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セバスチャンと私  作者: 海老茶
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第46話

陽が中天に上る頃、バザーも盛況を迎える。


だが、リオン・ガスコインのブースは、人が閑散としていた。品物は精巧で美しいのだが、宣伝が下手だった。リオンは割と下町が好きなので、街の様子についてとても詳しかったが、商売をしたことはなく、また積極的に声をかけられる性格でもないから、ただ黙って座っているだけだ。これでは、売れない。


「まあ、いいか」


リオン自身は、この状況をさほど気にしていない。売れないのは残念だが、品物を造ることそれ自体が楽しかったし、ポツリポツリと売れていく様子も嬉しかった。お客に、「これはとても精巧ですね!」と褒められると、素直に喜んだ。


気になるのは、褒美の行方である。リオンは褒美が欲しいわけではない。褒美が誰の手に(・・・・)渡り、どんな願い(・・・・・)が叶えられるのか。ーーそれが、気になる。


ふと、リオンに影が落ちる。「いらっしゃい」と気安く言うと、麗しい声がかかった。


「お疲れ様ですわ、ガスコイン様」

「!あ、アンジェリカ嬢…!」


まさか、俺の(ブース)に来てくれるなんて!リオンの胸が弾む。


「もう売り切れたのですか?」

「ふふ、パンですから。食品はあっという間に売れてしまってよ」


事も無げにアンジェリカは言うが、絶対にアンジェリカの美貌に集まった野郎どものせいだろう。ーーまあ、セバスチャンがいるから、無体なことはないだろうが。


「お手伝いしますわ」

「え、よろしいのですか?」

「もちろんですわ。ーーあら、この腕輪も素敵ですわね」

「あ、これはレクサム地方の伝統的な意匠なんですよ」


アンジェリカとリオンは、品物を一つ一つ眺め、談笑する。その声を聞きつけて、人が集まってきた。リオンの造った装飾品を手に取っては、買っていく。

その装飾品の鉱石は、まるで宝石のように磨き上げられ、意匠はまるで貴族が好むような上品なものだ。(製作者はホンモノの貴族だが)

アンジェリカも売り子として手伝った。すると、客の1人が目敏く見つけて言う。


「あれ?お姉さんの指輪も?」

「ええ、こちらで買いましたの」


左手を上げて、ニッコリ微笑むアンジェリカ。「素敵~!」との声が口々にあがり、リオンが照れる。ーー指輪(あれ)は、我ながら最高の出来栄えだ。


それからは、飛ぶように売れ始める。なるほど、売り子というのは大層重要だ、とリオンは感じた。売り子の魅力1つで、売り上げが大きく変わる。

ーーアンジェリカは、売り子としても超一流であった。


あれほど売れ残っていたリオンの品物は、ものの1時間で売り切れとなった。装飾品の質の高さはもとより、やはり売り子の才能の高さゆえだろう、とリオンは感心しきりだ。


「素晴らしいですわ。もう商品がなくなってしまいましたわね」

「アンジェリカ嬢のおかげです。ありがとうございました」

「私は、何もしていませんわ」


アンジェリカは苦笑する。彼女を、皆、口々に褒めそやすが、本当に(アンジェリカ)は何もしていない。周りがどうしてアンジェリカに感謝するのか。アンジェリカには分からないのだ。


