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セバスチャンと私  作者: 海老茶
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第67話

春を迎え、生徒たちは学年が一つ上がる。


入学式の準備で、生徒会はてんやわんやであった。アレクサンドルを筆頭に、右へ左へ、大忙しだ。

司会は、副会長のエルドレッド。挨拶を会長のアレクサンドルが行い、配線や照明、生徒の誘導などを他のメンバーが担当した。


アンジェリカは、ジョアンナとともに誘導係を割り振られ、校門に立って新入生に案内する。


「パンフレットを受け取りましたら、ホールへお向かい下さいませ」


ジョアンナが美しい笑顔で、新入生を会場へ誘導する。アンジェリカは、無表情でパンフレットを次々渡す。その華麗な上級生2人に、新入生は憧れを抱いた。


「おねーさん、パンフレットちょうだい」

「どうぞ」

「ありがとう」

「ホールはあちらですわ」


誘導しようとして、ジョアンナは驚く。同じ顔が2つある。自分の目がおかしくなったのか、と一瞬疑った。ーーどこかで見たような。


一方、アンジェリカは、双子が冬の夜会で見たストックデイルの子息であることに気付いた。チラリと見たオーラは、紫色が中心。


ーー警戒の色ね…


当然と言えば、当然だった。公爵にも並ぶような、重要な地位にストックデイル辺境伯はいるのだ。警戒しない方がおかしい。


双子の後ろ姿を見送って、何だか嫌な予感がしたアンジェリカだった。





パンフレットを配り終え、入学式会場に戻ると、ちょうど学園長の挨拶が始まるところだった。


アンジェリカは、昨年の入学式に引き続き、満足出来るほどの成果だった。パンフレットを配布するとき、チラチラとオーラの確認が出来た。赤やオレンジ色など、警告色はほとんど無い。ーーたまに、女性で見かけたけれど。あれは、殿下や公爵家の関係だろうか。


「在校生代表からの挨拶です。アレクサンドル・ソーンダイク生徒会長、お願いします」


はい、との返事とともに、軽やかにアレクサンドルが壇上にあがると、女生徒から感歎のため息がもれた。ーーもう恒例行事だ。


ーーあれから、もう1年ですのね…


入学式(あのとき)に見たアレクサンドルのオーラは、この世の全ての色という色を混ぜ合わせたような、濃い灰色だった。アンジェリカは、それが恐ろしくて仕方なかった。


ーーこれほど近づいた関係になるなんて、想定外でしたわね…


第1王子であるアレクサンドルの呼び名は、なぜか多い。『完璧王子』、『完全無欠』、『冷酷無比』、『魔王』など。何でもそつなくこなす王子だから、灰色のオーラを纏う理由が分からなかった。ーー公爵家への恨み。そんな風に捉えていた。


だが、第1王子は、近づいて見ると真面目で公平な男だった。不正や不穏には容赦ないが、基本は丁寧でーー優しい人だ。アンジェリカは、そのことを知った。1年前と違い、今、アンジェリカは穏やかな表情でアレクサンドルを見つめる。


壇上のアレクサンドルと目が合った。アンジェリカは『お疲れ様です。ご立派なお姿ですわ』と微笑むと、アレクサンドルが嬉しそうに微笑んで、挨拶を終える。その途端、全女生徒から悲鳴が上がった。





アンジェリカの新たなクラスには、リオンとジャンが在籍していた。Xクラス上がりは、さほど珍しい事ではない。入学時の特殊事情により、Xクラスに配属したが、リオンのようにたまに優秀な人間が混じったりする。まして、今回は2人とも貴族だ。特に批判もなく、Sクラスとして受け入れられた。


そのリオンから、声をかけられた。


「キャスリーンが入学しまして。お二人を是非お茶会に誘いたい、との伝言をもらっています」

「まあ、キャスリーン様はお元気ですか?」

「はい、とても。いつも通りに」

「わあ…懐かしいですね!」


アンジェリカとリリアンは、レクサム領での日々を思い出し、微笑みあう。明るく元気なキャスリーンに、2人とも会いたかったが。


「ガスコイン様、申し訳ございません。本日は先約がございまして。近日中に、キャスリーン様とお茶会をしたい、と申し伝えて下さいませ」

「すみません。私もです。キャスリーン様によろしくお伝え下さい」

「そうですか。残念です。キャスリーンにはそう伝えますね」


さして気にした風もなく、リオンは引き上げた。ーー実は、アンジェリカたちの先約は、リオンに知られない方が良い。優しい彼は、きっと気にしてしまうから。


チラリと時計を見て、アンジェリカはリリアンに「行きましょうか」と声をかける。一つ頷いて、リリアンは従った。





中庭の、陽当たりの悪い一画で、目的の女性が待っていた。遠慮がちな彼女らしい、お茶会の会場である。


「こちらでございます!」

「ふふ、本日はお招き、ありがとう存じますわ」

「入学おめでとうございます」


アンジェリカとリリアンは、花束を渡す。大きな花束を受け取って、女性は感極まって顔を赤らめた。


「お二人とも、ありがとうございます!私、コニー・ドラモンドは、感激なのであります!」

「相変わらず、お元気ですわね、ドラモンド様」

「私まで招いて頂いて…。良かったのですか?」

「もちろんでございます!私、コニー・ドラモンドは、リリアン様と親しくして頂ければ幸いにございます!」

「ありがとうございます…。私、平民なのに…」


アンジェリカもコニーも、貴族だの平民だのを意識する様子は全くない。だから、居心地が良くてリリアンはつい忘れてしまうのだ。ーー本当は、この輪の中に入れる立場ではないことを。


