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セバスチャンと私  作者: 海老茶
63/98

第63話

夜会なんてクソだな。ーーエルドレッドはいつもそう思っている。


おまけに同伴の女性を勝手に決められた。マスグレイヴ嬢である。このまま婚約者面されてはかなわない。


装いを整えながら、エルドレッドは思う。

自分もアンジェリカも、出自が良い。年齢だって近いし、結婚に何の障害もないはずなのに。


ーー“父親”が最大の障害になるとはね


彼女を手に入れるには、どうするか。エルドレッドはありとあらゆる手立てを考える。

そして、アンジェリカを諦めることなど、毛ほども考えないのだった。





夕刻になり、エルドレッドはエスコートのために、マスグレイヴ家を訪れる。

マスグレイヴ家では、侯爵自らエルドレッドを出迎えた。婚約者然を気取るのは、どうやら娘だけではないようだ。

やしきに上がって欲しいというマスグレイヴ侯爵に、時間がないのでと断りを入れる。ーーそのために、時間ギリギリに来たのだ。


馬車の中で、アデラインは必死にエルドレッドに話しかける。エルドレッドも無視はせず、一応相づちを打って応答した。


「今日は、殿下もいらっしゃるそうですね」

「そうですね」

「その…ソーンヒル様もいらっしゃるのでしょうか…?」

「分かりません」


くだらないことを聞くな、この令嬢は。ーーアンジェリカちゃんが来るなら、君なんてエスコートしないよ。でもどうなんだろう?いくらアンジェリカちゃんでも、この夜会、多分欠席出来ないと思うんだよね…。それなら、アンジェリカちゃんのエスコートを申し出るべきだったかな。失敗したな…。


などと、エルドレッドがぼんやり考え事をしていたら、馬車が夜会会場に到着した。エルドレッドはアデラインをエスコートしながら、会場に入る。


ーーうわ…


何この成金邸!派手だし洒落てないし。豪華だという褒め言葉以外は、口に出来ない。

ストックデイル辺境伯の目的は、いったい何だろう。現時点では計りかねた。


「やあ、エルにマスグレイヴ嬢」

「アレク…」

「ごきげんよう、殿下」


華やかな衣装を身に纏い、今日は“王子”らしいアレクサンドル。エスコートしているご令嬢は誰だろう?


「ストックデイル辺境伯の財力が伺える邸だね」

「…彼の意図が分かるかい?アレク」


エルドレッドはアレクサンドルの傍に近づき、声を潜めて聞く。


「まだ分からないな。豪華すぎるこの邸も、子息らの見合いも、王都での夜会も…全てが嘘くさい(・・・・)

「なるほど…全てが偽りって可能性もあるのか」

「だが、それなら何故こうしてアクションを起こしたのか。チグハグ過ぎて、迷うだけだな」


アレクサンドルも口に出して初めて気づく。そうだ、色々いびつ(・・・・・)なのだ(・・・)


