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セバスチャンと私  作者: 海老茶
71/98

第71話

深緑の季節、木々が青々と美しくなる。時折降る雨が、植物をさらに生き生きと見せた。


段々と蒸し暑くなる最中、まだ冷え込む夜に、アンジェリカは1枚の手紙をクルクル回して、項垂れていた。


「…お嬢様。手紙をクルクル回しても、事態は変わらないかと」

「…ちぎって燃やせば、事態は変わるかしら…?」

「変わりませんので、お止め下さい」


アンジェリカが怪しい方向にむかったので、セバスチャンはパッと手紙を取り上げる。ーーこの手紙を燃やしたい気持ちは、セバスチャンとて同じだが。


「まさか、また夜会とは。ストックデイル辺境伯は、何を考えているのかしら…?」

「あれから、公爵への接触はありません」

「うーん、目的が多すぎて、本命が見えないわね」

「木は森に隠せ、と申しますから」


アンジェリカは白く美しい手をあごに当て、考え込む。その姿は、女神を思わせるほど美しい。憂いを帯びたその表情は、悶えるほど佳麗だ、とセバスチャンは震えた。


「…今回は、お父様の命令文まで入っていたわ」

「前回のお嬢様の行動からのことでしょう」

「面倒くさいこと…」


エスコートまで、指名されていた。今回のエスコートは、次兄(ルーカス)だ。

退路を塞がれた。アンジェリカはそう思った。


まあ、いい。エスコートがルーカスなら、多少の自由と融通がきく。その上、何があってもアンジェリカの味方をしてくれる。ーー安心感が誰よりもある兄として、アンジェリカは心から信頼している。


「夜会は1週間後ね。セバス、支度をお願い」

「畏まりました、お嬢様」


さて、夜会でもお嬢様が1番美しくあらねば。どのドレスにしようか、とセバスチャンは張り切るのであった。



++++++++++



小雨の中、大きなやしきに4頭立ての馬車が、次々と訪れる。

今回の夜会は、招待客を半分程度に減らした分、家柄の良い貴族が参加していた。


アンジェリカはルーカスのエスコートで、ストックデイル邸に入る。ーー相変わらずの成金趣味だ。金が眩しい。


真っ金々のシャンデリアの下、人があふれはじめた。


「…すごいな。今日は高位の貴族ばかりだ」

「なのに、王族は招待されていませんのね」

「“叛意あり”と思わせたいのかな?」

「…ストックデイル辺境伯のやる事なす事、全て統一感がありませんわね…」

「だから、いちいち惑わされてはダメさ。そのうち絞られていくよ」

「なるほど…」


ルーカスは事もなげに言い放つ。これが長兄(ノエル)では、こうはいかない。逐一考えて余計な苦労を背負い込むだろう。それを加味して、今日のエスコートがルーカスだったのか。


「ところでお兄様。アレクサンドル殿下の護衛はよろしいの…?」

「よろしい、よろしい。僕はただの一般兵だからね」

「………」


またアレクサンドルとの確執が広がるだろう。アンジェリカはそう思った。


ホールの前方中央で、歓声が上がる。華やかな舞踏会が始まった。煌びやかな内装が眩しいのか、貴族の身にまとう貴金属が眩しいのか。アンジェリカは目を細めて眺めていた。


ルーカスとホールの隅で人間観察をしていると、周辺がざわつき始める。何事かと首を傾げていると、群衆が割れて1人の青年がアンジェリカの前に立った。


ーーまあ…あちらから(・・・・・)接触に来たのね(・・・・・・・)


