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セバスチャンと私  作者: 海老茶
83/98

第83話

クランドン伯爵領に数日滞在して、アンジェリカとリリアンは次の保養地に向かう。


国が整備した大きな街道を、二頭立ての馬車がのんびり進む。クランドン伯爵領から目的へは、馬車だと半日の距離だ。夕方に到着する予定である。


鮮やかな緑の木立がならぶ並木道を通り抜け、広がる田園風景に2人の心が和んだ。もう少ししたら、私有地に入る。


ぐるりと巡らされた高い囲い壁が見えてきた。数メートルの花崗岩を切り出して造られたアーチが、所有者の身分の高さをうかがわせる。重厚な門の前には、屈強の兵士が起立していた。


招待状を渡し、門をくぐる。ここから邸までは、まだまだ距離がある。広大な敷地だ。

さらに馬車に揺られると、ついに邸が見えてきた。邸の入口で、美麗な男性が2人を出迎える。


「いらっしゃい、アンジェリカ嬢、リリアン嬢」

「お世話になります、殿下」


アレクサンドルはアンジェリカをエスコートし、アルフレッドがリリアンをエスコートする。王子2人はアンジェリカたちに使用人を紹介し、応接室へと案内した。


「お疲れ様。今日は晩餐後はゆっくりするといい」

「ありがとう存じます」

「ここの保養地は、なんと温泉があるんだよ!この辺りは湯治場で有名な領地なんだ」

「わあ!私、初めてです!」


アルフレッドの話に、リリアンが明るい声を上げる。


「ゆっくりつかると良い。明日は歌劇を観に行こう」

「まあ、どのような演目かしら?」

「それは、お楽しみに」


4人は歓談し、これからの予定に思いを馳せる。


ーー温泉に、歌劇…


それは、貴族の遊び。分不相応なもてなしにリリアンは戸惑ってしまう。

だが、アンジェリカが喜ぶなら傍にいよう、とリリアンは決めている。何があろうとアンジェリカを護るのは自分だ、と考えている、大変男らしいリリアンなのであった。



++++++++++



明くる日、アンジェリカたちは、アレクサンドルの言葉通り街中の歌劇場に向かう。大都会ほど大きな劇場ではないが、美しい外装のこじんまりした劇場だった。


予約したボックス席に入ると、リリアンがぼやき始めた。


「…なぜ、アンジェリカ様と別々なのでしょう…?」

「だって、これはデートだからね。男女でペアになるのは当然でしょ?」

「そうですけど…」

「大丈夫、大丈夫!僕ならともかく、アレク兄さんが個室で襲うなんてこと、しないよ」

「…そうですよね」


品行方正の殿下ですもん、きっと大丈夫だ、とリリアンが少しホッとする。…が、すぐにあることに気付いた。


「それって、私が危ないんじゃ…」

「あははっ!鋭いね。気をつけて、リリアン嬢」


長めのソファに並んで腰掛けていたから、アルフレッドの伸ばした手が、すぐにリリアンの手に届いて握られる。うげ、と苦い顔つきになったリリアンを見て、アルフレッドがケタケタ笑った。




