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セバスチャンと私  作者: 海老茶
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第76話

暁の日、吉日。


ダルリアダ王国第2王子の婚約が発表された。


アーサー・ソーンダイクのお相手は、レイチェル・シャンクリー侯爵令嬢。明るい茶髪の、美しい女性だ。ーーそして、父親は婚約発表日に礼部(教育)大臣を罷免されている。


また同時に、第2王子(アーサー)へ立太子の宣旨がくだる。これにて、ダルリアダ次期国王は、アーサーと定められた。


王宮では、久しぶりに大きな式典を迎える。大貴族はこぞって式典に参加し、それぞれの思惑は伏せたまま、形式上は立太子を寿いだ。


紺色の髪によく映えた、金色の太子冠を着けるその姿は、瑞々しい若獅子のように凛々しく、洗練された美しさを持ち合わせていた。


そんなアーサーの立派な姿を見て、アレクサンドルの瞳が潤む。


ーー夢のようだ…


アーサーの立太子を一番喜んだのは、弟のアレクサンドルだった。彼は、己の存在がアーサーを脅かすものだと悲観し、何とかしてアーサーの立場を強固なものにするべく生きてきた。


次期国王は、アーサーの望む立場ではないかもしれない。だが、現王妃がアーサーを亡き者にする企てを知ると、その地位だけがアーサーを護る砦なのだ。


ーーもし、兄上が望んでくれるなら…


アレクサンドルは、アーサーの補佐として傍にいたい。そのために必要なものを、アレクサンドルは身に付けてきた。

世が世なら、何の問題もなくアーサーが王太子となるはずだった。それを阻んだのは、現王妃(ははおや)のおかしな野心であった。


ーー気持ちは、分からなくもないが…


国王陛下(ちちおや)は、外戚を徹底排除した。王妃が嫁いだ日、王妃の父は大臣を罷免された。王妃といえどもその地位は、不安定なものである。だから、王妃としての権力を守るため、多少攻撃的にならざるを得ないのだ。


ーー私が国王にならない方が、父上の意向に沿うだろう


もし、アレクサンドルが王になったら。王妃は太后となって、引き続き権力を握ることが出来るのだ。それは、父親にとって不本意なことだろう。


チラリと式典の祝詞のりとを述べる父親を見る。ーーその姿は、少し喜んでいるように見えなくもない。


ーーどう転がっても、愉しいのだろうな…


結局は、国王陛下(くそやろう)たなごころの上で転がっているに過ぎないのだ。アレクサンドルは改めてそう感じるのだった。





式典が終わった翌日、ひと息入れた王太子(アーサー)に呼ばれたアレクサンドルは、豪奢な執務室の扉をノックして入室する。


「やあ、アレク。わざわざすまない」

「いえ、兄上。いつでも喜んで」


アーサーの向かいに座ると、アレクサンドルはギョッとした。ーーなぜか、父親までいたのだ。驚くアレクサンドルを余所に、アーサーは話し始める。


「さて、アレク。私は婚約者を迎え、王太子となった」

「はい。おめでとうございます、兄上」

「ありがとう。これで、準備は整ったと思うが…どうだろう?」

「え?なんの準備でしょうか…?」


キョトンとするアレクサンドルを眺め、ニヤニヤ悪い笑顔のセオドリック。ーーしまった。気を緩めてはいけない。


「もちろん、君の婚約だよ。ソーンヒル嬢が好きなのだろう?」

「え?!あ、兄上…なぜ…」

「…知られてないと思ったのか?案外初心(うぶ)だな、アレクは。夜会であれほどソーンヒル嬢に愛情表現(アピール)していれば、誰でも分かる事だ」

「完璧王子も形無しだな!」


あっはは!と大きな声で笑い出すセオドリック。……くそう。それならいっそ利用してやろう!とアレクサンドルは反撃する。


「…兄上のおっしゃる通りです。私は、アンジェリカ嬢に婚約を申し入れたい。父上、お願い出来ますか?」

「ふふ、構わないよ。ウィルへの良い嫌がらせになる」


嬉しくてたまらない!といった様子のセオドリック。


ーーそんな性格だから、『くそ野郎』と言われるんだ!


