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セバスチャンと私  作者: 海老茶
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第51話

リオンは朝から不機嫌であった。


昨日は、アンジェリカとほとんど話せずじまいで終わってしまった。なんのために勇気をだして、この辺境伯領に誘ったのか…。


おまけに、しこたまお祖父様とジーヴスに稽古で揉まれた。お祖父様にすら敵わないのに、ジーヴス殿まで…!

ーーいや、鍛え直しにはもってこいなんだけど…。


さらに、お祖父様に言い込まれたことが、致命傷であった。

リオンの真の目的は、お祖父様の協力を仰ぐことだった。ーーアンジェリカを手に入れるために。

アンジェリカは、この国で3家しかない公爵家のご令嬢。かたやリオンは中流階級のいち貴族である。それで、リオンはお祖父様にお願いしたのだった。だが……


「駄目だ」

「……なぜ?」

「お前が、このレクサム辺境伯の跡取りになりたいのなら、キャスリーンとの結婚が条件だ」

「俺には、他に結婚したい人がいます」

「あの公爵令嬢か」


げ、もう露見し(バレ)ている。流石は英雄。洞察力が半端ない。


「力も無いくせに、辺境伯を継ぎたい。でも結婚は自由にしたいなど、小僧の我が儘だな」

「ぐう…」


ぐうの音も出ない。言ったけど。


「では、この愚孫にお教え下さい。俺がアンジェリカ嬢を手に入れるには、どんなことをすれば良いでしょうか」


こうなったら、恥も外聞もなく教えを請うてやる!リオンは半ば意固地になっていた。


「くだらんな。たかが女を手に入れるために、東奔西走するとは」

「お祖父様にとって、女性はたかが(・・・)という存在でしたら、それは寂しい人生でございましたね」

「……言いよるわ」


チッ!と悪態をつくジャスティン。さすがに口が悪かったことを認める。


「そうだな。ワシのように、英雄にでもなるか?」

「……長期戦、ということですね…。それでは、ソーンリー家か王家に取られてしまいます」

「ほう、ソーンヒルのご令嬢は、それほど良い女か」

「ええ、滅法良い女性です」


リオンは、心の底からそう思う。あんなに…胸が震えるほどの愛しさを感じたことは、ない。


「……お前がそんな顔をするとはな」

「どんな顔ですか?」

「幸せを想う顔だ」

「………」


ちょっと恥ずかしい。そんな顔をしていたとは。


「だがな、リオン。ワシとしては、お前をキャスリーンの婿として、育ててきたつもりだ。急に別の女と結婚したいと言われても、すぐには頷けんのだ」

「……済みません。配慮が足りませんでした」


そうだ。あれほど鍛えて大切にしてもらったのに。俺はそれを踏みにじろうとしている。


「お祖父様、俺は長期戦で行こうと思います」

「やれやれ、天秤は女に傾いたか」

「……はい。俺はまだ、アンジェリカ嬢を諦められませんから」

「キャスリーンが泣くな」

「キャスリーンと俺は、兄妹のような感情しかありませんよ」


今はまだ、お互いに近すぎて兄妹のような感情しか抱けないかもしれない。だが、将来は分からんぞ。ーージャスティンはそう思った。





リオンは結局、不機嫌のまま稽古をし、不機嫌のまま夕食を食べ、そして今日もアンジェリカとほとんど話せなかった。アンジェリカは、キャスリーンに取られっぱなしである。


「飲もう!」


リオンは憂さを晴らすべく、辺境伯(マーヴィン)の書斎からくすねてきた高級酒を、大量に並べた。ーーお酒は成人(18歳)になってからですよ…というジーヴスの声は小さい。


「珍しいね、リオン君。どうしたの?」

「中々ままならないことに、腹が立ちまして。憂さを晴らしたいので、皆さんお付き合い下さい」

「いいね。これなんか、ボルドーの良い酒じゃないか」


アレクサンドルは、ワインボトルを舐めるように見て、目を輝かせる。「これは逸品だよ」との言葉には、リオンの肝がちょっと冷えた。


「執事さんも、是非」

「ありがとうございます。では、遠慮なく」

「乾杯!」


男だけの総勢5名で、酒盛りが始まった。ジーヴスは若者たち4人を眺め、ストッパーとして酒を多少控えておくつもりである。


「今日の稽古もすごかったね」


エルドレッドが興奮気味に話し始める。あの英雄との手合わせに、喜びが隠しきれない。


「ジーヴス殿と、どちらが強いですか?」

「それはもちろん、ジャスティン殿ですよ」

「いえいえ、ジーヴス殿も相当な腕ですよ。ジーヴス殿の方が若い分、むしろ私は有利とみています」


ワインに舌鼓を打ちながら、アレクサンドルは言う。そんなアレクサンドルも稽古をしてはいるのだが、熱量は明らかに他の4人と違った。エルドレッド・リオン・セバスチャンは、ただの剣術バカだ。


