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セバスチャンと私  作者: 海老茶
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第54話

アデライン・マスグレイヴは、現職国務大臣の長女である。歳は17歳。アレクサンドルやエルドレッドと同級である。


アデラインの父親は、アデラインを王子に嫁がせるべく、厳しい淑女教育を施した。だが、王家に入ると自分は中央官職を辞し、領地に戻らねばならない。現在は国務大臣として幅をきかせているこの地位を捨てたくないため、父親は今のところアデラインの王家入りを留保している。

ーー焦らずとも、王子は3人。しかも誰も婚約者すら定めていない。そんなマスグレイヴ侯爵の思惑があり、アデラインはのらりくらり婚約者の冊立をかわされていた。


アデライン自身は、婚約者は父親の定めに従うつもりだった。王家入りのために、厳しい教育を我慢してきたから、王子に嫁がないのは少し残念な気もするが、我がままを言ってはいけない。それが淑女というものだ。


そんなアデラインだから、なるべく男性に心惹かれぬよう注意していた。ーー恋をしたら、辛いのは、自分だ。恋なぞ、良いものではない。好きな人を作ってはいけない。アデラインは自分をいつもそう戒めていた。


ーーだが…。





爽やかな朝。朝食を食べようと、三々五々滞在者が集まってくる。


「おはようございます、ソーンヒル様、ハドルストン様」

「おはようございます、マスグレイヴ様」

「男性陣は、どちらかしら?」

「稽古中ですわ」


食事の席についていたのは、女性のみだった。アデラインも席につき、女性だけで食事を始める。


「そういえば、貴女はどなたかしら?」

「えっ、私ですか?」


唐突に、アデラインは指摘した。リリアンは酷く動揺する。

嘘をつくわけにはいかないが、どうせ良い印象は持ってもらえない。


「あの…リリアンと申します」

「リリアン嬢?どちらのリリアン嬢ですか?」

「……その、どちらのリリアン嬢でもないです。ただのリリアンです…」

「まあ、そうですか」


平民と知って、興味を失ったようだ。ーーとりあえず、いじめられないだけマシかも。

やっぱりアンジェリカ様は特別なのだわ、と改めてアンジェリカを崇拝するリリアンであった。


「ソーンヒル様、本日はどのようなご予定なのですか?」

「もしよければ、私たちもご一緒させて頂けませんか?」

「構いませんけれど、私とリリアン嬢だけですわよ」

「まあ、殿下たちは別行動?」

「…別に、一緒に予定は立てておりません」


アンジェリカはしれっと話し、紅茶を堪能する。さすがは王家御用達!なんて芳醇で深みのある味わいなのでしょう!


「そうですね、リリアン嬢。その辺りを散策でもしませんか?」

「あっ、良いですね!そうしましょう、アンジェリカ様!」

「では、私が案内しよう」


突如割り込んできた声に、女性たちが振り返る。ーーお目当ての登場だった。


「アンジェリカちゃん、湖でボートに乗ろうよ」

「湖畔を散策するのも良いですね」

「望めば、海も行けるよ」


男性陣が口々にアンジェリカに話しかける。アンジェリカは紅茶をすすりながら、耳を傾けた。


「食事を終えたら、好きな場所に案内しよう。何処へ行きたいかな?」

「そうですね…」

「いや、ソーンヒルのお嬢さんは、私が借りる」


ズシリと重い声が、頭上から降ってきた。まさかの指名である。面倒くさい。


「父上…」

「アレクサンドルは、そちらのお嬢さん方を案内したまえ」

「いえ、アンジェリカ嬢を待ちますよ」

「今日はお前には渡さない。ーー他のお嬢さん方を案内しろ」

「………」


いったい何を企んでいるのか、あの国王陛下(くそオヤジ)。私とハドルストン嬢を近づけることが目的か。それとも、アンジェリカ嬢(・・・・・・・)を遠ざける(・・・・・)ことが目的か。


「エルドレッド・ソーンリー」

「……はい」

「お前もだ。アレクサンドルと共に、お嬢さん方をエスコートしたまえ」

「……断れます?」

「命令だ」

「………………分かりました」


はぁ、と盛大にため息をついて、食事をし始めるエルドレッド。「あ、あからさますぎる…」とリリアンが目を見張る。


「では、ソーンヒル嬢、こちらへ」

「はい」


アンジェリカはスッと音もなく立ち上がり、国王について行く。嫌な予感しかしない、アレクサンドルとエルドレッドであった。





父王に命じられた通り、アレクサンドルとエルドレッドは、2人のご令嬢方をエスコートして散策する。

ーーその後ろを、好奇心バリバリのリリアン、リオン、そして何故かアルフレッドがついて行く。


「エルドレッド様、あからさまに不機嫌ですね」

「だね。あんなに綺麗なお姉様がたなのに、何が不満なのだろうね」

「それは、もちろん…」


アンジェリカじゃないことが不満なのだろう。リオンとリリアンはそう思った。


「結局、湖畔に行くんだね」

「ご令嬢方の要望じゃないんですか?」

「身分が高い方って、大変なんですね…」


アレクサンドルもエルドレッドも、アンジェリカを誘ったのに。想い人ではなく、別の人をエスコートしている。『好き』という感情だけでは、どうにもならない世界なのだろう。


