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セバスチャンと私  作者: 海老茶
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第69話

生徒会では、春の予算編成の他に、決めなければいけない重要事項があった。


次期生徒会長である。


生徒会メンバーの任期には、実は明確な決まりがない。だから、アレクサンドルが望めば、卒業まで会長職に就くことも可能だった。

だが、歴代会長は、2年生のうちに会長職を下級生に譲っていた。アレクサンドルは恐ろしい速度(スピード)で会長に就任したが、会長職に固執するつもりはない。アレクサンドルも、2年生のうちに会長職を降りるつもりだ。


なので、次期生徒会長こうにんに目星を立てなければいけない。そして、下級生を勧誘しなくてはならない。


新学期にバタバタしながらも、アレクサンドルは次期生徒会メンバーについて、頭の片隅に入れていた。



++++++++++



麗らかな春の陽光の中、学園内の大きな東屋で明るい、はしゃぐような声が上がっている。

若く元気なその声は、おおむね1年生(フレッシュ)のものだった。ーーお目当ての上級生とのお茶会である。


「殿下とソーンリー様、今をときめく男性お二人とお茶会だなんて、私たちはなんて幸運なのでしょう!」

「その通りですわ、ヘインズ様!」

「お近くで見ても、素敵ですわ…!」


うっとりとした視線を集め、アレクサンドルとエルドレッドは苦笑する。慣れた視線だ。興味も無いが、無碍にも出来ない。


アレクサンドルとエルドレッドは、1年生の偵察のため、誘われたお茶会に参加してみた。だが、いざ参加してみたら20人ほどの大勢に取り囲まれ、圧倒される。1年生は元気だ。


2人ともアンジェリカへの好意を隠さなくなったから、取り巻きは極端に減った。そのため、冬はずいぶんと穏やかな生活を送れたものだ。

だが、新入生はそんな事情を知らない。


ーーこの国で1番身分の高い2人が、これほど麗しい方だなんて…!


家柄だけでも申し分ないのに、顔の造形の美しさときたら!三拍子全て揃ったこのお方に、ときめかない女性がいたら見てみたい!


……と、新入生の女生徒は虎視眈々と大貴族(けっこんあいて)を狙うのだった。


「ねえ、1年生で優秀な人は誰?」

「…エル、もう少し婉曲に聞いてくれ」

3年生(サード)では、お二人が優秀だと聞いていますわ」

「大会で2年連続優勝なさったとか!」

「素晴らしいですわ~!」


キャッキャとはしゃぐ1年生。あかん。人の話を聞く気がない。


1年生(わたしたち)では、ストックデイル様が格好良いですわよね~!」

「双子様どちらも、とても優秀だと聞いていますわ」

「ウェルシュ様も、ご婚約者がいらっしゃらないと」

「ブライトン様も、凛々しくて美男子(ハンサム)ですわ~」

「「「お二人には、敵いませんけれど!」」」

「……どうも……」


全員のハモる声を聞き、アレクサンドルとエルドレッドがゲンナリする。最近は、褒められる言葉が全然嬉しくない。むしろツンに魅力すら感じる。ーー完全にアンジェリカに毒された2人だった。


アレクサンドルは、冷静に考える。

この場に、キャスリーンとコニーはいない。なるほど、かしましい娘どもとは一線を画しているようだ。あの二人は優秀そうだし、生徒会に誘うのも悪くない。


だが、ストックデイルの双子はどうするか。


優秀なのは、間違いないだろう。あの(・・)ストックデイル卿が、不出来な息子を許すはずがない。社交界に出したということは、ストックデイル卿から合格点を貰ったのだろう。ーー合格点が、ものすごく高い設定そうだ。


それでも、あの(・・)ストックデイル卿の息子というだけで、性格が合う気がしない。


ーーあまり、気が進まないな


それが、アレクサンドルの偽らざる本音だった。


そんな考え事をしながら、ご令嬢方に適当に相槌を打ってその場を乗り切るアレクサンドル。隣で、そっとエルドレッドが呟いた。


「収穫なしだね」

「…そうだな」


アレクサンドルとエルドレッドは、このお茶会の参加が、ただの徒労だったことを知る。あとはただ、このやかましいお茶会が早く終わることを祈っていた。



++++++++++



入学式から、ひと月。そこかしこで開かれていたお茶会が、ひと段落した。


アンジェリカも、時折キャスリーンたちと女子会をして、情報を交換し合った。キャスリーンたちの学年は何かと積極的で、優良物件(いいおとこ)を見つけては、大勢でお茶会を開いていたそうだ。たまにリオンが犠牲になっていたらしい。そして、アレクサンドルとエルドレッドはしょっちゅう犠牲になっていたようだ。


そんな喧騒も静まり、アンジェリカが穏やかな日々を過ごしていると、コニーから1通の招待状を受け取った。

コニーは無言で招待状を渡し、一礼してすぐに翻ってしまう。これが何なのか、聞けずじまいだ。そんなコニーの珍しい態度に首を傾げながら、アンジェリカは中身を確認する。



『アンジェリカ・ソーンヒル様

 本日15時 中庭の東屋(ガゼボ)にてお待ちしております』



「………」


手紙、封筒。どこを見ても、差出人は記載されていない。ーー不審そのものである。だいたい、中庭にいくつ東屋(ガゼボ)があると思っているのか。いちいち探すのも面倒くさい。