「お美しいご令嬢、是非僕と踊っていただけますか?」

「…ええ、喜んで」


髪を後ろにまとめ、紺の夜会服を身にまとう彼は、実年齢より大人びて見える。ーー先方からのご指名だ。少し探ってみよう。そんな思いからアンジェリカは彼の手を取った。


青年は、わざとホールの中央を陣取り、踊り始める。アンジェリカへの嫌がらせなら、これほど効果が上がるものはない。


「今日は来てくれて嬉しいな、ソーンヒル先輩」

「…こちらこそ、お招きありがとう存じます」

「緊張しているの?」

「ええ、少し…」


明るくテンポの速い曲を、完璧に踊る2人。アンジェリカに緊張など微塵もないことを、青年は分かっていた。


ーーふうん、このお人形さんは、ダンスも完璧だね


おまけに、僕の姿を見ても全く気を引く素振りを見せない。ーー青年には、それがとても新鮮だった。


「ストックデイル」と言えば、誰もがすり寄ってくるし、美麗な青年に誰もが近づいてくる。


ーー俺に落ちない女はいない


青年には、身分の高さに見合う傲慢さがあった。


「ねえ、ソーンヒル先輩。いま君と踊っているのは、どっち?」

「ユーイン様ですわ」

「……ハズレ」


青年は軽く目を見張る。アンジェリカは、即座に双子の名前を言い当てた(・・・・・)


ーー何故見破った?完璧にノーマンの振りをしていたのに…


少し動揺して、思わず「ハズレ」と言ってしまった。だが、このご令嬢はどう出るか。ユーインはそれを知りたい。


「貴方がユーイン様でないのなら、あの時のお茶会で嘘をついたことになりますわね」

「いや、だって、僕の左目の下にホクロなんてないでしょ?」

「ホクロ…?ホクロに何の関係が?」

「え、でも、そうじゃなきゃ、僕たちを見分けられないでしょ?」

「確かによく似ておりますが、別人ですわ。貴方は、お茶会でユーインと名乗りました。結局、どちらが嘘なのです?」

「……あははっ!」


少年のような笑顔で、ユーインはアンジェリカを抱き上げてクルクル回る。それがまた音楽に合っていて、周りから歓声が上がった。


「ゴメン。嘘ついて。俺は(・・)ユーインだよ。…君の正解だ」

「覚えたと、言いましたでしょう」

「うん。そうだった。本当に覚えたとは思わなかったから」


嬉しそうにユーインが言う。…何だか先ほどよりも躰が密着しているのは、気のせいだろうか?


「他人に見破られたのは、初めてだよ」

「そうですか」

「ね、どうして俺がユーインだって分かったの?」


オーラで、とアンジェリカは言えず、適当に言葉を濁す。


「雰囲気と、お姿ですね」

「それだけ?」

「それだけで十分では?先ほども申した通り、似ているけれど、別人ですもの」

「そっか…」


目の前の美しい人は、どうやら適当に当てたようではない。


ーー多分、俺を覚えたんだ…


俺じゃな(・・・・)ければ(・・・)、ノーマン。きっと、そういう覚え方。


ユーインは、何故だかそれが嬉しい。


「!!?」


ユーインはいきなりアンジェリカを抱きしめて、頰にキスをする。さらに、その頰をベロリと舐めた。驚いたアンジェリカは、強くにらんで非難する。


「何をなさるの…!」

「ふふ。おまじない」


ニコリと微笑んで、ユーインは告げる。


「『俺の胸に頰を寄せて踊る』」

「!!!」


アンジェリカは吸い取られるように、ユーインの胸に舐められた頰をくっつけて、踊る。ーーその姿は、周囲にアンジェリカとユーインの仲が睦まじいものだと思わせる。


ーーうそ…!躰が動かない…!


躰がーー頰が、ユーインの胸から離れない。頰を剥がせない。こんな…目に見えない力が作用するなんて…!


「アンジェリカさん…」


ユーインに優しく頭を撫でられた。アンジェリカは抵抗出来ないことを知り、力を抜く。

フワリと良い香りが鼻腔を掠める。これは、ユーインの香り。……アレクサンドルとも、エルドレッドとも違う、男性の香りだ。


腰をとられ、しっとりと踊りながら、アンジェリカは考える。


突然、右頰を舐められた。

『俺の胸に頰を寄せて踊る』という言葉。

舐められた頰だけが、動かない。


ーーこれは、まさか、特殊能力…?


