表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セバスチャンと私  作者: 海老茶
70/98

第70話

第3王子のアルフレッド・ソーンダイクは、小さな頃から達観していた。


武術では、第2王子(アーサー)に敵わない。

学術では、第1王子(アレクサンドル)に及ばない。


それに、アルフレッドの母親は、踊り子上がりの側室である。王の側室に召される時、下級貴族の養子となったが、もともと平民の母だった。血筋の上でも、兄2人に劣っている。


そんな環境だったが、アルフレッドは腐ることなく健やかに育つ。

健やかに育った理由の1つは、母親の野心がさほど無かったこと。もう1つは、他の兄弟がアルフレッドを虐めたり、馬鹿にしたりしなかったことである。


アーサーの性格が奇跡的に良いおかげで、アレクサンドルもアルフレッドも仲違いすることは無かった。むしろ、アーサーがこっそり兄弟たちと遊んだことにより、3兄弟は固い絆で結ばれた。ーー3兄弟が仲良しなのは、アーサーという良心的な存在によるものだった。


だが、現王妃とアルフレッドの母親とは仲が悪く、また現王妃はアーサーの継承を認めないことから、3兄弟が一緒にいることを厭忌えんきしたため、おおっぴらに仲良くすることは出来ない。


アルフレッドには、そのことがもどかしく悔しい。王位継承権を放棄すれば仲良く出来るのかとも考えたが、王が放棄を許さなかった。


ーー王宮は、窮屈だなぁ


アルフレッドの出した結論は、「生きたいように生きる!」ということだった。兄たちには迷惑を掛けぬよう、だが良い子を演じることなく、わりと自由にアルフレッドは成長した。



