第65話
学園長が高らかに開催宣言をして、晴天の中、実技試験が開始される。
実技試験はルールに沿って、各組試合を行う。組み合わせは抽選で、トーナメント戦である。
相手に「参った」と負けを認めさせるか、審判のストップが入るまで、試合は終わらない。
入賞組には、成績にかなりの加点がされるため、実技試験の入賞によりクラス変動も可能である。だから、筆記試験の成績が悪い者は、実技試験で挽回しようと躍起になるのだ。
アンジェリカの初戦は、上級生だった。互いに魔法中心の攻撃で、アンジェリカの独壇場となる。
「燃えろ!」
「強風!」
相手の放った炎を、アンジェリカは風で抑え込む。真空状態にして、炎を消した。
「氷結!」
「浮遊せよ!」
フワリとアンジェリカとリリアンの躰が空中に浮かぶ。空に浮かんだまま、「目くらまし!」とリリアンが叫ぶ。
「うわぁ!」
「窒息風!」
アンジェリカの放った魔法が、相手を苦しめる。気絶寸前で、相手は降参した。ーーえげつない魔法である。
「やりましたね!アンジェリカ様!」
「ええ!」
ハイタッチをして、健闘をたたえ合う。共闘は、案外楽しい。
アンジェリカの1番得意な属性は闇であるが、アンジェリカは風魔法が最強だと思っている。反対属性の土にさえ、風は使いようによって抑え込むことが出来る。さらに、光や闇の属性を追加したら、可能性は無限だ。
ただ、実技は何でもありだがら、武術系にどこまで対応出来るか。アンジェリカに不安があるとすれば、その1点である。
「次は、3年生です。男性2人組なので、物理中心かもしれませんね」
「物理攻撃には、私が補助に入りますわ。リリアン嬢は攻撃をお願いします」
「はい、了解です!」
この1週間、アンジェリカとリリアンは、セバスチャンの指導のもと、様々な実戦練習をしてきた。魔法攻撃には、アンジェリカの魔法で圧倒し、物理攻撃にはリリアンの魔法で対抗するのが最も効率の良い戦い方だった。
「次も頑張りましょうね!」
「ええ!」
優勝などどうでも良いアンジェリカだが、こうしてリリアンと共闘するのは楽しかった。リリアンのために、珍しくーーいや、産まれて初めてーー張り切るアンジェリカであった。
アレクサンドル組、リオン組も順当に勝ち上がる。3回戦は、アンジェリカVSリオンだ。
「お手柔らかに、ガスコイン様」
「よろしくお願いします、アンジェリカ嬢」
一礼して、戦闘開始となる。仕掛けたのは、アンジェリカだ。
ーー先手必勝!
リオンを物理中心組と見なし、アンジェリカがバックアップの魔法、とどめにリリアンの魔法の戦術で挑む。
「目隠し!」
視界を奪う闇魔法を、風魔法に乗せて攻撃する。持ち前の反射神経でリオンは避けたが、相方がまともにくらう。
「ありゃ、前が見えない」
「光の矢!」
すかさずリリアンが光魔法を放ち、無数の矢がリオン組を襲う。
だが…。
「暗黒箱」
「ええっ?!」
突如真っ黒な箱が現れ、光の矢を全て吸い取った。ーー何あれ?魔法??
「密度上昇!」
驚くことなく、アンジェリカは素早く対応する。黒い箱目掛けて石を投げ、さらにその石の密度を上昇させる。
黒い箱は見事霧散し、再びリリアンが魔法を唱える。ーーが、それより速くリオンがアンジェリカに剣で攻撃する。慌ててリリアンはアンジェリカに結界を張った。
その隙に、リオンの相方が魔法?を使う。
「異空間迷路」
パッとアンジェリカとリリアンの周辺の景観が変わる。これはーー迷路?
アンジェリカは思い出した。学園祭の時に特殊魔法が使えるクラスメイトが、精巧な迷路を作ったという。
ーーそれは、この方なのね!