「執事君の強さはジーヴス殿に、リオン君の強さはジャスティン殿に秘密があったんだね~」

「そういうエルドレッド様は?相当お強いですけど」

「僕の専らの相手は、兄上だよ。クッソ強いんだ。近衛兵長だしね」

「ソーンリー家の家訓は、本当に恐ろしいよ…」


アレクサンドルが軽く震える。エルドレッドが剣術バカにならざるを得なかった理由を知っていたからだ。


「まあ、強くなければ生きていけないし。好きな子も、護れないしね」

「……そう言えば、ここ2日間、まともにアンジェリカ嬢と話していないな…」

「キャスリーンに取られてしまっているんです」

「私たちも、ほぼ1日稽古場にいますしね」


実はセバスチャンも稽古に参加していた。アンジェリカのことは別の者に任せ、ジーヴスから稽古を受けている。たまにジャスティンとも組ませてもらっているが、ジャスティンの深淵の深さに、セバスチャンは恐ろしくなる。


ーーどれだけ修羅場をくぐり抜けてきたのだろう…!


そうとしか思われない闇を感じる。ジャスティンの強さは、その底知れぬ脅威にあるとセバスチャンは思っている。


「……ああ、それで、リオン君が荒れているのか」

「えっ!……俺、そんなに分かりやすいですか…?」

「うん。多分、アンジェリカちゃんにも露見し(バレ)てるよ。君の気持ち」

「それどころか、キャスリーン嬢も知っていそうだよ」


ここぞとばかりに、アレクサンドルとエルドレッドが畳みかける。


「お嬢様には、残念ながら、能力の方でとっくに露見し(バレ)ていますよ」

「うわああ!」


うそだろ、そんな、まだ告白もしていないのに…!とリオンは泣きそうである。


「……執事さん、ちなみに、僕は何色で見えるのですか…?」

「桃色だと、お嬢様は話していました」

「うわあああ!」


なにそれ、丸裸にされてるじゃないか!と項垂れるリオン。その姿を見て、エルドレッドが大笑いする。


「脈なしかな?リオン君は」

「痛いところを、さらにエグりますね。性格悪いですよ、エルドレッド様」

「ふふ、恋敵(ライバル)は、1人でも少ない方が良いしね」

「……キャスリーンは、私たちの中で、エルドレッド様が1番好みだと話していましたよ」

「…リオン君、キャスリーン嬢は、君の婚約者だろう?」

「単なる従兄妹ですよ。……エルドレッド様とアンジェリカ嬢の関係と全く同じです」

「……言うね」


酒も入ったせいか、いつもは穏やかなリオンがとても攻撃的である。

「姫様はモテるなぁ」とジーヴスはどこ吹く風だ。


「そう言えば」


と半ば強引にセバスチャンは会話を変える。


「リリアン嬢は、どうするのです?3年も学園で無事に過ごせるものですか?」

「早々に、王家で庇護した方が良いよ、アレク」

「そうだな…」


アレクサンドルが2本目のワインボトルに手を出しながら、つぶやく。ーーアレクサンドル、結構お酒好きだ。


「それについては、考えがある」

「どうせ、他の王子に押しつけるんでしょ。自分で娶ればいいのに」

「…誰かを娶るのは、今は避けたい」


大体、リリアン嬢と私が合うとは思えない。リリアン嬢の普段の態度を見ていると、どうも私を害虫のように考えている節がある。


「まあ、何でもいいけど、アンジェリカちゃんの負担を、あまり増やさないでね」

「ああ、分かっている」


きっと、セバスチャンもそう言いたかったのだろう。リリアン嬢のことは、今年中にケリをつけよう、とアレクサンドルは決意した。



若者4人で、何のかんの楽しそうにワイワイしている。ジーヴスは、高級酒に舌鼓を打ちながら、それを眺めていた。


エルドレッド・ソーンリー

リオン・ガスコイン

そして…セバスチャン。

どうやらアレクサンドル殿下も、お姫様争奪戦に参加したそうだ。


一体誰が、うちのお姫様を獲得するのか。ジーヴスは新たな楽しみを見つけたのだった。



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