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セバスチャンと私  作者: 海老茶
80/98

第80話

暑い夏を迎える前に、生徒たちは辛い試験をようやっと終えた。


その試験結果が貼り出される。わらわらと人が集まる中、アンジェリカは遠くで一覧を眺めていた。隣でリリアンが、「アンジェリカ様、首席です!」と興奮している。……数メートル先が見えるのか。すごい。


「ありがとう存じます。リリアン嬢は、どうでした?」

「はい。私は2番でした」

「まあ!素晴らしいですわね」

「えへへ。アンジェリカ様のおかげです!」


アンジェリカが手放しで褒めると、リリアンはポッと頰を染める。アンジェリカは、その様子を何とも愛らしいなと思いながら見つめていると、突然背後から抱きしめられる。


「アンジェリカちゃん!」

「きゃあ!」

「び、びっくりした…。ソーンリー様!アンジェリカ様が驚いてます!」


離れてください!とまくし立てるリリアンだが、エルドレッドは一顧だにしない。


「見た?見た?僕の順位!」

「…残念ながら、ここからでは拝見出来ませんわ」

「10位だよ、アンジェリカちゃん!やった!」

「まあ!おめでとう存じますわ。…そしてそろそろ放してくださいまし」

「やだ。もう少し堪能させて!」


エルドレッドはそう言って、グリグリと頰をアンジェリカの頭にこすりつける。


すると、急にエルドレッドの手が離れた。その途端、誰かに肩を寄せられる。


「離れなよ、先輩」

「…君こそ、アンジェリカちゃんから手を放してもらおうか」


まるで虎と狼だ、とリリアンはハラハラした。初夏なのに、ここだけ冷気が漂っている。……怖い。


前門の(ユーイン)は、後門の(エルドレッド)を無視して、アンジェリカに話しかける。


「アンジェリカさん。順位見てくれた?」

「…ここからでは拝見出来ませんわ」

「僕、首席だったよ」

「まあ…!おめでとう存じます」


アンジェリカの瞳が大きく開く。まさか、首席を取るとは。ーー完全に流されちゃったが、エルドレッドの10位にも驚いた。


これで、アンジェリカは約束を果たさねばならない。ーー両方。


「ふふ。デート、楽しみだな」

「…お約束ですものね」

「…なにそれ、アンジェリカ。僕以外との約束があるの…?」


エルドレッドは冷たく言い放ち、アンジェリカの腰を取る。肩はユーインに、腰はエルドレッドに取られ、アンジェリカは身動きがとれない。

ちらりとリリアン嬢を見て助けを求めるが、リリアンは首を振った。「無理です」と目が語る。


「アンジェリカ、答えて?僕が10位以内なら、僕とデートする約束だよね?」

「先輩。アンジェリカさんは僕とも約束したんだよ。僕が首席を取ったら、僕とデートしてくれるとね」

「確かに、私はお二人と約束しましたわ。ですから、お二人とお出掛けします」


アンジェリカがしれっと無表情で伝えると、2人の手が強まる。特にエルドレッドはかなり憤りを感じた。


ーー勝手に約束しやがって…!


アンジェリカは受動的で、割と流されやすい。ユーインは、巧みな話術か強引な戦術で、約束を取り付けたのだろう。それが、エルドレッドには悔しくてならない。


ーー目が離せないな…


可愛い人は、いまや3匹の獣に狙われている。遅れを取るわけにはいかない!


エルドレッドとユーインがにらみ合っていると、さらに冷たい声が降り注ぐ。


「そこまでにしたまえ。ずいぶんと悪目立ちしているよ」


人の波がサッと広がる。ーー王子様の登場である。


「二人とも、アンジェリカ嬢から手を放しなさい」

「………」


渋々、といった様子で、2人は手を放した。アンジェリカがホッとしたのもつかの間、今度はアレクサンドルに腕を取られる。


「…3人の会話を聞いたよ。これは、私にも平等な権利をもらわなくては」

「えー!別にアレクは約束してないじゃない」

「そんな不埒な約束、ずるいだろう?ーー私だって、1年生(フレッシュ)の時からずっと首席だ。ご褒美を主張して然るべきだろう?」


ぐう、とエルドレッドがうなる。確かに、やや強引な約束だったことは否めない。

ユーインは涼しい顔をして、余裕そうだ。「女の扱いは、自分が1番慣れている」という自信の現れだろう。


「どうかな?アンジェリカ嬢」

「…分かりましたわ。3人とも、平等なお約束に」


アンジェリカは説得を諦めた。いや、むしろ婚約者候補がみな平等なら、色々言い訳しやすい。ーー主に、エルドレッドに。 


アレクサンドルは満足げに、つかんでいた腕を放す。そして目立つ2人エルドレッドとルーインを引き連れて、その場から去って行った。リリアンが心配そうにアンジェリカに駆け寄る。


