたいかというと、それもまた判断に迷う。


「皆の者、引け!」


突然上がった大声に、その場にいた兵士がーー敵も味方もなくーー動きを止める。


リリアンは首に剣を当てられた。それを見せつけるように、高所へ移動する。


「ーーアレクサンドル殿下。引かねば、この女性を殺す」

「………」

「この女性は、『聖女』だ。殺しては天罰が下りましょうぞ?」

「…ずいぶんと変わり果てた姿になりましたね、ソーントン公爵」


ため息をついて、アレクサンドルは言った。痩せて目は落ち窪んで、それでも尚精力的だった。以前の貴族然とした華麗な姿の彼は、もうどこにも見当たらない。


「私は本気ですよ、殿下」

「彼女を殺して天罰が下るのは、貴方の方では?」

「はは、これは世迷い言を。『聖女』は王家にのみ繁栄と厄災をもたらすことが出来る存在。私には、遠い存在だ」

「………」


知っていたか、とアレクサンドルは歯噛みした。やはり、あの時資料を根こそぎ奪われたのは痛手だった。あれを取っ掛かりに、彼は調べぬいたのであろう。


「では、もう一人の人質の命もふるいにかけましょう」

「……なに?」

「アレクサンドル、今すぐ軍を引いて抵抗を止めないと、アンジェリカ・ソーンヒルの命も奪う」

「……貴様…そこまで落ちたか!」


アレクサンドルが怒声を放つ一方、リリアンも驚愕する。


「……アンジェリカ様の命を、奪うですって…?」

「そうだ。あの忌々しい宰相の娘を、殺してやるわ!」

「………させないっ!」


怒髪衝天のリリアンから、大量の光がほとばしる。ソーントン軍はまず視界を奪われた。


「う…」

「アンジェリカ様の命を奪ったら、貴方たちも一人残らず地獄に落とす…!」


リリアンから放たれた第二波は、反乱軍の自由を奪った。ーー身体が痺れ、動かなくなる魔法。


リリアンは手足の拘束具を外し、アレクサンドルに近付いた。


「殿下、反乱軍を無力化しました。今のうちに」

「あ、ああ。全軍、敵を拘束せよ!」


アレクサンドルがそう命じると、兵士は夢から覚めたように一斉に取りかかる。


ーーこれは…確かに恐ろしい存在だ…


アレクサンドルは金色に光るリリアンを見つめ、空恐ろしくなる。膠着状態を見せ始めた戦争が、瞬時に終わった。



勝利をもたらした女神は、ただひたすらアンジェリカの身を案じていた。



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