「リリアン嬢。少なくとも、この学園内では級友ですわ。あまりお気になさらず」

「はい、アンジェリカ様」


穏やかに微笑みあう2人を見つめ、コニーは羨ましい気持ちを抱く。


コニー・ドラモンドは、一風変わった令嬢である。これは、子どもの頃から変わり映えがない。同じくらいのご令嬢とは話が合わず、友らしい友がいなかった。


それを見かねた父親が、夏に殿下や公爵家と繋がりを持ったことで、娘について相談に訪れたのだった。

コニーは変わっているが、素直でとても良い娘だと懇々と説き、友になって欲しいと伏し拝む。ドラモンド伯爵は、誠実で真面目な中流貴族だ。ーーリオンと結婚すれば、さぞかし真面目な子どもたちが産まれることだろう。


アンジェリカは、コニーの友となることを喜んで承知した。コニーは愛らしく、優しい良い娘だった。お茶会への招待も、嬉しいだけである。


コニーも、夏に出会った方々に良くしてもらったことを、ありがたく思っている。コニーの妙な言動も、彼女らは一顧だにしなかった。むしろ「可愛らしい」と愛でてくれたのだ。ーーそんな風にされたことは無かったから、コニーは本当に嬉しかった。


「まあ!なんて美味しい紅茶なのでしょう!」

「はい!私、コニー・ドラモンドは、ソーンヒル様がお好きと聞いて、我が領地での最高級の茶葉を用意しました!」

「美味しいですわ!素晴らしい領地ですわね!」

「お、お褒めに与り、私、コニー・ドラモンドは、大変嬉しいのであります…」


モジモジと照れながら、コニーは喜ぶ。紅茶だけでなく、領地まで褒めてもらった。


ーーやはり、ソーンヒル様はお優しい…


『お人形姫』との呼び声高いアンジェリカ。この世のものとは思えないほど美しいが、無表情・無感情・無関心の三拍子そろった人形だ。

ーーこれが、アンジェリカの世間的な評価である。


だが、コニーは目の前で紅茶に舌鼓を打つアンジェリカを見て、決して『お人形姫』では無いと思う。


ーーだって、私を思い遣って、お茶会(ここ)に来てくれたのだもの


コニーは、アンジェリカもリリアンも大好きになった。


「ドラモンド様は、クラスはどちらに?」

「はい!私、コニー・ドラモンドは、1-Sクラスに配属されました!」

「すごいです!ドラモンド様!」

「えへへ、頑張りました!」


キャッキャとはしゃぐ、年頃の娘3人。その楽しいお茶会に、闖入者がやって来た。


「入学おめでとう、ドラモンド嬢」

「夏ぶりだね~。元気にしてた?」

「は、はい!私、コニー・ドラモンドは、元気いっぱいなのであります!お二方に声をかけて頂きまして、大変恐縮なのであります!」


突然の登場に、コニーが直立不動で敬礼する。「邪魔するな」という目つきで、アンジェリカとリリアンが闖入者を睨む。


「アンジェリカちゃんてば、水くさい。ドラモンド嬢のお茶会なら、誘ってくれれば良かったのに~」

「それは失礼しました。他の方からお誘いを受けて、大変でしょうと気を遣いましたの」

「あれ?アンジェリカちゃんたら、ヤキモチ?」

「…その肯定的(ポジティブ)なお考え、相変わらずですわね…」


はあ、と重いため息を、アンジェリカは吐いた。そもそも、何でここが分かったのだろう。……いや、知るのが怖い。「匂いを追った」とか言われたら、ドン引きだから。


「殿下は大丈夫なんですか?色々、挨拶するところがあるのでは?」

「…いやにとげとげしいな、リリアン嬢は。あまりあちこち顔を出すと、きりが無いからね。何処にも行かないさ」

「………そうですか」


はい分かっています、ここにいるのはアンジェリカ様がいらっしゃるからですよね。全く2人ともストーカーみたいです!


ーーとリリアンが考えたことは、アレクサンドルに筒抜けであった。


アレクサンドルとエルドレッドは、勝手に座り勝手にお茶会に参加した。アンジェリカは苦笑する。せっかく女子3人で楽しく話していたのに、と残念に思う一方、殿下まで参加するのだから、ドラモンド嬢に箔が付くという安堵もある。

きっと、あの2人も、そういった配慮からこのお茶会に来たに違いない。ーー決して、私のストーカーではあるまい。


「学園で何かあったら、私たちを頼ると良い」

「は、はい!私、コニー・ドラモンドは、感激なのであります!もし、ご相談ごとがありましたら、お言葉に甘える所存であります!」


軍人風味の相変わらずな口調に、周囲が柔らかく笑う。コニーはいつだって愛らしい。


「では、僕たちも何かあればお願いするね」

「優しい先輩方で良かったよ」


背後から、そんな図々しい発言をされた。振り返ると、そっくりな顔が並んでいる。ーーストックデイル双子(きょうだい)だ。


「これは、すごいメンバーだね」

「王家と公爵二家だよ。オマケにリリアン嬢まで」

「えっ?私?!何で知っているの…?」


リリアンが不審そうに双子を見つめる。コニーは驚いただけだが、他の3人は急速に双子を警戒する。


リリアン嬢まで(・・・・・・・)


意味深な言葉。ーー何処まで知っている?


「あらら。警戒されちゃったよ」

「ではまたね、皆さん」


手を振って、ひらりと身を翻す双子。聞けば、コニーと同じクラスだという。


ーー新しい火種かしら…?


アンジェリカが警戒を強める。早速セバスチャンに調べさせよう、と決めた。


春特有の強い一陣の風が、一同に吹き付けた。


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