ーーまあ、良い。面倒なことは、とりあえず国王陛下(ちちおや)に任せよう。


アレクサンドルはそう考えながら、エルドレッドと別れた。





ストックデイル辺境伯の開催宣言を終え、アレクサンドルは早速挨拶に伺う。


「ご無沙汰しております、ストックデイル卿」

「これは、アレクサンドル殿下。いや、ずいぶんとご成長なさいましたな」

「…恐縮です」

「私は初めましてです、ストックデイル卿。第3王子のアルフレッドでございます」

「おお、アルフレッド殿下。愚息が殿下と同級です。ーーユーイン、ノーマン」

「はい」

「殿下にご挨拶を」


現れたのは、全く同じ顔をした双子。礼儀正しく挨拶をしてもらったが、すでにどっちがどっちか分からない。

さらにご息女も現れる。歳は確か19歳で、学園をすでに卒業していた。美しいご子息・ご息女は、ストックデイル辺境伯と全く似ていない。


アレクサンドルは『聞く聲(ヒアリング)』に集中する。


『美麗な男ね。でもナヨナヨしていて食指が動かないわ』

『王子って、本当に居るんだね』

『都会的な美男だよ』


ーーストックデイル辺境伯の子どもらには、どうやら不評のようだ。


『アレクサンドル王子か。なるほど、賢しらな男だな。あの(・・)セオドリックの血を色濃く引いている』


ーー聞こえる。宰相と違い、心の聲を塞ぐことは出来ないようだ。


『面白いことになりそうだ』


心の聲なのに、アレクサンドルは背筋がヒヤリと凍る。ーーさすが、歴戦の狩人ハンターだ。残念ながら、圧倒的に経験値に差がある。


「ではまた。セオドリックによろしく」

「はい。失礼致します」


ここまでか。アレクサンドルは一礼し、潔く引く。隣ではアルフレッドが、珍しく神妙な顔をしていた。



ストックデイル辺境伯の前を辞し、群衆に紛れて兄弟は話し合う。


「アル、どうした?何だか神妙な面持ちだが…」

「…ストックデイル辺境伯だけどね。悪巧みをしているというよりは、幾つかの選択肢の中から、どれを選ぼうか検討している感じに見えたんだよね、兄さん」

「なるほど」

「で、ここはターニングポイントな気がする。…何が正解か、ぜーんぜん分からないけど」


だから、自由にしているね~!とアルフレッドはアレクサンドルの傍を離れ、女性の群れに入っていく。アレクサンドルは小さなため息をついてその後ろ姿を見送ると、視線の先に美しい女性を捉える。


ーーアンジェリカ嬢!


気付いたら、アレクサンドルは全速力で走っていた。





時を戻そう。


開催宣言を受け、エルドレッドも主催者に挨拶する。


「お初にお目にかかります。ソーンリー公爵が次子、エルドレッドにございます」

「ほう、貴殿がソーンリー家のご次男か。なるほど、面構えも良い」

「…ありがとうございます」


興味深そうに、ストックデイル辺境伯がエルドレッドを眺める。彼が関心を持っているのは、その武力。ーーひとえに強さであった。


エルドレッドの引き締まった体躯、掌の厚みを眺め、アーロンは満足げに頷く。


「私、エレイン・ストックデイルと申します」


躰をくねらせて、挨拶するストックデイル辺境伯のご息女。…あ、これはマズい。匂いが臭くなってくる。


「はは!強い男が好きだからな、エレインは」


……ダメ押しの発言だった。いっそ、誰かに押し付けようかな。


「そのお兄さん、確かに強いよ」

「ユーインが腕相撲に負けたんだよね」


げ!あの時の双子!まさか、ストックデイル辺境伯の息子とは…!


「…私より、近衛兵長である兄の方が強いですよ」

「まあ!素敵!」


今度会わせて下さいましね!とグイグイくるエレインに愛想笑いして、エルドレッドは伯の御前を辞した。




夜会が始まって、1時間が経過した。


ーーあ、もう駄目かも…!


エルドレッドは鼻がもげそうになるのを、必死に耐えていた。せめて、せめてアンジェリカの清涼な香りを嗅げれば、どんな匂いも耐えられるのに…!


「あの…ソーンリー様、顔色が…」

「大丈夫ですから、お気になさらず」


ファーストダンスを踊りながら、エルドレッドは応じる。……正直、アデラインの相手も辛い。アデラインの独特な匂いが、エルドレッドは大層苦手だった。

1曲だ。これさえ終われば、後は自由。耐えろ、耐えるのだ!エルドレッド!


ふと、かぐわしい匂いが鼻腔をつく。それは、ほんの少しだったが、今のエルドレッドには命を救う香りだ。


ーーアンジェリカ…!


エルドレッドには、匂いの持ち主が分かる。国中で唯一好きな匂い。愛する人の香りだ。


気もそぞろにアンジェリカを探す。見えない。見つけられない。匂いは微かで、距離があることを伺える。


「……ソーンリー様……」


アデラインは目の前の慕わしい殿方が、自分に全く興味がないことを、改めて思い知る。まつげを伏せ、そっと涙を一滴零した。





「アンジェリカ嬢!」

「まあ、殿下…」


アンジェリカが驚きの声を上げた。もう見つかってしまうとは。


「こんばんは、殿下」

「やあ、ノエル殿。今宵は貴殿がエスコートしていたのか」

「まあ、無理矢理連れて来ましたから。我が家の姫を」

「ははっ!」


アンジェリカ嬢らしい、と言ってアレクサンドルが愉しそうに笑う。その姿を見て、ノエルは驚いた。いつも斜に構えていた第1王子が、こんな好青年になるなんて!

