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セバスチャンと私  作者: 海老茶
85/98

第85話

エルドレッドの縋るような表情を尻目に、アンジェリカたちは次の目的地に出発する。


公爵領を抜けると、ふわっと抜ける風に潮が混ざる。熱い風に含まれる一瞬の冷気が、海の距離を感じさせた。

街道をひた走ると、植樹された木々の種類が変わり始める。熱い太陽を受けてなお青々しい樹が、アンジェリカたちを出迎えた。

街には活気が溢れ、皆声が大きい。都会の喧噪とはまた違い、情緒あふれるーーというとあまりに綺麗だが、端的に言うと、とてもガラが悪かった。



ジロジロと無遠慮に馬車を眺める領民たちに、リリアンが身震いした。


「な、なんか怖いですね…」

「これほどストックデイル領は民度の質が異なりますのね」


怖がるリリアンに対し、感心するようにアンジェリカは言う。

さり気なくリリアンはアンジェリカの手を握り、馬車はさらに進む。


ザザーッと海の音が聞こえ始めた。ストックデイル領主邸は、どうやら海に近い場所にあるようだ。涼風に身を任せながら、馬車は目的地に到着した。


使用人が整列している。出迎えたのは、大柄なおじさんだ。厳格そうで怖い。リリアンはアンジェリカの後ろで、また震えだした。


「ようこそ、お客人」

「アンジェリカ・ソーンヒルです。辺境伯閣下には、数日お世話になりますわ」

「り、リリアンです。お世話になります…」


二人はお辞儀(カーテシー)をして、邸に案内される。後ろに付いていた双子の1人が、コソッと話しかけた。


「そんな不安がらなくても大丈夫だよ、リリアン嬢」

「あ、ありがとうございます…」


リリアンはとりあえずお礼を言ったが、相手がユーインなのかノーマンなのか分からない。首を傾げていると、双子がクスクス笑い始めた。


ーー滞在中は、ずっとこんな風に遊ばれるんだろうな…


リリアンははやくも胃がシクシク痛み始めていた。





家主に挨拶し、アンジェリカたち4人は応接室で双子の歓待を受ける。リリアンはストックデイル伯の感想を聞かれ、正直に答えた。


「怖いおじさん」

「「ぶはっ!」」


双子が一緒に噴いた。ケタケタと笑い始める。聞かれたから答えただけなのに、とリリアンがむくれる。それに、なんだか落ち着かない、とリリアンはソワソワする。キンキラキンの豪華な部屋だ。ーーちょっと目が痛い。

チラリとアンジェリカを見ると、ゲンナリとした様子だ。


「あの、アンジェリカ様?どうしたのですか?」

「いえ、やはり中央の屋敷(セントラルハウス)は閣下の趣味でしたのね、と納得したところですわ…」

「ああ、中央(あっち)の方が酷いよ」

「ほんっと趣味わるいよね!」


成金趣味むき出し!と憤慨する双子。


「僕たちの部屋は、落ち着いてるよ。来る?」

「いえ、今日はもう休みたいですわ」

「ん。それじゃ、案内するね」


双子は立ち上がり、二人の女性にスッと手を差し出す。アンジェリカに手を差し出した青年が、愉しそうに聞いた。


「さて、僕はどちらでしょう?」

「ノーマン様ですわ」


ノーマンは正解!といって、アンジェリカをエスコートする。リリアンは唖然とした。いったいどうやって、双子を見分けたのだろう。リリアンは2人を見比べたが、さっぱり分からなかった。





翌日はストックデイル領の中心街で買い物だ、と言われた。朝食後、馬車に乗り街へ向かう。


「2人とも、水着持ってきてないでしょ?」

「はい」

「それじゃ、水着買いに行こう!」

「…必要ですの?」


アンジェリカもリリアンも、双子を怪訝そうに見つめる。双子は平然と受け止めて、愉しそうに話した。


「うちの海は、本当に綺麗だよ」

「冷たくて気持ちいいからね。一緒に入ろうよ」


海。その誘い文句に、2人の心は揺れた。去年は残念ながら海には入らなかった。入ってみたいという好奇心がムズムズ湧く。

結局誘惑に勝てず、アンジェリカたちは無言で頷いたのだった。




着いたのは、贔屓にしているブティックだという。今日は一日貸し切っているから、好きなだけ注文していいよ、と双子が恐ろしいことを言った。


「な、何もいりませんっ!」

「なら、こちらで決めてしまおう」

「君たち、よろしく頼むよ」


畏まりました、とアンジェリカとリリアンに、2人ずつ女性がつく。そして双子もそれぞれの女性と行動を共にした。

採寸して、試着。そして女性陣が驚いて聞く。


「…水着とは、こんなに丈が短いのですか?」

「去年の文化祭の時みたいですね、アンジェリカ様」


試着を終えた、2人の感想。肩を出し太ももを晒した短い服だ。なんだか恥ずかしいが、こういうものだろうか?


