第4話
魔法とは、自然に向き合い自然に力を借りる手法である。
ただし、自然の質・量を読み取ることは、常人には難しい。
初めに魔法という手法を用いた人物は、悪用されぬよう一部の人々にのみ伝達した。心・技・体の全てを兼ね備えた者にのみ、許された手法なのである。
時代は下り、魔法を伝達された豊かな人々ーー貴族に広がり、能力はその血脈に綿々と受け継がれていった。平民に魔法使用者が少ない理由は、ここにある。
このダルリアダ王国では、厳しい階級制度が存在している。基本的に貴族階級と平民階級との婚姻は認められていない。これは、ひとえに魔法の流出を防ぐための措置であったが、移ろう時代の中で、貴族は特権階級化し、平民は搾取される存在となった。
聖アンドレア学園では、一年生はまず基礎魔法を徹底的に教授される。二年生は各々の専門魔法を選択し、其の魔法に専念する。この時騎士になりたい者は、併せて剣術も習うことが可能だ。そして最終学年では、集大成としてさらに専門的な授業を受ける。
そんなわけで、一年生であるアンジェリカは、魔法の基礎を聴講しているわけであるが、
ーー退屈ですわね
学園の授業は、公爵家の家庭教師にすでに習ったことばかりで、早くも授業を聞いていない。
ーーセバスのように、飛び級すれば良かったかしら…
セバスチャンは奴隷でありながら魔力を有していたので、公爵家での血のにじみ出るような努力の結果、闇魔法が特化(実際は“特化”のレベルではなく、最高峰まで到達)し、わずか一年で卒業するに至った。
アンジェリカは、ぼんやりとクラスメイトを眺める。オーラは見えない。アンジェリカの能力ーー本人は『瞳』と呼んでいるーーは、アンジェリカのことを見ている人のオーラしか見えないのだ。
カタ、と小さく机が鳴った。ふと見ると、一生懸命板書している生徒がいる。
ーー確か、昨日の自己紹介で…
姓の持たない女性だった。それはつまり、平民階級を表している。彼女の存在は、この空間ではとても異質であった。
アンジェリカは、貴族には珍しく、偏見を持たない性質の女性であるが、それでも平民階級の女性を不思議なものを見るように眺めている。
昨日の自己紹介は、聞くより見る方に集中していたから、彼女の名前を覚えていない。けれど、悪い印象は無かった。オーラも緑だったような。
ーーなるほど、一生懸命な姿は、とても可愛らしいですわね
平民階級とはいえ、ストロベリーブロンドは愛らしく、瞳は紫水晶のように美しい。全体的にとても綺麗な女性だから、皆が興味を惹かれることだろう。
彼女の名前を思い出そうとして、アンジェリカは窓の外を見る。すると、中庭の木々の中から、うっすら金色のオーラが立ち上がっていた。
フッとアンジェリカに笑みがこぼれる。
ーー頭隠して尻隠さず、ね
彼がどこに居るのか、わかるのはアンジェリカだけだろう。彼はとても優秀な男だから、何者にも気取らせない。
それでも、アンジェリカにはすぐにわかる。彼の意識は、常に自分に向いているのだから。
ーーセバス、それは護衛という名のストーキングね
戻ったら説教ですわ、とアンジェリカの心が弾んだ。
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「ソーンヒル様、ご一緒にお食事はいかがですか?」
複数のクラスメイトに囲まれ、アンジェリカはやや驚いた。父と社交場によく出向いてはいたが、女性のお茶会には参加したことがなく、こうして誘われることは極めて稀なものだった。
ーーなぜ、団体で食事を取らねばならないのでしょう…?
学園では複数で食事をするという決まりがあるのかしら?と斜めの方向に考え始めたアンジェリカであった。
「食堂のメニューも、たくさん種類がございましてよ」
「とても美味しいとの評判ですわ」
「さあ、参りましょう、ソーンヒル様」
口々に言われ、アンジェリカは引き始めた。煩わしいというか、かしましいというか…。
ーーそれに、オーラが美しくありませんわ
複数の色が立ち込めている。敵意はないが、打算ばかりだ、というところか。
「皆様、申し訳ございません。私、お食事は執事の作ったもの、と決めておりますの」
では失礼、と金髪を揺らしてアンジェリカは立ち去る。そのあまりに優雅な姿に、クラスメイトたちはポカンと見送ることしか出来なかった。
爽やかな風が、ふわりとスカートを揺らす。外は、こんなにも気持ちが良い。
「ーーセバス」
「お呼びですか、お嬢様」
「貴方も見ていた通り、今後貴方の作った食事しか食べないことになりました」
「付き合いが下手ですね、お嬢様」
「打算に付き合っていられませんわ」
オーラが見えるのも善し悪しだ。人の隠している奥の部分まで、気付いてしまう。
「人付き合いの方法を教えて差し上げましょう」
「そんなことより、お腹が空きましたわ」
「はいはい。かしこまりました、腹ペコお嬢様」
昼は何の紅茶かしら、とアンジェリカの心は食事に向かった。