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セバスチャンと私  作者: 海老茶
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第77話

休日の早朝に兄が迎えに来たことから、アンジェリカは事態の急変を知る。


澄み渡る青空の朝、久しぶりに街へ出かけ、買い物を楽しもうかと思っていた矢先の出来事だ。

突如美しい兄が現れ、王都の公爵邸に連行された。ーー連行。それが正しい言葉だ。


「ルーカスお兄様、いったいどうなさいましたの?」

「うーん、アンジェには面白くないことが起きたんだよ」

「…それは、何ですの?」

公爵邸(いえ)に着いたら、父上から聞いてくれ。ところで、リリアン嬢は元気かな?」

「…ええ、元気でしてよ」


ルーカスの態度から、アンジェリカは用件を聞き出すことを諦めた。2人は他愛のないおしゃべりをして、公爵邸(いえ)に向かう。


公爵邸では、使用人がズラリと待ち構えていた。ルーカスとアンジェリカが馬車から降りると、一斉にお帰りなさいと挨拶される。ーーこんなこと、めったにない。


嫌な予感しかしない。アンジェリカは今すぐ逃げ出したくなった。だが、ルーカスに手を取られ、そうもいかない。


やがてたどり着いた応接室に入ると、家族が全員集合していた。母親(ヴィクトリア)上の兄(ノエル)まで!ただ事ではないと、アンジェリカが悟る。


「来たか。ーー座りなさい」

「はい」


ルーカスとアンジェリカが、ノエルの隣に座る。向かいには、ウィリアムとヴィクトリアが座っていた。

豪奢なソファに深々と座ったウィリアムが、封筒を3つテーブルに並べる。


「これは、アンジェリカへ婚約を申し入れる書状だ。同時に3家から届いた」


ガン、と頭を強く叩かれた衝撃がアンジェリカを打つ。ーー婚約。とうとう…。


……ん?3家?


「封書にある印章が分かるか?」

「1つは…王家ですわね。こちらは…ストックデイル家でしょうか?けれど、もう1つの印章が分かりません」


ある程度家格の高い貴族ならば、アンジェリカも印章を覚えている。だが、どうしてもあと1つの印章に記憶がない。アンジェリカは、封書を凝視した。婚約の申し入れは、恐らくアレクサンドルと双子。そして……。


……誰?


すると、隣でノエルがひょいと封書を取り上げて、くるくる回す。


「これは、ランドール伯爵の印だ」

「ランドール伯爵…あっ!」

「気付いたか」


ランドール伯爵領の領主は、オズワルド・ソーンリーである。ソーンリー家の嫡男であるオズワルドは、いずれ公爵家を継ぐ身の上であるが、騎士としての功績が高く、すでに伯爵の叙任を受けていた。とはいえ、なぜ彼がランドール伯爵(・・・・・・・)として婚約の申し入れをしたのか?アンジェリカには分からない。


ーーソーンリー家ではなく…?


すると、オズワルドがアンジェリカの婚約者候補なのだろうか。


ーーそうか…


ハッとアンジェリカは気付く。エルドレッドは、アデラインの婚約者となった。…彼であるはずがないのだ。


3つの封書を見つめ、アンジェリカが押し黙ると、ウィリアムが厳かに言う。


「さて、アンジェリカ。誰が良い?選択肢は3つだ。アレクサンドル殿下か、ユーイン・ストックデイルか、エルドレッド・ソーンリーか」

「…え?!」


思わず驚きの声を上げてしまった。ーーエルドレッド?何かの間違いでは…?