「水に入って動くためには、出来るだけ抵抗力を減らした方が良いからね」

「水を吸ったら重くなるしね」


ニコニコしながら双子が答える。いやあ、目の保養だね!と言ったのはどちらか。

さ、次の服!と着替えさせられた。


空色のドレスに着がえ、アンジェリカはクルリと回って披露する。その姿をウットリと見つめ、ユーインが言った。


「素敵だ…アンジェリカさん…。僕の瞳の色がとても似合う…」

「ありがとう存じますわ」


ふふ、とアンジェリカは微笑んだ。褒められて悪い気はしない。お手伝いの女性が、「少しお胸がキツそうですね。合わせますのでこちらへ」と個室へ案内する。頷いてアンジェリカは付いていった。


個室へ入っていくアンジェリカの後ろ姿を見つめ、背中まで綺麗だとユーインは思う。


「胸がキツいって?アンジェリカ嬢はスタイルが良いね」

「ああ。俺好みだ」


リリアンは着方がわからず、まだ試着から戻らない。ウットリしていたユーインに、呆れるような声でノーマンは話しかけた。


「ものすごい間抜けな顔をしているよ、ユーイン。そんなに好きなの?」

「え?そんな顔してた?」

「うん。すっごくやに下がってる」


え?そう?と嬉しそうなユーインを見ると、ノーマンは少し羨ましくなる。ノーマンにとって、女の子は皆等しく可愛い。アンジェリカもリリアンも素敵な女性だが、それだけだ。


ーーあんな風に頬を染めるユーインを見るなんてね


はっきり言って気持ち悪い。だが、本人はすこぶる愉しそうだ。アンジェリカに触れるのも、好敵手(ライバル)を蹴落とすのも、嬉々として行っている。


そんなユーインは、アンジェリカに似合う装飾品を瞳を爛々と輝かせて探している。「やっぱり気持ち悪っ!」とぼやいてノーマンはドッカリと椅子に座った。




ドレスや水着は明日の朝届けてもらえるので、4人は街を散策する。下卑た言葉が飛び交いアンジェリカたちを驚かせるが、とても活気がある。領民の表情は明るく、笑顔が耐えなかった。


領主の息子である双子も、歩けば誰かに声を掛けられる。ユーインがアンジェリカの手をつないでいると、数多の女性から悲鳴が上がるほどだ。中には、アンジェリカに掴みかかろうとする女性さえいた。


ストックデイル領内での双子の人気が絶大である事を知り、アンジェリカがユーインに語りかける。


「人気がありますのね」

「まあね。ここは僕たちの遊び場だから」

「なるほど…。領主の息子自ら経済を回していらっしゃるのですね」

「さすがは僕の(・・)アンジェリカさん!」


ユーインがキュッとアンジェリカの手を握りしめる。ユーインがあまりに嬉しそうだから、アンジェリカは苦笑して握り返した。



丘の上に上がると、遠くの港に軍艦が連なっているのが見える。黒く光るその姿は、恐ろしいのか美しいのか。ーー鴉のようだろ?とノーマンが話す。


「海の向こうから、海軍やら海賊やらが、このストックデイル領に攻めてくる」

「毎度、追い返すのは骨だよ」


肩をすくめて、双子は言った。聞けば、彼らは子どもの頃から、参戦している。ストックデイル領では、強い者しか信用されない。ーー強い者しか生き残れない。


「僕のお嫁さんになったら、ストックデイル領に住む必要がある。アンジェリカさんが嫌なら、後継者はノーマンにするから安心してね」

「げげ!何言ってるんだ、ユーイン!」

「こういうのは、早い者勝ち。どっちが継いでも良いと父上も思っているだろうし」

「僕だって嫌だ。いっそ、姉上の婿に継いでもらおうか」

「ふふっ」


この双子は、およそ深刻にならない。肩の力を抜いて対処出来るのだ。それは、素晴らしい能力だと、アンジェリカは思っている。


ユーインは「この景色を見せたかったんだ」と言って丘を後にする。アンジェリカは軍艦を見て、言い知れぬ不安を感じた。





翌日、届いた水着を着て、4人は海へと繰り出した。ストックデイル邸のプライベートビーチだから、誰もいないし荒らされていない。去年見た海とはまた少し色が違うな、とアンジェリカとリリアンは思った。


「冷たいっ!」


海に入ってみると、案外水が冷たい。思わずリリアンは声を上げた。双子がゲラゲラ笑っている。ぐるぐる回って、リリアンに「どっちがどっち」を仕掛けた。


「同じ水着で同じ表情で、全く分かりません!」

「リリアン嬢は分かろうとしてくれないしね~」

「アンジェリカ嬢は、どっちだと思う?」

「貴方がユーイン様ですわ」


当たり!と言って、ユーインはアンジェリカに抱きつく。リリアンはユーインの小細工に呆れた。あーもう一生分からなくても困らないわ!と匙を投げた。


アンジェリカは海で泳いだり浮かんだり楽しみながら、ふと考える。


「不思議ですわね。この海をどこまで行けば、果てがあるかしら…?」

「果て?そんなものないんじゃない?」

「どうだろう?新しい大陸はあるかもしれないね」

「はあ。私は海に波がある方が不思議です」


リリアンの発言に、一同が笑い出す。リリアンは泳ぐのも浮かぶのも下手で、よく波にさらわれた。その度、ノーマンが手助けするが、リリアンは一向に泳ぎが上手くならなかった。

