第9話
食後のゆったりとした時間に、穏やかで甘い香りのカモミールティーが給仕された。
今日も完璧な出来映えである。
アンジェリカは、これにハチミツを足して飲むことを好んだ。
今日も最高の美味しさである。
そんな満足げなアンジェリカを、セバスチャンはじと目で睨み、問い詰める。
「なぜ、紺青男にエスコートを頼んだのですか?」
「理由は3つありますわ。1つは、純粋に彼に興味を持ったから。2つ目は、パートナーを決めないと、周囲の誘いが煩わしいから」
「……3つ目は、太っちょへの警戒、ですね」
「その通りですわ。さて、セバス。何か文句がありまして?」
にっこり微笑んで、紅茶のお代わりを要求する。あまり飲み過ぎませんように、と釘をさしてセバスチャンは注いだ。
「大有りです、お嬢様。警戒するからこそ、エスコートは私がすべきだったのでは?」
「もちろん、セバスにも会場入りしてもらいますわ。やり方はセバスに任せます」
「……お嬢様に、異性のお相手がつとまるのですか?」
「そこは適当にかわしておきますわ。近い将来、どうせ社交デビューしなくてはなりませんし」
面倒くさいこと、と大きな溜息をつくアンジェリカ。セバスチャンは目を閉じて、深く息をすう。
ーーわかっている。これは、嫉妬だ
アンジェリカが、まさか異性に興味が沸くなんて思ってもみなかった。腹の中にドス黒い感情が上がる。
断腸の思いだが、セバスチャンは妥協した。
「……分かりました。では私は当日、舞踏会護衛の騎士に扮してお嬢様の護衛に当たります」
「了解ですわ」
「ですから、お嬢様。くれぐれも、くれぐれもご自分から危険な目に遭いませんよう」
「了解ですわ」
信用がありませんのね、との問いに、大事なことなので二回言いました、とセバスチャンは返した。
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あれから、アンジェリカは時々リオンと打ち合わせをして、舞踏会参加の準備をした。
リオンは意外と(失礼)博識で、アンジェリカは彼との会話を楽しんだ。
魔法の話に話題が及ぶと、リオンは瞳を丸くして言った。
「え、俺、そんなに変な魔法を使っていました?」
「魔法が変ではありませんのよ。その魔法を精製する編み方が…初めて拝見いたしまして」
「魔法の編み方が、皆と違うのですか…」
考えてもみなかった、とリオンは首をかしげる。彼にとっては、息をするように使っているやり方なのだろう。
ーーでも、私は見たことがありませんわ
そして、同じことは出来ないであろう。
「うーん…俺は、魔力の制御を、祖父に教えてもらったんです。それで、変になったのかな…?」
「独特なのは、悪いことではありませんわ。けれど、ガスコイン様がZクラスに配属されましたのは、それが原因なのかしら?」
「…どうでしょう。俺、魔法の量は少なく無かったのですが、属性が検知されなくて」
「まあ」
「ソーンヒル様に言われて、初めて気付きました。そっか、編み方が違うからか…」
うんうん、と何度もリオンは頷いた。
魔法の精製は、それこそ息をはくように簡単に出来る。だが、苦手な属性や魔力の制御は、後天的に努力が必要となる。
得意では無い属性魔法は、通常の精製が出来ないから、一度魔法の結び目をほどいて編んでいく、という作業になる。当然、時間がかかり上手くいかない。だから“苦手”なのである。
リオンの魔法の精製方法や、属性の未検知には、謎が多い。
「でも、Zクラスも悪くないです」
「それは良かったですわね」
「……!あ、ありがとうございます」
優しい笑みを浮かべたアンジェリカは、なぜかリオンからお礼を言われた。
ーーオーラが、紫と桃色の半分ずつになったわね
警戒が半ばとけたことに、アンジェリカは苦笑する。この方を盾にせず、ただ隠れ蓑として利用させてもらおう。
アンジェリカは罪悪感を感じない。時々、自分が本物の人形ではないのか、と思わなくも無いが、感情を制御するのは貴族の務めだと教わった。
だが、せめて目の前の優しい男性を不用意に傷つけぬよう、柔らかく接しようとアンジェリカは思った。
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舞踏会当日。
紺色のドレスの前で、セバスチャンが憤る。
「このドレスは絶対にいけません」
「あら、どうしてですの?」
「この色では、紺青男を思い起こさせるからです。”貴方を意識しています“と言っているようなものですよ」
「……エスコートされると言うことは、そういうことではなくて?相手の色を身に付けませんと、失礼にあたるのではありませんこと?」
「失礼にあたりませんから、こちらのドレスにしましょう」
と言って持ってきたのは、深い緑色のドレスであった。金髪とエメラルドの瞳と相まって、アンジェリカを妖艶に見せるドレスである。
「ではそれでよろしいですわ」
「……お手伝いいたします」
ーーくっ!このドレス姿も、本当は見せたくないのに!
と思う一方で、女神の化身たるアンジェリカの美しさを、どこまでもひき立たせたい、という願望も強い。
この深緑色のドレスは、その葛藤の産物であった。
化粧と髪形を完璧に整えると、丁度迎えのノックが響いた。
「ーーーーー!!!」
リオンの瞳が潤み、生きていて良かった!というガッツポーズをさせるほど、今宵のアンジェリカは美しかった。
「俺は…、美の女神をエスコート出来る今宵、命を絶っても良いくらい至福です」
「お上手ですこと」
コロコロ笑うアンジェリカの左手に口づけをし、リオンは会場へとエスコートし始める。
その姿を、歯噛みをしてセバスチャンは見送った。