「大丈夫でした…?アンジェリカ様」

「ええ、ありがとう」

「殿下が権利を主張していましたが、あれは何ですか?」


さすがに聡い女性だ、とアンジェリカは改めてリリアンを見直す。婚約の申し入れについて、まだリリアンには何も話していない。ーー良い機会だ。打ち明けてしまおう。


「それについては、ランチを取りながら説明しますわ」

「あ、あの…。無理に話さなくても大丈夫ですよ。出過ぎてしまってすみません…」

「そんなことありませんわ。良かったら、相談にのってくださいませ」

「はいっ!」


リリアンの明るい笑顔を見て、アンジェリカは安堵する。いつの間にか、彼女の隣に居ることは、心地よい空間となっていた。


そして、いずれはリリアンの聖女(もんだい)について、解決しなくてはならない。


まだまだ問題は山積みだ、とアンジェリカはため息をはき、面倒くさがるのであった。





中庭の隅にある東屋(ガゼボ)で、軽食を取りながら2人の美女が密やかに話し合う。


セバスチャンは紅茶を給仕しながら、食べ終わった食器を片づけ始めた。


「婚約者候補…!」


アンジェリカから説明を受け、リリアンが驚きの声を上げた。あっという間の展開に、頭がついていけない。


ーー確かに、殿下もソーンリー様も…ずっとアンジェリカ様をお慕いしていたけれど…


まさか、学生のうちに婚約を申し入れるとは。


という胸の内を話すと、アンジェリカが微笑んで答える。


「貴族では、そう珍しくありません。そもそも、殿下にもソーンリー様にも、婚約者がいない方が不思議なのですから」

「お二人は好きな人に、求婚したのですね。恋愛小説みたいです」

「…キャスリーン様が好きそうな展開ですわね…」


げんなりするアンジェリカが、とても可愛らしい。殿下でもソーンリー様でも、アンジェリカを幸せにしてくれるだろう、とリリアンは安心している。だが…。


「その、ユーイン・ストックデイル様は…どのような方ですの…?」


恐る恐るリリアンは尋ねた。リリアンにとって、あの双子は単なる恐怖でしかない。


「そうですね。まあ、とても独善的ではありますが…そう悪い方ではありませんわ」

「ありがとう、アンジェリカさん。そう言ってもらえて嬉しいな」

「ぎゃー!」


リリアンの顔が恐怖に歪む。およそ淑女(レディ)らしくない叫び声を上げて、テーブルから離れた。


「…ユーイン様。どうなさいましたの?」

「うん。デートの打ち合わせをしたくてさ。あと、夏休みのお誘いを」


そう言うと、ユーインはアンジェリカのつむじにキスをして、隣に座る。ーーまるで、恋人の様な扱いだ。


「ちょ、ちょっと!い、い、今は、私がアンジェリカ様とお話ししているんですよ!」

「…おや、うるさい蝶だね。なら、ノーマンとでも話していたら?」


ユーインはちらりと振り向いて、遅れて来たノーマンにリリアンを押し付ける。


「ノーマン。リリアン嬢を頼むよ」

「リリアン嬢は物じゃないぞ。…ごめんね」

「結構です!私がアンジェリカ様とお話しするんです!」


リリアンはアンジェリカの左腕に絡みつき、ユーインをにらみつける。どうやら恐怖心は何処かへ飛んでいってしまったようだ。


呆れ顔のユーインと、ケタケタ腹を抱えて笑うノーマン。顔だけはそっくりだ、とリリアンは思う。ーーいったい、アンジェリカはこの2人をどうやって見分けているのだろう?


リリアンが双子をにらんでいると、蕩けるような美声がかかる。


「抜け駆けはいけないな」

「アンジェリカちゃんは渡さないよ」


中庭の小さな東屋に、美青年が突如現れた。2人のお目当ては、もちろんアンジェリカである。


ーーやっぱりこうなった…


とセバスチャンは苦い顔をする。茶髪(エルドレッド)の鼻は、本当にすごい。完全に獲物(アンジェリカ)を追う猟犬である。


しかし、もうセバスチャンに口出しは出来ない。アンジェリカを囲む美麗な青年たちは、正式な婚約者候補なのだ。


奥歯を噛んで、目の前の光景に必死に堪えるセバスチャン。


そんな執事の想いと関係なく、麗しい蜂は美しい花に群がった。


お出掛け(デート)の話しなら、私たちも参加しなくてはね」

「…しかも、さり気に夏休みの誘いまでしやがって…!」

「スタートラインに立ったのは、僕が1番遅い。少しは遠慮してもらわないと」


ユーインはアンジェリカの肩を抱き、都合の良いことを告げる。


「触るな!離れろ!」

「嫌だね」

「いや、放してもらおう」


アンジェリカの肩に置かれたユーインの手を振り払って、アレクサンドルは抱きしめるようにアンジェリカに触れる。

ーー誰も彼も、独占欲を隠そうともしない。



そんな姿ーーぎゃあぎゃあと美青年が1人の女性を取り合う様子ーーを見て、リリアンの胸がキュンと高まる。


「はう~。アンジェリカ様が尊い…。学園の人気者から一手に愛を受けるなんて…!さすがはアンジェリカ様…素敵過ぎる…!」

「…どっちかというと、アンジェリカさんが気の毒だと思うけどな…」


ユーインに目を付けられ執着された時点で、ノーマンはアンジェリカに激しく同情している。しかも、美青年たちから言い寄られたからと言って、アンジェリカは大して嬉しくなさそうだ。それに…。


「リリアン嬢、後ろ見て」

「後ろ?」


さり気なく振り返ると、遠くにこちらをにらむご令嬢たち。ーー恐怖そのものだ。


「うわあ…」

「ユーインだけでも可哀想なのに、あれ(・・)まで…。アンジェリカさん、本当に気の毒だよ」

「ですね…」


いつの間にか、ノーマンと仲良くなるリリアン。リリアンの警戒心が緩む。


「…アンジェリカ様を守らなければ…!」

「そうしてあげて。ユーインの件では、僕も申し訳ないと思ってるし。僕も手伝うね」

「ありがとうございます、ストックデイル様!」

「はいはい」


リリアンとノーマンは堅い握手をかわす。


アンジェリカたちの知らない所で、新たな友情が芽生えていた。


リオン君の出番が遠い…

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