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セバスチャンと私  作者: 海老茶
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第58話

セバスチャンは退屈していた。


王家の保養地では、護衛の役割としての頻度は落ち、手際良い素晴らしいメイドのおかげで、アンジェリカの身の回りを世話する必要もない。

ーー実に、退屈であった。


退屈極まりないと、ロクなことが起きない。セバスチャンは美貌の青年であるから、女性からこぞって熱い視線を注がれる。それは、王家保養地のメイドでさえ、例外ではなかった。


「おはようございます、セバスチャン様」

「おはようございます、エイダ様」


セバスチャンはにこやかに応対する。エイダとは、ここの滞在で親しくなった。セバスチャンはメイドというメイドに粉をかけられたが、エイダが1番素直で穏やかだ。


ーー保養地(ここ)での情報提供者となってもらおう


セバスチャンはそう狙いを定め、エイダと仲良くなった。ーー最低な男である。


「エイダ様は、どちらへ?」

「はい、ハドルストン様の身支度を整えに参ります」

「そうですか。毎日お疲れ様です」

「…優しいお言葉を、ありがとうございます…」


ポッと顔を赤らめて礼を言うエイダ。セバスチャンにとって、女性の気を惹くことなど赤子の手をひねるように簡単だ。これくらい簡単に落ちてくれれば、俺が苦労することもないのに、とセバスチャンは思う。だが、簡単に落ちないからこそ、お嬢様なのだとも思うのだ。


「私、今日は午前中で手が空くんです。その後、どうかご一緒していただけませんか…?」

「そうですね、少しでしたら、是非」

「ありがとうございます!」


では、またあとで、とエイダは言って、小走りに仕事に向かう。その姿を見送ってセバスチャンもアンジェリカのもとへ向かう。

ここへ来て、アンジェリカの身辺も慌ただしくなってきた。今の所、宰相閣下(マグニフィセント)はアンジェリカの婚約者を定めるつもりはないようだが、アンジェリカに群がる雄蜂の多いこと!外堀を埋められ、アンジェリカの将来が決まってしまうかもしれない。


雄蜂たちに外堀を埋めさせぬよう、今は情報が欲しいセバスチャンだった。





少し早めに仕事が終わったというエイダに呼ばれ、セバスチャンは厨房に訪れた。


「あ、セバスチャン様!もう少しお待ち下さい」

「…何しているのですか?」

「ランチを作っています。ご一緒に、と思いまして」

「ああ、いいですね。すごく美味しそうです」


そう言って、セバスチャンはエイダの傍にスッと立つ。それに気付いたエイダが、艶めかしい瞳で、セバスチャンを見上げた。


「…味見…しますか…?」

「ええ、こちらを」


エイダのアゴを捉え、セバスチャンはその唇にキスを落とす。チュッと軽いリップ音を立て、「ご馳走さま」とニヤリと笑うセバスチャン。ーーやり手だ。


その時、背後から音がした。カチャリと何かが開く音。セバスチャンが振り返ると、そこに居たのは愛しい人だった。


「失礼」


綺麗な笑顔を浮かべて、アンジェリカは飲み物を片手に翻った。


ーーしまった…


害のない気配だから、放置したのがマズかった。まさか、アンジェリカが厨房に来ようとは。

男女の艶めかしいやりとりを見ても、アンジェリカは全く動じない。ーー悲しい。


お嬢様に見られてしまうなんて、恥ずかしいですね、と頰を赤らめるエイダ。

またやってしまった、とほぞを噛むセバスチャンであった。





一方、アンジェリカはセバスチャンのラブシーンなど、初めてのことではないから特に動じることもない。

セバスチャンが特定の恋人を作らないのは、まだまだ遊びたいからだろう、とあさってなことすら考えていた。


アンジェリカは、セバスチャンのオーラを見る。いつでも、どんな時でも、綺麗なーー金色。


ーーセバス、私の金の鳥…


アンジェリカは、彼のオーラが金色である限り、何も気にしない。何にも動じない。

彼のオーラが金色である限り、彼の総てはアンジェリカのものなのだから。



飲み物を取りに来たついでに(・・・・)、アンジェリカはエルドレッドの様子を見に行く。ーー何となく、彼一人を置いて遊ぶ気になれない。様子見るくらいなら、と珍しくアンジェリカが自発的に動いた。