一方、アレクサンドルとアンジェリカのボックス席では、男女が恋人のようにピタリと寄り添って座っていた。


「…距離が近くありませんか?」

「ただの友人なら、近いだろうね。でも私は君に求婚した男だ。適切な距離だと思うよ」


手を握りながら、アレクサンドルがささやく。その麗しいテノールに、アンジェリカの胸が跳ねた。思わず、握られた手をキュッと握り返す。

アレクサンドルはその手にキスをして、ステージに視線を送った。


歌劇の内容は、とある国の王子様が、森で出会った供とともに、囚われの女性を救いに行くというものだった。


内容はともかく、美しい声の男女のオペラは素晴らしい、とアンジェリカは賛辞を送る。だが、アレクサンドルは低くうなって、感想をもらす。


「…王子が単身で森に入るなど、狂気の沙汰だな」

「ふふ、そうですわね」


実直な彼らしい感想だ、とアンジェリカは噴き出した。


「だいたい、一目惚れなど信じない」

「まあ」

「私は君の為人ひととなりを知り、君を好きになった。見た目だけで何が分かるというのだ」

「…殿下…」


熱烈な告白に、アンジェリカが顔を赤らめる。まだ暗いボックス席で、アレクサンドルはアンジェリカを胸元に引き寄せた。


「君が好きだ、アンジェリカ」

「…はい」

「私を選んでくれたら嬉しい」


顎を取られ、アレクサンドルの顔が近付く。アンジェリカは目を閉じて、重なる唇を受け入れた。



歌劇が終わり、4人が合流した。異様に機嫌の良いアレクサンドルに、アルフレッドとリリアンが勘繰る。ーー「手を出したな」と。




せっかく街に来たから、街を少し散策したいというアンジェリカの希望により、4人はのんびり歩き出す。レンガ造りの建物が、何とも愛らしい街だ。


「アンジェリカ様!見てください、このブローチ!」

「まあ、すごく精巧な作りですわね」

「またバザーに参加したくなります」

「もう1年も前になりますのね」


キャッキャとはしゃぐ女性2人に、王子は柔らかい視線を送る。


「アレク兄さん、僕ちょっとそこの店でお菓子買ってくるね」

「ああ」


アルフレッドが店に向かって歩き出したその後ろ姿を眺めていると、ふと不審な動きをする男の姿が遠くに見える。

アレクサンドルは、すぐに“影”に不審者を追うよう命じた。ーーここで彼女たちを危険にさらす訳にはいかない。



アレクサンドルは何気なく命令したが、後に意外な報告を聞くことになる。



++++++++++



翌日は、敷地内の大きな池でボートに乗って楽しむ。アルフレッドが1年前を思い出し、「僕…アンジェリカお姉様と一緒に…」とアンジェリカの腰にすがりついたが、アレクサンドルの拳骨をくらい、泣く泣く諦めた。


ピィィ…と遠くで告天子(ヒバリ)が鳴いている。閑かな湖畔は、湖が光を反射して、ひどく眩しく見えた。


退屈になったアルフレッドが、アレクサンドルにボート漕ぎのレースを挑む。それに乗ったアレクサンドルが、アンジェリカを乗せたまま丁寧に、だが力強く漕ぎ出す。アルフレッドは天性のフェミニストだったが、わざとスピードに特化した漕ぎ方して、リリアンの怒りをかっていた。