「強風!」
アンジェリカは彼が居たであろう位置に、風魔法で攻撃する。
その時、首筋にヒヤリと冷たいものが当てられた。
「チェックメイトです、アンジェリカ嬢」
「…そのようですわね」
諸手を上げて、アンジェリカは負けを認めた。本当にZクラスの能力は面白い!とアンジェリカは賛辞を贈る。
「おめでとうございますわ、ガスコイン様。そして…ええと…」
「ジャン・ジャック・スウィフトです。ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとう存じますわ、スウィフト様。素晴らしい能力ですが…あれは魔法何ですの?」
「いやあ、魔法と言えば言えなくもないですけどね。属性とかはないです。大気中の粒子を変換させる能力です」
「まあ、なんて高度な!」
アンジェリカの瞳が輝く。ジャン・ジャック・スウィフトに強い関心を持ったようだ。リオンが前のめりになって言う。
「アンジェリカ嬢は、複数属性の魔法の重ねがけが出来るのですね!」
「せっかく複数属性持ちですもの。使わない手はありませんわ」
「リリアン嬢も、素晴らしい魔法でした」
「負けちゃいましたけどね。これからお二人とも頑張って下さい!」
リリアンがニッコリ笑って2人と握手する。すると、ジャンが小刻みに震え始めた。
「…可愛い…」
「?」
「あの!僕、ジャン・ジャック・スウィフトと申します!リリアン嬢、好みの男性は?」
「え?」
「僕、リリアン嬢と仲良くなりたいです!」
「あ~、行くぞ、ジャン」
「リリアン嬢~僕頑張ります~」
リオンに引きずられるように、ジャンは離れて行った。
「……何だったのでしょう……」
「ふふ、面白い方でしたわね」
アンジェリカが楽しそうに笑うので、リリアンも嬉しくなって、ジャンの奇行は気にしなかった。
決勝進出したのは、アレクサンドル組とリオン組である。昨年の覇者に、1年生はどこまでくらいつけるか。全生徒の関心が集まる。
「よろしくね、リオン君」
「お手柔らかに、エルドレッド様」
ちょん、と拳を合わせて試合を開始する。
「能力上昇」
アレクサンドルがエルドレッドに火・風・光の融合魔法をかける。これは、力や防御、速さなど全ての能力が上がる魔法だ。ーーそれ卑怯だろ!と全生徒が指差す魔法である。
ガアン!と剣がぶつかる大きな音が響く。エルドレッドは剣に集中するようだ。
リオンもそれに応じる。あとは、サポート役がどこまで、どのように対処するのか。
「黒い霧」
「封印せよ」
ジャンが作った黒い霧ーー恐らくは目隠しの魔法?ーーが、アレクサンドルの高位魔法により霧散する。
「あちゃ~。ごめん、リオン君。僕、魔法全般封じられちゃった」
「それなら、殿下を力尽くで抑えてくれっ!」
「了解~」
ジャンは、ローブのポケットからロープを取り出す。これで、アレクサンドルを物理的に動かなくさせるつもりのようだ。
「…捕縛」
「あれっ?」
ジャンはアレクサンドルの魔法により、あえなく動かない状態になってしまった。
決勝戦だ。リオン組のここまで勝ち抜いてきた実力は、嘘ではない。
だが、それでも圧倒的な差があった。アレクサンドルの魔法は全方位無敵だし、学園にエルドレッドより強い剣士はいない。
「悪いね、リオン君」
「最後まで、ハッ、諦め、ません、よっ!」
「うん、良いね」
ガンガンと打ち合う剣の音だけが響く。生徒たちは固唾をのんで、試合の行方を見守った。
アレクサンドルが魔法を使えば試合はすぐに終了するだろう。だが、剣術バカ同士の打ち合いに水を差したりしなかった。
エルドレッドが会場をチラリと見た。ーーアンジェリカがいる。彼女が自分を見ている!エルドレッドの剣がさらに冴える。
やがてリオンがエルドレッドの剣さばきに対応出来なくなり、ついに剣を払われた。
「うっ!」
「チェックメイト」
エルドレッドは、剣を払われたリオンの喉元に剣を突きつけ、終わりを告げた。
わっ!と割れんばかりの歓声が上がる。「2年連続の優勝だ!」「圧勝だ!」と試合を見守っていた生徒から、大賛辞が贈られた。