だが、コニーのあの様子では、行かざるを得ないだろう。脅されたか、弱みにつけ込まれたか。アンジェリカが誘いに乗らなければ、おそらくコニーに被害が出る。


ーーまあ、セバスがいるから、何とかなるでしょう


いつもの様に、面倒くさいことは全てセバスチャン任せだ。あとは、リリアンを誘うか。ーーいや、彼女に被害が被ってはいけない。彼女の存在は隠していた方が良い。


ーーうーん…


一人で参加するのもアレなので、アンジェリカはふと思い立ち、とある女性を誘ってみることにした。





放課後。誘いを受けた中庭に、アンジェリカは向かう。その隣で、ジョアンナが話しかけた。


「正体は、どなたかしら…?」

「筆跡に、心当たりはありませんか?」

「ありませんわ。すると、1年生(フレッシュ)かもしれませんわ」

「なるほど…」


アンジェリカは、ジョアンナに全てを話した。ーー1年生からこの招待状をもらったこと。差出人の記載がないこと。不審だから、一緒に参加して欲しい、とお願いしたのだ。


ジョアンナは、これがアンジェリカの自作自演で何かのワナでは?と思わなくも無かったが、好奇心に負けた。少なくとも、アンジェリカの話に嘘はなさそうだし、筆跡に見覚えがない。


ーーこれが、アンジェリカのスキャンダルになれば、その場にいないのは大変に惜しいことだから。そんな下心で、参加を了承したのだった。



とりあえず、2人は中庭にある1番大きな東屋に向かった。すると、弾む声が聞こえる。


「まあ、ストックデイル様ったら、冗談が過ぎますわ」

「はは、僕たちは両方ストックデイルだけど」

「本当に、ユーイン様もノーマン様もよく似ていらっしゃいますわ!」


……どうやら、ストックデイルの双子からの誘い(わな)のようだ。アンジェリカが気を引き締める。


「ごきげんよう」

「やあ、待っていたよ」

「おや、その美しい女性はどなたかな?」

「ジョアンナ・ハドルストンと申します」


私も参加しても?とジョアンナが聞くと、「もちろん!」「美女は大歓迎さ!」と双子が了承する。

まずは、第1関門をクリアしたことを、アンジェリカは安堵した。


このお茶会には、1年生女子が3人と双子の他に1年生男子が1人いた。1年生は全員知らない人だ、とアンジェリカは思っていたが、ジョアンナはほとんど顔見知りのようだ。


ーーハドルストン様を誘って良かったわ…


これで、アンジェリカは話し相手をしなくて済みそうだ。ジョアンナの巧みな話術に相槌を打っていればいい。ーーなどと、アンジェリカは虫の良いことを考えていた。


「そういえば、先のストックデイル様の夜会には、私も参加しましてよ」

「また次があったら、来てね」

「待ってるよ」

「はい、ありがとう存じます」


双子のリップサービスに、気を良くするジョアンナ。ストックデイル辺境伯といえば、公爵に並ぶほどの重要なポジションだ。ここで関心を持ってもらうことは、決して悪いことではない。


ーー好奇心に負けて参加したけれど…


これは大変な幸運だ。是非ともストックデイル様とお近づきになりたい!とジョアンナは張り切るのであった。


「ハドルストン先輩は、どれが好きかな?」

「まあ、お優しいのですね。私はクロテッドクリームが好みですわ」

「僕も!じゃ、クリームたっぷり塗ってあげるね~」

「ああ!ズルイ~」

「私はカスタードが好きです~」


盛り上がるお茶会を余所に、アンジェリカは静かに紅茶を堪能する。この紅茶は、ずいぶんと渋い茶葉だ。だが、菓子に合う味だ。


「ソーンヒル先輩は、お菓子食べる?」

「…結構ですわ」

「では、紅茶は?」

「…頂きますわ」


長い指でティーポットをつかみ、アンジェリカのティーカップに紅茶を注ぐ。あまりに慣れた手つきに、アンジェリカの瞳が大きくなった。


「驚いた顔も綺麗だね。僕も紅茶が好きだから、飲んでいるうちに入れ方を覚えたよ」

「そう」


美少年からの媚にも、アンジェリカは塩対応だ。今度は双子の片割れが目を見張る。


「ふうん。僕たちに興味なし、か」

「ありませんわね」

「僕がどちらか、わかる?」

「分かりませんわ」

「そう。じゃ覚えて帰ってね。僕はユーインだよ。で、あっちがノーマン」

「…貴方が嘘をついていなければ、覚えましたわ」

「うん。見て、僕には左目の下に、小さなホクロがあるんだ。それで区別がつくよ」

「………」


いったい、何をどうしたいのか、この双子は。そんなことを言うために、不審な招待状を渡したのか。興味はないが、疑問は尽きない。


「ドラモンド嬢を脅したのです?」

「まさか!お願い(・・・)しただけだよ」

「差出人を記載しなかったわけは?」

「ただの書き忘れ」


にこにこしながら、アンジェリカの質問によどみなく答えるユーイン。ーーそれは、あらかじめ(・・・・・)回答を用意(・・・・・)していた(・・・・)かのようだ。

アンジェリカは胡乱げな視線を送るが、平然とそれを受け止めるユーイン。

さすがはストックデイル。一筋縄ではいかない。


「私を呼び出したかったら、直接どうぞ」

「うん。次からはそうするよ」

「ーー次が無いことを、祈りますわ」


アンジェリカはスッと音もなく立ち上がり、「ご馳走様、ではごきげんよう」と一瞥して、その場を後にする。


ユーインの「またね」の声が、いやに大きく聞こえた。


ジョアンナ置き去りで勝手に帰るアンジェリカ…

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