だいたい、息子の婚約を『嫌がらせ』などと言う父親が何処にいる!とアレクサンドルは憤りたい。

そんな憤慨やるかたないアレクサンドルの前で、アーサーが書類を取り出す。


「言質はとりましたよ、父上。では早速書状を書いて頂きましょう」

「…可愛くないな、アーサー。お前、そのために俺を呼び出したのか」

「ええ、もちろんです。アレクは優しいから、陛下に言いくるめられてしまうかもしれませんからね」

「…頼もしい太子だな」


アーサーをひとにらみし、セオドリックはサインする。王印まであらかじめ用意され、アーサーの周到さにセオドリックは歯噛みした。

出来上がった書状を確認し、アーサーは秘書官を呼ぶ。すぐにソーンヒル公爵家に送付するよう言い渡し、アーサーはコーヒーをすすった。


それは、あっという間の出来事だった。あんなにもアンジェリカを思いわずらった時間を、あざ笑うかのような須臾しゅゆである。


悔しげにしていたセオドリックだったが、ソファに座り直してニヤリと笑う。


「良いタイミングだったな。さすがはアーサーだ、と褒めておこう」

「ありがとうございます」

「兄上…ありがとうございます。タイミングが良かった、とは?」

「ああ。どうやらストックデイル卿が、ソーンヒル家に婚約の申し入れをしたという情報が入ってね。アレクも急いだ方が良いと思ったんだ」


ストックデイル!ーーアレクサンドルに冷たい汗が流れた。多分、ユーインだ。ユーインの関心に、ストックデイル卿が乗っかった、ということか。

我知らず、アレクサンドルは拳を握る。


「…負けません」

「うん。応援しているよ。まあ、それだけではなく、オズの弟にも先手を打った方が良いからね」

「おや?バートの息子は、マスグレイヴのお嬢さんと婚約したんだろ?」

「オズも、たいがい弟バカですからね。多分、もう動いてますよ」

「へえ…。それは面白いな」


セオドリックの瞳が光る。「最近、退屈してたんだ」との呟きが怖い。アレクサンドルの助太刀をするのか、邪魔をするのか。面白いこと至上主義者の行動は、読めない。


そんなセオドリックを見て、フーッとアーサーが長い息をはく。呆れた目で父親を見据えるが、ふと思い出したようにアレクサンドルに話す。


「そういえば、最近鉱石や武器の流通が少なく感じる。アレク、何か知ってるかい?」

「鉱石や武器…。レクサム領やソーントン領が主力ですよね。レクサム領の流通は平常かと」

「そうすると、ソーントンか。魔法大臣の罷免を根に持っているかな?」

「根に持っているのは、娘の件かもしれませんね」


肩をすくめて、アレクサンドルが言う。ソーントンか。抑えにハドルストンを据えたが、どれだけ効果があるものか。アレクサンドルの瞳の奥に炎が宿る。


「分かりました。注意しておきます」

「ありがとう。頼んだよ」


兄弟は頷き合い、堅い握手を交わす。それをみたセオドリックは、「出番なしか」と呟いた。





自室に戻ったアレクサンドルは、早速地図を広げて印を付けていく。


ーー鉱石の生産はここ、武器の輸出はここ…


印を付けた領地の、近年の流通量を調べる。さらに、商人の動きも注視すべきだ。それと、金や銀の粗悪がないかも併せて確認しよう。


ーーこの流れは…


どこぞが内乱でも画策しているのか。アーサーの慶事に、水を差す真似はしたくない。出来れば未然に防ぎたい。


この動きに、ストックデイルは関連しているのだろうか。関連したとして、どちら側(・・・・)なのか。ーー調べるべきことは、山のようにある。


これが、アーサーの右腕として初仕事だと思うと、俄然やる気が出る。アーサーは、恐らく兄弟のために、王太子を引き受けてくれたのだから。大切な兄の役に立ちたい。


ーーアーサーの補佐役としての地位を確立するのだ!


そんな思いで、アレクサンドルは張り切る。


そして、アーサーの立派な補佐役になったとき、隣にはアンジェリカという素晴らしい伴侶が居ると良い。


アレクサンドルは新たな夢に、浮き足だった。



各馬ゲートインしました。

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