+++++++++



ある日の午後。アルフレッドは、こっそりと兄に会いに生徒会室に行く。


「やあ、アレク兄さん」

「おや、どうした?」


世間的には、仲の悪い兄弟と考えられているから、あまり人目に付く所で仲良くしない方がいい、と思い、アルフレッドはこそこそ会いに行っている。


「アル、ここは学園だ。ここでは何も遠慮することはない」

「そう?じゃ、次は堂々と会いに行くよ」

「……何だか浮気現場を見ている気分だよ」


エルドレッドが脇で小さく呟いた。その奥では、アンジェリカが書棚を整理している。


「アンジェリカお姉様…!」

「まあ…アルフレッド殿下…」


アンジェリカを目ざとく見つけて、駆け寄るアルフレッド。その腰に抱きつき、「さあお姉様踏んで下さい!」と懇願する。


「ちょっと!アルフレッド殿下!」

「何しているんだ!アル!」


慌てたアレクサンドルとエルドレッドから、アルフレッドは引き離された。アンジェリカは苦笑するだけで、特段気にしている様子はない。


「アンジェリカお姉様も、生徒会の一員なのですね」

「…不本意ながら」

「アレク兄さん!僕も入るよ!」

「…確かに、アルを勧誘する予定だったから、それは良いんだけれど…。アンジェリカ嬢に無礼を働いたら、許さないよ」

「ふふ、アレク兄さんの大切な人に、無礼なんてしないよ」

「…先ほどの行為が、“無礼”って言うんですよ、殿下…!」


エルドレッドがプリプリ怒っているが、アルフレッドは一顧だにしない。


ーーソーンリーの子弟なんかに、アンジェリカお姉様は渡さないよ


アンジェリカお姉様は、アレク兄さんのお嫁さんになるんだ。徹底的に邪魔してやる!と息巻くアルフレッド。ーーセオドリック譲りのふてぶてしさであった。


エルドレッドがアルフレッドに説教している間、アレクサンドルはアンジェリカにこっそり聞く。


「アルとの間に、いったい何があったんだい?“お姉様!”って…あれはなに?」

「…呼び名については、どうとでも呼んでよろしいと言ってしまいましたので、ご不快でもお許しあそばせ」

「いや、不快ではないし、その…将来そうなったらと…」


ゴニョゴニョ言い淀むアレクサンドル。


ーー『お姉様』…つまり、私の妻と、本当にそうなったら…


ようやく訪れた初恋に、もだもだするアレクサンドルだった。




夕方になり、アンジェリカとエルドレッドが退室する。そして生徒会室には兄弟2人が残った。


「同じクラスに、警戒する人間はいるかな?」

「それはもちろん、ストックデイルだね。あの双子、油断も隙も無いよ」


今のところお手上げだね、と肩をすくめるアルフレッド。度が過ぎたイタズラっ子という印象だと話した。


「ふむ…。では、生徒会に推薦したい人間は?」

「そうだね。レクサム嬢とか、素敵だよ。冷静沈着で」

「うん、なるほど。では次期生徒会長は、誰が良いと思う?」

「リオン君じゃない?真面目だし。副会長(サブ)にハドルストン嬢つけとけば?」


アンジェリカじゃないところが、アルフレッドの慧眼である。アンジェリカは公平で公正な人間なのだが、いかんせんやる気が無い。


「うん。参考になったよ。ありがとう、アル」

「いえいえ。僕も生徒会の一員だからね」

「ああ。頼りにしているよ。ところで…」


ギシリと音を立てて、アレクサンドルが座り直す。


「アンジェリカ嬢を“お姉様”と呼ぶ理由を、教えてもらおうか。いったい、お前たちに何があった?」

「ふふ、アレク兄さんったら、ヤキモチ焼きだね」


威圧するようにアルフレッドに問う姿は、好きな子にやきもきする男の子そのものだ。ーー若干、冷気がすごいけれど。


「アンジェリカお姉様はね、僕を踏んだんだよ…!」

「……は……?」

「あのボートで2人きりになった時、アンジェリカお姉様に僕は言ったんだ。“兄さんをもてあそばないで”と。“弄んだら、ただじゃおかないよ”とね」

「お前、アンジェリカ嬢を脅したのか?!」

「うん。だって、兄さんには幸せになってほしいからね」


素晴らしい笑顔で、人を脅したことを報告する兄弟(アルフレッド)。気持ちは嬉しいが、その悪意のない脅しは、セオドリックによく似ている。


「それで、どうしたの?」

「僕の脅しに、アンジェリカお姉様はどうしたと思う?『私を脅すなど百年早いですわよ、殿下』って僕を蔑んで、足を踏みつけたんだ!」

「…ええ…?」

「その力加減も絶妙でね!痛みはあるけれど、あざにならない程度でね!」

「………ええ………?」

「最後に、こう言ったの。『ケンカを売るならいつでもどうぞ』ってね!もうね、女王様みたいに強く優しい瞳でね!本っ当に、素敵だったんだよ…アンジェリカお姉様…!」

「…………………………」


ウットリと明後日の方向を眺めながら、ほう…と熱い吐息をはくアルフレッド。


ーー弟に…妙な性癖が目覚めた…


アルフレッドの、アンジェリカ嬢への思いは、恋や愛の類ではないことに安堵したが、弟は開けてはいけない扉を開けてしまったのでは?と、アレクサンドルは強い不安を覚える。


「アレク兄さん、僕、応援するからね!アンジェリカお姉様を、僕のお姉様にしてね!」

「あ、ああ…」

「ああ!早くお姉様と暮らせる日が来るといいなぁ…!」

「………」


援護射撃してくれるのは大変ありがたいが、たとえアンジェリカと結婚しても、お前は一緒に暮らさないよ、と声を大にして言いたいアレクサンドルだった。





その夜の月は、鮮やかな満月だった。完璧な円を描く美しい月を眺めながら、アルフレッドはぼんやり思う。


ーー僕の役割は…


アレクサンドルは隠しているつもりのようだが、彼の最終目的は、アーサーを王太子に…いや、次期王にすることだろう。

父王セオドリックは、婚約者を決めた者を、王太子として冊立しようとしている。

ここで、父王の誤算は、3兄弟が王太子の座を争わなかったことだ。むしろ、誰もその座に就きたくない、と忌避している。

父王は3人を争わせて楽しもうとしていたが、意に反して3人が争わず、互いに王太子の座を押し付け合おうとしている誤算を、楽しんでいた。


ーーくそ野郎だよ、ホント


何をしても、手のひらで踊らされている気にさせられる。人としてダメな類いだ、父王(アレ)は。


父親はあんなのだが、アルフレッドは兄2人が大好きだった。だから、2人が幸せになることこそが、アルフレッドの望みだ。


第2王子(アーサー)を王太子に。

第1王子(アレクサンドル)にはアンジェリカを。


ーーそうなると、第3王子(ぼく)は…聖女(リリアン)をお嫁さんにすれば良いのかな?


それも楽しそうだ。


アルフレッドは真円の月をながめ、これからの学園生活が面白くなりそうなことを、喜んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