第61話
秋の大イベントである学園祭が終わり、季節は冬に向かう。
これから生徒たちが立ち向かうのは、試験である。冬休み前に、学年最後の筆記試験だ。
セバスチャンの淹れる紅茶に舌鼓をうちながら、生徒会でも試験の話題が上がる。
「試験が近いから、生徒会はしばらく休会しよう」
「えー!休会しなくて良いから、勉強会にして」
エルドレッドは相変わらず座学が苦手である。魔力は高いし実技は強い。だが、理屈にすると途端に説明出来なくなる。彼は、ほぼ本能で理解しているのだ。
「生徒会を私的に利用するんじゃない」
「たまには良いだろ。生徒会は優秀な人が多いんだから。活用しない手はない!」
「張り切って言うな。多分、勉強会が必要なのはエルだけだ」
「えー。リオン君はどうなのさ?」
「俺?俺は…その…」
アレクサンドルは呆れたようにため息をつく。リオンは前回試験で、5番だった。勉強会が必要とは思えない。
「また、アンジェリカ嬢とご一緒出来れば…」
「まあ。私、今回リリアン嬢と勉強をしようと思っているのですが」
「俺も混ぜて下さい」
真剣な顔でお願いするリオン。成績1番と3番と5番が共にする勉強。…すごくレベルの高い勉強会だ。
「構いませんわ。いつにします?」
「アンジェリカちゃん!僕も混ぜて!」
「……貴方は2年生でしょう?1年生に混ざらないで下さいまし」
「そんなこと言わず!アンジェリカちゃんのおかげで、成績が上がったんだよ!」
「……殿下」
はぁと重い息を吐き出して、アンジェリカはアレクサンドルを見つめる。
『お守りをお願いします』
お守り。その表現に、アレクサンドルは苦笑する。ーー出来れば、アレクサンドルもアンジェリカと一緒に勉強をしたい。
「そうだな。では生徒会室で勉強会にしようか」
「賛成賛成!」
「まあ!素晴らしいご提案ですわ!会長、ありがとうございます!」
ジョアンナが手を打って喜ぶ。ーーそういえば、彼女とフェリクスがいたな。
フェリクスも成績は良い。『平民』だと馬鹿にされないよう、大変な努力をしている。
「殿下、ありがとう存じます。ではソーンリー様をよろしくお願いしますわ」
「……え?」
「私は、リリアン嬢と勉強しますから」
では失礼しますわ、と席を立ち身を翻すアンジェリカ。アレクサンドルとエルドレッドは、その後ろ姿を呆然と眺めていた。
アンジェリカは勉強に不安など無い。だから、特に勉強会など必要としないのだが、リリアンの勉強を見てみたい、という好奇心に駆られた。そんな事情だから、生徒会メンバーに引きずられるのは、御免被りたい。
「アンジェリカ嬢!」
リオンの声が聞こえる。どうやらアンジェリカを追いかけてきたようだ。
「俺もご一緒していいですか?」
「…リリアン嬢も一緒ですわよ?」
「もちろんです。リリアン嬢からも色々学びたいですし」
ニコニコ笑って、リオンは言う。そういえば、リオンは差別意識が無いのか、リリアンに含むところを見せた事がない。
「ガスコイン様は、平民差別をなさらないのですね」
「え?差別?そう言ったことは、あまり考えたことがないなぁ。ーー俺自身、たいした貴族じゃないんで」
「ふふ、ガスコイン様らしいですね」
家柄で態度を変えたりしないリオンに、アンジェリカは好感を抱いていた。こうして隣にいるのは、とても穏やかな気持ちになれる。ーー大変な好青年だと、リオンに対する評価は高い。
「あ、アンジェリカ様!」
リリアンがこちらに気付いて手を振っている。アンジェリカはリリアンと、中庭で会う約束をしていた。
「お待たせしましたわ、リリアン嬢」
「いえ、そんなに待っていませんよ。…ところで、ガスコイン様はなぜここに?」
「私たち、リリアン嬢と一緒に勉強会がしたくて。どうかしら…?」
「えっ!アンジェリカ様と一緒に?!」
リリアンの瞳が輝く。ーー良かった。その瞳に嫌悪はない。
「嬉しいです!是非よろしくお願いします!」
「まあ、嬉しい。では3人で勉強会しましょうね。いつになさいます?」
「いつでも、大丈夫ですよ」
3人で話した結果、明後日の休日に勉強会を行うことになった。和気あいあい、楽しみだと言って、3人は解散した。
「……何でこんなことに……」
全員が退室した生徒会室で、エルドレッドがぼやく。
「リオン君は良いな。同級生だもんな…」
「確かに」
アンジェリカが生徒会室を出て行ったとき、リオンはすぐに追いかけた。アレクサンドルとエルドレッドは、呆然としていたこともあったが、そもそも2年生と勉強会など、上手い理由がない。
「策士、策に溺れる」
「全くだ」
大きく息をつくアレクサンドル。アンジェリカと一緒に居たくて、生徒会室で勉強会など言いだしたのだが、お目当ての彼女はヒラリとすり抜けてしまった。
「…ハドルストン嬢の相手か…」
「お疲れさま。あー、僕、今回はフェリクスに教えてもらおう」
「……運命の輪、かな……」
『良い方向への一時的な変化を意味しており、現状が好転することを表す相です』
ーーバザーで、ハドルストンが引いたタロット。それは、これを暗示していたのか…?