「ソーンヒル公爵閣下には、感謝しなくては」

「……なぜです?」

「今日は、貴重な体験でした。商売なんて、初めてでしたから。公爵閣下に言われなかったら、俺はバザーなんて発想、持てなかった」

「そんなこと」

「……俺、すごく狭い世界で生きてきたんだと気付きました。平凡な自分にも、出来ることはたくさんあるんだと、自信になりました」

「平凡だなんて。そう思っているのは、ガスコイン様だけですわ」

「……あ……」


『お前を平凡だと思っている奴は、大した人間じゃない。お前を含めて』


ーーお祖父様(ジャスティン)の言葉を思い出す。そうか。少しは自分に、自信を持っていいのか…。


「やはり、公爵閣下は偉大ですね」

「……なぜ、そうなるのです…?ガスコイン様の実力ですわ」


非常に、非常ーに苦い顔でアンジェリカは言った。しかし、今回、リオンに商売を教えてくれたのも、自信をつけさせてくれたのも、公爵閣下の采配に他ならない。


リオンは、彼がどうして『崇高なる者(マグニフィセント)』と言われているのかが良く分かった。





物販組は売り切れたら終わりだが、技術を売りにする者はそうもいかない。


終わらない商売に、「これは、早まったかな」と後悔し始めるアレクサンドルだった。


天幕の外で、セイランが立っている。セイランの美貌に惹かれた女性が、次々とアレクサンドルのブースに入ってくる。それはもう、ゴキブリほいほいのように……。

セイランの配置も、「早まった」と考える一要因である。


占いの8割は、恋愛についてであった。残りは失せ物探しが1割、その他1割という中身だった。


「よろしいか?」

「どうぞ」


……この声。帽子を目深に被って誤魔化しているが、宰相だ。いったい何の用か。


「3人の子どもたちを占いたい」

「……畏まりました。では、1人目のお子様を思い浮かべて、タロットを1枚お引き下さい」


宰相は躊躇いもなく1枚引く。ーー戦車(チャリオット)、正位置。


「行動力、独立、積極性、即効性。具体的な行動力や物事を、積極的に推し進めていくパワーをはらむ相です。この方の進む道を止めてはいけません」


これは誰の相なのか。アレクサンドルはじっと宰相を見つめる。ーー何一つ『聞く聲(ヒアリング)』出来ない。

宰相には、この能力が多分露見し(バレ)ている。ーーいや、誰に対しても、宰相は遮断魔法を使っているのかもしれない。この、恐ろしく高度な魔法を。


おもむろに、宰相はもう1枚引いた。ーー悪魔(デーモン)、逆位置。


「回復、新たな出会い、誘惑を断ち切る、束縛からの解放。新たな出会いや新たな展開へと心が向かっていく相です。束縛からの解放され、状況が好転していくことでしょう」


最後だ、と言いながらカードを返す。ーー愚者(フール)、正位置。


「自由、可能性、始まり、出発、楽観的。現状の物事にとらわれることなく、新しい世界へと進んでいく相です。自由で可能性を秘めた存在であることでしょう」


「……なるほど」


パンッ!と一拍し、「では」と宰相は翻った。唐突にきて、唐突に帰って行った。ーー本当に、いったい、何だったのだろうか。

宰相閣下(マグニフィセント)は意味のないことをしない。タロットは、どれが誰の相だったのか。そして、宰相の目的は……。


「失礼致しますわ」


ソプラノの綺麗な声が、天幕に響く。アレクサンドルは、「どうぞおかけになって」とイスへ誘導した。


「その…ある方との相性を占って頂きたいのです…」

「畏まりました。では、タロットカードを1枚お引き下さい」

「………!」


祈りを込めて、女性は引いた。その祈りとは……。


『殿下と、どうか良い相性でありますように!』


げ!?まさか、この女性は!


「……運命の輪ホイール・オブ・フォーチュン、正位置。一時的な幸運、変化、運命、出会い。これは、良い方向への一時的な変化を意味しており、現状が好転することを表す相です」

「まあ、運命……!」

一時的(・・・)ですが」


目の前の女性は、もはや聞いていなかった。「やはり、運命なのですわ…!」と手を組み夢を見るようにつぶやき始める。


「中々良い占い師のようですね。こちら、心付け(ティップ)ですわ」

「……ありがとうございます」


鼻歌を歌い、ご機嫌で天幕を出て行く女性。その後ろ姿を見送って、セイランにしばしの休憩を申し出る。


はあーっ、と長いため息をついて、アレクサンドルは台に突っ伏した。


ーーまさか、ハドルストン嬢が来るとは…


しかも、私との相性を占いにきたとは。彼女は侯爵家のご令嬢で、見目も大変美しく、知的であり、何より私を慕ってくれている。並みの男なら、喜ばないはずがない。ーーだが、何故だろうか。アレクサンドルは少しも嬉しくなかった。


ーー運命の輪ホイール・オブ・フォーチュンか…


自分の占いが外れると良いのだが。何より怖いのは、彼女の思い込み(・・・・)だ。喜び勇んで積極的にでてきたら……?


ーーなんだか嫌な予感がする。


アレクサンドルは軽く身震いした。


そもそも、今はまだ(・・・・)婚約者を仕立てたくない事情がある。誰であれ(・・・・)、婚約はしない。ーーだが、その事情が解消したら?


ーー自分は誰を婚約者に望むだろうか。アレクサンドルは自問自答した。


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