「アレク兄さんもエルドレッドも、もっと割り切って楽しめばいいのに」

「……アルフレッド殿下は、割り切れるものですか?」

「出来るよ、もちろん。この世の女性は、皆可愛いじゃない」

「うわ、女の敵だ…」


ポソリと本音を吐くリリアン。そんなリリアンをニコニコ笑って眺めるアルフレッド。「特定の女性に入れ込むから、辛くなるんだ。始めから誰にも入れ込まなければ、女性との触れ合いは楽しいだけだよ」と、妙に悟ったことを言う。


「綺麗なお姉様は好きですか?」と聞かれたら、「はい」と全力で答える、御年15歳の女性に甘い男(フェミニスト)・アルフレッドであった。





天気や気候など、当たり障りのない会話を交わしながら、男女4人は湖畔にたどり着く。


「まあ…」

「美しい湖ですわね…」


女性たちはうっとりと湖を眺める。エルドレッドは、アンジェリカの避暑地であるクランドン伯爵領を思い出した。

ーーかの地にも、美しい湖があった。アンジェリカと共にみられなかったけれど。


「どう思う?」

「何が?」

「アンジェリカちゃんが、君の父上に拉致されたことさ」

「……大分人聞きの悪い言いようだな」


苦笑して、アレクサンドルは続ける。


「ご令嬢方を近づけたいか、アンジェリカ嬢を遠ざけたいか。あるいは、その両方か」

「僕も、きっと同じ目的だね。ーー多分、マスグレイヴ嬢(あれ)は、僕の父上の差し金だ」


女性を放置して、男たちは話し続ける。なんかもう、エスコートする気になれない。


あんなに美しい淑女たちなのにな。なぜ食指が全く動かないのだろう。


「あの…殿下、ソーンリー様」

「あちらで、ボートに乗りませんか?」


勇気を振り絞って、2人を誘ったのだろう。手が微かに震えている。だが、エルドレッドには、むしろ怒りが込み上げてくる。ボートだと?ーー共に乗りたかったのは、君たちじゃない。


「そうだね、一周しようか」

「まあ!ありがとう存じますわ、殿下!」


ジョアンナが喜色をあらわにして、手を打つ。アデラインはエルドレッドの返答を待つ。


「ーーそうしようか」


結局、エルドレッドが折れた。



++++++++++



国王自らの案内で執務室に入ると、そこには意外な人物が待っていた。


「……お父様」

「やあ、アンジェ。そろそろジーヴスを返してもらいにきたよ」


うわあ、腹黒コンビが集まった。これは面倒なことになった、と頭痛がしてくるアンジェリカ。その上、反対側に座っているのは…。


「初めまして、ご令嬢。バートランド・ソーンリーだ」

「……初めまして、公爵閣下」


エルドレッドの父親まで。いったい何しに来たのか。頼むから、全員速攻帰ってくれ。


「かけたまえ、アンジェリカ嬢」


国王陛下にそう声をかけられて、アンジェリカは遠慮なく腰を下ろす。

何を言い出すのか、何を警告したいのか。アンジェリカは興味なさそうにおじさん達(・・・・・)を眺めた。


「単刀直入に言おう。エルドレッドは諦めてくれ」

「………は?」

「それなら、アレクサンドルの嫁にならないか?アンジェリカ嬢」

「………は?」

人気あ(モテ)るな、アンジェ。誰を選ぶんだ?」

「……………………は?」


まあきっと面白くないとは思っていたが、こんな不愉快なことだとは。ーー勝手にしてくれ。好きにするがいい。


「お答えします。私は誰も選びませんわ。ーーこれで失礼しても?」

「まあまあ。そう性急に考えず。短絡野郎(バート)のことなど、気にしなくて良い」

「……相変わらず、くそ野郎だな、セオ」

「はは、くそ野郎だって、セオ」

「黙れ、陰険野郎」


ーーえ?これは悪口大会?


アンジェリカは驚いた。ずいぶん父親(ウィリアム)が気安い。国王やソーンリー公爵をからかって、かなり楽しそうにしている。

ーーそんなところが、『陰険野郎』なんだろうけれど。


「バートの息子は、アンジェリカ嬢が好きなんだろ?息子の恋路を邪魔しない方が良いんじゃないか?」

「陰険野郎の娘などいらぬ。まったく、ソーンヒル家は疫病神だと言うことを自覚しろ!」

「だって、アンジェ。疫病神だって」

「ご令嬢じゃない、貴様だ、ウィリアム!」

「はは、口が悪いなぁ」

「では、アレクサンドルがもらっても良いだろう?バートはアンジェリカ嬢をいらないって言うからさ」

「何言ってるんだ、貴様は。寝言は寝て言え。アンジェは王家にやらんと言っただろう」

「アンジェリカ嬢が望んだら、良いって言ったもーん」

「何か『もーん』だ、気色悪い」


人を肴にして、ぎゃあぎゃあと楽しそうな大人たち。ーーあら?私、なぜここにいるのかしら…?


アンジェリカがうんざりして(勝手に)退室しようとした時、突然扉が開いた。



父親たちを書くのは本当に楽しいです…。

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