ーー成る程。アンジェリカに惚れているという噂は、本当だったか。


「では、アンジェリカ嬢。私と踊って頂けますか?」

「ええ、喜んで」


アンジェリカはアレクサンドルの誘いに乗る。お互いに、少しはにかんでいるところが何とも初々しい。


ーーなんだ、アンジェリカも満更ではないのか


我が家の方針の軌道修正が必要かな、とノエルは思った。



「結局、逃げられなかったな」

「ええ、まさか身内が敵になるとは思いませんでしたわ」


クスクス笑い合って、美しい男女が踊る。慕わしげな様子に、周囲の者はアレクサンドルの選んだ女性だと思い始めた。


「殿下、ストックデイル辺境伯をどう思いますか?」

「喰えない男だ。手の内がまるで読めない」

「そうですわね…」


アレクサンドルの『聞く聲(ヒアリング)』を以てしても、分かることはなかった。まだ学生の2人が太刀打ち出来る相手ではない。

なんとなく引っかかりを覚えたアンジェリカであったが、実りあるものは1つもなかった。


「それにしても、こうして私をダンスに誘ってよろしかったのですか?」

「うん?何故だい?」

「…周りの見る目が…私が殿下のお相手かと誤解しているようでしてよ」

「なるほど!」


急にターンし、アンジェリカを抱きとめる。さすがにダンスの名手だ。難しい踊りも難なくこなす。


「私としては、誤解してもらった方がありがたいかな」

「殿下には、別の目的(・・・・)がお有りなのでは?」

「…アンジェリカ嬢…」


そうか。悟られていたか。やはり、この女性は妃に相応しい。ーーアレクサンドルは改めて思う。


「目的も果たすし、貴女も手に入れる。外堀を上手く埋めていくよ」

「…本当に実現してしまいそうですわね…」

「ふふ、覚悟しておいて」


アレクサンドルは、アンジェリカのつむじにキスを贈ると、1曲目が終了した。

そのまま続けて踊ろうとするアレクサンドルだが、その手が払い飛ばされ、アンジェリカが奪われる。


「……エル……」

「ごめん。もう限界なんだ!」


エルドレッドはそう言って、アンジェリカを抱き上げてホールを出て行く。


あっという間の出来事に、誰も動けなかった。





エルドレッドが行き着いた先は、噴水の美しい中庭だった。エルドレッドはアンジェリカを抱きかかえたまま、噴水前のベンチに腰掛ける。


「アンジェリカ…」


悲痛な声で名を呼ぶものだから、アンジェリカは抵抗できない。


「…どうなさったの?ソーンリー様…」

「うん…もう皆の匂いに耐えられなくなって…」


スンスンとアンジェリカの匂いを堪能するエルドレッド。彼に言わせると、アンジェリカの匂いを嗅がないと、息が出来ないほど苦しいらしい。

ーー震えていた躰が徐々に収まる姿を見ると、きっと嘘ではないのだろう。アンジェリカは、エルドレッドを拒絶出来なかった。


「好きだよ、アンジェリカちゃん」

「…落ち着きました?」


アンジェリカの肩に頰をすり寄せ、機嫌よくエルドレッドが頷く。「ありがとう」と肩口で言われ、くすぐったい。


「マスグレイヴ嬢は、よろしいのですか?」

「…あのお嬢さんの匂いも苦手」

「ふふ、答えになっていませんわ。戻らなくてよろしいの?」

「よろしいよ。僕はアンジェリカちゃんの傍に居たい」


抱き締められ、頭をぐりぐりされて、アンジェリカはもはやどうすれば分からない。ただじっとして、エルドレッドが解放してくれるのを待つだけだ。

すると、エルドレッドの頭が際どい位置にズレてきた。アンジェリカが危機を感じ始める。


「…柔らかい…幸せ…」

「もう!ソーンリー様!」


力いっぱいアンジェリカはエルドレッドを引き離した。ーーエルドレッドは素直に離れる。


「スミマセン調子に乗りました嫌わないで下さい」

「……もう、大丈夫ですの?」

「うん。ありがとう」


エルドレッドの頰が桃色に回復している。良かった、もう大丈夫そうだ。アンジェリカは安堵する。


アンジェリカの優しい心配を感じ、エルドレッドの心が弾む。ーーアンジェリカを愛しいと思う気持ちは、増えるばかりだ。


アンジェリカの手を握り、2人で月を眺める。アンジェリカの手は、どこまでも温かくて柔らかい。


ーー当分、オカズに困らないな


とエルドレッドは、年頃らしい不埒な考えでその夜を終えるのだった。



流行りの芸人様より。

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