明るい太陽の下、アンジェリカが屈託なく笑う。その笑顔を見て、リリアンは結婚相手に相応しいのは殿下だという思いを強くするのであった。




良い天気の中、外遊びを堪能した4人は、夕食後ゲームに興じる。

カードゲームになると、リリアンは圧倒的に弱く、毎回最下位になっていた。リリアンがあまりに勝てなさすぎて匙を投げたため、ここでお開きとなる。


アルフレッドとリリアンは退室したが、アレクサンドルはアンジェリカを引き留め、応接室で2人きりになる。

明日、アンジェリカたちはここを出立し、また別の婚約者候補の元へ向かう。アレクサンドルは、最後に2人きりでゆっくり話がしたかった。


並んでソファに座り、アレクサンドルはアンジェリカの手を握って聞く。


「楽しかったかい?」

「ええ、もちろんですわ、殿下」

「私のことは、名で呼んでくれないか?」

「…はい。アレクサンドル様」

「ありがとう!」


つい嬉しくなって、アレクサンドルはアンジェリカを抱きしめる。アンジェリカは、アレクサンドルの胸に、こてんと頭を預けた。


「…疲れたかい?」

「いいえ。大丈夫ですわ」

「そう?辛かったら言ってくれ」


アンジェリカの背中をさする手が優しい。労るような抱擁がとても心地良い。アンジェリカはウットリとアレクサンドルに寄りかかった。


「…昨日の昼、ヤードリーを街で見かけた」

「…え…?」

「家は没落し、随分身をやつしていた。何か出来るとも思えないが、周辺には気をつけてくれ」

「…はい」


顔を上げて、アンジェリカはアレクサンドルの頰に手を当てる。アンジェリカを真摯に心配するその瞳を見つめ、アンジェリカは苦笑した。


「アレクサンドル様は、いつも他人ばかり」

「え?」

「貴方はいつも他人を思いやって、ご自分のことは省みませんから。私は心配ですわ」

「…そんなことはないさ。私はいつだって勝手だ」

「嘘ばかり」


アンジェリカは、アレクサンドルの頰に当てていた手を、頭に移動する。ふんわりとした触感の頭を撫でて、優しく言った。


「国王のこと、第2王子のこと。ソーンリー様のこと、私のこと。アレクサンドル様は皆を先回しにして、ご自身は最後。それでは毎日疲れてしまいますわよ」

「…では、貴女が癒してくれる…?」

「ええ、良いですわ」


アンジェリカは柔らかにそう応答した。アレクサンドルの瞳に情欲の炎が沸く。撫でられていた手を取って、熱く見つめた。


「…キスをしても?」

「…はい」


目を閉じ、アンジェリカは口づけを受ける。明るい場所でするキスは、何だか照れくさい。

男の唇の意外な柔らかさに、アンジェリカは驚く。2度3度角度を変え、しっとりとしたその口づけは、最後に下唇を食まれて離れていった。


「もう一つ、お願いしても?」


キスに照れたのか、頰を少し赤らめてアレクサンドルが頼む。


「何でしょう?」

「その、膝枕を…」

「ふふ、どうぞ」


アレクサンドルから少し離れ、アンジェリカはポンポンと自分の膝を叩いた。パッと明るい笑顔を見せたアレクサンドルが、すぐに横になる。


「ああ…!極上だ…!」

「痛くありませんか?」

「全く!最高だよ、アンジェリカ嬢!」


かなり興奮してアレクサンドルが言う。初めて馬車でした膝枕の時とは違い、アレクサンドルは遠慮なくアンジェリカの腰に抱きついた。


「…お疲れですのね…。ゆっくりなさってください」

「うん。ありがとう」


恍惚の表情でゴロゴロするアレクサンドル。アンジェリカは猫のようだ、とほほえましく見つめる。

優しく頭を撫ぜていると、やがてアレクサンドルから小さな寝息が聞こえ始めた。


「不思議…。入学式の時は、あれほど恐ろしい方でしたのに…」


いつの間にか近くにいた。あの総てを拒絶する濃い灰色は、ただの恐怖だったのに…。


「いま思えば、あれは第2王子のためでしたのね…」


第2王子を国王にするという夢を実現するため、この方は心を閉ざしたのだろう。第2王子が王太子になった今、私を見る(・・・・)オーラに、灰色は無くなった。


「苦労性なのね。でもそんな所が好ましいですわ」


愛も恋も、アンジェリカには分からない。だから、ジーヴスに教えてもらった。触れ合いに“男”を意識してみる、と。

唇へのキスは、嫌ではなかった。しっとりとした優しいキスに、アレクサンドルの気性がうかがえる。


「初夜も…嫌じゃないかしら…?」


その時になってみないと分からないな、とアンジェリカは首をひねる。アンジェリカ・ソーンヒル17歳。ついに恋愛脳が50%に到達した瞬間だった。ーー恐らくここまでかと思われるけれど。


そして、少し前に意識を回復していたアレクサンドルが、「初夜も…」のつぶやきをしっかりと聞いてしまい、動くに動けなくなったのであった。



++++++++++



この邸ではセバスチャンの護衛を不要とし、なるべくアンジェリカから離れているよう命じられていたため、セバスチャンは2人のやりとりを確認することが出来なかった。


居室に戻ってくるアンジェリカを捕まえて、セバスチャンは問うた。


「殿下は、いかがでしたか?」

「そうね。やはり素敵な方だと思いましたわ」

「…そうですか…」

「私が選ぶなんてめんど…いえ、おこがましいけれど、やはり納得して結婚を受け入れるのは、気持ちが晴れやかになるわね」


面倒と言いかけたアンジェリカにちょっと呆れつつ、セバスチャンはさらに聞く。


「殿下との結婚は、受け入れられると?」

「受け入れられそうね。触れ合いが嫌ではなかったもの」

「触れ合い?…何を、どこを触れ合ったのですか…?」

「キスをしましたわ。あと膝枕も」

「……!」


ーーキスを?あの坊ちゃんに、唇を許したと…?


セバスチャンは拳を握り震わせる。


「ジーヴスに教えてもらいましたの。触れ合って、“男”を意識してみなさい、って」

「…まさか、これからそうやって確認するのですか…?」

「そうよ。初夜を迎えられるかどうか確認しなさいって、ジーヴスが」


それって、結婚で重要ですものね。さすがジーヴス!とアンジェリカは告げて、部屋に入っていった。


セバスチャンは呆然として、指の1本も動かすことが出来ない。

とりあえずセバスチャンに分かったことは、アンジェリカが随分乱暴な手段で結婚相手を判断していること。ーーそして、アンジェリカに全く“男”として意識されない自分だった。



今度ジーヴスに会ったら、絶対に殺す!と誓うセバスチャンだった。



リ:リリアン ア:アレクサンドル エ:エルドレッド ユ:ユーイン


Q:女性の好きな部分


エ&ユ:「「胸!」」

リ:「……………(呆)」

エ:「豊乳よりも、美乳が好み」

ユ:「俺は大きくて柔らかいのがいい」

リ:「聞・い・て・ま・せ・ん」

エ:「アレクは?」

ア:「え…?いや、その…」

ユ:「言えない部分なの?」

ア:「…………………………脚」(ボソッ)

リ:「意外ですね」

エ:「いやあ、ムッツリでしょ」

ユ:「脚を撫でるのがいいの?舐めるのがいいの?踏まれるのがいいの?」

ア:「…………………………全部」(ボソッ)

リ:「……………(引)」


だからご褒美が膝枕なんだ~という話。

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