リオンが言っていた。「まるで五感のようだ」と。もしそれが当てはまるのなら…彼は『味覚』。


「ねえ、アンジェリカさん。君にはまだ婚約者はいないよね」

「…いませんわ」

「ふうん。そっか。アンジェリカさんは、年下は嫌い?」

「好みなどありませんわ」

「ふふっ」


ユーインは本当に楽しそうに笑う。女性に、こんな無碍にあしらわれたのは、初めてだ。胸に頰を寄せて、躰をこれほど密着しても、アンジェリカは全然ユーインになびかない。


ーーそれどころか、なんか考えているな…


自分の躰の一部が動かない理由を、必死に考えているのだろう。…なんて賢い女性だ!


ユーインの心が弾む。


曲が終わり、アンジェリカの頰が自由を取り戻した。ーーなるほど、あの呪文(・・)には、時限があるのか。アンジェリカがホッとする。


「残念、もう終わっちゃった」

「3曲も踊れば、十分かと」

「ん。少し休憩する…?」

「ご令嬢、次は私と」


背後から、手を取られた。アンジェリカが振り返ると、そこにいたのはエルドレッドだった。


ーーソーンリー様…


手を握られ、思わず安堵した。さっきの事も話したい。


「今日は、こちらが主催者だ。遠慮してもらいたい」

「もう3曲踊りましたよ。アンジェリカ嬢は、解放してもらいます」

「……仕方ないか」


ふーっと長い息を吐いて、ユーインはアンジェリカの手を離す。すると、すぐにエルドレッドが輪の外へアンジェリカを連れ出した。


「またね、アンジェリカさん」


背後からユーインに声を掛けられた。お茶会(あのとき)と同じ台詞に、アンジェリカの背中がヒヤリとした。





アンジェリカとエルドレッドは、ダンスをせずにホールを出る。アンジェリカが「話がある」と言って誘い出したのだ。


だが、外は雨。秘密の話をするには、休憩室しかない。エルドレッドを信用していないわけではないが……いや、男女関係の件ではあまり信用していないから、密室に2人きりは避けたいところだ。


「話って?どうしたの?アンジェリカちゃん」

「それは…。出来れば内密の話なのですが…」

「そっか。じゃ、そこの部屋で話そうか」

「え、ええ…」


エルドレッドに腰を取られ、ドキリと胸が跳ねる。……どうしよう。今すぐエルドレッドに話したいけれど、2人きりは……緊張する。


と、そこへ2人を追いかけてきたルーカスが声をかける。


「アンジェリカ」

「お兄様…」


声をかけられて、思わずホッとした表情を浮かべたアンジェリカに、エルドレッドが苦笑する。その様子を見て、アンジェリカは、自分で誘ったのに意識してしまったことを、少し申し訳なく思った。

アンジェリカはエルドレッドの手を取り、ぎゅっと握って見つめる。

エルドレッドは瞳を大きく広げたが、すぐに良い笑顔になった。ーー嬉しそうだ。



「どうした?もう帰るのか?」

「いえ、お話があって。お兄様も一緒に聞いて下さる?」

「いいよ。じゃ、その部屋に入ろうか」


スタスタと前を歩いて、部屋に入っていくルーカス。アンジェリカはエルドレッドの手を握ったまま、ポソリと言う。


「すみません…」

「良いよ。アンジェリカちゃん、僕を男として意識してくれたんだから。むしろ嬉しい」

「あ…」


そうなるのか。アンジェリカの頰が赤くなる。その愛らしい様子に、エルドレッドはつないだ手を引いて、白磁の手にキスをする。


「可愛い、アンジェリカちゃん。この指輪も、とても似合うよ。…イヤリングと左手の指輪が邪魔だけれど」

「ふふ、ありがとう存じます」


手をつないだまま、2人は部屋に入る。一歩踏み込んだ関係に進んだ、とエルドレッドは頰の緩みをおさえられなかった。


双子を書くのが好きです!

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