「優勝は、アレクサンドル・ソーンダイク、エルドレッド・ソーンリー組!」
教務主任が誇らしげに、優勝者の名を叫ぶ。アレクサンドルとエルドレッドは壇上にあがり、優勝旗と優勝杯を掲げると、今日一番の歓声と悲鳴が上がった。ーーこれでまた、2人を慕う女性が増えることだろう。
アンジェリカもリリアンと共に拍手をして、2人を讃える。「来年は壇上に立ちましょうね」とアンジェリカ。「はい!頑張ります!」とリリアン。
さらに、壇上では教務主任から『ちょっとしたご褒美』を受領している。ーー封筒に入るくらいのもの?いったい何だろう、とアンジェリカは首をかしげる。取りあえず、また壇上に呼び出されるものではなくて良かった、と安堵した。
学園長からの感想と閉会の宣言があり、実技試験は終了する。アンジェリカたちは入賞出来なかったが、満足する試験であった。
実技試験が終わり、労いのためにアンジェリカがリリアンとお茶していると、例によってアレクサンドルとエルドレッドが割り込んできた。
「お疲れさま、アンジェリカ嬢、リリアン嬢」
「お疲れさまでした、殿下、ソーンリー様。優勝おめでとうございます」
「うん。今年もアレクサンドルは魔王だったね~」
そういうエルドレッドは悪魔のようだった、とは思っても口に出さない、賢明なリリアンだった。
それに、アレクサンドルは確かに魔王と呼ぶに相応しいほどの魔力。ーーおまけに恐らくは全属性の持ち主だ。
ーーどう倒せば良いのかしら…?
リリアンには皆目見当もつかない。だが、実はアレクサンドルを倒す可能性があるのは、リリアンなのだ。リリアンは全く気づいていないけれど。
「そういえば、教務主任からもらった封筒って、何だったのでしょうか?」
「あ、やっぱりリリアン嬢も知らないんだね。アンジェリカちゃんもでしょ?」
「ええ。全く分かりませんわ」
「…2人とも、少しは学園のイベントに関心を持って調べた方が良いよ」
呆れたようにアレクサンドルが言う。アンジェリカは肩をすくめて応じた。
「ふっふっふ。これはね、『1日貸切券』だよ」
「…何ですの?それは」
「学園内のものを1日貸し切ることが出来る券だ。昨年は、図書館を貸し切って、エルドレッドに課題を片付けさせた」
「いやもう、無駄遣いだよね。ホント」
「そうだな。本来なら、お前が休み中に片付けておけば良かった話だ」
「…すいません」
しゅんと小さくなるエルドレッド。アンジェリカとリリアンが小さく笑う。
「今年は、何に使うんですか?」
「よくぞ聞いてくれました、リリアン嬢!今年は、『アンジェリカちゃん』を1日貸し切ります!」
「…は?」
何それ。人を貸し切るっておかしくない?アンジェリカがじと目でエルドレッドを見つめる。
「実は、前例があるんだよ。10年前にノエル・ソーンヒル殿が、先生を貸し切りにしたんだ」
「お兄様が…?」
「当時、魔法学で分からない箇所があって、魔法学の先生を1日貸し切って教えてもらったんだって」
「どなたに聞きましたの?その話」
「ルーカス殿」
ーーお兄様(2人とも)!
何でそんな前例を作ったのか!しかも身内が!もう!ノエルお兄様は真面目が過ぎますわ!
身内を引き合いに出されては、逃れようがない。全く、もう!
「で、でも、先生を貸し切るのと、生徒を貸し切るのは、意味合いが違いますけど…。変な前例を作ることになりますし」
「じゃ、施設を1日貸し切るから、1日デートして!アンジェリカちゃん!」
「その…。私からも頼む」
そうか。この券、2人1組だから、分けて使えないのか。ということは、アレクサンドルとエルドレッドと3人でデートするのか。
ーー嫌、ではないけれど…
嫌な予感しかしない。
「僕たち、頑張ったよ!不埒なことはしないから、君と一緒にいる1日をちょうだい」
「…わかりましたわ」
熱意に負けたのか、不埒なことはしないという安心からか。アンジェリカは2人の申し出を受けた。
隣でリリアンが、「来年は優勝しましょうね」とささやく。「そうね、頑張りましょう」とアンジェリカは返した。
ブクマ・評価嬉しいです。ありがとうございます。