エルドレッドのいる扉の前で、立ち止まる。中から声が聞こえた。男女が言い合っているようだ。ーーまたか。今日は出歯亀ばかりだ。


さて、どうするか。ーーどうするも何も、飲み物を持って海に戻るだけである。でもそんな気にもなれず、アンジェリカはエントランスでぼんやりしていた。


「……アンジェリカ……!」


エルドレッドが走ってくる。随分ぼんやりしていたようだ。アンジェリカは立ち上がり、エルドレッドを迎える。


「僕を迎えに来てくれたの?アンジェリカちゃん」

「いえ、飲み物を取りにきただけですわ」


迎えに?ふふ、相変わらず彼は都合の良い解釈をするのね。アンジェリカは柔らかく笑った。すると、急に抱きしめられる。


硬く、熱い、しなやかな肉体だ。エルドレッドの直情的な行為に、アンジェリカは苦笑せざるを得ない。でも、不思議と嫌ではないのだ。


「さあ、遊ぼう、アンジェリカちゃん!」

「まあ、随分早く終えましたのね。マスグレイヴ様のおかげかしら?」

「……何で知ってるの?マスグレイヴ嬢が部屋に来たこと」

「声が聞こえたものですから」

「部屋に来てくれたの?アンジェリカちゃん」


なんだ!入ってきてくれれば良かったのに!とアンジェリカの手を握って、嬉しそうに笑うエルドレッド。

ーーこの、温かく柔らかい雰囲気に、アンジェリカはいつも毒気を抜かれるのであった。



++++++++++



さて、平和を持て余し、退屈していたのは、セバスチャンだけではなかった。ーーこちらは、もっとたちが悪い。

彼が保養地に来た目的は、ただ一つ。アレクサンドルを肴にし、面白おかしく引っかき回すためだ。

そんな休暇も、明日で終わる。アレクサンドルは決意を固めてしまったようだし、悪友たちは帰った。ーーもう一幕欲しいところだ。

ベルをたぐり寄せ、家令(スチュワート)を呼び出す。彼は、最後の悪巧みを決行しようと画策した。





「舞踏会?!」


朝食を取りながら、家令が言った言葉に一同が驚く。何で、舞踏会?!しかも今夜とは!


「陛下のご命令でございます」

「………」


そう言われては、拒否権はない。女性たちは各自支度に向かうのであった。



「ドレスなんて、持参していませんわ!」

「お嬢様方、どうぞご安心下さいませ。陛下のご命令により、既製品ではございますが、ドレスの用意をしております」

「まあ……」


ズラリと並んだ豪奢なドレスに、アデラインとジョアンナは息をのんだ。早速選び始める。

それを眺めながら、ソファに座ったままの3人の令嬢。


「アンジェリカ様は、選ばないのですか?」

「どれでも良いですわ」

「ソーンヒル様はお美しいから、どんなドレスでもお似合いであります!」


そんな会話をしつつ、全く動かない3人。アンジェリカはセバスチャンを呼び出して、ドレスを選ばせる。そして紅茶を飲んで寛いでいると、美しい女性たちから声をかけられた。


「あの…ソーンヒル様、つかぬ事をお伺いいたしますが…」

「…何でしょう?」

「その、ソーンリー様のお好きなお色をご存知でしたら…お教えいただけませんか?」

「わ、私も!アレクサンドル殿下のお好きなお色を…!」

「……は?」


何故、私に聞くのだろう。アンジェリカは心底不思議がる。知るわけ無いだろう。全く興味がないのに。

しかし、ご令嬢方は、アンジェリカを知らない。家柄が良く教養も高い美しいアンジェリカが、実は他人に興味はなく、恐ろしく怠惰で無頓着であることを。


「…申し訳ございませんが、私はお二人のお色の好みなぞ、存じ上げませんわ」

「…では、ソーンヒル様は何色のドレスをお召しになりますの?」

「さあ…。私の執事バトラーが選んだものを着ますから」

「まあ!」


ポカンと口を開けるご令嬢方。かように洗練された女性が、男性執事に任せっぱなしなんて!