「エルドレッド様は…他に婚約者がいるのでは?」

「本人は認めていない。苦肉の策で、兄から申し入れが届いたのだ」

「ノエルお兄様、なぜご存じなの…?」

「オズワルドから相談があったからな」


しれーっとノエルが話す。ウィリアムが黙っている所をみると、申し入れは正式なものとして認められたのだろう。ーーなんとなく、釈然としないが。


「アンジェリカちゃん、良いわねぇ~♪どなたを選んでも、素敵な殿方ばかりよぉ~。でも、私のオススメは、エルドレッドかな♪」

「…素朴な疑問だが、殿下の申し入れは断れるのか?断ったところで、アーサーが怖いのだが…」

「殿下もエルドレッド君も、とても好青年だよ。でも、ストックデイル伯のご子息はどうなんだろう?」

あの(・・)ストックデイル卿の息子だ。優秀には違いない。誰であれ、ソーンヒル家の名を汚すことはないな」


ヴィクトリア、ノエル、ルーカス、ウィリアムの順に意見を述べる。そして、どの殿方を選ぶのか、アンジェリカに決断を迫る。


ーー誰が良い、ですって?


選べるわけがない。私は人形。命じられるままに生きるだけだ。


「……………」


押し黙ったアンジェリカに、焦れたウィリアムが諫めようとしたその時、ルーカスが助け船を出す。


「急に言われても、決められないさ。な、アンジェ」

「……はい」

「それに、今までアンジェには一切反論を許さなかったのに。ここにきて己で選べ、なんて酷な話だよ、父上」

「…ほう。では、私が選んでも良いのかな?アンジェ」

「……それが、貴族の娘です」


ドレスをギュッと握り、アンジェリカは俯いた。結婚は、家同士の結びつきだ。決めるのは家長である。アンジェリカはそう教えられてきたし、父親に利用されていると分かっていても、お人形の役目を果たしてきた。自分で決めることは出来ない。ーー少なくとも、今すぐには。


小さく震え始めたアンジェリカを見つめ、ウィリアムは小さく息をはいた。


「…よかろう。しばし待とう。3家にはそう伝えておく。ただし、期限は今年までだ。あと半年だな。ノエルやルーカスを頼っても良いが、結論はお前が出せ。……いいな」

「…はい。ご恩情、ありがとう存じます…」


アンジェリカが頭を下げると、無言でウィリアムが部屋を出る。「私にも相談してね♪アンジェリカちゃん」と言って、ヴィクトリアも退室した。





両親が退室したところで、兄妹がホーッと長い息をはいた。


「お疲れさま、アンジェ」

「ルーカスお兄様、助かりましたわ。ありがとう存じます」

「三択、ということは、王家であろうと断れるということだ。正直、不敬だとは思うがな。ただ、父上の意向は王家と縁を持たないことにあるから、3家平等にみて問題なかろう」

「はい、ノエルお兄様」


結論はアンジェリカが出さねばならないが、半年の猶予期間(モラトリアム)を得た。残酷だが、1人を選んで結婚しなくてはならない。


ーーでも、ありがたいわ…


結婚相手は、見知らぬ人ではない。まして、アレクサンドルとエルドレッドは、アンジェリカを1人の女性として好ましく想ってくれている。ーーアンジェリカも、憎からず思っている。


だが、1人を選ぶとなると…。これが非常に難しい。


「…選べないわ…」

「まあまあ。半年で1番好きになった人と婚約すればいいさ」

「もし選べないなら、結婚せず父上の持つ領地を継いでも良いんじゃないか?」


ノエルの言は、不可能ではない。ダルリアダ王国では、女性継承を伯爵以下に許している。ウィリアムが伯爵領なり子爵領なりをアンジェリカに継承させれば、女領主として生きていくことも可能だ。


