第49話
レクサム領。
そこは、険しい山に囲まれた唯一の領土。この40年間、13度異民族に襲撃されて、全て撃退した英雄、ジャスティン・レクサムが住まう領土である。
60歳を過ぎたジャスティンは、現在は引退し、長男に家督を譲った。だが、まだまだ本邸で睨みをきかせ、他国の侵入を許さない。
夏は涼しく、冬は厳しい寒さに見舞われるこの地方を統治するに相応しく、ジャスティンは冬の気候のように厳格な性質であった。
そのジャスティンのもとへ、アンジェリカ一行は向かう。リオンも久しぶりに会う祖父様に、喜びを覚えた。
レクサム辺境伯領は、広大な城塞都市であった。ここが生ぬるい土地ではないことを、知らせてくれる。ようやく城門に到着すると、1人の紳士が待ち構えていた。
「やあ、リオン、お帰り」
「伯父上!ご無沙汰しております。今日から大勢でお世話になります」
「皆さんようこそ。見た目通り厳つい城ですが、まずは皆様に父を紹介させていただきます」
ジャスティンは10年ほど前に妻を亡くし、独り身となっていた。屋敷でのんびりするより、長く暮らしたこの城で過ごす方が良い、との希望により、都市に移らず城塞で采配を振るっている。
ーーそれは、さぞや落ち着かないことだろう。……兵士が。
とジャスティンを知るアレクサンドルは、兵士に同情した。
「すまない、世話になる」
「とんでもございません。殿下が足をお運び下さるなぞ、我らにとっては大変な栄誉にございます。お時間のあるときにでも、兵士を労って下さいませ」
「うん、そうしよう」
『学友』としてここに遊びに来ている、とも言えず、アレクサンドルは『王子』としての勤めを果たすことを約束した。
「これは…、この砦は中々見事ですね」
「おや、この砦に興味がありますか?変わった方ですね」
「伯父上、ソーンヒル家のご子息です」
「……ああ、なるほど」
好意的な肯定か、嫌悪的な納得か。エルドレッドには読めない。流石は現レクサム辺境伯。こちらに本意を読ませない。
「美しいご令嬢方には、さぞやこの城が厳めしく見えることでしょう」
「とんでもございませんわ。流石はレクサム領、随所に工夫を凝らしていて、面白いですわ」
ほら、ここなど、長槍を防ぐための立派な梁と柱がありますわ、と解説するアンジェリカ。
リリアンは「ここは涼しくて良いですね」とひどく可愛らしい感想を話した。
ーーえ?何?この人たち……
レクサム辺境伯は、驚いて口がポカンと開く。まるで、城塞をよく知っているかのようだ。ーーこんな、重要だけれど酷く辺境なる地を。
なるほど。平和に甘んじた、ただの貴族ではない、ということか。
レクサム辺境伯の足が止まる。そこには重厚な扉があり、何だか物々しい雰囲気が漂う。
「ーーここが、父の執務室です」
と重々しい空気の中、重々しい扉を開いた。
「ようこそ、お客人」
白髪の、体躯優れる老人ーーいや、その呼び方は不適切だーーが威圧感たっぷりに立っていた。60歳を過ぎてなお、血気盛んな男である。凛々しい良い男だ、とアンジェリカ一行は思った。
「ご無沙汰しております、総帥。この度は大勢でお世話になります」
「……これは、第1王子。ご丁寧な挨拶、痛み入る。だが、ワシはもう第一線を退いた。“総帥”などではありません」
「では、ジャスティン老」
「……総帥で結構」
ムスッと応答するジャスティン。その姿を見て、苦笑する伯父と甥。まだまだ、老人扱いして欲しくないという男心だ。
「何もないが、ゆっくりしていって下され」
「お祖父様、あとでお時間頂いても?」
「後でと言わず、今聞こう。何だ?」
「折角の機会なので、お祖父様に剣術の教えを請いたい、とのお願いがありまして」
久しぶりに、俺にも稽古をつけてほしい、と願い出るリオン。「老体に鞭打ちおって…」とため息混じりに渋々承諾したジャスティンであった。
「リオン、お前はここに残りなさい。ーーマーヴィン、皆さんを案内しなさい」
リオンを残して、アンジェリカ一行は部屋を出た。レクサム辺境伯に城内を案内される。
「貴族の館らしからぬ住まいで、申し訳ない」
「いえ、ここは兵士と民の声が息づいた素晴らしい場所です」
「流石は第1王子ですね。辺境の暮らしとは、そう言うものです」
ここは、高い城壁と深い堀に守られた、城塞都市。その規模は、ダルリアダ王国随一である。領民は城壁外で暮らしていても、有事の際には城壁内に逃げ込む。この領地は長いこと戦争を経験してきた。領主・領民が一体となって、守り抜いてきた誇りがある。
分かった口をきいて欲しくない、とマーヴィンの背中が語っていた。一同は口を閉ざす。無言のまま応接室に案内されると、1人の女性がいた。
「皆様、ようこそレクサムへ」
「ああ、突然済みません。一人娘の、キャスリーンです」
「初めまして」
背筋の伸びた、美しいお辞儀をして、キャスリーンは挨拶した。リリアンがその姿をじっと見つめ、「……上手……」とつぶやく。
「あら?リオンお兄様は?」
「父上に絞られているよ」
「あらそう。ーーあら?」
不意にキャスリーンはアンジェリカ一行をジィッと見つめて、顔を赤らめる。
「まあ!やはり大都会は違いますのね!美青年が、こんなに!」
「……は?」
それは、誰を指しているのか。アレクサンドルとエルドレッドと……そしてこっそり同席しているセバスチャンの3人だろうか。
「リオンお兄様のお顔が、霞んでしまいますわ~!大都会では、これほどの美青年が標準なのですか?貴女」
「へ?私、ですか?」
「そう、貴女!」
「さあ……あまり興味がありませんので……」
「まああ!美に聡くありませんと、良縁は結べませんわよ!」
ビシィ!と指先をリリアンに当て、仁王立ちするキャスリーン。マーヴィンは頭を抱えて娘をさがらせた。
「す、すごい方ですね、アンジェリカ様」
「そうですわね……」
キャスリーンは男性3人に積極的に話しかける。その度、マーヴィンに咎められるのだが、キャスリーンは一向に気にせず、平然と話しかけ続けた。
「皆様、長旅でお疲れでしょうから、お部屋にご案内させていただきます!」
やや強引に話を終わらせ、アンジェリカ一行はようやく一息つくこととなった。
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アンジェリカは、リリアンと同室だった。初めて赤の他人との起居に、アンジェリカは少し緊張した。
「リリアン嬢、寝相が悪かったら、ごめんなさいね」
「いいえ!こちらこそ!イビキとかうるさかったらごめんなさい!」
リリアンはそう返したが、「寝相の悪いアンジェリカ様も…可愛らしい…」と想像の翼を羽ばたかせた。信者にとっては、教祖が何をしても尊いようだ。
レクサム領は、流石に遠かった。疲れと緊張からか、2人は食事後ろくに話もせず、すぐに眠りに落ちた。