「…マスグレイヴ様、殿方の瞳か髪の色に合わせたドレスにしませんこと?」

「…そうですわね。そうしましょう、ハドルストン様」


2人は諦めてドレス選びに専念する。アンジェリカは、引き続き優雅に紅茶を飲み始めた。





夜の帳がおり、ホゥホゥとフクロウが鳴く。

美しい男女がダンスルームに集まり、夜の蝶と化した。


「お招き誠にありがとう存じます、陛下」


一同を代表して、マスグレイヴ嬢が挨拶する。


「うむ。今日はよろしく頼む。1人1巡し、全員踊るのだ」

「陛下、男が1人足りませんけど?」


無邪気に聞くアルフレッド。もちろん、アルフレッドは数に入っている。


「そうか。では私が入ろう」

「げ!」


アルフレッドが嫌がる声を上げる。アレクサンドルは思った。父上は、自分が混ざることが目的だったのだ、と。




まず、セオドリックが踊ったのは、アデラインだった。淑女の鑑のような女性に、並の男ならイチコロだろうに。


「マスグレイヴ嬢は、アレクサンドルの妃にはなってくれないのかな?」

「私は、父の意向に従うだけでございます、陛下」

「あっそ」


淑女なぞつまらんな。ーーそれがセオドリックの感想だった。



次は、ジョアンナだ。華やかで積極的な彼女に、男たちは夢中になるだろう。


「ハドルストン嬢は、アレクサンドルの妃になりたいかな?」

「陛下…。その問いに、私は是と応えとう存じます。けれど…」

「けれど?」

「アレクサンドル殿下のお気持ちが…1番大切ですわ」

「アレクサンドルの気持ちを第1に考えると、君の出番はないよ?」

「…それは、私の努力次第と存じます。まだ、性急に結論を出さないで欲しい、と願うばかりです」


しおらしく、ジョアンナが懇願する。セオドリックは、「普通だな」という感想をもたらした。



コニーは手足が震えて、緊張のあまり手順を忘れる。


「よい、今宵は無礼講としよう。そう緊張するな」

「ははははははぃ!私、コニー・ドラモンドは、緊張しませんんん!」

「…そうか」


なんだか哀れになってきた。ちょっと面白い令嬢だから、ゆっくり話をしてみたいのに。


「ドラモンド嬢、アルフレッドはどう思う?」

「ははははははぃ!御意を得て申し上げます!私、コニー・ドラモンドは、アルフレッド殿下に対する特別な感情はありません!」

「おお、直截だな」


ドラモンド嬢は愉快な令嬢だが、アルフレッドとは相性が悪いだろう。セオドリックは少し残念に思った。



さて、本命その1である。平民ながら『聖女』であり、学園の成績も優秀である。ーーなかなか、妃に相応しい人材ではないか?


「リリアン嬢、学園はいかがかな?」

「はい。ソーンヒル様に大変良くして頂いております」

「そうか。それは重畳」


クルリとターンさせて、リリアンとのダンスを楽しむセオドリック。ーーダンスも中々の腕前だ。


「リリアン嬢、我が息子どもの妃にならないか?」

「……本気で言っているのでしょうか……?」

「無論」

「平民である私が、王家に入ることはないでしょう。私とて、さすがに身の程をわきまえております」

「では、男としてどう思う?」

「……ええ……?」


リリアンは困ったようにーーいや、迷惑そうにしている。セオドリックは愉快だ。


「考えたことございません」

「では、考えたまえ」


セオドリックは命じる。まだ『聖女』の話は出来ないが、いずれ王家(こちら)で引き取らねばなるまい。それには、王子の誰かの嫁になるのが、一番手っ取り早い。


「中々楽しい一時であった。ーー私の話を、よぅく考えておきたまえ」

「……………御意」


これほど嫌そうな『御意』は、ウィリアム以来だ。セオドリックはこの愉快な展開に喜びを覚えた。



さあ、本命その2だ!むしろセオドリックは彼女を待っていたと言っても過言ではない。何と言っても、彼女はあのウィリアムの娘だ。反応が大いに楽しみである。


アンジェリカ嬢(・・・・・・・)、お手をどうぞ」

「……失礼いたしますわ」


セオドリックはアンジェリカの手を取り、ひらりと舞うように踊り出す。難なく付いてくるアンジェリカ。さすがにダンスの心得も高い。


「アンジェリカ嬢の本命は、どなたかな」

「どなたでもありませんわ」

「では、アレクサンドルにも望みがあるようだ」

「……さあ……」


アンジェリカの腰を取り、セオドリックは精力的に踊る。ちらりと向こうを見やると、アレクサンドル、エルドレッド、リオンが不安げにこちらを見つめていた。ーーおいおい、相手を見てあげなさい、君たち。


「私としては、君がアレクサンドルの妃となったら喜ばしい」

「まあ、陛下。私は宰相の娘ですよ?」

「ウィリアムの外戚になるのもまた、一興だよ」


腕の中で抱きしめるように、踊る。エルドレッドあたりから、「ああっ!」という声が上がった。


抵抗も動揺もしない、胸の中の女性。ーー美しいが、『女』としては、まだまだだ。色気もへったくれもない。

それなのに、彼女をこうして抱き寄せるのは、大変に心地良い。不思議だった。


ーーそうか…


ウィリアムと同じだ。彼らの持つ清涼感が、大変に好ましいのだ。


「…貴女の選んだ男が誰か。私は楽しみにしているよ…」


そう囁いて、セオドリックはアンジェリカの手を離す。


実に、有益で愉快な夜だ。セオドリックは深い満足を覚えるのだった。


蛇足の話。


セバスチャンはその夜、アンジェリカに言い訳する。


「お嬢様、昼間のアレは、職務の一環です」

「あらそう。ご苦労様」


労いではなく、嫉妬して欲しい。セバスチャンの期待は、今日も裏切られるのだった…。

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