「つまり、僕たちが言いたいのは、色んな選択が出来るから、思い詰めなくていいよってことだよ。アンジェ」

「そうだ。何があっても、私たちが守るから。安心しなさい」

「ノエルお兄様、ルーカスお兄様…」


アンジェリカが瞳を潤ませて、隣に座る兄たちの手を握りしめる。


ーー優しい、優しいお兄様。私はやはり恵まれているわ…


兄2人の無償の愛を感じ、アンジェリカに喜びがあふれた。


「…私、お兄様たちと結婚したいわ」

「そうだね。僕たちもアンジェをお嫁さんにしたいよ」

「叶わぬ願いだがな」


アンジェリカは兄の愛情を感じ、クスクスと笑う。1人じゃないという安心感に包まれ、アンジェリカはようやく落ち着いた。





兄2人と別れ、アンジェリカが自室に戻ると、セバスチャンが淹れたての紅茶を用意して待っていた。


紅茶の芳香に、アンジェリカの心が軽くなる。ふらふらイスに腰掛け、紅茶をひとくちすすった。


「…美味しいわ、セバス…」

「お疲れ様でした、お嬢様」

「うん…」


目を閉じ紅茶の香りに包まれる。『帰ってきた』という安堵から、アンジェリカにひと粒の涙がこぼれた。


「…お嬢様…」

「セバス、お代わりをくださる?」

「はい、もちろん。ハチミツを入れますか?」

「ええ、お願い」


丁寧にセバスチャンが紅茶を注ぎ、ハチミツをほんの少し垂らす。紅茶がなお一層芳醇な香りを漂わせた。


「…何があったのか、聞いても?」

「婚約者を選べと言われましたわ」

「な…!」


ポットを持つセバスチャンの手が震えた。ーー婚約者!ついに…!

喉に小骨がささったように声が出ない。それでもセバスチャンは、絞り出すように尋ねた。


「…お相手は…?」

「三択ですわ。アレクサンドル殿下と、エルドレッド様と、ユーイン様」

「…そ、それで…お嬢様は、どなたを選んだので…?」

「お兄様たちの機転で、猶予をもらいましたわ。今年中に決めることに」


まだ婚約者が冊立していない事実に、セバスチャンが平静を取り戻す。


「そうでしたか。大変な事態になりましたね」

「まあ、遅かれ早かれ、婚約しなくてはならないから…仕方ありませんわ」

「…そうですね」


セバスチャンはボソリとつぶやいて、空になったティーカップに視線を落とす。無言で3杯目を注いだ。


ーー婚約が決まれば、お嬢様は完全に手の届かない人になる…


セバスチャンは己の立場を顧みるが、貴族の息子とアンジェリカの執事と、どちらか選べと言われたら、迷わず執事を選ぶだろう。アンジェリカに会うか会わないかの曖昧な貴族(そんざい)になっても、全く意味が無いからだ。


アンジェリカを自分だけのものにしたい、という男の欲望もあるが、それ以上にアンジェリカの傍にいたい、という願望が強い。


セバスチャンは、アンジェリカの金色の鳥。それが自己存在(アイデンティティ)であり、セバスチャンの総てである。


「…私は、お嬢様にとって…どんな存在ですか?」

「今も昔も、全く変わらないわ。貴方は私の大切な金色の鳥」

「…はい」

「結婚しても、セバスは私と一緒ですわ」

「…はい、お嬢様」


結婚しても(・・・・・)一緒、というのは、喜んでいいのか悪いのか。ーー相変わらず、男として見られていないことは分かった。


「…他人の奥方となられても、こき使われるのですね」

「そうよ」

「…先方が、私を切り捨てたらどうするのです?」

「セバスと一緒にお嫁に行けないなら、その結婚は断るわ」

「…私は、お嫁さんにはなれませんが…」

「貴方はずっと、私の傍にいるのよ、セバス。婚家にも連れて行きますからね」

「…はは…人使いの荒い方だ…」


セバスチャンの声が、段々小さくなる。悲しいような、嬉しいような。


ーー俺は、アンジェリカが男として欲しい!


という欲望と、


ーーずっと、一緒…


という願望と。


2つの思いが、らせん状に絡まってもうほどけない。その葛藤に、心が引き裂かれてしまいそうだ。


ーーそれでも、セバスチャンの根底にある望みはたったひとつ。


愛する君が幸せであること。


ただ、それだけなのだ…。


そのうち、パパたち3人のおバカなやり取りを書きたいな。もはやこの小説、オムニバス調になってきてるな…。

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