「……まあ、いい。エル、私が勉強を見るから、試験を頑張りなさい」
「だから、アレクは僕の母か?勉強なんて、アンジェリカちゃんが居ないと頑張れない」
「バカ者!」
邪な気持ちばかりで行動しない!とアレクサンドルが叱る。「だから、母親かよ…」とエルドレッドが不貞腐れた。
++++++++++
よく晴れた休日に、アンジェリカはリリアンとリオンの3人で勉強会を行った。ーー何故か、当たり前のようにセバスチャンも席に付いている。
「ーーリリアン嬢の本、ものすごい数ですね…」
「あ、あはは。数学の問題で、ちょっとよく分からないから、丸暗記しちゃおうと思いまして…」
「効率悪いですわよ、これ」
テキパキとアンジェリカが確認し、「これとこれで十分ですわ」と参考書をより分ける。リリアンは感激して、丸暗記を始めた。
「…丸暗記も、大概すごいけれどね。それがリリアン嬢の3番の秘訣?」
「そうですよ。ガスコイン様は違うのですか?」
「違うよ。ていうか普通出来ないよ、丸暗記なんて」
「確かに…」
アンジェリカですら、丸暗記という発想はない。そんな面倒なことは、絶対にしない。
「やはり、理解してしまいましょう、リリアン嬢」
「は、はい。ど、どうすれば…」
「ここは、こう代入して…」
アンジェリカは丁寧に説明する。ーー恐らく、アンジェリカとアレクサンドルは、学園での学習など不要な程度には、知力が高い。2人が飛び級しないのは、ひとえにまだ一人前になりたくないからだった。
「よく分かりました!さすがはアンジェリカ様です!」
「ふふ、リリアン嬢はほとんど理解していましたわ。最後のやり方だけ、納得出来なかっただけですわ」
「アンジェリカ嬢、ここは…」
「ええ、それは…」
セバスチャンは甲斐甲斐しく教えるアンジェリカを眺めて、アンジェリカが学園生活に馴染んだことを実感した。今までは、友人など居なかったのに。傍には俺しか、居なかったのに…。
アンジェリカの世界が広がったことを、嬉しくも寂しくも感じた。
「セバス、悪いけれど、ガスコイン様に魔法学を教えてあげて」
「…畏まりました。どこです?」
「ええと、ここです」
「ああ、確かに複雑ですね。これは、反対魔法の混ざり合いですよ」
「えっ!そ、それって可能ですか…?」
「それはもちろん。反対魔法の属性持ちでしたら。…そういう常識的な思い込みでいると、この問題は苦手でしょうね」
火と水。風と土。光と闇。融合しないと思い込んだら、魔法の発展はしない。ーーまあ、複数の属性持ちはそう多くはないから、実践となると、少し難しい。
「セバスチャンさん、教えるの上手ですね」
「……まあ、私もこの学園にいましたから」
「セバスは飛び級で、1年間しか通っていませんけれど」
「私の本業は、お嬢様のお守りですから」
「ああ、納得…」
セバスチャンは、アンジェリカと離れたくないから、スキップしたんだ。リリアンとリオンはそう確信した。
それに、もし学園にいたら、3年生だ。……想像するだけで鬱陶しい。
「この試験が終わったら、冬休みですか?」
「そうですね。そして冬休みが明けたら、実技試験が待っています」
「……それって、何ですか?」
リリアンが不安そうに聞く。実技試験。いったい何をやるのか。リリアンは座学の方が得意だから、実技試験はやりたくない。
ーーそれに…
光魔法を使うのは、案外特殊らしい。それだけでなく、アンジェリカさえ使えないほどの上位魔法を、リリアンはいとも簡単に扱える。
それで目立つのは、本当に嫌だった。
「実技試験ですよ。魔法でも剣術でも、何でもありです」
「あ、そう言えば、エルドレッド様が昨年優勝したと言っていました」
「ほう、1年生で優勝ですか。よほど優秀なのですね」
「…殿下が魔王だと話していました…」
あ、うん。想像つくね。と一同は頷く。ーーとは言え、あの2人と浅からぬ仲となった今では、エルドレッドも相当な悪魔だったと思うけれど。
もうすぐ冬休み。その前にも後にも、試練が生徒たちを襲うのであった。
さて、後日。
試験の結果は、1位は不動のアンジェリカ。2位にリリアンが入り、リオンも5位をキープした。
「………」
2年生の順位表を見て、エルドレッドがうなだれているだろう、と1年生組は思うのだった。