ノーマンは泳ぐのが至極上手い。そう指摘すると、ノーマンは苦笑して言った。


「まあ、僕の想定は、ユーインが領主となって、僕が艦隊の指揮官になることだからね」


遠くを眺めてノーマンは夢を語る。案外まともだな、とリリアンはノーマンを見つめて思った。





晩餐後、何故かストックデイル邸の侍女に昨日買ったドレスを着させられる。装飾品も付けられて、そのままボールルームへ案内された。


ボールルームでは双子が待っていて、エスコートしなかったことを詫びた。双子は黒を基調とした衣装で、銀の縁取りが大変洒落ている。控えめに言っても、美男子だった。奥には楽団が美しい楽曲を弾いている。自宅に楽団?!とリリアンが目を大きく開いて驚いた。


「僕たちだけの舞踏会だよ」

「お姫様、お手をどうぞ」


ユーインはアンジェリカと、ノーマンはリリアンと踊る。4人がボールルームの中央に着くと、音楽が流れ出す。


少しリリアンが慌てているようだ。そこは、ノーマンが上手にフォローしている。明るいオレンジ色のドレスがよく似合う、とアンジェリカは優しく見つめた。


「どこを見ているの?」


頭上から声を掛けられた。顎を上げると、柔らかい視線にぶつかる。


「リリアン嬢が愛らしい、と思いまして」

「俺には、貴女が一番愛らしいよ、アンジェリカさん」

「まあ、お上手ですこと」


アンジェリカはふっと笑んで、ユーインに寄り添う。手を取られ腰を取られ、2人はしっとりとダンスをした。


「こうしていると、初めて貴女と踊った時を思い出すな」

「…あの時も、このボールルームのように金色に眩しかったですわね…」

「父上のあの趣味だけは、よくわからないんだ…」


ユーインはため息をつく。このボールルームも目映い。……悪い意味で。


「貴女の瞳に、俺はどう映っているのだろう。…貴女は何故、俺を見分けられるのだろう…?」

「ユーイン様?」

「教えて、アンジェリカさん。俺は他の二人と比べて、見劣りしないかな?」

「自信満々の貴方が、それを聞きますの?」

「だって、俺は貴女と付き合いが短い。どうすれば好かれるのか、闇雲に探るよりは聞いた方が早いよ」

「まあ!」


あまりにストレートな質問に、アンジェリカは思わず声を上げて笑った。てっきりからめ手でアプローチされるかと身構えていたから、力が抜けてしまう。

ユーインは、真正面からアンジェリカに向き合い、手に入れようとしている。アンジェリカはそれが嬉しい。


「…正面から私を見て下さって、ありがとう存じます。ユーイン様は、存外真っ直ぐで情が深くて、篤実な方ですのね。…そう見えないだけで」

「あれ?褒めてない?」

「ふふ、褒めてますわ。とても」


ありがとうと言って、ユーインはアンジェリカの手にキスをする。アンジェリカは、もう彼が不用意に舐めて操ろうとしないことを、信じていた。




踊り疲れて、アンジェリカはバルコニーで休憩をとる。ボールルームでは、リリアンがノーマンに楽団の傍で曲名を教えてもらっていた。


「疲れた?」


ユーインはそう言って、アンジェリカにグラスを渡す。「ええ少し」とアンジェリカは答え、飲み物を受け取った。


ユーインはアンジェリカの隣に座り、その左手を取ると、中指に指輪を付けた。


「これは…?」

「俺からの贈りもの。どうせ、あの二人にももらっているんでしょう?俺からも受け取ってよ」

「ありがとう存じます。これは…魔力が宿っていますのね?」

「正解。魔法を施したよ。君をきっと護ってくれる。リリアン嬢のブローチと共に、毎日付けていてくれ」


アンジェリカの左手を両手で包み、ユーインは真剣な顔つきで頼む。なぜ?とアンジェリカは聞いた。


「カン。なんだか嫌な予感がするんだ」

「…なるほど」


それは、漠然とした不安。アンジェリカも同じように感じていた。ユーインの優しさが身にしみる。


そっとアンジェリカも彼の手を包み込んで、ユーインを見つめる。


「嬉しいですわ。本当に、ありがとう…」

「アンジェリカさん。貴女は俺にとって、とても大切な女性(ひと)。自分で思うより、深みにハマったみたいだ」


コツンと額を合わせて、ユーインが言う。


ユーインの瞳の色と同じ美しい水色の宝石が、アンジェリカの左手でキラリと光った。



出番が少ないとセバスチャンがぼやくので、そろそろ。

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